圧縮され、弾けた大気に木々がざわめく。沸き起こった熱風の中心に、二人の男が居た。それぞれが持つ得物――刀と槍の交わるところから、凝った力がぶつかりはじけ、大気を震わせている。「はぁああああっ」「ぬぅううううんっ」 押し合う力がはじけ、互いに後ずさる。互いを見据える瞳は、楽しげにきらきらと輝いていた。「ふっ」「Ha!」 腰を落とし、地を蹴る気合が到達する前に、間に入った影があった。「そこまで!」「はい、おしま〜い」 鋭い声と、呑気な声が同時におこり、駆ける二人は息を吐いて進む体を止めた。槍を持つ男――真田幸村は彼の忍、猿飛佐助の楽しげな顔を、刀を持つ男――伊達政宗は腹心の、片倉小十郎の引き締まった顔を見つめつつ、その鼻先に切っ先を当てていた。「これ以上は、お怪我をなさいます」「これ以上は、しゃれになんないってね」 小十郎に向けていた刃をおろし、政宗は息を吐いて肩をすくめて落とす。「政宗様」 不服そうな主に、咎める声を発した小十郎に「I See」と口内で呟いた。「旦那」 つん、と切っ先をつついた忍に、落胆の色を隠そうともしない幸村は目を閉じて気を落ち着かせた。「喉が渇いただろう。茶でも、するか」 政宗の呼びかけに目を開けて「有りがたく」 と幸村が返じた。 春先の、少し肌寒いうららかな日差しを浴びて、幸村は団子をほおばり、政宗は茶を口に運んでいた。さわさわと風と葉が奏でる音に耳を傾け、ほうと息を吐く。「春、でござるなぁ」 ふわ、と政宗の前髪が揺れ、幸村の頬が風に撫でられた。「歌詠みでも、するか――ああ、アンタはそういうの、苦手そうだよな」 からかうように言われ、恥ずかしげにする幸村に目じりを面白そうに下げる。「色恋の歌なんざ、解することも出来ないんじゃ無ぇか」 戦場では他の追随を許さぬほどの覇を放つ彼は、ひとたび日常に戻れば年よりも初い青年と化す。特に、色事に関しては幼いと称するほどに、うとかった。「失礼な」 だから、彼の抗議は意外であった。「某にも、その――解する心は、ござる」 目じりに朱を差し足元に目を向ける幸村に、おやと眉を上げた。「俺に対して、じゃあ無さそうだな」 す、と寄って頬に触れる。持ち上がった目が瞬き、顔中が赤くなった。「なっ、な――ぁ」「妬けるな」 頬に手を添えたまま、顔を近づける。唇がふれるか触れないかで止めて、見つめた。「聞かせろよ――アンタがそんな、幸せそうに笑う思い出の相手の話を」 幸村の目が、記憶を見るために政宗から下りる。触れるために浮かせた腰をおろし、面映ゆそうな幸村の横顔を見つめた。「ずっと、幼い自分の話にござる」 宝物を、そっと両手で包み、持ち出しているような気色で語り始めた。 「どこかのお屋敷の庭先で、童であった某は、遊んでおった」 それは、何の為に何処に居たのかも覚えていないほど、幼く遠い記憶だと、彼は笑う。「美しい黒髪の、悲しげな幼子と、会うたのでござる」 ひどく寂しそうな女童は、春霞の中に紛れて消えてしまいそうなほどに、儚かった。「桜の精かと、思うほどに」 それは、ひどく優しい記憶なのだろう。幸村の唇に乗る微笑に、政宗の胸は温かさと悋気を起す。「けがをなさっておるのか、右の顔に布を巻かれておりもうした」 そう、政宗殿のように――と幸村の指が眼帯に触れる。少し首をかしげた彼の笑みに、政宗の唇がつられた。「濡縁から、その女童はじっと一点を見つめておられた。某は、いかがしたのかと声をかけた。するとぽつりと、桜、と申された」 幼い幸村は、桜がほしいと解釈し、庭にあった見事な桜の枝を折ろうと幹に手をかけ足をかけ、懸命にのぼろうとした。けれど、彼の忍のようにはできず、ずり落ち、枝に手が届かない。「花を手にすれば、消えぬと思えたのだ」 少女を、この世にとどめることができると思ったと、さびしげに自嘲した幸村の眼帯に触れていた手が落ちる。それを、政宗が握り自分の頬に当てた。「本当に、はかなく美しい、世につなぎとめるものの無いような、方であった」 幼い幸村は、必死になって桜の幹に張り付いた。何の感情も示さずに立ち尽くす彼女に、何かを与えたくてたまらなかった。