戦火をまぬかれた村に、住まい始めた者たちが居るという。村の者たちは戦の前に逃げ去り、もぬけの殻であった村の家々に入り、新しく村を作ったという。その者たちは、何ゆえか男のみであるという。 ちょうど甲斐と相模の国境にあるその村は、街道に近いために行商の男達が泊まりに使うにちょうど良く、士官先を探す侍や郎党、猟師など、幅広い人々が利用しているらしい。そして、その男達は一度そこを使うと、再びその村を経由したがる。その理由は、村の者たちは芸事に長けており、すさんだ心を癒してくれるからだという話だ。 そんな報告に目を通した後、甲斐武田が真田忍隊の隊長である猿飛佐助は面倒くさそうな顔をして、隣に居る男を見た。「で? なんで俺様が行かなきゃいけないわけ」「適任だからだろう」 年若い長に、任務遂行中以外では気安く話しかけてくる者が居る。そのうちの一人、霧隠才蔵は興味も無さそうな声で言った。「なんで俺様が適任なのさ」「見た目、だろ」 くだんの村は、男娼まがいであるという話がある。そこを調べるには、客としてではなく村の仲間になるという形で紛れ込むほうが手っ取り早い。「あのね。こういうのって、だいたいが十二から十六くらいまでが適齢でしょうが。俺様だと、トウが立ちすぎてるっての」「年若い忍を行かせてもいいが、気が引けるだろう。なぁに。お主ほどのものなら、大丈夫だろう。うまく化けて、色ボケた者たちを虜にしてこればいい」「あのねぇ……はぁ、まぁ、行くけどね、行くけどさ。行くよ行きますとも」「安心しろ。幸村様には男娼まがいのところに行くことは、黙っておいていてやる」「あったりまえだろ!」 大抵の任務は何も言わずに遂行する佐助だが、今回渋っているのには訳があった。色恋沙汰――ことに色欲に関しては潔癖ともいえるほどの主、真田幸村。彼にこのたびのことを勘ぐられはしないかと、それだけが心配なのだ。無論、佐助は忍である。忍であるがゆえに、色も道具にする。それは使い方を間違えさえしなければ、口を割らせること、操ることに絶大な力を発揮する。佐助の容姿は男女問わず、それを使うのに有利であった。細く引き締まった体躯。甘さの残る顔に笑みを浮かべれば、人目を引くことなど容易いだろう。あとは、変幻自在の態度をもってすれば容易いことだった。「まったく、厄介なことばっかり俺様にまわってくるんだから」 ぼやきながら身支度を整える。今回の出立は、幸村には伝えないでおこうと決めていた。行けば、何処に何をしに行くのかと問われる。うまくはぐらかすことも出来るが、今回はそれをしたくなかった。その村に行く姿を、見せたくなかった。「情けなさすぎるっての」 恋仲の――自分が何時も組み敷く相手に、女郎まがいのことをしにいく姿など。「さっさと片付けて、帰ってくればいいか」 言葉にして気を取り直し、佐助は才蔵以下に不在時は頼むと言い置いて、出立した。 甲斐と相模をつなぐ道は、すなわち軍馬も通る道となる。その中に不穏な村があっては調査をしないわけにはいかない。男ばかりの村、という話も気がかりである。もしも秘密裏に武器弾薬を集めている何処かの息のかかった部隊ならば――否、息がかかっていなくとも、今の世ならば郎党を組んで一国の主とならんとする者とて居るので、危険極まりない。無害であるなら捨て置く気ではいるし、そうすることで商人が行き来しやすくなるのであれば政治的な問題としてもありがたく、甲斐の国主たる武田信玄も捨て置けというだろう。 ともかく、佐助は山を駆け、峠を越えてくだんの村へたどり着いた。 さて、どう入り込もうかと村の様子を眺めている彼の目に、見知った姿が映り目を瞬かせる。手の甲で擦っても、それは幻のように消えたりなどせず、また佐助がその人物を見誤るようなことは絶対無く――けれど、彼がここにいることなど、ましてや小袖姿で薪割をしているなど有り得ない事で、佐助は一瞬、自分が夢の中にいるのではないかとさえ、思った。「弁丸。そろそろ終えて中に入りな」「わかりもうした!」 元気よく答えて薪を不器用な手つきで束ね、担いでいく姿を見ながら様子を見ている木の上から転げ落ちそうになる。(一体、何やってんのさ旦那ぁあああああ) 心の中で叫びながら、佐助はさも生活に貧窮しているという態を作り、ほとほとと儚げに村長の屋敷であったと思われる戸を叩いた。「はぁい」 からり、と扉のあく音と同じくらい軽い声が返事をした。「行く当てもなく、この村にこれば住まわしてもらえるというウワサを聞いて参りました」 言いながら、少しシナを作りつつ流し目をくれる。ふぅっと引き込まれたような顔になった対応の少年は、次の瞬間頬を染めてお待ちくださいというと、ぱたぱたと奥に駆けて行った。(やれやれ。――潜入は難しく無さそうだけれど) 問題は、弁丸と呼ばれていた、見知りすぎている彼がどうしてここにいるのか。また、彼をどうやって帰すかであった。(まったく、何考えてんだよ、旦那) 出立すら見られたくないと思っていた相手、真田幸村が幼名で呼ばれ、この村に居るとは思いも寄らなかった。いや、思いが寄るわけは無いのだ。彼は甲斐にとって、武田信玄にとって大切な武将であり、弟子であり、一隊を率いるべき存在なのだ。そんな男が、男娼かもしれないといわれている村に、平民同様の装いで薪割などしているなどありえない。(旦那がありえないことをしでかすのは、今に始まったことじゃないけどさ) それにしても、ありえなさ過ぎると呆れと動揺を抱えながら、奥に案内された。