俺様と旦那は、円周率みたいだ。 習ったときに、そう、思った。 割り切れない、延々と続く円周率。継ぎ目のない、なめらかな曲線に内包されたものを示す数字。 だから、円周率は、好きだ。 唇をとがらせ、懸命に数学の文章問題に挑んでいる旦那こと真田幸村の頬に吸い寄せられそうになるのをこらえ、家庭教師としての責務を果たす。――旦那にテスト後のごほうび、あげたいしね。 彼は、意味なく人にものをもらう嫌う。正確に言えば、自分だけが得をすることを、嫌う。だから、旦那のことなら何でもしたいし与えたいと思う俺様の気持ちと、旦那の気質を重ねると、テストでいい点数を取ればごほうび、という形が一番良い。ま、旦那が点数悪いなんてこと、滅諦ないんだけどね。「よしっ」 問題集が全部解けたらしい旦那が、うれしそうに俺様を見る。「どれどれ」 覗き込む横目で、満足げな旦那の顔を見る。褒められるのを待つ顔は、ほんと小さいころから変わらない。「――うん。計算式も答えも、バッチリ」「まことか」 自信がありそうな顔で待っていたくせに、俺様がそう言うと、ほっとした様子で破顔され、抱きしめたい衝動にかられるけれど「はい、じゃあ次ねぇ」 そんなことをすれば、抑えが利かなくなることは明白で「うむっ」 こうして机に向かう旦那を狼狽えさせることになるのは、目に見えていて「佐助、ここは――」「どれどれ」 早くテストの日が来ればいいのにと、切に願った。 旦那の点数は、やはり文句のないもので、ごんなご褒美を用意しようかと考える時間ももちろん楽しいけれど「佐助、さすけっ! クマが投げられた餌を上手くとらえておるぞ」「そうだねぇ」 わぁあ、とサファリの車の中で興奮をしている旦那の姿を見るほうが、もっとずっと楽しくて、うれしくなる。「おお、キリンが居るぞ」「降りてみる?」「えっ」 振り向いた顔はもう、期待にはち切れそうで――そんな顔をされると、俺様の胸はうれしさと愛しさではちきれそうで「草食動物エリアは、車から出てもいいらしいよ」 言いながら設置されている駐車場にレンタルしたワゴン車を止めて、降りた。キリンにかけより、組まれた台に上り、飼育員から渡された人参をキリンに差し出している。「さ、佐助ッ!」 伸びてきたキリンの舌が、旦那の持っていた人参をからめとり、口に運ぶ。驚きと喜びをないまぜにした旦那の姿は、小さな子どものようで――飼育員も縁起や愛想でなくニコニコとしてしまうのは、当然だろう。「弟さんは、動物がお好きなんですね」「ああ、まあ」 あいまいに笑い返しておく。兄弟にしか、見えないんだろう。どこに行っても、そう言われる。けれど、訂正をする必要は無い。俺様たちだけが、知っていればいいことなんだから。――恋人同士だって、いうことは。「仲がよろしいんですね」 この年になって、兄弟でサファリパークに来るなんて、そりゃあよほどに仲が良くなくては――良くてもあまり、無いことなんじゃないだろうか。「佐助ッ! あちらにはカバがおるぞっ」「あ、ちょ――勝手にあちこち行かないでよ」 言い終える前にカバに突進をしていく旦那のしっぽが、うれしそうに揺れて跳ねて俺様を呼んでいる。そんな姿を見るたびにうれしくなる半面――少し困った感情も沸き起こることを、無邪気な人に知らせたら、どう――思うんだろう。「佐助、今宵は泊まって行くのだろう」「え」 頬杖を突き、抹茶パフェをほおばる旦那を眺めていたら、そんなことを言われた。「え、泊まる――って」 旦那の家に泊まることは、初めてじゃない。きょとんとしている旦那に「ああ、うん、そうだね。そうしよっかな」 あわてて言った。