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妥当
 妥当、という言葉がある。
 あきらめにも似たその言葉を、猿飛佐助は自分を納得させるために、時々使っていた。
 男惚れ、という言葉がある。
 忍がするべきでは無いものだ。世の武士が尊ぶ、損得を抜きにした感情――この人のためにならば、どのようなことをしても、構わない。
 それをした時点で、忍は飼犬に変わってしまう。
 けれど、彼の主はいとも簡単に佐助を「男惚れ」させてしまった。たちの悪いことに、無自覚に――。
(とんでもないよね)
 あの伝説の忍――風魔小太郎が知れば、どんなふうに思うだろう。彼にはきっと、理解できないに違いない。そして――
(かすがのこと、言えねぇよなぁ)
 仕事をしに行った先で、獲物に心を奪われ里を抜けた彼女に、自分のことを知られればどんな顔をされるだろう。
 絆された、という言葉がある。
 まさか自分が、そんなことになろうとは思いもしなかった。
 色を与えられた、と言うのだろうか。見える景色が、変わってしまった。そして更に難儀なことに――
「おまえを、愛しく思うておる」
 目じりに朱を差し、真摯なまなざしで言われた言葉に、佐助の胸は高鳴った。と同時に「妥当」という言葉が差し込まれる。
 ――ここは、冗談として躱すのが、妥当だろう。
「ほんと? 俺様感激! ありがとね、旦那」
 小首をかしげて、ふふっと柔らかい顔を向けると、すねたように唇を尖らせられた。
「それじゃ、任務あるから」
 その唇が次の言葉を紡ぐ前に、逃げるように――相手にそうとは悟られぬように、去った。
 任務など、無い。
 屋根上に移動した佐助は、早鐘のように響く胸に手を当て、押さえつけていた感情の揺さぶるままに荒い息をし、猫のように体を丸めて縮こまり、声を出さずに泣き叫んだ。

 一度言ってしまったからだろう。彼の主、真田幸村は二人になると、はばかることなく「愛おしい」だの「好いている」だのと口にする。そして、子どものころより変わらぬ不安顔をして、佐助を見上げてくる。
「もう、わかったって。俺様も、旦那の事は大好きだって」
 軽い調子で応えるたびに、ずきりと痛む胸の傷が広がり、癒す方法のないそれは、やがて膿みだす。
(なんなんだ――ッ)
 奥歯を折れるほど噛みながら、身を抱きしめて縮め、震える想いを無理やりに抑え込む。
 幸村の言葉は全て佐助に深く刺さり、真摯なまなざしが彼がきれいに作った殻を叩き割ろうと、継ぎ目は無いかと探している。
「――旦那ッ」
 彼が相手でなければ、これほど狂おしい想いをせずに済んだだろう。武家と忍という身分違いを苦にすることなく、職分として応えることが出来たかもしれない。
 幼少のころより、色の修練もされている。色は道具であり、溺れてはならないものとして、教育されてきた。武家同士のつながりでも、色を道具として使うことがある。――無論、真にほだされて身を重ねる者、岡惚れをして身を預ける者も居る。だが、そういうものに流されぬよう、忍としての本分を失わないよう、慣れさせるよう、技として使えるよう、教え込まれてきた。――どちらの、方法も。
 幸村相手になら、どちらでも構わなかった。むしろ、どちらもしたかった。身も世も無く乱れあい、世界から切り離されるような時間を過ごしたい。
 そう強く願い、自分を慰める夜もあった。だから、だろうか――これはきっと、汚れのない彼へ穢れきった自分が想いを寄せていることの罪に対する、罰なのだろうか。
「くっだらねぇ」
 口に出してみたが、胸が軋んだだけで何も変わらない。逃げる勇気も、向かう勇気も持ち合わせていない佐助に、彼の光は強すぎる。
「情けねぇ」
 彼はきっと、自分を逃がしはしないだろう。傍にいる限り――いや、里に帰ったとしても、追いかけてくる。
(やっかいなお人だよ、まったく)
 彼の気性は、知りすぎるくらいに知っていた。
「さぁて、どこまで保つ、かなぁ」
 わざと他人事のようにうそぶいて、呼ばわる声に従った。