(旦那は、どうやってここにもぐりこんだんだろ) 口裏を合わせる必要が、出てくるかもしれない。が、今はそれを知る手立てが無い。(どうする。どうすればいい) ぐるぐると考えて気分が悪くなり始めた時、底抜けに能天気で明るい声で、呼ばれた。「おお、佐助。やっと来たか」「ッ!」 ぎょっとしてみると、にこにこと平素と変わらぬ顔で幸村が近づいてくる。「遅かったではないか。――ああ、四郎すまぬ。こ奴は俺が連れて行くから大丈夫だ」「え、でも――」「すまんな」 にこり、と笑う幸村に、同じような笑みを返した四郎と呼ばれた少年は、それじゃあと手を振る。「客が、待ってんだ」「気をつけてな」 去る少年に手を振り返し、見送り終えた幸村の鼻先に顔を近づけ小声で叫ぶ。「いったい、何やってんのさ旦那」「潜入だ。うまくもぐりこんだだろう」「あのねぇ――ここが、どういうところかわかってんの?」「男所帯の村ゆえ、不穏なことがあってはならぬと調査に来たのだろう。佐助一人では危険かと思うてな、俺も来たのだ」「あぁああもう」 頭を抱える佐助に、きょとんと小首をかしげる幸村に恨めしい目を向けつつ、なんとか気持ちを落ち着かせるために深く息を吸い、吐いた。「で、なんで弁丸って呼ばれてんのさ」「潜入なれば、正体を隠さねばならぬだろう。金が無うて元服が出来ぬまま家が没落したと言っておいた。佐助のことも、家人が来るやもと伝えておるゆえ、問題ないぞ」 どうだと言わんばかりに自慢げな主に、盛大なため息をつきながら片手で顔を覆う。「あぁもう、ほんと俺様大感激だよ旦那ぁ」(とにかく、旦那って呼ぶにも、一緒に行動するのにも不自然じゃなく過ごせることだけでも、よしとしよう) 棒読みで感謝を述べた佐助は、幸村に連れられて村を仕切っている男と対面した。「ほほう。そこもとが、弁丸の家人か」 常五郎と名乗った男はふっくらしてはいるが、ぶよついているわけでは無い。口調からして武家の出か。年のころは四十そこそこと見ながら、佐助は頭を垂れている。「弁丸様をお救いいただき、感謝の言葉も無く」「そう堅苦しくせずとも、かまわん。顔を上げよ」 ゆっくりと、相手の目を引く速度で顔を上げ、じらすように目を逸らしてから合わせる。引き込まれるように身を乗り出した男は、値踏みをする目を向けてきた。すかさず、逸らす。「うむ、うむ――二人とも、なかなかの、あぁいや……」 一瞬、男の顔が好色そうに歪んだ。(かかった) 心の中でほくそ笑む。二人とも、という言葉にひっかかりを覚えつつ、心細げな声を出した。「ようやっと、屋根のある場所にたどり着けました。逃げるさなかにはぐれた主とも再会でき、差し出がましいかとは存じますが、同じ部屋をたまわることが出来ればと、存じております。むろん、タダで泊めろとは申しません。お足はございませんが、恩義は働いて返させていただきますので、どうか、どうか」 手をつき、なよやかに頭を下げる。「おお、おお――苦労をしたの。何も心配はいらぬ。弁丸も、一人では心細かったであろう。二人、同じ部屋でゆるりと過ごし、気も体も休め。しかるのちに、雑用なりとしてもらおう」「ありがとうございます」 改めて頭を下げる佐助の横で、満足げに幸村も礼を述べた。「かたじけのうござる」 緊張感の欠片もない声に、頭を下げたまま、先が思いやられると深い深いため息を、床に吹きかけた。 与えられた部屋は、なかなかの広さを持っていた。すぐに佐助の使う布団を用意できかねるといわれ、幸村が気遣いは無用と言葉を返したので、部屋にあるのは薄べりと夜着が一式、着替えにと置かれた小袖が二枚あるのみであった。「この小袖、旦那にも俺様にも短いよね。まぁ、動きやすいからいいけどさ」「わけてもらえるだけ、ありがたいではないか」 にこにこと言う幸村に、じろりと目を向ける。本日何度目かわからないため息を付き、佐助は膝を向けた。「あのね旦那」「ん」「こういうのって、俺様たち、忍の仕事なの。何回言ったら、わかるのさ」「佐助が一人で行くと聞いたのでな。二人のほうが、心強いだろう」「誰から聞いたのさ。てか、なんで俺様より先にきてんの」「むろん、佐助が報告書を読む前に出たからだ」「はぁ? で、誰から聞いたの」「才蔵に決まっておろう」 ほかに誰が居るのだ、と不思議そうにする幸村を見ながら、拳を握り締め震える。「あぁいつぅう言わないって言ったくせにいい」 言いながら、脳裏の才蔵が「男娼まがいのところに行くことは、と言っただろう」と殴りたくなるような笑みを浮かべて言う姿が浮かぶ。「おこるな、佐助。俺が聞き出したのだ」「は?」 佐助が前の任務から戻ってきたらしいのだが挨拶に来ないと才蔵に言うと、すぐ別の任務に出るという。それはどのようなものだと問い詰め、まだ佐助の耳にも詳しくは入っていないからダメだといわれた。それを食い下がり、あらましを聞きだしてすぐに、先回りをしたのだという。「なんで、そんな事」「っ、ひ、久しぶりに帰ってきたというに顔も見せぬなど、ありえぬだろう」 明朗だった幸村が、とたんに目を逸らし頬を染めて声を高くする。「旦那」 ふわ、と佐助の胸に柔らかいものが浮かんだ。「お、俺達は、恋仲なのだ。顔くらい見たいと思うだろう」 拗ねたようにも聞こえる声に、佐助の手が伸びて幸村を抱きしめた。「一目見たら恋しくなっちゃうから、会いに行かなかったんだけど」(任務の内容も内容だったし) 心で言葉を付け加え、髪に唇を寄せる。鼻腔に、久しぶりの幸村の香りが溢れる。「無事かどうかぐらい、この目で確認をさせぬか」 幸村の腕が佐助の背に回る。