ぶらぶらと、川べりを散歩している伊達政宗は、ふと目の端に映った違和感に目を細めた。何か、大きなものが木の枝につかまっている。猿でも居るのかと目を凝らし、木の根元まで足を向けて見上げると「わぁあっ」 ざぁ、と木の葉が鳴って「Oops!」 落ちてきたものを、とっさに受け止め「痛、つぅ――おい、大じょ……う、ぶか」 受け止めた衝撃で尻もちをついた政宗の膝に乗る子どもの姿に、目を瞬かせた。「――真田、幸村?」 きゅう、と膝の上で目を回しているのは自分が好敵手と認めた男に瓜二つで「うう――かたじけのうござる」 物言いすらも、同じであった。 呆然とする政宗の上から下り、きちんと草の上に座った少年は「危ないところを助けて頂き、まことに感謝いたしまする。某、武藤喜兵衛昌幸が子、弁丸と申しまする」「なん――だって……」 弁丸の言葉に目を見開く。ずいぶんと古い呼称が出たな、と頭の隅で幸村の父が三男だったため武藤家に養子に出されていたが、兄二人が落命をしたことにより真田家の家督を継いだことを思い出す。ならば、この目の前の子どもは幸村の弟にあたるのだろうか。(いや――) 弁丸、というのが幸村の幼名だったことを、政宗は彼の口から聞いていた。幼名を弟が継ぐことは不自然ではない――不自然では無いが、父を武藤姓で言うことは酷く違和感があった。「あぁ、えぇと――弁丸」 大きな目が、問うように政宗に向けられる。その眼差しや、わずかに首を傾ける様子は間違いなく政宗のよく知る幸村と全く同じ動作で「なんで、あんな木の上に、居たんだ」 神隠しにでもあって、間違えて時間軸を超えてしまったのではないかと、考えた。「それが――お恥ずかしいことながら、我が忍と口論になり、忍の大烏が某を咥えて飛んでしまい、この木の上に落とされたのでござる」「そりゃまた、ずいぶんと遠くまで運ばれたもんだ」 その言葉に、弁丸の瞳にみるみる不安が湧き上がった。「Ah――まあ、心配すんな。猿――ああ、佐助には迎えに来るよう、使いを出してやる」 ぱ、と一瞬で弁丸の顔から不安が消えた。「佐助を存じておられるのですか」「まあな」「それは有りがたい。あれはどうにも心配性ゆえ、某が居なくなったことを酷く思い悩むはず――すぐにでも文を出させていただきとうござる」 弁丸の言い分に、ふっと笑みを浮かべ「俺の名は、伊達政宗――しばらくは俺の傍で過ごせばいい」「かたじけのうござる」 伸ばされた政宗の手を、少し不思議そうにしてから手をつないだ弁丸のぬくもりに、政宗は目じりを下げた。「小十郎のやつ、どんな顔をするだろうなぁ」「小十郎殿――?」「ああ――俺にとって、あんたの佐助みてぇな感じだ。ま、小十郎は忍じゃ無ぇがな」「では、某を拾ったことを小十郎殿にまず、お伝えせねばなりませぬな」「Ah?」「佐助は、生き物を拾うた時は、必ず報告をするようにと言っておりまする」「――生き物……生き物ねぇ…………まぁ、生き物にゃ変わりねぇが」 クックと喉を震わせる政宗を、不思議そうに弁丸が見上げた。「Ok――I'm gonna do it」「おけがな?」「南蛮の言葉で、わかった、そうしようって意味だ」 きらきらと弁丸の目が好奇に輝く。「政宗殿は、南蛮の言葉をお使いになられるのですか」「まあな――ここにとどまっている間、言葉を――ああいや、その前にあんたには兵法や論語が必要だな。教えてやるよ」 弁丸の顔が苦そうにゆがんだが「しっかり覚えて、猿――ああいや、佐助を驚かしてやろうじゃねえか」 そう言われ、すぐに笑みをたたえて深く頷いた。「しばしの間、ご厄介になりまするが、よろしくお頼み申しあげまする」 小さな指先をきちんと伸ばし揃えて頭を下げる弁丸に、困惑気味の小十郎を面白そうに腕を組んだ政宗が眺める。「かまわねぇだろう」 頑是ない子どもが正式に挨拶をしてくるのを、無下に出来る男ではない。竜の右目と呼ばれ鬼のようだと言われながらも、情に厚いこの男が承諾するのは明白で「あまり一人で勝手にうろつくんじゃ無ぇぞ」「ありがとう存じまする」「よかったな、弁丸」「はいっ」 うれしそうな姿に、小十郎の頬も緩んだ。「弁丸、俺は政宗様と話がある。