じわじわと肌が責められる感覚に、伊達政宗は眉をひそめた。溢れるような熱を放ち、ぶつけ合うことは嫌いではない。けれど、こう、焙られるような感覚は、どうにも物足りなく、苛立ちを感じてしまう。 料理はいい。焙り料理は、美味だ。 新鮮な魚に塩をつけ、じわじわと焙り、魚の油が炭に落ちる音と香ばしい香り。最高の頃合いに炭から離し、極上の酒と共に味わうのは、いい。けれど「竜の焙りなんざ、聞いたことが無ぇな」「――は?」 意識がそちらに向きすぎて、傍に片倉小十郎が控えているのを忘れ、思わず口にしてしまった声に、我に返る。「いや、なんでもねぇ」「はぁ」 よくわからない、という顔の小十郎が少し心配そうで「少し、出てくる」「は」 暑さを振り切るため、遠駆けに行こうと立ち上った政宗の意図を察し「本日は、軍議はございません」 さりげない気遣いに「OK Thank」 短く応えた。 馬で駆け、木々の間を抜ける。日を遮る木の葉の下は涼しく、心地がいい。 そのまま馬の足の続くまで進み、街道を逸れて川を探し、馬に水を与えつつ、自分も喉を潤した。「ふぅ」 山の水は、冷たく心地がいい。遠く近く鳥のさえずりが届き、時折さわりと木の葉が騒ぐ。時の流れがゆったりとして、魂から弛緩をしていくようで「あふ」 ここのところ、思うよりも気を張り詰めていたらしいと、溢れる気だるさに教えられる。 軍議は無い、と言った小十郎の気遣いに甘えることにするかと、政宗は適当な木を背もたれにし、草の褥に坐して瞼を下した。 閉ざされた視界が、耳の感覚を強くする。せせらぎが先ほどよりも大きくなり、全身を包むように脳に染み、政宗はそのまま素直に誘われ、眠りについた。 そんな彼の姿を、遠くで目に止めた男が居る。 赤い――紅蓮の鬼と戦場で呼ばれる、伊達政宗の好敵手、真田幸村。 彼もまた、遠駆けに来ており、国境の峠まで足を延ばし、川に沈んでいたところで馬の音を聞き、顔を向け、政宗の姿を見止めていた。 けれど二人の距離は遠く、政宗は川面から顔を出して眺めていた幸村に気付くことなく、体を休めているようだ。 ――疲れておるのだろうか。 奥州筆頭というのは、一軍の将である自分などとは比べ物にならぬほどの事柄を裁いて行かねばならない、ということくらいはわかる。折角、偶然にも姿を見ることが出来たのだから、挨拶だけでもと思う心と、邪魔をしては申し訳ないという気持ちがせめぎ合った。 ――政宗殿。 きゅ、と唇を噛む。 前に会ったのは、いつだっただろうか。おいそれと逢瀬の出来る相手ではない。こうして引き合うことが出来たのは、何かの啓示なのでは、と感じた。 ――政宗殿。 焦がれる気持ちに促されるまま、幸村はそっと河辺に上がり、気配を殺して傍に寄った。 ――よく、眠っておられる。 水を纏った裸身から、滴が政宗に落ちぬように気を付けながら、規則正しい呼気を繰り返す彼を見つめる。 覆われた右目。 伏せられた左目。 ほう、と幸村の唇から息が漏れる。 造作の整ったものに、わずかな欠けがあれば、その美しさは凄味を増すという。美術品などを嗜好する趣味は無いが、政宗はまさにそれだと、ふと浮かんだ。 細かな肌。透明感のある輪郭。神話の神の傍に居ても見劣りをしないのではないかと――間近で顔を眺めながら、彼の容色を褒めそやす声があることを思い出した。 睫毛が、長い。 その奥に、胸を刺すように鋭く、魂を震わせるほどに冷たく熱いものがあることを、知っている。 薄い唇が、少しだけ開いていた。 そこに獣のような獰猛さが乗ることも、冷たそうに見えるそれが火傷をしそうなほどに熱いことも、知っていた。 視界が、政宗の唇に吸い寄せられる。