ああ、ヤバイと思いながら頬に唇を添えると見上げられた。吸い込まれるように、唇が重なる。「佐助」 吐息のような、求める声。彼の主は、佐助がどういうものに弱いかを無意識のうちに知り、効果的に使用してくる。(たっぷりと小言をって、思ったのに) こんな雰囲気では、小言など言えそうも無い。「旦那」「ん、んんっ」 柔らかく呼び、唇を重ねながら薄べりの上に横たえる。目じりに朱を注す顔に合意を見ながら、舌を口内に差し入れた。「ふっ、んっ、ん――ん」 稚拙にも対応しようとするのが愛おしい。いつまでたってもぎこちない彼の舌を絡め、吸い、味わう。「んふ、ぅ、うう」 口の端から溢れる唾液を舐め、顎を吸い、執拗に唇を貪る。背に回された幸村の手に力がこもり、足がもどかしそうに動き始めた。性に幼い体は、佐助の口吸いだけで簡単に解けてしまう。「は、ぁ――」 離れがたいと唇の間に銀糸が伝う。視線を絡ませ、はにかみあい、佐助は幸村の帯に手を伸ばした。「わ、すごい」「う――」 すっかり立ち上がっている箇所は下帯を押し上げている。「汚さないように、全部、取っちゃおう」「ん――」 腕で顔を隠し、緊張に体を硬くする幸村に笑み、全てを取り去る。開放された彼の牡は、佐助に存在を主張してきた。「触って欲しいって、訴えてきてる」「はっ、ぁあ」 ちゅ、と音を立てて先端に唇を寄せ、括れまでを舌で絡め取る。弾力のあるソコを舌と上あごで噛むように押すと、じわりと蜜が溢れた。「ふっ、ん――ぁ、は」 足の指を握り締め、堪える姿が愛おしい。口で幸村を高めながら、佐助も全てを脱ぎ捨てる。「はぁ、ぁ、さす、ぁ、さすけぇ」「何、旦那。もう限界?」 羞恥に耐えながら頷く額に唇を寄せ、少しくらいの意地悪ならば仕置きがわりにしてもかまわないだろう、と口を開いた。「俺様の指と口、どっちがいい」「っ?!」 こぼれるほどに目を開き、唇をわななかせた幸村が頭突きをしてきた。「って」「ど、どちらでも良いッ――から、早く、佐助を寄越せ」「えっ、え――」 耳まで赤くしながら幸村が放った言葉に、佐助も酒を喰らったような色になる。「旦那、それって」「どれほど、離れていたと思っている」 怒ったように言い放つ愛しい人に、佐助の相好が崩れた。「寂しかった?」「っ――」「俺は、すごく――会いたかったよ」「戻っても、挨拶に来なかったではないか」「だからぁ――もう。久しぶりに会ったら、離れたくなくなるだろ」「んはっ、ぁ――」 幸村の足を抱え上げ、ひたと指を繋がる場所に添える。「じゃ、早速準備、しちゃおっかな」「い、いちいち言うなっ」 羞恥に耐えながらも驚くほど大胆な言動を行う愛しい主の望むまま、佐助は彼を熔かし、全てを注いだ。 軽快な包丁の音が聞こえる。煮立った鍋に刻んだ野菜を入れ、火加減を確認する佐助の手際のよさに四郎は目を丸くしていた。「すごい」「使用人が少ないと、なんでも出来なきゃいけなくなるからねぇ」 てきぱきと働く佐助の元に、笊に山盛りの野菜を乗せた幸村が顔を出す。「収穫してきたぞ」「ありがと。そこ置いておいて」「うむ」 朝、日が昇るよりも早く起きた佐助は人の気配と家のつくりを頼りに台所へ向かうと、四郎と出くわした。朝食は当番製で作っているらしく、今日は四郎のほか、三人の者がその役に当たっているらしい。年齢が十二から十八の間の少年達は、皆そろえたように見目が良かった。「四郎は、昨日の客の下へまた行くのだろう」「今朝、経つらしいんだけど、またすぐに来てくれるって」 うれしそうに答える四郎の姿を横目で見る。まるで恋仲の相手の話をしているようだ。他の少年達も、そんな四郎に楽しそうに声をかけている。「僕も、早く来てくれないかなぁ」「松五郎さんが来れば、土産にみずあめを持ってきてくれるもんねぇ」「そうそう。今日は権蔵さんが干魚を持ってきてくれるらしいよ」「やったぁ。なかなか魚は手に入らないもんねぇ」「海の魚だと、いいねぇ」 楽しげな会話はまるで、女達のようだ。やはり男娼であるという話は本当なのだろうかと思いながら、さりげなく佐助も口を挟む。「野菜や山菜は自分達で採ってるみたいだけど、それ以外は客に持ってきてもらってんの?」「僕らは殺生をしちゃいけないんだ。っていうか、やり方も知らないしね」「へぇ? なんでまた」「戦で、たくさん死んじゃったし、そういうところを見てきた奴ばかりだから、血を見て思い出させないようにしたいって、常五郎様は仰ってくださっているんだ」 常五郎は戦の折に母のなきがらにすがる子どもの姿を見て刀を棄て、子ども達を集めて流浪の身となり打ち棄てられたこの村にめぐりついたという。そんなきれいごとを、と佐助は思うのだが幸村は信じ込んでいるらしい。なんという心根の御仁かと、感動すらしている。(そんなきれい事だけで終わるわけ、ないんだよね) 世の中は、きれい事だけで生きてはいけないことを、頭ではわかっていたとしても心が納得していない節が幸村にはあった。食うために、食わせるためにしなければならないことがある。その部分に対する認識が、佐助と幸村には天地ほどの差があった。「ここにいるのは、俺たちが最年長になっちまうのかな」「二十五の東雲が、常五郎様に次いでの年長だよ」「しののめ?」 まるで、巫女か何かの名のようだと思いながら手際よく調理を終えて盛り付ける。「すぐに会えるよ」 四郎が自分と客の分を手にしたのをきっかけに、他の者たちもそれぞれに分担された人数分を手にして運んで行く。