おとなしく待っていろ」「かしこまりましてござる」 ちら、と小十郎が立ち上がりながら政宗に視線を寄越し、弁丸に待っていろよと言い置いて縁側に出る。きちんと障子を閉めたところで「言いたいことは、わかっている。だがな、俺にも説明がつかねぇんだよ。猿に連絡を取って聞くのが、一番早い。まぁ、猿もわからねぇかもしれねぇがな」 何事かと問われる前に説明し、さらに何かを言おうとする小十郎の言葉を、言葉で遮る。「外に連れ出して、何か言われたりしちゃあ困るだろうから、しばらくは兵法だの論語だのでおとなしくさせておく。あの真田幸村の子どもの頃だ。さぞ聞き分けは良いだろうぜ」「――ならば、良いのですが」 苦虫をかみつぶしたような小十郎の肩を、軽くたたいた。「団子でも、用意しておいてくれ」「――承知、いたしました」 頷き、小十郎に背を向けて障子をあけると、きちんと坐したままの弁丸が居た。それに口元をゆるめてしゃがみ、目の高さを合わせる。「まずは、猿に手紙を書いてから、論語でも読むか」「はいっ」 元気よく、弁丸が頷いた。 その日の軍議は開催せずに、政宗は弁丸と共に自室で過ごした。甘味をほおばる姿に目を細め、勉学にうんうん唸る姿に慈愛を浮かべ、楽しげにとりとめのない話をしながら夕餉にはしゃぐ様子に心をふわりと温めて、夜を迎えた。 一人では心細いでしょうから、との小十郎の配慮により政宗の隣に敷かれた褥の上で、弁丸が寝支度を整える政宗を眺める。「どうした」 横になりながら問うと、遠慮がちに言われた。「その、目の覆いはつけたまま眠られるのですか」「ああ――」 言って、眼帯に触れる。「あまり、見目の良いもんじゃあ無ぇからな。見ちまったら、怖い夢を見るかもしんねぇぜ」 からかう響きに唇を尖らせた弁丸が「平気でござるっ」 言ってから「そちらに行っても、よろしゅうございまするか」 寂しげな声に、政宗は掛け布を持ち上げた。そこに、弁丸が収まる。 いつくしむように細められた政宗の目に、そっと弁丸が手を伸ばして触れた。その指が頬に触れ、何かを確かめるように顔中を移動していく。弁丸の顔は真剣でもあり、呆けているようでもあった。何を思っているのか判じかねる弁丸を見つめながら、政宗は好きにさせる。 弁丸の手が迷いながら、眼帯に向かい、止まった。なんどか指先が怯えたように動き、不安そうに弁丸が政宗を伺った。「好きにしろ」 きゅ、と唇を結んで、指が眼帯に触れる。しばらく迷ってから押し上げ、見えたものに息をのんだ。 そこには、木の虚のような暗闇が、あった。「怖いか」「怖くはござらぬ」 ゆっくりと眼帯を取り去り、月明かりの中で目を凝らして見つめる弁丸を見つめる。「痛くは、ござらぬのか」 そっと、指が空洞のふちをなぞる。「何も、感じねぇよ」 ほう、と弁丸の口から息が漏れ「政宗殿」「うん?」 きゅ、と頭を抱えるように抱きしめられた。「どうした」 ぎゅうう、と強く抱きしめられ、鼻先に子ども特有の香りが触れる。「政宗殿」 ぽんぽん、と軽く背を叩いた。 ゆっくりと離れた弁丸が、政宗の頭を撫でる。「なんだ」 くすぐったくて、そのままを口調に乗せて問うと「某が、おりまする」「hum?」「某が居るゆえ、さびしくはござらぬぞ」 感受性の強い幸村の子どもの頃であるのなら、人よりも漏れた気配を察知するのはたやすいことだろう、と苦笑する。「さみしそうに、見えたか」 こくり、と弁丸が頷いた。「だが――アンタは猿が迎えにこれば、ここから居なくなっちまうだろう」 あまりに無垢な彼に、意地悪をしたくなった。「――それは」「俺は、アンタと一緒に行く事は出来ない。アンタが、残るのか?」「それは――その…………」「なぁ、弁丸」 ささやくと、びくりと体を震わせた弁丸が、はっと目を輝かせた。「めおとになれば、良い」「――はぁ?」「めおとになれば、離れておっても共にあるものだと、聞いたことがありもうす。――そうだ……そうなれば、良い!」 自ら見つけた妙案に興奮する弁丸に呆れ、次いで噴き出した。「ぶ、は――ッ、夫婦か……なるほどな――だが、弁丸。アンタ、契りを交わせるのか」「交わしまするっ」「口吸いとか、しなきゃいけねぇんだぜ?」 