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どっちもどっちー学バサ

 本当に、くだらない。
「調子こいてんじゃねっつの」
 だいたい、こういう手合いのセリフや行動というのは決まっていて
「ほんっと、つまんない」
「ンだとぉ!」
 煽れば簡単に突進してきて
「うわぁあっ」
 少し横にずれて足を出せば、勝手にひっかかって自滅してくれる。
「あらま、大丈夫?」
「ううっ」
 呻きながら睨まれて、極上の笑みを浮かべた。
「悪いけど、俺様、あんたの彼女になんて、興味ないから」
 倒れた先輩に言って、こういう時に呼び出されるお決まりの場所の一つである体育倉庫の裏から、立ち去った。
 空はゆっくりと茜に移動して、もうすぐ旦那の部活が終わる時間だと教えてくれる。
「佐助ッ!」
 グラウンドを覗くと、ジャージ姿の旦那が満面の笑みで大きく両手を振ってきた。それに軽く手を振りかえすと満足そうな顔をして、練習に戻る。そんな旦那の姿がまぶしいのは、西日のせいじゃない。俺様にとっては、あの人が最高にまぶしい存在だからで――
「先輩の彼女になんて、興味無いっての」
 色目を使っただの、ちょっかいをかけただのと、くだらないことを言って俺様に八つ当たりをするより、好きなら、その人を離さないようにすればいいんだ――俺様みたいに。

「佐助、すまぬ」
「ん、いーよ。図書室で、することあったから」
 毎度のことながら、旦那は部活が終わるとすぐに、俺様を待たせたことを謝る。こっちが自分で望んで待っているというのに、旦那はそういうことに慣れない人で、どんな些細な事でも感謝をしてくれることが、いつまでも新鮮で嬉しく思う反面、もう少しわがままになってくれても、いいんじゃないかなぁと思う。
「旦那、帰りにモスド寄っていこっか」
 割引券あるんだ、と言うと丸い瞳をくるくるさせて
「うむっ」
 子どものように頷く姿に、ふわりと心が柔らかくなって、こういうのを幸せって言うんだろうなと感じる。――何度見ても、飽きることも褪せることも無く同じ気持ちになるんだから、本当に、旦那はすごい。
「あ、でも――晩御飯が食べられなくなっちゃうから、二つまでね」
「わかっておる」
 うきうきとした旦那の、長い後ろ髪はしっぽのようで、跳ねるように歩く旦那にあわせて揺れているのが愛らしく、指に絡めて口づけたくなる。こんな通学路のど真ん中で、そんなことをすれば旦那が真っ赤になって「破廉恥」と大声で叫んでしまうから、我慢をするけれど。
「佐助」
 早くと促す声音に
「はいはい」
 仕方が無いなというふうに返しながら、後で必ず柔らかくふわふわした茶色の髪に、触れようと決めた。

「おまえら、ほんっと保護者と子どもだよな」
 俺様と旦那の事を、そういう奴は多い。先ほどのやり取りを見れば、そう思うだろう。――旦那が俺様に甘えて、俺様は旦那を甘やかしている、と。
「佐助は、何を頼む」
「ん? そうだなぁ」
 ショーケースに並ぶ色とりどりのドーナツを、楽しげに見る旦那は自分の物を選びながらも俺を気にかけてくれて
「いつものに、しようかな」
「わかった」
 しょっちゅう来ているわけではないのに、それだけでわかってくれる。
「旦那、席とっといて」
「うむ」
 注文をしてくれた旦那に、席の確保を頼んで会計を済ませてトレイを手にし、旦那の元へ向かった。
「おまたせ」
 そう言った俺様の視界には、旦那に親しげに話しかけている同級生らの姿が映っていて
「なんだ、真田。また佐助の世話んなってんのかよ」
 あきれた声に、旦那は慣れた様子でにこにことしている。
「佐助は、よく気が付いてくれるゆえ、つい――」
「あんま頼りすぎんなよ。幸村がそんなだから、猿飛はモテるのに彼女が出来ないんだって」
 なぁ、と話を振られてあいまいな笑みを返しつつ、旦那の様子を見る。少し不安げに瞳が揺れていて、ぞわ、と俺様の中で暗いものが蠢いた。
「俺様が彼女をつくんないのは、一人に絞ったら、他の女の子が、かわいそうだからだよ」
「くわぁ、ムカつくぅ」
 冗談めかした会話の最中に笑いながらも、旦那がうかがうように俺様を見てきて、また暗いものが動いた。
 駄目だよ、旦那。そんな顔されたら――我慢、できなくなるだろう。