幸村と佐助は、常五郎の分と自分たちの分を手に奥の間へ向かった。「佐助は、料理上手だの」 常五郎に褒められ、そんなと口元に手を添えて目を斜め下に落とす。その仕草に威厳を示すかのように常五郎は胸をそらした。「ずっとここに身を置いてかまわぬぞ佐助。もちろん、弁丸も共にな。何も案ぜずとも、心安く居ればよい」「かたじけのうござる」「お優しき言葉、ありがたく」 にこにこと返す幸村と、なよやかに返す佐助を見比べて、常五郎は口元をだらしない笑みに歪ませた。「佐助も弁丸も、村のことを何も知らぬだろう。長くわしのそばにあった東雲に、案内をさせよう」 上機嫌の常五郎が、四郎たちから聞いた村に居座るまでの話を少々大袈裟と感じるほどの内容で、二人に語る。純粋に感心する幸村の横で、三文芝居の戯作者になれるんじゃない、と心の中で呆れ笑いを浮かべながら、外面は常五郎の話に心酔しているふりをする佐助に、時折好色そうな目が向けられる。(ちょろいぜ) ほくそ笑む佐助が常五郎に茶を入れて、片付けをするのでと座を立ち、幸村を促した。「佐助」 部屋を立ち、しばらくしてから機嫌悪そうに名を呼ばれる。振り向くと、声と違わぬ顔の幸村と目が合った。「どうしたのさ、旦那」「いや――その、なんだ。佐助が優秀な忍ではあると常々存じておるし、潜入をするために化けることも当然とは思うておる」「ああ、うん」 何を言おうとしているのかが、わからない。迷う目に、次の言葉が出てくるのを待っていると、怒っているのか恥ずかしいのか――それともその両方か。感情を織り交ぜた顔で睨まれた。「なれど、あのような態度をする必要は、ないのではないか」「は?」 すぐに目をそらした幸村が、佐助の横を足早に通り過ぎそのまま振り向きもせずに姿を消してしまう。それを見送り、幸村の言葉が指し示す事柄に思い当った佐助は口元を手で押さえた。「うそだろぉ」 その唇は、嬉しさでしまりがなくなっていた。 片づけを終え、昼餉の下ごしらえをしておくべきかと土のついた野菜に目を向けた佐助が、気配に振り向く。「佐助、だろう」 涼やかな声に、うなずく。年のころは同じくらいか。白い肌を豊かな黒髪が縁取り、はかなげな気色は女人のようでさえある。――おそらく、東雲だろう。そう判じた佐助に、彼は名乗った。「俺は、東雲という。常五郎様がお前と弁丸を案内しろと」 東雲の目には、敵意のようなものが見て取れた。これを解き懐柔するか、このままにしておくか――その判断はまだ早いと、なにも気づかぬふりで、佐助は笑った。「それは、ありがとうございます」 わずかに、忌々しそうな気配がのぞく。「佐助、早く行くぞ」 そこに、ひょいと毒気を抜くような明るい声で幸村が中をのぞいた。「昼の支度は、当番が居る。まだ二人は何も仕事を任されていないだろう。まずは、ここがどういうところかを、知ることだ」 冷やかに背を向けられ、ぺろりと佐助は舌を出し、幸村とともに村を案内された。 村には、田畑の跡があった。もともとこの村に住んでいた者たちが開墾したものが。だが、その大半は機能しておらず、荒れたままになっている。村にいる少年たちは、東雲も含めて八人。ほとんどが、常五郎がどこかから拾ってきたものだという。年齢はまちまちで、最年少は八つ。最年長は、東雲。村で使える家は常五郎が住んでいるものも合わせて五つ。それぞれに二人ずつが住まい、宿を求めてくるものを泊めてもてなしているという。それぞれに囲炉裏もあり調理をすることも可能だが、常五郎は皆が同じものを食べることを望んでいるという。「わけへだてなく、が口癖のような方なので」 一つ一つの家の前を案内しながら言う東雲の口調は、あくまでも淡々としている。彼の一挙手一投足に注意を払いながら、彼を攻略するほうが有益だと腹を決めた佐助は、幸村の姿を盗み見た。(旦那に知られないように、東雲を陥落するには――) 脳の一部を思考にあてた佐助が、ふと家の裏に人影を見つけて足を止めた。それに気づいた東雲も足を止めて顔を向けると、人影は走り出て東雲の腰にしがみついた。「九朗」 頭をなでられた人影――子どもが佐助と幸村をいぶかる。「彼らは、客ではないよ。これから、一緒に住むことになる」「九朗というのか――俺は、弁丸だ。これから、よろしく頼む」「俺は、佐助」 しゃがみ、目の高さを合わせた二人を見比べる意志の強そうな顔に、佐助は見覚えがあった。(旦那と始めて会った時も、こんな感じだったなぁ) なつかしさに、おもわず漏れた自然な笑みが彼を安心させたのか、九朗は佐助に向けて手を伸ばし、九朗、と小さな声で名乗った。その手を握り、頭をなでる。頭上から苦い視線が降ってくるのに気づき、九朗は使える、と佐助に思わせた。「ところで、客を泊めるときはどこに泊めるかを、いつも常五郎様が決めているのですか」 立ち上がりながら問うと、東雲がうなずく。「はじめての客の場合、まずは常五郎様が対面をし、相手がどういう人間かを見てから、家を決める。物騒な人間を泊めるわけには、いかないからな」「なれば、断る場合もござるのか」「厄介そうな相手の場合は、俺のところにくることになっている。――断り、暴挙に出られても困るからな」「なるほど。年長のそなたならば、ということにござるな。よほど信頼されておられるのか」 その言葉に、さみしげな気配を漂わせつつ、東雲の頬が赤くなった。その腰あたりで、九朗が憮然としたことに佐助が目を細める。そこに、常五郎が呼んでいるという声がかかった。「案内は、ここまでだ。