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にほひ(佐助)

 いつから、こうして体を洗ってから屋敷に上がるようになったのだろう。
 月明りを頼りに井戸端で身を清めながら、答えを知っている問いを佐助は自分に向ける。
 そう、その答えは知っている。自分が決めた想いを、知っている。
 黙々と、無表情に佐助は身を清める。これ以上ないというほど、手ぬぐいで体を擦る。よくは見えない宵闇の中、藍色の空の下に佐助の肌を月光が淡く浮かび上がらせる。
 どのくらい、身を清めていたのだろう。すっかり赤くなってしまった肌を新しい忍装束に包み、着ていたものは丸めて風呂敷に包んだ。
 ふぅ、と顎を動かして屋敷に目を向ける。あの人は、もう眠ってしまっているだろう。けれど、帰ったら必ず挨拶をしに来るようにと、眠っていたとしても必ず訪れるようにと、彼の人が自分に課したものを行いに行かねばならない。
「さて、と」
 ちいさくつぶやき、少し体を横にずらしたように見えた姿は、次の瞬間、跡形も無く井戸端から消えていた。

 そっと顔を覗かせると、きちんとした姿勢で眠っている主の姿が見えた。淡い月光に浮かび上がる整った目鼻立ちをしばらく眺め、その横に降り立つ。ゆらり、と身をかがめて覆いかぶさるように顔を覗きこんだ。
 ――よく、眠っている。
 こんなに近くに居るのに、と心配になる反面、自分の気配だから起きないのだとも思う。――そう、人の気配に敏い、嗅覚の鋭い主が起きないのは、決して自分が彼を傷つけないと、知っているからだ。
 全幅の信頼を、彼は自分に惜しげもなく寄せている。
 そう思うと、じわりと胸に甘やかなものが広がり、ふわっとした気持ちになる。
「旦那」
 音になるかならないかの息で、眠る主に声をかける。
「ただいま、旦那」
 言って、眠る顔をしばし眺める唇が持ち上がっていることを、佐助は自覚していた。
「おかえり、佐助」
 閉じてあった瞼があがり、まっすぐな瞳に自分が映る。
「ごめん、起こした?」
「いや」
 主の表情が緩むのに、佐助もつられて顔をほころばせる。笑みの形に歪んだ唇を、重ねた。
 唇が離れるのと同じ速度で、主の手が佐助に伸びる。背に回った腕に引き寄せられるように、もう一度唇を重ねた。
「ん――ふっ」
 薄く開いた唇に舌を忍ばせると、おずおずと答えるために幸村の舌が触れてくる。何度重ねてもぎこちなさの抜けない彼に、母猫が子猫にする毛づくろいのように、丁寧に丁寧に口腔に愛しさを注ぎいれる。
「ふ、ん――」
 甘えたような息が、幸村の鼻から漏れる。背に回された手が、ぎゅうと佐助の着物を掴んだ。
「は、ぁ――旦那、いいの?」
「んっ、ぅ――――き、聞くな」
 頬に朱を差し目を逸らす主の瞼に口付けて、着物をはだける。緊張に強張る肌へ掌を滑らせ、唇を落とし、舌を這わせる。
「は、ぁ――ぁ」
 色づく胸の実を口に含めば、緊張気味の甘い息が零れた。
 佐助の舌は幸村の乳首に甘え、指は下肢の膨らみと戯れる。その度に互いの肌は熱を上げ、一つになりたいという想いが凝る。
「んっ、は、ぁ、ああ――ふ、ん」
 幸村の緊張を解きほぐすように、佐助は時間をかけて、余すところ無く触れていく。その合間に着物を脱ぎ捨て、主の全てを暴きながら、自分の全てをさらけ出す。
「ぁ、は――ぁ、さ、すけ――ん」
 幸村が首を伸ばし、佐助に唇を寄せる。甘えるような稚拙な愛撫に、佐助は目を細めた。
「旦那、気持ちいい?」
「ふ、ん――ぁ、き、聞くな」
 肩に額を寄せて顔を隠す主の髪に口付ける。
「ね、繋がる準備、していい?」
 幸村が強張りながらも頷くのに、感謝の意をこめた口付けをしてから軟膏を指に掬い壊れないよう、花弁に触れた。
「ひゃ、ぁ――ぁ、ぅ」
「力、抜いて」
 言うが、出来ないことは承知している。解しながら牡を捏ね、まどろみのような愛撫を繰り返し、顔中にあやすような口付けを降らせながら、一向に慣れない幸村を心ごと解していく。
「は、ぁ――ぁ、んぁ、さすけぇ、は、ぁあ」
 とろとろに溶けた顔で、声で、名前を呼ばれる。それだけで、佐助は浄土の蓮に触れているような心地になった。
「そろそろ、いい?」
 問うと、ぎゅう、と抱きしめられた。
「じゃあ、もう少し足、開いて」
 ゆっくりと、幸村が従う。
「俺様の腰に、足でしがみついて――――そう、うん。じゃあ、いくよ」
「はっ、ぁ、ああ、あ、ぁあ、あ」
 ゆっくりと、出し入れを繰り返しながら奥へ進む。誘うように蠢動する内壁に、欲の赴くまま突き立ててかき回したい衝動を堪え、時間をかけて幸村の内側へ進み、全てを埋め込んだ。
「ふ、ぅ――全部、入ったよ。ね、わかる?」
「んっ、は――さす、けぇ」
「うん?」
「ぁ、はや――く、は、ぁ」
 もどかしそうに、幸村の腰が揺れている。快楽の波にさらわれきれなかった理性が、羞恥となって幸村を染めていた。
「うん。じゃあ――いっぱい、一緒に気持ちよくなろう」
「ん――」
 小さな子どものように頷く額に口付けて、二人は朝まで獣のように戯れた。

 水あめのような気だるさの中で目を覚ますと、腕の中に太陽の香りがした。よく眠っている彼を起こさないように抱きしめなおし、深く香りを胸に吸い込む。
「ふふ」
 くすぐったさが思わず声に出てしまい、それを誤魔化すように、佐助は幸村の髪に唇を寄せる。
 太陽の香り。
 幼い頃より変わらないこの香りに、任務後に自分に染み付いた薄汚れた世情の臭いが混じらないよう、佐助は必ず、一人任務に出た後は肌が赤くなるまで身を擦り、自分の臭いすらも消そうとするようになった。
 この、大切な日だまりを守りたいと、誰にも汚させないと自分に誓ったあの日から。
「旦那」
 呟いてみる。耳朶の奥に、自分の名を呼ぶ彼の声が響いた。  次の任務までに、たっぷりと愛おしい日だまりの香りをこの身に宿そう。そうして、少しずつ、少しずつ、日の当たる場所へ進もう。
 忍――として、それは夢のまた夢のことだと、わかっていながら。

2011/10/21



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