――旦那の口元についているクリーム。それを見て、口づけたいだなんて、それより先の事もしたいだなんて――そんなことを思っている時に言われたもんだから、少し、動揺した。「そうか」 俺様の動揺なんて気付いた風もなく、食べることを再開した旦那の無邪気さに、安堵と落胆を浮かべながら、俺様は夕飯の献立を考えていた。 今夜は俺が料理をふるまう、と気合を入れた旦那が作ってくれたのは、カレーライスだった。不器用なりに懸命に作ってくれたカレーは、少し水っぽかったけれど「おいしい」 俺様の為に作ってくれたのだと思うと、ほっこりと胸が温かくなる。旦那は納得してい無いようで「佐助のように、うまくできなんだ」 と、しおれているけれど。「上出来だよ」「なれど――何やら水っぽくなってしまった」「スープカレーっていうのもあるし、大丈夫だって」「スープカレー」「今度、食べに行こっか」「うむ――あ、いや」 目を落とし、唇をもにゅもにゅと噛んだりゆがませたりしだす旦那は、何か思惑があるらしい。「どうしたのさ」「勉強を教えてもらうだけでなく、褒美までもらい、何やら申し訳ないと思ってな」 ああ、それで手料理か。高校生の旦那の、精一杯の感謝の気持ち。「好きでやってるんだから、気にしなくてもいいよ」「なれど――」「じゃあ、旦那が大学生になって、アルバイトを始めたら、なんかおごってもらおっかな」「それは、むろんそうするつもりなのだが――俺は、佐助に甘えてばかりで何も帰せておらぬ」「旦那が甘えてくれるのが、俺様うれしいんだよ」「俺が、心苦しい」「気にしなくて、いいって」「なれど、気が済まぬ。何か、俺に出来ることをしたいのだ。――佐助に、甘えてほしいと言うのは、おこがましいのだろうが…………俺が出来ることなど、佐助に比べれば微々たるものゆえ」 しゅん、と落ちた頭が本気で俺様を思ってくれているのだと告げてくる。抱きしめたくて、たまらなくて――「佐助」 手を伸ばして、抱きしめた。「俺は、子どもでは無いぞ」 そう言いながらも、おとなしく収まったままの旦那が見上げてくる。「じゃあ、大人扱い――してもいいの?」 え、と開いた唇が、音を発する前に押しつぶした。「――え」 唇が離れてから発せられた声の後に、もう一度唇を重ねる。何が起こったのかを理解した旦那の目は、こぼれるほどに見開かれ、顔中が火を噴くほどに赤くなった。「な、ぁ――ッ」「旦那にしかできない、俺様が望んでいること――ひとつだけ、あるんだよ」 額を重ねて言う。旦那の目の中にいる自分を、もっと奥深くに刻みたい。「旦那に――ううん。旦那と、いやらしいことが、したい」 八割がた、断られることを覚悟して――二割ほど、期待を込めて告げた言葉に、旦那はぎこちなく唇を寄せて、応えてくれた。 せめて風呂に、という旦那の声にそんなことは気にしないと返しても、風呂に入らねば許さぬと言われて部屋で旦那が上がってくるのを待っている――――ん、だけど「遅い」 いくらなんでも、遅すぎる。旦那の風呂だから、さっと入って上がってくるだろうと思っていたのに、もうすぐ一時間がたとうとしていた。もしかして、やっぱり嫌になった、とか――。 それならそれで、仕方ないかなと思いつつも様子を見に行くことにした。「旦那」 呼びかけてみる。緊張した気配が、伝わってきた。「ね――旦那。やっぱり嫌になったとか、そういうんだったら別に気にしなくても、いいよ」 ものすごく残念だけれど。「いやでは、無い」 ぶっきらぼうになった声は、何をこらえているのだろう。「じゃあ、なんで出てこないの」「それは――」 くちごもり、沈黙が落ちる。