にやつく政宗に、気分を害したらしい。「そのくらい――造作ござらぬっ」「――ッ」 ごち、と額がぶつかり、痛いと口が紡ぐ前に、弁丸が政宗の唇に吸い付いた。「これで、某と政宗殿は、めおとにござるっ」 どうだと言わんばかりに鼻息を吹き出した弁丸に、目を白黒させる。そして「契りの初手が口吸いなだけで、こっから先は知らないだろう」 小さな体に、覆いかぶさった。「しょ、初手――?!」「そうだ――これより先のことに、アンタ……耐えられるか?」 揶揄する響きに「無論! 男に二言はございませぬッ」 言い切った弁丸の帯を解いた。「な、なな――何をなさる」「契るんだろう――この、俺と」 弁丸が、おとなしくなった。「耐えられなくなったら、言えよ」 ちゅ、と柔らかな頬に口づけ、首筋に舌を這わせる。薄桃色の胸を口に含むと「ぁ――」 小さな声をもらした弁丸が、あわてて口を押えた。「声は、出せ」 ゆっくりと手を放した弁丸に「良い子だ」 あやすように口づけた。「んっ――っ、ふ……んっ、ん」 ちゅくちゅくと舌先で胸先を転がしながら吸うと、奥歯を噛みしめた弁丸が政宗にすがりつく。止めろと言われれば、すぐに止めるつもりでいたのに、これでは止め時を見つけられない。「んっ――ふ、んぁ……っ、は、ぁあ」 体の下の幼い性が、一丁前に凝っている。それに指をからめると「ひゃんっ」 弁丸が跳ねた。「ま、さむねどのぉ」「終いに、するか?」 強く首を振った弁丸が「めおとに――なると……っ、ふ、ぅ――ぁ、や、やくそくっ、ぁ、あ」 身を震わせて、政宗にしがみついた。むく、と政宗の下肢で欲が疼く。「どうなっても、知らねぇぞ」「ひ、ぁああっ」 弁丸の足を広げ、存在を主張する欲の標を口に含む。口内で舐るように吸い上げると、弁丸が腰を浮かせて身悶えた。「は、ぁあ、ぁあう、あ、ぁううっ、あ」 舌と上あごで揉むように挟み、吸い上げながら擦る。首を振り、涙をにじませる弁丸に嗜虐心が膨れ上がった。「はふっ、は、ぁうう、ま、さむ、ぁあ、はっ、や、ぁあ、らめ、ぁ、らめぁあ」「いまさら、無しにするってのか」「んっ、んんぅ――ちがっ、ぁ、ああ」「何が、違う」「ひっ、や、ぁあ、お、おかし、ぃ――っうぅ」「何が、おかしい」「ぁ、く、る――ぁ、あぁ」「何が、来るんだ」「ひっ、ひぃ――ぁ、で、でるぅ、ぁあっ、でるっ、からぁ」「Ok――ぞんぶんに、出せばいい」「んふぁああっ――ひっ、やぁ、やぁあっ、い、ぃああぁあ、ぁううっ」 きゅう、と頃合いを見計らって強く政宗が吸い上げた瞬間「ぁ、は、ぁ、ぁああああっ」 弁丸がはじけ ボムッ「何だっ」 もうもうと煙が上がり「弁丸っ」 抱きしめようと伸ばした手が、小さな子どもの肌ではなく、指先が覚えている馴染んだ肉質に触れた。「ま、さむね――どの」 耳なじみのある声に目を見開くと、煙の先に裸身の真田幸村が居た。「ゆ、きむら――?」 呆然を目を見合わせる二人の間にあった煙がすっかり晴れて「破廉恥でござる」 拗ねたように、ぽつりと幸村が呟いた。「一体、どうなってやがんだ」 唇を尖らせたまま、幸村が言った。「大福があったゆえ、それを食したら体が縮んでしもうたのでござる。その大福は開発途中の薬であったらしく、それで佐助と口論になり、佐助の烏が某を排除すべきものと認識したらしく、連れ去られてしまいもうした。――それで、運ばれているうちに意識が遠のき、眠りのふちに居るような心地がして、ゆらゆらとおぼつかない夢をみていたら……政宗殿に触れていることに気付き、その――め、めおとになると……そこからは、だんだんと意識がハッキリとして――――政宗殿に触れたいと、そう思うたら……」「Love brings bread」「――え」「なんでも無ぇ――冗談だ」 言いながら幸村の頬に触れ、唇を寄せた。「契りを、交わしてくれるんだろう」「ぅ――」「俺に触れたいと、思ったんだろう」 首まで赤く染めながら、幸村が頷いた。「bound by you――Please do so」 熱く切なくつぶやいて、契約の口づけが交わされる。 思へども 身をしわけねば 目に見えぬ 心を君に たぐへてぞやる 2012/4/17