あとは、好きに過ごせばいい」 九朗の頭をなでたあと、呼びにきた少年と東雲が去っていく。怒った様子で家に入った九朗を見て、幸村には先に戻るよう伝え、佐助は九朗の後を追った。 そっと家に入ると、窓のそばに座して九朗は何か書物を広げている。気配を殺して近づきのぞき見ると、それは春本であった。「こんなの、読んでるんだ」 ひょい、と取り上げると驚きすぎて反応の仕方を忘れたらしい九朗が、目をしばたたかせて見上げてくる。いたずらに誘う顔で微笑んで、彼の横に腰をおろした。「九朗には、まだ早いんじゃない?」 唇を尖らせ、ぷいと顔をそむけながら膝を抱える九朗の顔を覗き込む。「それとも、こういうことをするようにって言われたから、勉強している、とか」 はっとした九朗に、笑みを深くして問いを重ねる。「東雲に、言われたの?」 ぶんぶんと首を振って、抱えた膝の間に顔を埋めてしまった九朗の耳に、囁く。「常五郎様に、言われたとか?」 九朗は、動かない。こういうときは、あせらずに待つことが肝要。そのほうが早く口を開いてくれることを、経験から知っている。「俺様も、言われるのかなぁ」 ほう、と息を吐いて春本を開く。こんなもの、幸村が見れば真っ赤になって卒倒するだろう。――こっそり目に入る場所に置いて、様子を見てみようか。載っているようなことをしてみたいといえば、応じてくれたりして――そんなことを思いながら適当に開いていると、視線を感じた。九朗がまっすぐに佐助を見上げている。 問うように笑みを向けると、視線をさまよわせたあとで、誰にも言わないかと聞いてきた。「内緒の話、なんだ」 九朗が頷くのに、小指を差し出す。「男と男の約束を、するよ」 しばらく指を見つめた後、そっと九朗の小指が佐助の小指に絡まった。「九朗は、ここに住んで、どのくらいになんの?」 少し間を空けて、答えられた。「半年と少し」「一番、新しいの?」 こくり、とうなずいてから首を横に振った。「新しいのは、佐助と弁丸だ」「ああ、そうか。そうだね」 やわらかく答えると、九朗が少し距離を縮めた。「二人は、もう客を取ったのか」「まだ来たばっかりだから、おもてなしの方法を知らないんだ」「そうか」 唇を尖らせて、九朗が再び膝を抱える。何かを考えているらしい様子に、再び彼が口を開くのを待った。「東雲が、俺を拾ったんだ」 話し始めた九朗は、床を見つめたままで独り言を言うようにゆっくりと、何かを確認するように声を出す。「坊主になるための修行をさせるって、山寺に入れられそうになったとき、東雲が現れて俺を拾ったんだ」 拾う、という言葉がそぐわない状況なように思えたが、口を挟まずただ先を待つ。「母さまとは違う女が産んだ父さまの子どもが、家を継ぐからおれは邪魔だって、山寺に捨てられに行く途中だったんだ」 なるほど、と納得した。家督争いで負けたか、争いの中に投じられるのを厭うたかで、九朗は仏門に入れることにされたらしい。それを、この少年は捨てられたのだと認識している。「夜中にこっそり屋敷を出されて、山寺に行く途中で東雲がおれの手を取ったんだ。おれを連れて行こうとしていた下人は、いつの間にか見えなくなっていた」 おそらく、殺されたのだろう。「ここに居るのはみんな、おれみたいに山寺に捨てられた者たちばかりだと、東雲は言っていた」 ならばすべて、身分卑しからざる子どもたち、ということになる。そんな子ども――見目麗しい少年ばかりを集め、常五郎は何をするつもりなのか。「最初から、この人数だったのかどうか、わかる?」 大きく首を振り、佐助を見ないままに答える。「もっと、沢山居た。けど、ここに来る間に増えたり減ったり」「減った相手は、どこに行ったか知ってる?」 きゅ、と唇を結んで貝のように身をちぢめて固くする。「貰われていった」「貰われて?」「気に入ったって言う人に、貰われていった」「どんな人たち?」「武家とか、公家とか――そんな感じの人たち」 佐助の中で、だんだんと常五郎の狙いが明確になっていく。公家や武家とつなぎを作る。何も、自分が戦をする必要は無い。誰かの勝ち馬に乗るための蔵があれば、安穏としたまま食うことも出来なくは無い。「それを決めるのも、常五郎様?」 こくり、と九朗はうなずく。「その、本に載っているようなことを勉強して、修行して、上手になれば捨てられる前のような生活ができるって」「みんな、してるんだ」 こくり、とまた九朗が頭を縦に動かす。「でも、こんなところでは武家とか公家とか、そんな人たちは、あまり見ないよね。どうして、ここに住むことになったんだろう」 問いというよりは、自分の考えを口にしたという態の佐助に、九朗は叫んだ。「あいつら、商人とかのフリをして出入りしてんだ! 東雲にいっつもひどいことをするために、身分を隠して!」 腕にすがりつかれ、佐助は当惑した。「東雲、本当はいやなのに――それなのに常五郎様に言われたら、なんでもやっちゃうんだ。ねぇ、佐助も東雲と同じようなことができるんだろ。だったら、東雲の代わりになってよ。あいつら、東雲にひどいことしながら、わらいながら、人殺しの話とかをするんだ」「人殺しの、話?」「戦の話――常五郎様とも、しているんだと思う。東雲が呼ばれて、帰ってこないときは大切な話があるんだって、そう言ってた。そういうときは、ひとりで我慢しておくようにって。そうやって、東雲が帰ってこなかった日の朝は、東雲すごく疲れてて――体中に痣がたくさんあって、きっと、ひどいことをされたんだ」 悔しそうに唇をかむ少年は、自分の無力を知っている。