天井から重く大きな音が鳴り響き耳に届いた。そのほんのわずかの後に ザァ―― 大粒の雨が降りだし、校庭にいた生徒たちが慌てて校舎へと走りこんでくる。 教室の窓から、それを眺めていた猿飛佐助は、頬杖をつき窓の外に目を向けたまま、隣の席にいる真田幸村に声をかけた。「旦那。この雨じゃ、部活は休みだよね」「よしんば止んだとしても、ぬかるんで校庭は使えぬであろうな」 その返答を予測していたかのように、佐助は立ち上がり部活用の鞄を手にした。「ちょっと出てくるね」「うむ」 さりげなく教室を出た佐助の足は、廊下を踏めば早足になり、階段にさしかかれば駆け足となった。「絶対、濡れ鼠になってるよな」 今朝の天気予報では、晴れのち曇り。降水確率は30パーセントだった。「タオル、持ってるだろうけど」 足りないよね、と口内で呟き佐助が到着した学校菜園へ向かう校舎裏の、人気のない出入り口に、目的の人物が想像した通りの姿で立っていた。「片倉の旦那」「ああ、猿飛」 ずぶぬれの片倉小十郎が、制服のシャツを絞っている。鍛え上げられた均整のとれた上半身に、佐助は鞄から取り出したタオルを投げつけた。「どうせ、そんなこったろうと思った。タオルも、だめになってんだろ」 ちらりと階段下にある農具入れに目を向けると、ぬれたタオルがドアノブにかけられている。「この雨じゃ、部活は休みだろうからさ。タオル、使いなよ。それと、ズボンも脱いで絞ったら?」 農具入れに身を入れて、小十郎を手招く。「この中なら、下着姿になっても女生徒に叫ばれる心配はないだろ」「ああ、そうだな」 佐助の言葉に頷き、小十郎が農具入れに入る。少し埃っぽくはあるが、小十郎がこまめに手入れをしているので座るスーペースくらいはあった。「ほらほら。早くしないと、風邪をひくぜ」 佐助が扉を閉めて、裸電球を点ける。オレンジの灯りに照らされた狭い密室で、佐助は自分のジャージを取り出した。背後で、小十郎がズボンを脱ぎ、絞る音がしている。「どうがんばっても、着れないよなぁ」 ううん、と唸る佐助を、小十郎が背後から抱きしめる。「っ! ちょっと……冷たいんだけど」 体を拭い、濡れてはいないが雨で小十郎の体が冷えている。「だから、テメェを抱きしめているんだろうが」 小十郎の低い声が、首筋にくすぐったい。ひゃっと肩を竦めてから、抱きしめられたまま佐助は体ごと小十郎に向けた。「俺様も、冷えちまうだろ」 小十郎の頬を両手で包んで、首を伸ばして鼻の頭にチョンと唇を当てた。「でも、こんなに冷えてたらかわいそうだよな」 濡れて乱れた小十郎の髪を掻き上げ、彼のなまめかしさに佐助の目に艶が乗った。「一緒に温かくなれる事、しちゃう?」 小首をかしげて蠱惑的な笑みを浮かべて見せれば、小十郎の喉が面白そうな音を立てた。「こんなところでか」「こんなところなら、誰も来ないだろ。そうやって時間をつぶせば、少しは制服も、乾くんじゃない?」「時間つぶしに抱くつもりはねぇがな」 小十郎の唇が佐助の頬に触れる。「うんっ、じゃあなんでキスするのさ」「時間つぶしじゃ無く、佐助が欲しいからに決まってんだろうが」 ぞくり、と佐助の背が甘く痺れた。情事の折にしか呼ばれない下の名を、艶めく低い声音で耳に注がれる。「佐助」 耳朶を食まれ、ずくんと下肢が疼いた。「んもう。スケベなんだから」「先に誘ったのは、佐助だろう」 耳の中に注がれる声も、小十郎の舌も熱い。「だって、ここんとこずっと、御無沙汰だっただろ。誰かさんが、誰かさんの子守に忙しくて、さ」 小十郎の手が佐助のシャツを引き上げて、背中を撫でた。「オメェも、真田の世話で忙しそうだったじゃねぇか」「――は、ぁ。お互い様ってところだね」 佐助の手が小十郎の下着のふちにかかり、それをたどるように指が滑る。下肢のふくらみに到達すれば、くいっと指を曲げて下着の脇から勃ちあがりはじめた牡を外気にさらした。「小十郎が、すごく欲しい」 情事の折にのみ口にする名を、甘えを含めて発した佐助に「いくらでも、与えてやる」 口づけで応えた。「んっ、は、ふぅ、んっ、ん」 やわやわと小十郎の袋を揉みながら、もう片手を彼の首に回して口づけを受け止める。舌をからめ、角度を変えて口腔を貪り合う。「っ――は、佐助」「ぁ、んっ」 シャツをたくし上げた小十郎が、佐助の胸に色づく箇所に唇を寄せた。「シャツに、しわがついちまう」「なら、脱げばいい」 挑発的に目を細めた小十郎に唇を尖らせ、佐助はシャツのボタンを外し、手近な農具にそれをかけた。「なんなら、全部脱いであげよっか」 ふふんと鼻を鳴らす佐助に「帰りの事を気にするんなら、その方が賢明だな」「何それ。