そこから漏れる息に手繰り寄せられるように、幸村は顔を寄せて「ッ――!」 ほんのわずか、触れるか触れないかでとどめて離れようとした頭を掴まれた。「ふっ、んぅうっ、んぅ、はっ、あ」 驚く間に舌が差し込まれ、口内を蹂躙される。思わず政宗の肩を掴むと、草の上に倒された。「はっ、ぁ、んぅうっ、んっ、は――ま、さ、ふ、んぅう」 貪るようにされ、角度を変えて喰らわれる唇は、呼びかけることすらままならず、息苦しさに瞳が潤む。「はぁっ、ぁ、んぅ」「――夢じゃ、無いのか」 交わされる唇の合間に、政宗の声が漏れる。低く、確かめるような声音に胸が絞られた。「夢では、ありませぬ」 彼も、自分に焦がれていたのだと、伝わった。「真田、幸村」「政宗殿」 うわごとのように互いの名を呼び、静かに唇を重ねる。そこで幸村が気付いた。「政宗殿――濡れてしまいまする」「Ah――? これからアンタを濡らして、俺も濡れる。問題無いだろう」 顔を歪めた政宗の言わんとしていることを察し「は、破廉恥な」「アンタは、したく無ぇのかよ」 胸の奥から絞るように言われ「――し、したく無いわけでは」 ごにょごにょと、目線を泳がせながら答えた。「焦がれた相手が下帯姿で目の前に居るんだ――触れて、確かめあいたいと思うのは、破廉恥か?」 カッ、と幸村の肌に熱が昇る。「アンタは、俺を確かめたくは、無ぇのかよ?」「う、うう――」 ゆっくりと、政宗の唇が耳により「なぁ、幸村」 低く静かに名を呼ばれ「し、しとう――ござる」 しびれるほどの甘さに、吐息と共に気持ちを漏らした。「Good なら――」「なれど、その、政宗殿はお疲れなのでは」 そのまま外耳に舌を伸ばそうとしたのを、止められた。「Ah?」「某が、あれほど近づいても眠っておられたほどに、疲れておられたのでは、ござらぬのか」 気遣う色に、笑みがこぼれた。「なら、俺が疲れていても良いように、アンタが俺に触れてくれんのか?」 冗談めかして言うと、唇を引き結び、これ以上ないほどに赤く染まった顔が、縦に動いた。「――本気か」 思わず、目を丸くする。「某とて、男――なれば…………触れたいと思うは、同じにござる」 羞恥に耐えながら、睨みつけるように合わせてくる目に、心臓が熱くなる。思わず開いた口から出す言葉が見つからず、政宗は唾を呑んだ。「なら、まずは脱がせてくれ」 起き上がり、眠っていたのと同じ体勢に戻る。頷いた幸村が手を伸ばし、赤い顔のまま真剣なまなざしで、政宗の着物をくつろげ始めた。「ああ、畳まなくていい」 脱がした先から丁寧に整える幸村が、不思議そうな目をした。「俺がアンタを乱す時、そんなふうに畳んだことが、一度でもあったか?」 ふわぁああ、と幸村の全身に羞恥が駆け巡り「な、ならばッ」 どうにもやけくそになった、としか思われない手つきで、乱暴に政宗の着物を剥ぎ取り、下帯に手を伸ばしかけたところで、固まった。「どうした」「――いえ、その」 顔を逸らしながら、ちらちらと目を向ける様に笑みが浮かぶ。「そこは、いい」 ほ、と幸村の気配が緩んだ。「来いよ――口、吸いてぇ」 ごくり、と幸村の喉が鳴り、近づいてくる。政宗をまたぎながら被さるような形になった幸村の頭を掴み、腰に手を回して唇を重ねた。「ん、ふ――んっ、ん」 奪うのではなく、互いを確かめるような口づけに、幸村の腕が政宗の肩からすべり、首に絡む。政宗の唇が滑り、顎を吸い、のど仏に印をつけ、鎖骨を噛み、胸に下りた。「ぁ、は――ッ」 幸村の体がしなる。みっしりとした柔らかな胸筋に色づく蕾に政宗の舌が戯れ、のけぞる幸村は少し下した瞼を震わせ「は――っ、ぁ、ん、は、ぁ」 舌に応えるように、啼いた。 たっぷりとねぶり、こぼれるほどに熟れさせると、政宗は唇を移動させ、反対側に舌を伸ばす。