ふっ、と香ったものが記憶の隅にかかる。 胸にじわりと滲む薫りに、浮かびかけた靄は形を成さずに止まっていた。 ふとした瞬間に気づく口内炎のような痛み。 それが甘さと苦さに代わったような……曖昧な記憶を呼び覚ます薫り。 深いところで疼く、これは…………。 手を伸ばして触れたいのに、伸ばせない。 嗚呼、そうか。 気付く。 これは……この薫りは…………。「っ」 顔が、熱い。 意識した瞬間、靄が欲となって湧き上がってくる。「何を、考えているのだ……俺は」 破廉恥な、と喉の奥で唸る。靄が胸を疼かせはじめ、そこから呼び起こされた記憶に、本能が揺さぶられた。 生殖本能に属さない行為。刃を交えているときのような激しさと悦楽――湧き上がる熱とくすぶる魂が胸を締め付ける。「政宗殿」 漏れた名前に息苦しくなり、六文銭を握りしめた。 会いたいと、触れたいと望む衝動が体を突き動かそうとするのに、抗うことも従うこともできず幸村は歯を食いしばり、とどまろうとする。 心音が、耳の奥にまで響いてくる。それを振り払おうと頭を振れば振るほど、記憶は鮮明になっていく。「っ――」 とどまりきれなくなった幸村は、地を蹴り馬に飛び乗った。「ゆ、幸村様――どちらへっ」 あわてる門番の声は、幸村の背に届く前に蹄に阻まれた。 境内で素振りをしていた政宗は、遠くから風に乗って届いた気配に手を止め、空を見た。「what?」 見つめる方向に、土煙が上がっている。どんどん迫りくるそれは寺の塀を飛び越え、政宗の頭上も越えて降り立った。「♪〜」 思わず、口笛を吹く。「小十郎が居なくて、良かったぜ」 口の端をニヤリとゆがめた政宗の目に、思いつめた瞳の幸村が映っていた。「Hey、どうした真田幸村。ずいぶんなツラじゃねぇか」「政宗……殿――」 うめくような声の幸村が、馬から降りる。「どうした。武田のおっさんに何かあったか」「何も、ござらぬ」「なら、なんでそん――」 言いかけ、彼の顔に浮かぶ色に気付き、獲物を捕らえた獣のように政宗の目が細められた。「Ok――ちょうど、退屈していたところだ」「ッ!」 言うや否や、腰を落とした政宗は幸村に体ごと突っ込み「ぐ、ぅうっ」 とっさに受けた幸村の、目の前にある指をべろりと舐めた。「なっ」「Ha!」 狼狽した隙に、本堂へ向かって吹き飛ばす。開け放たれた箇所へ転がり落ちた幸村を追い、政宗も本堂に足を踏み入れすぐに御堂を閉めた。「うっ――」 身を起こした幸村に、ゆっくりと歩み寄る。「この俺に、会いたくて駆けてきたって解釈で、間違いないか。真田幸村」 目を落とす彼の顎をつかみ、上向かせる。「俺には、そう――見えたんだがな」 逸らされたままの目を見下ろし、答えを待った。「香りが――いたし申した」「Ah?」「政宗殿の香りが――」 ぽつりとこぼされた言葉は、返答のようでも独り言のようでもあった。「つまりアンタは、俺の匂いを感じて、それをもっと嗅ぎたくなって、わざわざ来たってのか」 否定をされるかと思いきや、幸村の頬がほんのりと朱に染まり肯定を示す。「Fum――なら、存分に俺の匂いを堪能させてやる」 ため息のように吐き出しながら、顔を寄せる。触れるか触れないかの所でニヤつきながら見つめていると、ふてくされた目が見上げてきた。次いで「ぐふっ」 みぞおちに衝撃が走る。床に倒され、文句を言おうとした口が、止まった。首筋で茶色く柔らかいものが揺れている。すんすん、と匂いを嗅ぐ音に、苦笑した。「正気かよ」「存分に、嗅いで良いと申されましたゆえ」 拗ねた口調に、はっと短く笑いの形で息を吐き出し、つむじに唇を寄せる。「なら、俺にもアンタの匂いを堪能させな」 顔が、あがる。唇をよせ、ついばみ、重ね、角度を変えて上唇を噛み、下唇を噛み、舌を絡め、深く口内に入り込む。「ふっ、ん、ん――は、ぁ」 息が上がり始める。歯列をなぞり、上あごをなぞり、唾液を絡め、邪魔なものを脱がし、脱ぎ、腕を、足を、絡める。「ぁ、は――はぁ、ん、ぁ、あ、は、ま、さむね、どのぉ」「随分と、積極的じゃねぇか――擦り付けてんじゃねぇよ」「ひんっ」 すっかり立ち上がっている幸村の牡を鷲づかむ。自分の牡とともに握りこみ、先端を指の腹で擦ると彼も手を伸ばしてきた。「ず、ずるぅ、ござる」 あえぎながら、つたない指技を政宗に施す。下唇を噛みながらうなじまで真っ赤にしている幸村の耳に舌を差し入れながら、ささやいた。「アンタの中で暴れる予定の――ソレの匂いも、嗅いでみるか」「っ?! ――――」 こぼれるほど目を見開いた幸村に、喉の奥でこみ上げてきた笑いを発しかけた瞬間、政宗の目が見開いた。栗色の髪が下り、腰の辺りで揺れ始める。「Oh――Excellent」 うっとりとした息が、政宗の口から漏れる。暖かい、ぬらりとした感触に目を細める。「んっ、ふっ、んむっ、んっ、ん」 けして上手いとは言えない口淫に――ゆがむ幸村の顔に、欲が高まる。根元を自分で擦り、不足している部分を補い「クッ」「んぶっ――げほっ、はっ、はぁっ」 口内に吐き出した。「存分に、香れ」 幸村の口から漏れた精液を指でぬぐい、鼻先に持っていく。舌を伸ばした幸村が吸い付きながら、頬を腹に擦り付けてくる。「たっぷりと、俺の香りを擦り付けてやる」「某も――」 甘えるように、幸村が顎に唇を寄せてきた。「政宗殿に、某の匂いを残しまする」 視線が絡む。そのまま顔を近づけながら、口を開く。相手の唇を覆うような接吻を繰り返し、足を絡め、肌を寄せ、二匹の獣は匂いを付け合いながら、まぐわう。 ほかの誰にも、これが取られないように――自らのものだと、主張しながら――――2012/1/30