なんかちょっと不満そうに聞こえるんだけど」 首をかしげながらもベルトに手を掛けた佐助が「ゆっくりと高ぶらせながら、脱がせてぇんだよ」 小十郎の言葉に、動きを止めた。「な、に」「即物的なやりかたは、あんまり好きじゃねぇと言わなかったか」 佐助の顔が、みるみる赤くなる。「こ、こんな行為は即物的でいいに決まってんだろ」 乱暴に脱ぎ始めた佐助を、小十郎の腕が包み込む。「ちゃんと、想いを紡ぎながらしねぇと、意味が無いだろうが」 響く想いの甘さに、佐助はめまいを覚えた。「何、言ってんのさ」「いい加減に、受け入れろ」「小十郎の事は、とっくに受け入れてるだろ」「体の話をしているんじゃねぇ。――佐助。愛してる」 佐助の足元から脳天まで、恐ろしい速さで甘い疼きと照れくささが走り抜けた。「なっ、なな……何、だから、そういう恥ずかしいことは言わないでくれって、言ってんだろ」「何が恥ずかしいんだ」「そんっ、あ、あ……愛してるとかそんなのっ」「即物的に欲しがるよりは、ずっと恥ずかしくないと思うがな」「俺様は、恥ずかしいのっ!」 悲鳴のような声を上げた佐助の顔を両手で包み、やわらかく唇を重ねる。「佐助……愛してる」「っ、だから」「佐助」「ううっ」「愛してる」 ささやかれ、観念したように拗ねた顔で「俺様も、小十郎が好きだ」 蚊の鳴くほどの声音で佐助はつぶやき、小十郎の背に腕を回した。「顔を上げろ、佐助」 小十郎の胸に額を当てた佐助が、首を振る。「佐助」 また、首を振る。「キス、してぇんだがな」 ぴく、と佐助が反応し、そろそろと顔があがった。「ったく、テメェは」 愛おしさを満面に滲ませて、真っ赤に染まった佐助に口づける。ついばむようなキスから、深く繋がるキスへと変じ、互いの手のひらが相手の肌をまさぐり始める。「んっ、ぁ、は……ぁ、こじゅ、ぁ」「ふっ、佐助」「ぁうんっ、は、ぁあ」 立ったまま互いの肌を愛し合い、熱を上げていく。重なる愛欲の印が凝り、摺り寄せる腰の合間で相手を強く欲している事を伝えていた。「んふ……小十郎の、すごく熱くなってる」「人の事が、言えるのか」「ぁ、んっ……そんな、強く握らないでよ――っは、ぁあ」 佐助の文句を聞き終える前に、小十郎が二つの牡を握りこみ、擦りあげた。「んっ、は、ぁ、小十郎……んっ、ん」 佐助が腰を揺らめかせながら、小十郎の首に縋りキスを求める。それに応えながら、小十郎は手淫を早めた。「ふっ、佐助」「はっ、ぁ、小十郎――ッ」 佐助がヒュッと息をのみ、体をこわばらせる。それに合わせて小十郎が擦りあげながら、鈴口に爪を立てれば「アァ――」「くっ」 びゅる、と勢いよく佐助が蜜を吹き上げ、それに合わせるように根元から強く絞り、小十郎も欲を放った。「は、ぁ」 うっとりとした息を吐き、互いの腹を汚した蜜に目を向けて、佐助が口の端を持ち上げる。その妖艶さに、小十郎が喉を上下させた。「ふふ」 微笑んだ佐助が、愛おしそうに小十郎の腹を撫でる。「俺様のと、小十郎のが混ざってる」 腹にかかった蜜を小十郎の腹に塗り広げながら、佐助が小十郎の顎に唇で甘えた。「こじゅうろぉ」 幼子のように愛を求める佐助に、小十郎が優しいキスを返す。「佐助」 苦しげに劣情を含んだ声に、佐助が小首をかしげた。「さっさと帰るぞ」「え?」 きょとんとした佐助から離れた小十郎が、タオルで乱暴に佐助の腹を拭い、自分の腹も拭った。「さっさと服を着ろ」 せかせかと身支度を始める小十郎に、ぷっくと佐助が頬を膨らませる。「何さ、それ! なんか、冷たいっていうか、そっけないっていうかさ。一回出せばもういいってこと? 俺様、ちゃんと欲しいんだけど」 裸身のまま仁王立ちで腰に手を当てる佐助に、小十郎がシャツを投げつけた。「ぶっ……。なんだよ! あっ、あ、愛してるとか言ったくせに、即物的なのはどっちなのさ」「歯止めが利かなくなっちまうからだ!」 小十郎の怒声に、佐助が気圧され目を丸くする。「――え?」「こんなところでしちまったら、校門が閉まるだろうが。家に行くぞ」 だから早く着替えろと、佐助の鞄を手にした小十郎に、瞬きをしてから佐助がゆっくりと顔に喜びを広げていく。「校門が閉まるまでに終れないとか、どんだけスルつもりなのさ」「久しぶりなんだ。そうやすやすと放せるわけがねぇだろう」「んふ。スケベなんだから」「いいから、さっさと帰るぞ」「はいはいっと。ふふっ」 手早く着替えた佐助が「片倉の旦那」 いつもの呼び方でドアノブをひねろうとした小十郎を呼び止める。「なんだ」 振り向いた小十郎の唇に、軽く唇を押し当てる。「いっぱい、愛してくれるんだ?」 照れくさそうに声を弾ませる佐助に「嫌というほど、愛し尽くしてやる」 小十郎の笑みと、佐助の笑みが一つになる。 通り雨が、久方ぶりの愛の時間をもたらした。 2013/04/26