 幸村の中では、何も進展していないように思われていただろう。だが、彼の繰り返す言葉は、瞳は、間違いなく卵の殻のように継ぎ目なく綺麗に均された佐助の心の膜を、着実に穿っていた。
 そうと知りながら、佐助は幸村の声を振り切れず、自分がいつ崩壊してしまうのかとおびえていた。
「佐助」
「はいはいっと。何――さっきお団子食べたばっかりでしょ」
「違う」
「じゃあ、何さ」
「そこに、座れ」
 背筋を正して主が示した先は、彼の真正面に置かれた円座があって――
(まずいな)
 佐助は心の手綱を強く握った。
「何、俺様ってば忙しいんだけど。用件なら、さっさと言ってくんない?」
「いいから、座れ」
「だから――」
「佐助」
 びく、と体が震えた。
(囚われた)
 逃げられない、と思う佐助を怯えたと認識したのか
「座ってくれ」
 幸村の声音が細く柔らかくなり、ふらふらと夢遊病者のように指定された場所に尻を置く。少し身を乗り出すようにして、常には無い包むような声音で、佐助の裡に幸村が語りかける。
「俺は、軽い気持ちで言っておるわけではない」
 それは、十二分にわかっている。だからこそ、気を失いそうになるほどに、佐助の胸は痛むのだ。
「真に、心の底より――いとおしいと思うておるのだ」
 吐息のように響く紡がれた声に、泣きそうになる。
「佐助」
 そう呼ばれることが、どれほどの喜びを与えているのかを、幸村は知らない。全幅の信頼を含んだそれが、どれほど佐助の胸を焦がしているのかを知らずに、彼は繰り返した。
「佐助――愛している」
 ぱん――と佐助の殻が打ち破られ、抑え込んでいた手負いの想いが全身を駆け巡った。
「旦那ッ」
「ぅ、わ――何ッ」
 衝動のままに彼を押さえつけ、帯を解いて彼の命の分け前をもらおうと、くつろげた足の間に顔をうずめた。
「んっ――さ、佐助、何を」
「黙ってて」
「し、しかし」
 狼狽える声は、舌技で封じた。初心な主は佐助が存分に仕込まれたものを使えば、すぐに高ぶり先走りの味を佐助に教える。
「ふっ、ぁ――さす、け」
 筋をなめ、括れを吸って吹き出し口を甘く噛む。
「ふぁう、うっ、ぁ、ぁあ」
じわりと滲む幸村の先走りを吸い、舌も頬も顎もすべて使って奉仕する佐助の欲が、むくむくと育つ。
(これが、欲しい)
 閃いた思考が、佐助を支配した。
「んっ、ぁ、さ、すけっ、ぁあ」
 佐助に煽られた若い性は、濁流のように幸村の理性を絡めて押し流そうとする。それをこらえようとする目が、佐助が自ら帯を解くのを見た。
「さ、佐助ッ」
「黙ってて」
 ハマグリの容器を取り出し、戦場での手当てに使う塗り薬を指に掬う佐助を見つめる。彼の指が太ももの奥に伸びて
「んっ――」
 佐助の睫毛が震えるのに、初心とはいえ年頃の幸村は指の行方を察した。
「はっ、ぁ――」
 切なく漏れる佐助の声に、薄く空いた唇に、彼の牡が立ち上がっていることに――その奥に伸ばされた指がどうなっているのか、幸村は知りたくてたまらなくなった。
「あっ、ちょ――」
 佐助の肩を掴み乱暴にひっくりかえすと、足首を掴んで大きく開く。佐助の細く長い指が、彼の尻の間の花に埋まっているのを見て、幸村は床に転がるハマグリを取り軟膏をすべて指で掬うと
「あっ、ば、ばか――ッ!」
 菊花に指を突っ込んだ。
 ごくり、と喉を鳴らす幸村が佐助の下肢を見つめている。ひく、と震えた先端から蜜がこぼれるのを見て、ぱくつき音を立てて吸い上げた。
「はっ、ぁ、ああ――」
 じゅうじゅうと吸われ、自分の指の横で幸村の指がぬこぬこと尻孔を探っている。彼にからむ肉壁とぎこちなく戯れる動きはお世辞にも上手いとは言えないが
(旦那が――ッ、俺様の……)
 それが何よりも佐助の脳を甘く揺さぶり、酔わせ、快楽を引き出している。
「んっ、旦那――だめっ、ぁ、も、もう」
 このままでは、主に呑ませてしまう。それだけは、避けたかった。不思議そうに見上げてくる瞳は、弁丸と呼ばれていた頃から変わらない。無垢で、真っ直ぐで――いつでも佐助の心にまっすぐに届く。
「旦那――も、いいから……」
 内部の幸村の指に指をからめ、引き抜く。名残惜しそうにひくついたそこに、幸村が喉を鳴らしたのに笑みがこぼれた。
「佐助」
 余裕のない顔に、声に、愛おしさが込み上げる。そっと前髪をかきあげると、引き寄せられるように幸村の唇が佐助のそれに緊張気味に触れた。
「へたくそ」
「っ、い、致し方ないであろう」
 ふふ、とこぼれた笑みをそのままに、幸村の首に腕を回す。
「俺様のわがまま、聞いてくれる?」
 小首をかしげてみせると、無論と力強く頷かれた。
「繋がりたい」
 するりとこぼれた声は、吐息のようで
「旦那が、欲しいよ」
「俺も、お前がほしい」
 唇を重ね、幸村が腰を進め、位置を探る牡にそっと手を添えた佐助が
「ここ」
 先端を菊坐に導いた。
「ぬ、すまぬ」
 ふわふわとした陽気が、佐助の心を包み込む。く、と押し広げられる感覚に、きゅうと入口が先端を包んで
「うっ――」
「え、ぁ――ッ」
 先の括れまでを入れたところで幸村が放ち、どっ、と熱いものを佐助に注いだ。
「んんっ、うそぉ……ちょ、旦那ぁ」
「す、すす、すまぬっ」
 吐精の余韻もあらばこそ――自分でも驚く幸村が、うろたえる。
「さ、佐助と繋がるのだと思うと――ッ、その、ど、どうしようもなく幸せな心地になり……」
「旦那」
「ま、まさか全てつながる前に、このような仕儀となるなど――」
「旦那」
 甘やかす時の声で、佐助が人差し指を伸ばし幸村の唇に触れる。
「俺様も、旦那と繋がれると思ったら――すげぇ、幸せ」
「まことか」
 うん、と顔をとろかせて
「だから――気にしないで……旦那の命のかけら、俺様にいっぱい注いで」
 耳まで真っ赤にした幸村が、むろんと返し、唇を重ねる速度で深く深く、繋がった。