「どれほどしても、某の手は枝には届かず、すりむき、ひりひりとあちこちが痛み、口惜しさに情けなくも涙が滲みそうになった折、東風が庭に吹き込んで――」 ざあ、と桜が舞い散る。幹から落ちた幸村は、地に這ったままそれを見つめた。桜吹雪の先に、少女の姿が見えた。「花に、浚われてしまうかと思った」 あわてた幸村は両手を広げ、必死に花弁を受け止めた。手の中に収めたわずかな桜の花びらを、少女に差し出した。「いつか、あの枝まで届くほどになれば、必ず差し上げるゆえ、それまでこの地にとどまっていてはくださらぬかと、そう言いながら花弁を差し出した」 少女は傷だらけの幸村の手のひらから、そっと花びらをつまんだ。「そして、ぎこちなくも微笑まれ、頷かれた」 胸にたまった想いを吐き出すように、息をつく。幸村の顔をじっと見つめていた政宗がニヤリとした。「そいつとは、会えたのか」 ゆるく、かぶりを振る。「どこの誰やも、わかりませぬゆえ」「もし、そいつと会えたら――そいつが今でも、アンタが桜の枝を届けることを待っていたんなら、どうする」 思い出に耽る幸村の目が、政宗を見た。強い光を放つ瞳に呑まれ、喉が鳴った。「そ、れは」「――――どうする」「お届けしとう、ござる。約束を、憶え待っていて下さったこと――某を覚えてくださっていたこと…………感謝しとうござる」 ふうん、と幸村の目の奥を見つめ、手を放す。「半刻のちに、ここをまっすぐに進んで離れが見えたら右手にまわれ」「は?」「行けば、わかる」 何かを企む顔をして去っていく政宗の背を、不思議そうに見送った。 言われた通り、半刻たってから幸村は庭を進んだ。離れを目にし、右に曲がり「――ッ」 目を見張る。そこには、見事な桜が咲いていた。「こ、れは」 記憶の桜と、酷似している。いや――濡縁の位置、庭の草木の位置すべてが、記憶のままで「いったい――これは」 誘われるよう幹に寄り、手を当てる。どっしりとした重厚な気が、満ちていた。 ざあ、と風が吹く。花が揺れて舞った。 はっとして振り向いた幸村の目に、舞う花びらの向こうに、美しい黒髪の、右目に眼帯をした春色の重を纏っている――伊達政宗の姿があった。(嗚呼) 心中で、吐息のような感嘆を漏らす。(そうで、あったのか) 武家では、病がちな男児を、一定の年齢がくるまで女の格好をさせるという風習がある。母体の強い生命力を加護とする為に。 政宗が、薄く笑んでいる。大人になった幸村に、この桜の枝を手にすることは容易くなっていた。手ごろな枝を折り、捧げ持って傍による。「政宗殿で、ござったか」 その声に、落胆は見えない。「アンタだったんだな」 幸村の手から、桜の枝を受け取った。「竜をこの地に留めているのは、アンタだ」 幸村の髪に乗った花びらに、唇を寄せてつまみ、彼の首に触れる。「桜の精のようだと、言ったな」 視線が、絡んだ。「アンタの肌に――花弁を散らしてぇ」 ふわ、と頬を赤くした幸村の唇を、奪った。「ん――」 ひらりひらりと、政宗の唇が幸村の頬に、鼻に、瞼に舞い落ちる。ふせられていた幸村の瞼が、離れる気配と同じ速度で持ちあがった。 薄紅のあざやかさでほほ笑む政宗が差し出した手に、夢を見るように笑んだ幸村の手のひらが乗る。舞に誘う軽やかさに引かれて室に上がった幸村を抱きしめるように、障子に手をかけするりと閉じた。「ふ、んっ」 互いの腰に腕を添わせ、花蜜をついばむ小鳥のように、唇を重ねあう。触れるたびに体内に満ちてくる甘い芳香に、あまえたような鼻息が漏れる。「は、ぁ」 溢れる想いをとどめきれず、開いた口に舌が忍ぶ。歯列をなぞり、上あごをなで、舌をからめとると、腰にある幸村の手に力がこもった。「ふっ、んっ、んっ、ぁ、は」 絡む息が、熱くなる。触れた腰に、当たるものがあった。「は、ぁ」 腰を引き寄せ足の間に太ももを割り入れ擦ると「ぁ、はっ」 幸村の顎がそれ、口が離れた。「ま、政宗、どの」 目じりが、赤い。困惑をしている様相に、目を細めた。「なんだ……いまさら、待ったは無しだぜ」「そうではござらぬ――その、着物をお脱ぎくだされ。女人のそれを羽織られたままというのは、どうにも」 口ごもり、うつむいた額に口づけた。「なら、脱がせてくれ」 驚き上がった顔が、火を噴きそうに赤くなる。