知っていながら、なんとかしたいという気持ちばかりが募り、それが始めに佐助と幸村を見たときの態度になっていたのだろう。「東雲のこと、好きなんだ」 強く、うなずかれた。「東雲は、いろいろなことをしてくれたし、客がおれにもしようとしたとき、守ってくれた。でも、いつかはしなくちゃいけないんだって言って、悲しそうに笑うんだ。しなくちゃいけないときは、怖くないように東雲が最初に教えてくれるって」「そっか」 そっと九朗の髪を撫でながら、幼い日の弁丸を思い起こす佐助の中で、ひっかかるものがあった。「九朗――戦の話をするときは、必ず東雲は呼ばれるの?」「すごく大事な話があって、特別なおもてなしをしなくちゃいけないとき、東雲は必ず呼ばれるんだって。東雲は特別の技を使えるからって、言ってた。たぶん、戦の話だと思う。東雲にひどいことをするやつらはみんな、戦の話をするから」 佐助の脳裏に、すごい速さでこれまでのことが集約される。さきほど急いで東雲を呼びにきた少年。変装をして現れる武家らしき者たち。――大切な話をするときは、東雲は必ず呼ばれる。それは、たぶん戦の話で――村に滞在している者は、すでに居る。今日は来る者もいると、会話に上っていなかったか。甲斐は目と鼻の先。幸村の姿を知っているものがもし、居たとしたら――。 まずい、と佐助は太陽の位置を見た。幸村を先に帰してから、四半刻は経っている。 驚く九朗の目の前で、佐助の姿はかき消えた。 少年に呼ばれて戻る東雲に、先に帰れと言われた幸村が追い付く。「一人か」「佐助は、もう少し村を見て回るそうにござる」 それ以上何もいわず、東雲と幸村が戻ると常五郎がわざわざ出迎えに来た。「おお、弁丸も一緒か。ちょうどよい。客がいらしておるからな、東雲はすぐ茶の用意を整えて参れ。弁丸は、わしと奥に上がれ」 いぶかる東雲に、そっと常五郎が袖から出したものを渡す。それを受取りながら向けられた目線の意味に、東雲はうなずいた。「お客人がいらっしゃるのに、某がともにあって、かまいませぬのか」「村の者によくしてくださる方だからな。新しく世話になるのだから、挨拶をしておいたほうが良いだろう」 それに納得したらしい幸村が常五郎と奥に向かう廊下を進むのを見送り、東雲は手の中の包みに目を落とし、そっと息を吐いた。 部屋に入ると、男が二人ほど坐していた。幸村の姿を見て、顔を見合わせる。「さぁ、弁丸。挨拶を」「一昨日より、この村に世話になっておりまする。弁丸と申しまする」 手をつき、頭を下げる幸村にわずかな当惑を漂わせつつ、男たちは笑みを浮かべた。「この村は、住み始めると心地がよくて離れがたくなるからなぁ」「今からそれを、身をもってそこもとは知ることができるぞ」「今から、にござるか」「そうそう。これから、天にも昇るような心地に、なれる」 男たちの笑みの中に下卑たものが含まれていることになど、一向に気づく様子のない幸村に常五郎が言葉を添えた。「弁丸、この村では皆が客をもてなす技を持っている。それを、今からこの方々が教えてくださるのだ」「なんと。もてなす技とは、いかようなものでござろうか」「東雲はその技の達人であるから、東雲が参ってからじっくりと教えてやろう」「おお、それは楽しみにござる」 無邪気な幸村の様子に、男たちがぼそぼそと言い合い始めた。「姿かたちはよく似ているが、紅蓮の鬼がこのように幼いはずは、あるまい」「いやいや。噂によれば、相当に初心なたちであると言う。本人に違いない」「しかし、間者とするには稚拙すぎはせぬか」「もう一人おると言っておったろう。それが裏で動いており、こちらはおとりでは無いのか」 幸村の正体を知っているらしい男たちの声は幸村には届かず、彼はおとなしく坐している。そこに、茶を盆に載せた東雲が現れた。「お待たせ、いたしました」 優雅なしぐさで湯呑を配る。常五郎の前に置くときに目配せをされ、唇を結んで目礼をした。最後に、幸村の前に茶を置くと東雲は末席に腰を据えた。「東雲の舞を見られるかと思うと楽しみで、足が急いたわ」 それらの声に、東雲は静かに瞼を伏して優雅に手を付き頭を下げる。「東雲殿は、舞の名手であらせられるのか」「一度見たら病み付きになるほどになぁ」 男たちの笑みの意味に、東雲は身を細くてますます頭を下げる。意味の分からぬ幸村は、ただただ純粋に感心しながら東雲を見た。「まぁ、それはそれとして久しぶりの滞在に乾杯といこうではないか」 男の一人が湯呑を掲げ、きょとりとする幸村に常五郎が教える。「この村では酒は法度にしているのだ。酒乱があり子どもたちが怖い思いをしては、ならんからな」 なるほどと幸村も湯呑を手にした。「では、一杯目は一気に」「楽しき宴の始まりに」 それぞれが湯呑を掲げて一気に飲みほす。幸村も、それに倣った。「ここで飲む茶は、酒よりも甘いな」「なんの、舞がはじまれば甘味はさらに増す」 飲み干された湯呑に、東雲が茶を注ぐために腰を浮かせる。ゆったりとした動作で客から常五郎と注ぎ、幸村の前に来て注ぎ始めると、ちらと彼の様子を伺った。「ここでのもてなしというのは、舞にござるのか」「九郎以外はみな、舞えるぞ」「なんと、それは――?」 常五郎に顔を向けた幸村の脳が、ぐらりと揺れる。体を支えることが出来ず、ゆっくりと東雲に身を預けるように倒れた幸村の息が、熱に浮き始めていた。「な、に――体が、重い?」「これから、東雲と共にシテを演じてもらうために、薬を仕込ませてもらったのよ」「何、心配はいらぬ。