 盛大なため気に、幸村は身を小さくして膝の上にこぶしを握り、すまぬと呟く。目の前には、不機嫌を全身に纏った彼の愛おしい忍、猿飛佐助が呆れた顔をしていた。
「そりゃあさ、いっぱい注いで、とかいちゃった俺様も、悪いと思うよ。思うけどさぁ――ものには加減とか、限度とか、そういうものがあるって、何度教えりゃ出来るようになるんだよ」
「ぬぅ」
「まったく――お互いが気を失うまでするとか、今が泰平の世の中だとでも思ってんの? 陣ぶれが出たら、どうするつもりだったのさ」
「そ、それは」
「どんな時でも、溺れすぎないようにすべきでしょうが。アンタ、仮にも虎の若子って呼ばれてんだからな」
「――なれど佐助」
 言われっぱなしだった幸村が、口を開く。
「溺れたは、おまえも同じではないか。それに、何ゆえ今まではぐらかすばかりであったのが、かようなことになったのだ。――い、いきなり、その……」
 ふわぁ、と幸村の頬に羞恥が乗り、思わずつられた佐助の頬も赤くなる。
「そ、それは――」
「俺の事を好いてくれておるなら、早々に応えても良かったでは無いか。なのになんだ。軽い調子で請け流し、のらりくらりと躱しておったは、どういう料簡だ」
「っ――それは、だから、その」
「はきと申せ! 俺がどれほど悩んでおったか、躱されるたびに自分をなんと情けない男だと思うておったか、知らぬだろう!」
「ッ――――じゃあ、言わせてもらうけどさ! 旦那だって、俺様がどれだけ傷ついて苦しんでいるかなんて、毛ほども知らなかっただろ! それとも何? わかってて言い続けていたわけ? 俺様の事を好きだなんだと、苦しんでいるってわかってて、言い続けていたの? 違うだろ」
 佐助の口撃に、勢いのつき始めた幸村がたじろいだ。
「な、何ゆえ佐助が苦しむのだ」
「あんたに惚れてるからに、決まってんだろ! あんただけを見続けたんだ! あんたの役に立って――どんな道具よりも使いやすいって、あんたの槍よりも役に立つって、爪の先まで全部ぞんぶんに使われて果てたいって、そう思ってんのに――好きとか言われたら、道具じゃいられなくなんだろ! 自分の事を優先させて、あんたを困らせるかもしれないし――何より、あんたの性格からして家を守るために何処かの姫とねんごろになるとか、今でも怪しいのに、しなくなっちまいそうだから」
「当たり前だ! 不義はせぬ」
「だからっ、それが問題だってんだろ! 家を絶やそうとするバカが何処に居るよ! あんたに好きだなんだと言われて、どんだけ嬉しくて苦しくて――悩んだか…………気持ちを押さえつけようと、どれほど――――」
「佐助」
「ッ! 何うれしそうな顔してんのさ! 俺様、めちゃくちゃ怒ってんだぜ」
 陽だまりのような顔をして、答えた。
「それほどに俺を想い、慕ってくれておったのだな」
 真っ赤になって言葉を詰めた佐助が
「おばかさんっ」
 幸村の唇に、緑の風が触れた。

2012/04/12



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