「ほら」 促すように両手を広げると、羞恥をこらえるために怒ったような顔をしながら、幸村の手が政宗の襟に触れ、着物を滑らせる。誘われるように、政宗の首に唇で触れた。「んっ」 きゅう、と強く吸うと肌に花弁が描かれる。「つけるのは、俺の役目だろう」 もう一度、としかけた幸村を止め、襟をくつろげ唇を落とした。「ぁ――」 首に、肩に、胸に、政宗の花弁が刻まれる。存在を確かめるような刻印に、幸村の胸ははちきれそうに膨らみ――欲が頭をもたげた。「花蜜が、溢れてるぜ」「は、んぁ」 布ごと口に含まれる。染みる唾液が布をまとわりつかせ、幸村の牡を透けさせた。「はぁ、んふぅ――や、ぁ、あっ、ま、さむね、どのっ、ぁ、あぁ、あ」 もどかしさに、気恥ずかしさに、腰のあたりにうずまく欲に、涙がにじむ。「はぁ、あっ、ぁ、あ」 わななく太ももに口づけ、邪魔な者を取り去った。「♪〜 桜の幹より、立派じゃねぇか」「なっ、何――ぁ」 抗議をしようとした先を、先端を吸われて邪魔される。そのまま口内に呑まれ擦られ、両手で政宗の頭を掴みながら欲に熱を委ねる。「ぁ、も、は、あ、ぁあっ、ああぁあっ」 どく、と脈打ち噴き出すと、合わせるようにきつく吸われた。「はん、ぁあ、ぁ」 すべてを放ち終えた幸村の膝が頽れ、政宗と同じ目の高さになる。悪童の笑みを浮かべた政宗が、幸村の視線を自分に向け、口を開いて掌に白濁した液を乗せた。「――ッ」 それが、自分の放ったものだと気付き、顔をそむける幸村の肩を押す。「持ち合わせが無いんでな――これで、解す」「う、ぅうっ」 羞恥に染まる肌を開き、双丘の奥にひっそりと咲く菊花へ指を這わせた。「ふっ、ぁう」 つつき、収縮したそこへ指を入れる。逃げるように腰が跳ねた。「幸村」 呼ばれ、顔を覆っていた両腕を開く。深い水底のような瞳が、目の前にあった。「政宗殿」 静かに、唇が重なる。「はっ、ん、ぁ、ああっ」 内部で指が動き始めた。幸村の蜜で滑りをよくされた指が、繋がる個所を解し開く。「ぁ、ふ、んっ、んぁ、あ、んぅう」 むくむくと、幸村の欲にふたたび熱が凝り、重ねた政宗の腹をつつく。唇を重ねながらそこに手を伸ばし、先端をやわやわと握りこんだ。「ぁはっ、ぁ、ま、さむね、どのぉ、や、ぁ――あ」「何が嫌だ――気持ちいいだろう」 左右に首が振られる。「そっ、それがし、ばかりが――ぁ、ああ」 両腕で縋る姿に、どうしようもないほどの愛おしさが込み上げた。「なら、足を開いて――俺を、招いてくれ」 幸村の腕が、緊張に硬くなる。それでも足はゆっくりと持ち上がり、政宗の腰に絡み付いた。「Ok――Good」ちゅ、と肩口に顔をうずめる髪に口づける。そのまま、腰を進めた。「はっ、ぁ、ぁ――あっ、ぁあっ、はぁうぅ」「くっ、ぁ――ふっ、ん、はぁ――んっ」 政宗の言葉通り、幸村の内壁は彼を招いた。蠢動し、誘い、飲み込み、絡み付く。十分に熱を持っていた政宗の牡は、淫蕩なそれに高ぶりを強め「ん、ぁぁああああっ」「く、ぅうッ」 奥まで達した瞬間、きつく絞りあげながら蜜をほとばしらせた幸村に引きずられるように、注ぎ込んだ。「はぁっ、ぁ――あ」「Shit――まさか、突っ込んだだけで……」 情けねぇ、とつぶやく政宗の頬に口づける。「政宗殿」「下手な慰めをしようってんじゃ、無ぇだろうな」「ちっ、違いまする――その、なんというか…………こう、心がふわふわとして――口づけとうなったというか…………」 ごにょごにょと歯切れの悪い様子に、幸村自身も判然としかねるらしいと息を吐く。「――ただ、幼少のころより某は、政宗殿にとらわれていたのかと……そして今は、このように身を重ね、繋がり――熱を共有できるのかと思うと、何やら、あわあわと高ぶるものが……」 続いた言葉に、あっけにとられた。「アンタ――今、とんでも無ぇことを言ってる自覚、あるか」 きょとんとされた。「だろうな――くっく」「な、何を笑うておられるッ」 こつん、と額を合わせた。「とらわれてんのは、どっちだろうな」「え」「――まぁいい。先に出しちまったぶん、滑りも良くなってんだろ――存分に、熱くなろうぜ真田幸村」 言葉にそぐわぬ甘いささやきに、口づけの返事が届いた。2012/3/26