極楽浄土をこの世で味わうための薬だ」 話す男を見るために動かす目すらも重く感じる。肌が泡立ちはじめ、身を起こそうと動いた時に胸の先が布に擦れ、息をのんだ。「少し、多めに仕込みましたが」「虎の若子と呼ばれる真田幸村を相手取るのに、常人と同じでは困る。多めでかまわん」 自分の名を呼ばれたことに、はっとして重い体をなんとか起こそうとし、東雲という支えから離れた体は床に這う形になった。「俺の、名前を――何故」「戦場で何度かお見かけしたことが、ござる。よもや、このようなところにとは思いもせなんだが――棚から牡丹餅とは、まさにこのこと。あの紅蓮の鬼を籠絡し、捉えたとなれば殿もお喜びになる」「そのために、楽しませてもらうが。心配はいりませぬぞ幸村殿。この東雲がまずは、傷がつかぬよう優しく手ほどきをいたしますからな」「――貴殿らは……商人では無いのか」「まだ、何処の、とは明かせませぬが。いかにも拙者らは武人にござる」「じょ、ごろ……どの」「腹を明かすのは、また後で。まずは東雲と舞い、わしらの目を楽しませていただこう。――東雲」 言われ、東雲がするりと帯を解き素肌をさらす。「いつみても、東雲は美しいな」 まだ未熟な童のように滑らかな体躯の東雲が、はじらう気色も見せずに幸村の前に座り、そっと着物の合わせ目に手を入れて胸の尖りに爪をかけた。「ひっ――ぁ」 そのまま指の腹で押しつぶし、つまんでひねると幸村の腰が跳ねる。「はっ、ぁ、ああ」「東雲、それでは様子が見えにくい」「申し訳ありません」 そっと幸村の肩を押し、仰向かせる。幸村の肩を膝に乗せ、胸で頭を支えた。「ぅ――」 熱に浮かされ、荒い息を吐く幸村をいたわるように、そっと胸元へ東雲の手が添えられる。着物の中へ差し込まれたそれが動き、幸村に舞を強要した。「はっ、ぁ、ああ」 東雲を止めようと伸ばされた手が、腕を掴むだけにとどまる。胸の実を弄ばれるたびに跳ねる幸村の腰が、足掻きが小袖の裾をめくり下帯を覗かせた。「これは、なかなかに――」 すっかり立ち上がった幸村の牡が下帯を押し上げ、先端に染みを作っている。乱れる彼の姿に、男たちは喉を鳴らした。「紅蓮の鬼と呼ばれる男が、東雲のたおやかな指で舞う姿が見られようとは」「おうおう、幸村殿。漏らしておいでか。下帯が、しとどに濡れておりますぞ」「や、やめ、ぁ、あ、は、ぁあ」 力を籠めようとすれば、巧みな技で邪魔をされ、幸村はただ喘ぎ、解放を求める自分の熱に浮かされるしかない。羞恥をあおる言葉と視線にこらえようとする理性は、下肢に伸びた東雲の手で、あっけなく砕かれた。「はっ、ぁあんぁ、あ」 そっと持ち上げるように撫でられ、甘えた声がこぼれ出る。それに羞恥を覚える前に、指が牡に絡み、下帯の横から取り出された。「おお、なんと立派な摩羅にござろうか」「びくびくと震えて、よだれを垂らしておりますな」「ぁ、や――み、みな……ぃでくだされ、ぁ、ああ」「ほれほれ東雲、もっと気持ちようしてさしあげぬか」「んはぁあ――ぁ、そ、そこ、あ、や、ああ」 先端の吹き出し口を念入りにされ、幸村の腰が強請るように揺れる。あふれる蜜をからめた指が、下帯を剥いで尻の奥にある花弁に触れた。「っ! そ、そこは――そこは、おやめくだされ――東雲殿っ、そこは」 哀願の為に見上げた顔に満ちている侮蔑と悲哀に息をのんだ瞬間「ひっ、ぁ、あぁあああ」 東雲の指が、幸村の内に埋められた。「おお――東雲。もっと良く見えるように広げぬか」「摩羅もほれ、弄ってほしいと震えておるではないか。もっと狂わせてさしあげよ」「ぉ、ぁふ、んぁ、あ――ぁひ、ぅう」 東雲の指が、幸村を攻める。肩を合わせ、胸に舌を伸ばし、下肢だけでも十分に狂おしいのに攻め場所を増やした東雲が産む体中を駆け巡る大渦のような快楽に、涙をあふれさせながら幸村は縋った。「も、もぉあぁ、ひっ、ひぅう、や、ぁあ――はひっ、ひぃい」「なんと、これはたまらぬ」 男たちが着物を脱ぎ、自分の牡を取り出して擦り始める。絶頂を迎えるギリギリのところでかわされる指技に、幸村は子どものように泣きじゃくりながら身をよじった。「ぁあ、も、もぉ、ぁ、もぉ、い、いかせ――いかせてくだされぇえ、あ、ぁあ」「ほほう、幸村殿、どこに行きたいと申されるか」「んぃいあ、ぁ、だ、出したいっ、だ、だしとぉござる」「何を、出したいのかな」「んぅ、ふっ、ふぅんん、ぁ、も、ぁあ」「何を出したいのか、教えてくだされば望みが叶うやもしれませんぞ」「はぁあ、ぁ、こだね、ぇえ、こだね、ぁ、ぁあ」「ほほっ、子種と! さきほどから垂れ流しておるではないか」「はぁ、ぁ、ぁあ、もぉ、ゆるっ、ゆるして、ぁ、ああ」 東雲の指で解された菊花は淫らに熟れ、はち切れんばかりの牡を快楽に震わせる幸村の姿に男たちの自慰の手が早くなる。「おっ、おお、もう、たまらぬっ」 思わず幸村にその手を伸ばし「ぎゃっ」 無様な声を発した。「な――忠盛殿っ」 床に手を縫いつけられて喚く男の姿に、狂宴の艶が四散する。そこに、平坦な声が落ちた。「その薄汚い手で、旦那に障らないでよね」 全身の産毛が逆立つ気配に、常五郎と男がのどの奥で悲鳴を上げる。「ひぐぁああ」 いつの間に現れたのか、忠盛の手を床に縫い付けているクナイの上に、佐助の姿があった。「あんな卑猥な事、俺様だってまだ旦那の口から言わせてないのに」 空気を切り裂く音がして、ストンと男の牡にクナイが突き刺さる。