 適当な会話をしてクラスメイトと別れ、家に帰るための電車に乗る。帰宅通勤ラッシュの終わりぐらいの時間帯で、車内がぎゅうぎゅうなのは登校時と変わらないけれど、サラリーマンの顔が少し晴れやかに見えるのは、気のせいではないはずだ。
「んっ」
「旦那、くるしい?」
「いや、問題ない」
 押しつぶされそうになりながら、旦那が上げた声は苦しさからじゃないと、知っている。
「――ッ」
「旦那?」
「なんでもない」
 そういう旦那の睫毛は震えていて
「なら、いいけど」
 そう言いながら、俺様の手は旦那の股間に触れていた。
「――ッ、ん」
 最初は、さりげなく。だんだん、大胆に。
 手の甲で抑えるようにしていたのを、旦那が抵抗しないのをいいことに、掌を向けて軽く握りこみ、くすぐるように擦りあげる。
「――っ――は」
 旦那の太ももがこわばって、必死にこらえようとしている姿に暗い衝動が、どうしようもなく膨らんでいく。
「旦那、ほんとに大丈夫」
「ん――問題ない」
「そっか」
「――ッ!」
 ぎゅう、と握りこめば息をのんだ旦那があわてて俯き、目の前にうなじが見えた。
「ん――っ、ふ」
 必死にこらえている旦那の息が、密着した部分から伝わってくる。手の中の旦那は、だんだんと固さを増して存在を示してきて
『え〜、間もなくぅ〜』
 車内アナウンスが、もうすぐ駅に到着すると告げると、旦那は明らかにほっとした。もう少し、楽しみたかったんだけど――残念。ま、あんまり煽って動けなくなったら困るし、仕方ないか。
「佐助」
「うん?」
 忍ぶような声で呼ばれ、向けられた目は困惑と不安と淫猥さを帯びていて
「駅の東側のトイレ、いこっか」
 こく、と旦那が頷いた。

 多目的トイレに、人目につかないよう二人で入り、旦那をふたを閉めた便座に座らせる。ベルトを外し、ズボンをずらしてから両側の手すりに旦那の足をかけた。
「旦那、や〜らしぃ」
 勃ち上がりかけた旦那のペニスを見て言うと、目じりを真っ赤にした旦那が顔をそむけた。
「ね、どうしてこんなふうになってるの?」
「そ、れは――」
「どうして?」
 言えないよね。痴漢にあって、大きくしちゃった、なんて。
「さ、佐助」
「はぁい」
「その――もし、もしも俺が……おまえ以外に触れられたとしたら、どう、思う」
「はい?」
 それは、痴漢にあったことを告白しようかどうしようか、悩んでの問いなのだろうか。
「ううん。そんな奴がいたら、二度と旦那に触れないような体にしちゃいたいかなぁ」
「そうか」
 旦那の目が、泳いでいる。探す言葉が見つかるのを待っていると
「それは、悋気か?」
 す、と言葉と共にまっすぐ向けられた目は真剣そのもので
「――そりゃ、嫉妬するよ」
 済んだ色に一瞬、息をのんだ。
「そうか――」
「何、どういうこと?」
 すう、と息を吸った旦那が眉根を寄せて笑った。
「俺だけでは、無かったのだな」
「え」
「佐助が女子に人気があるのは、良いことだと思う。おまえは慕われて当然だと――思っている。なれど……面白く無いと――あさましくも思うのだ」
 言い終えて落ちた旦那の視線は、何を見ているんだろう。
「旦那」
 ああ、すごく――格好悪い。
「ごめん、我慢できない」
 つまらないことを気にして、旦那を困らせるようなことをして
「だから――声、出来るだけ抑えてて」
 ふわ、と持ち上がった唇に、唇を重ねた。