「開けるよ」 返事が来る前に開けると、泡だらけの旦那が居た。――ちょっと、いや、かなり、エロい。 じゃなくて。「どうしたの、旦那――肌、真っ赤!」 擦りすぎなんだろうとはわかったけれど、どうしてそんなに擦っていたのかが、わからない。「これは、その――」「その、何?」 とりあえず泡を流そうと、シャワーをかける。泡の下から、見ているほうもヒリヒリしてきそうなほど赤い肌が現れた。「痛いでしょ、こんなの――どうしてこんなになるまで、擦ったのさ」「それは、さ、佐助と」「俺様と?」「その――は、肌を重ねるゆえ、綺麗にしようと」 言葉尻を消え入らせ、うなだれた旦那の言葉に、気持ちに、じわじわと膨らんだ喜びが爆発した。「旦那」「な――んぅっ」 初めてだから、あぁしてこうしてなんて夢想がはじけ飛ぶ。ただもう、触れたくてたまらなかった。「んっ、ふ、んんっ、んっん」 気遣う余裕もなく、旦那の口内を貪る。苦しげに眉根を寄せ、しがみつく姿に体の一部に血が集まって疼いた。「ふはっ、はぁ、は――」 目じりにたまった涙を吸って、そのまま首に痕をつける。「んっ、ま、まて、佐助」「待てない」「ぁ、んっ」 するりと、旦那の起き上がりかけてる場所に指を滑らせた。「キスだけで、少し硬くなってる」「う、ううっ」「恥ずかしがらなくていいよ――俺様も」 ほら、と旦那の手を固くなった俺様に当てると、びくりとされた。「旦那に、ずっと触れたくて仕方なくて――余裕無い」 情けないよな、と笑いかけるとそんなことは無いとまっすぐに告げられた。「お、俺とて――男だ」 目じりに朱が差す旦那の艶に、めまいがした。「旦那も、したかったの?」 耳まで染めた無言の肯定に、どうしようもないくらい幸せを感じて「いっぱい、気持ちよくしてあげる」「っ、ぁあ――」 掴み、上下に擦りながら胸に舌をからめて吸うと、のけぞられた。「は、ぁんっ、ぁ、さ、すけ、ぁあ」 きゅ、と吸った乳首が真っ赤に染まり、固くなる。下肢はどんどん熱を上げて先走りをこぼし始め、高くなった旦那の声が浴室の壁に反響する。何もかもが興奮の種になり、ズボンの奥の俺様が苦しくなった。「ごめん、旦那」「え」 ファスナーをおろし、取り出す。待ちかねたかのように表れた俺様のものに、旦那は目を丸くした。「さ、佐助」「旦那に触れてるだけで、俺様、もうこんな」 ふふ、と笑った瞬間、驚くことになった。旦那が、俺様のを――掴んで「え、わ、ちょ――っ、うそ、だろ」 身をかがめた旦那の頭が腰のあたりで止まり、濡れたものが触れる感覚があって――――「ちょ、旦那――そんなの、何処で」「い、言うたであろう――俺とて、男であると」「えっ、そ、それ――って」 俺様と、いやらしいことをしたくて、こういうことをするとか――思っていたってことで「旦那、すっごい破廉恥」「うっ、うるさい!」「いきなり口とか、大胆」「そ、うなのか」 きょとんとされた。時々、この人の破廉恥基準がわからなくなる。普段は、腕を組んで歩いている男女を見るだけでも照れるくらい初心なくせに。「も、旦那ってば最高ッ」「うわっ」 思いっきり、抱きしめた。 とりあえず、お互い一度吐き出して、旦那の部屋に移動した。ベッドの上にバスタオルをしいて、その上に旦那のお尻を乗せる。「さ、足開いて」「ひっ、開く、のか」「さっきは、あんな大胆なことしたくせに」「し、しかし、開くとその、み、見えてしまうではないか」「見るために、開くんだって――俺様のしたいこと、ずっとしたかったこと、叶えてくれるんでしょ」「ううっ」 顔を腕で隠した旦那の膝が、離れていく。