「ぅごぁあああ」「粗末なもの、旦那に突っ込もうとするとか、考えるだけでも万死に値するってね」 感情の色がないくせに、おどけたような口調の忍は男たちの体に致死に達しないよう急所を外して次々とクナイを打ち込んでいく。「アンタたちが何処のだれかとか、もう、どうでもいいや」「ぃいぁ、も、ゆるしてくれぇ」「絶対、お断りだね」 最後に眉間に一つずつ、クナイを打ち込み終わらせた。「さて」 ゆっくりと、東雲とその腕の中で身悶える幸村に目を向ける。「ごめんね旦那、遅くなって」「ぅえ――さすけぇ」 手を伸ばせば、幸村も腕を伸ばしてくる。それを助けるように、東雲が幸村を支えた。「はっ、ぁ、ああ、も、さすけぇ、さすけぇ」「うんうん、怖かったね。ごめんね旦那、ごめん」「んっ、んん、は、はやく、ぁ、さすけ、ほ、ほしい、ぁあ」 ちら、と佐助が東雲を見ると、彼は人形のような顔で立ち上がる。「薬を仕込んである。早く、突き上げてやるといい」 ゆらりと常五郎の死体に寄り添った相手に、言葉を投げた。「アンタだけを生かしておいた理由、もう少し考えてから死んでくれるとうれしいんだけど」 ふわ、と東雲の顔が佐助に動いた。「アンタがいなけりゃ、あの子たちはどうなるのさ。――まぁ、俺様としちゃ、全員殺してもかまわないんだけどね」 東雲の目が瞬き、伏せられる。「常五郎様の傍にある以外の生き方を、知らぬ」「それで死なれたら、旦那が悲しむんだよ。――生きる気があるなら、使い道有りそうだし、ウチで雇ってやってもいいかな、なんて。ま、旦那の治療が終わるまでに、腹を決めておいてくれよ」「んぁ、さすけぇ」「うんうん、ごめん旦那。すぐに楽にさせてあげるからね」 ちゅ、と甘やかすように口づけて、忍は主と姿を消した。「生きる……」 うわごとのようにつぶやき、物と化した常五郎を見、瞼を伏せた東雲の耳に、あの子たちはどうなるのさ、という佐助の声が木霊した。 二人に用意された部屋の薄べりに、そっと幸村を横たえる。「ぅ、んは、ぁ、さすけぇ、さすけぇ」「待たせたね。すぐ、気持ちよくするからね」「は、ぁ、ぁああ」 体を折り、幸村の牡を口に含む。キュウと絞るように吸い上げながら解された菊花に指を入れて促すと、寸の間も置かずに弾けた。「はぅ、ぁ、ぁあああ」 音を立てて残滓もすべて吸い上げる。恍惚とした顔を上目で見ながら飲みほし、手の甲で口を拭った。「いっぱい、出たね旦那――もっと、出しておく?」 伺う佐助の肩に手が伸びる。それに導かれるように覆いかぶさると、不器用に口づけられた。「佐助も――」「ん?」「俺の中で――早く……っ、ほしい、佐助」 達したことで少し落ち着いたらしい幸村が、腰に足をからませてくる。複雑な思いで口づけを返し、佐助は自身を取り出した。「薬の力なんて使わずに、そういうこと、言われてみたいな」 自嘲気味につぶやきながら、幸村の背に腕を回し、腰を浮かせる。「いっぱい、繋がろう」「はっ、ぁ、ぁああ」 ず、と佐助が埋まり、待ち焦がれていたような声を上げて幸村がのけぞる。すべてを埋め終えると、強請るように腰を振る幸村に苦い笑みを浮かべ、佐助は求められるまま突き上げた。「ぁ、はぁ、さすけぇ、ぁ、あつ、ぁ、もっと、ぁ、さすけぇ」「ふ、ふっ、ぁ、すご――旦那の中、きもちぃ」「はぁ、ぁ、あ、さすけぇ」 身も世もなく淫らな声を上げる幸村が身をくねらせて求めるのに、喜びと同等の罪悪感が佐助の腰を動かし続ける。「は、ぁ、も、ぁあ、さすけぇ、はやくっ、ぁ、ああ」「うん、も、俺様も限界――っ〜〜〜〜!」「っ、はぁあぁあう」 ぐ、と奥に突き上げ放つ佐助と共に、幸村も盛大に吹き上げる。ひくつく内壁が佐助のすべてを飲み干すように動き、佐助も幸村の牡を擦った。「はぁ、ぁ、ああ、ぁ」「んっ、はぁ……すご、旦那――俺様の、食いちぎられそう」 ふふ、とさみしげに笑った佐助の頬が、思い切りひっぱたかれた。「痛ッ――な、何」 目を白黒させる佐助を、欲におぼれながらも射抜くように睨みつける。「旦那――?」「っ、たとえ薬のせいで、その――このようになっていたとしても、ほ、ほしいなどと言うのは……おまえ、だからだ」 言いながら、だんだんと赤くなっていく幸村の顔は、最後にはうなじまでを染めるほどになっていた。「え、それって」「聞くな! と、とにかく――気を病む必要など、無い。それよりも……その、お、俺との、その、なんだ――しゅ、集中をしておれ」「旦那ぁ」 感極まったらしい佐助が強く幸村を抱きしめる。その肩口に顔をうずめ、恥ずかしそうにボソボソと幸村が呟く。「だから、その――もっと……佐助を寄越せ」「んふ。そんじゃま張り切って、旦那のお腹がはち切れちゃうくらい、注がせてもらおっかな」 ちら、と目を上げた幸村と柔らかい佐助の目がぶつかり、繋がる。ゆっくりと唇を重ねあい、言葉通りに二人は体力の続く限り睦みあった。 縁側でのんびりと庭を眺めている幸村の横で、佐助も同じように風に髪をなぶらせている。柔らかな日差しの中、猫のように目を細めてうつらうつらとしている主をまぶしそうに眺める。「旦那、昼寝をするなら薄べりを敷くけど」「ん、かまわぬ」 どう贔屓目に見ても眠りのふちにいるとしか思えない幸村に、仕方がないなと心中で呟いた佐助の目に、ふとよぎった影がある。 影はふわりとほほ笑んで、その腰に子どもをまとわりつかせ、行先を変えた。「――どうした、佐助」「ん、なんでもないよ」 寝ぼけた声に応えつつ、佐助は空を見上げた。 夜明けの光を意味する者が、夜の終わりに身を進めたことに笑みを浮かべながら――※東雲=夜明け・あけぼの・夜明け前の茜空。2012/2/28