「んっ、ん、ふっ、んっ、ん」
 赤ん坊のおむつを取り替える台に、旦那の上半身を乗せて
「はぁ、旦那――ッ、ふ」
 後ろから、旦那と繋がっている。
「はっ、ぁ――ふ、く、ぅう」
 旦那が必死に声を抑えているのは、人通りの少ない場所でも駅のトイレという公共の場所だからで
「ああ――旦那、すご、締め付け、ッ」
 いつもよりも締め付けてくるのは、羞恥心からだけじゃないのだと――俺が、俺も嫉妬をしていると知ったからだと思うのは、うぬぼれだろうか。
「ふっ、ん、ちが――ッ、ぁ」
「ん? なぁに――何が違うの」
 懸命に首を動かし、こちらを見ようとする旦那の顔は淫蕩に濡れていて、乱暴にかき乱したくなる衝動を抑えるのに苦労する。
「締め――ッ、ぁ、じゃな……ッふ」
「何――締め付けてないって言いたいの? こんなキュウキュウに絡んでんのに」
「ぁ、ばかものっ――ふっ、ぁん……そ、そうでは、なく」
 旦那の手が伸びてきて、俺のシャツを掴んで引っ張った。それに促されるように顔を――正確には耳を唇に近づける。
「さ、すけ――が、いつもより、ぁ……ッ、お、おおき、ぃあ――ふっ」
 ぐらりと脳みそが揺れた。――旦那の口から、そんな言葉が出てくるなんて。
「ごめん、旦那ッ!」
「ひっ――んぐっ、んっ、んふぅうっ、んっ、んぅう」
 旦那の口を手で塞いで、上半身を起こして腰に腕を回し、体を支えて乱暴にかき回す。旦那の両手が後ろに回り、俺様のシャツに縋っているのにも、必死に声を抑えようとしているのにかなわない姿も、理性と性欲の狭間に浮かぶ目じりの涙も、全部――たまらなく淫らで
「旦那――ッ、はぁ、んっ、く、ぁ、も、出るッ――出していい? ね――旦那のナカに、いっぱい」
「んぅうっ、んぐっ、んっ、んっ、はんっ、んっ、んぅうううううう――ッ!」
 耳たぶを噛んで、これ以上は無理ってくらい旦那のナカに突き立てると、促すように絞られて――熱い気持ちを全部、旦那のナカに注ぎ込んだ。

 少し疲れた様子の旦那の横で、俺様は鼻歌をうたいたい気持ちを抑えながら、家までの道を並んで歩いている。時折、恨めしそうな目を向けられるけれど、咎める気配がないのは旦那も多少は承知の上だった、というか、痴漢が俺様のせいだって気付いていない旦那は最初に自分が誘ったのだと思っているからで
(ごめんね、旦那)
 まったく悪びれもしていないけれど、心の中で謝った。
 駅から家までの距離は、本当にあっというまで
「それじゃ、旦那。また明日」
 いつものように旦那の家の門扉の前で別れを告げて、旦那が玄関に入るのを見届け――
「佐助」
 終える前に振り向かれ、大きく家の扉をあけられて
「その――つ、都合が悪く無いのであれば……上がって行け」
 目元を染めて視線を外しながら言われると、いやらしいことを期待してしまい
「旦那、そんな顔して言うの、反則」
 少し早くなった鼓動を抑え込みながら門扉を開けて足を踏み入れると
「いつも、おまえに甘えてばかりだとは、わかっておる――なれど、その……少し、なんだ――」
 歯切れの悪い旦那の様子に、おや、と首をかしげて
「もしかして旦那――駅のトイレのだけじゃ、足りなかった?」
 と、自分の想いをさりげなく旦那の考えのように口にしてみる。
 当然、否定をされるものだと思っていたのに
「ッ――は、はしたないと、思うな」
 目を見開き、勢いよく顔を上げたかと思うと、首筋まで真っ赤に染めて俯かれ、そんなことをつぶやかれて
「もう、旦那ってば」
 思い切り、抱きしめた。
「ぅ、わ――佐助ッ」
「んふっ――もう、二人で最っ高に気持ちよくなろうねぇ」
「ば、ばかものっ」
 言いながらも腕から逃げず、それどころかシャツを掴んでくる姿に俺様の胸は爆発寸前なくらいに高鳴って
「すまぬ」
「え」
 水を差された。
「俺ばかりが、おまえに甘え、わがままを言っているな」
 沈んだ声を包み込むように、髪に唇を寄せた。
「ねえ、旦那」
 無垢な目が、向けられる。
「旦那が甘えてくれるから、俺様も甘えられるんだよ」
「どういう意味だ」
「俺様は、旦那を甘やかせたいんだよ。だから、旦那が甘えてくれることに、甘えているの」
 旦那は、鼻の頭に皺を寄せて
「意味が分からぬ」
「俺様は、ずるいってこと」
「さっぱり、わからぬ」
 愛しい額に口づけて、軽く背中を押して家に入るよう促した。
「ベッドの上で、ゆっくりと教えてあげる」
「なっ、はっ――」
 破廉恥と叫ぶ前に唇をふさぎ、ドアを閉めて鍵をかけた。

2012/5/02



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