見られて興奮しているのか、ひくり、と足の間で震えるものがあった。「もっと、広げて」「く――」 足の指がシーツを握りしめている。見ているだけで、最高に興奮する。「じゃあ、旦那――我慢してね」 台所から持ってきたオリーブオイルを指にたらし、尻の割れ目に添えると、ひくっ、と繋がるための入り口が驚いたように動いた。「優しく、するからね」「ぁ、ふ、ぅん――は、ぁ、あ」 強さないよう、そっと指を差し込む。入口のかたくなさに反して、内壁はすんなり俺様の指を受け入れて「締め付けてくる」「っ――し、知らぬっ」 顔をそむけられた。「ふふ、可愛い」 たっぷりとオイルを使いながら広げ箇所は、だんだんと赤く熟れだして指に絡む動きもいやらしくなっていく。「ぁ、は――ふ、ぁう、んぁは」 旦那の足がうんと開かれて、そびえて震えるものを――淫蕩によっている徴を、あますとこなく見ることが出来た。「はぁ、すごい、旦那――ね、一回出しておく?」 広げる手とは別の手を伸ばすと、掴んで止められた。「何、いや?」「と、共に、が――良い」 理性を吹き飛ばす言葉に、覆いかぶさった。「後悔、しない?」「するわけがない」「旦那の中、入ってもいい?」「往生際が悪いぞ、佐助ッ!」 ぎゅう、と全身でしがみつきながら旦那がつぶやく。「早く――こ、来ぬか」 ぶちん、と何かがはじけた。「ぁ、は、ぁ、ぁあああっ」 余裕なんてあるはずがない。旦那の中に突き立てて、オイルですべりが良くなっていることをいいことに、旦那と繋がれたことの喜びを抑えきれず――喜びにしっぽを振る犬みたいに、俺様は腰を振った。「はぁ、あっ、あふ、ぁぁああっ、さ、す、ぁうっ、さすけぇっ」「旦那っ、は、すご、あつい――ッ」 旦那の腰も揺れて、俺様をきゅうきゅうと締め上げる。時々腹にあたる旦那の欲の塊に手を伸ばして、擦った。「ひぁんっ」 締め付けが、さらに強くなる。擦るたびに絡み付くのが気持ちよくて、旦那の事を気遣う余裕もないまま突き上げて「ぁ、ぁあぁああぁああ――――ッ」「く、ぅううっ」 ほとんど同時に、放ちあった。「はぁ、ぁっ、ぁ、ああ」 ひくひくと旦那の徴と内壁が余韻に動いている。胸を大きく上下させて、昇り詰めた後の息を落ち着かせようとする唇に、唇を寄せた。「ふふっ」「――ッ」 しあわせいっぱいな気持ちで笑いかけると、照れたようなすねたような顔をしながらも、幸せを感じてくれている顔をされた。「大好きだよ、旦那」「――――俺も、だ」 旦那からの告白は珍しくて、照れながらもまっすぐに見つめてくる瞳が、言葉が嬉しくて「あっ」「あはは」 旦那の中に入ったままの俺様が反応して「ね――今度は、もっとゆっくり、愛し合いたいんだけど」 いいかな、という問いに、聞くな、と言いながら口づけられた。 旦那と俺様は、円周率みたいだ。 割り切れない、延々と続く円周率。継ぎ目のない、なめらかな曲線に内包されたものを示す数字。 内包されたものはゆっくりと膨らんで大きくなって――それでも変わることのない、割り切れない数字は延々に続いていく。 旦那と、俺様の繋がりのように。――いつ、どんな世にあったとしても。 3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 5820974944 5923078164 0628620899 8628034825 3421170679 8214808651 3282306647 0938446095 5058223172 5359408128 4811174502 ………… 果てしなく、続いていく。2012/3/27