ツンと立ち上った箇所が触れてほしいと訴えているように見えて、先ほどまで舌と遊んでいた尖りを指でつまみ、転がした。「ぁは――ふ、ぁ、うう……ぁ、はぁ」 幸村の腕に力がこもる。政宗の頭を抱え込むように体を丸め、じわじわと浸食してくる快楽に耐えている。 ――焙り魚。 ふと、そんなことが浮かんだ。 なるほど、今の幸村は炭火で焙られる魚のように、じわりじわりと快楽の火に焙られている。強い焔で火を通すよりも、じっくりと焙った魚にはうまみが凝縮されて ――食らう時には、最高の味になる。 ずくん、と政宗の腰が疼いた。「は、ぁ、ぁあう、ふ、ん、く、はぅ」 時折頭をこすりつけながら、泡立つ肌を抑え込もうと震えている幸村の股間は膨らんで ――旨い油が、滴りだす頃か。 政宗は、自分の唇を舐めた。「幸村」「は――ぁ、何、か……」 ゆっくりと体を離し、とろりとした目で見てくる姿が愛おしい。「俺に、負担をかけないように、してくれるんだったな」 快楽にほろ酔う姿が、政宗の声を熱いものにした。「うまくできるかは、わかりませぬが」 乱れた息を抑え込み、そっと幸村が答える。「なら、自分で乳首を弄って昂れ――俺は、こっちをする」 幸村の腰を引き寄せ、下帯の横から牡を取り出し、自身も出して頭を合わせた。「ぁ、は――ッ、じ、自分、で…………」「そうだ――俺が、いつも同時にしてんだろう?」「お、憶えておりませぬ」「stop lying」「ひぅ――ッ」 ぎゅ、と亀頭を握りしめた。「するのか、しねぇのか――」「う、うう――」 そろそろと手を持ち上げ、幸村が自らの胸をそれぞれの指で抓んだ。「んっ」「good boy――そのまま、捏ねてろ」 片手で幹を、もう片手で先端を包むように握り、双方の牡を擦り合わせながら、扱く。「はっ、ぁううっ、ひ、ぃいんっ、ぁ、あっ」「手が、留守になってるぜ」「ぁ、そ、そう申されても――ふ、んっ、ん」 政宗が強く握りこむたび、幸村の指が止まる。「もっと、捩じるように引っ張ってみな」「ね、捩じるように……ッ、は、ぁあう」 びくん、と刺激に連動して牡が跳ねた。「そうだ――ほら、もっと」「ぁ、は、ぁあ、んっ、ひ、ぁ、ふ、ぅう」 手を止めて、幸村を促す。彼の指の動きが自ら進んだ状態になり、瞳が快楽にとっぷりと浸された光になってから「ひぁおおっ、く、はぁ、あ、んぅうっ」 牡を絞るのを、再開した。「はぁっ、ぁ、ひ、ひううっ」「いいぜぇ――幸村…………すげぇ、熱い――ッ、は、硬ぇクセに、溶けてきてやがる」「ぁ、ぁあっ、まさ、ぅ、ひ、まさむねっ、どのぉお――ぁ、はぁうう」 腰を揺らし、自らの胸を攻める幸村の声が森に響く。久しぶりの感覚に、若い性は欲する事だけを望み、他を忘れさせた。「すげぇ――淫らだな…………っ、は、見ているだけでも、イキそうなくれぇ……voluptuous beauty」 政宗の息が、乱れている。その事に、幸村は甘いめまいを興し、身を捩った。「ぁ、は、も、ぁあ、まさ、む……ッ、まさむねっ、どのぉ」「OK――まずは一回、出しておこうか」 乞う声に、手を速めた。「はっ、ぁ、ぁは、ぁ、あ、ぅ、ぁ、い、ぃいぁ、ぁ」 自分で弄っている意識など消えたのか、幸村が激しく自分の胸を責める。「は――すげぇな」 政宗の手は、どちらのものかもわからない先走りで濡れ「ふっ、ぁ、ああ、も、もぉ、ぁ」「いいぜ、ぁ、俺も――ッ、く、ぅう」「はぁ、ぁああ――――――ッ!」 脈打ち、放った。「はぁ――、はぁ」 肩で息をしながら、視線をからめて唇を寄せる。ついばみあい、余韻を楽しみ呼気が落ち着いてから、言った。「幸村――下帯、自分で外して尻を向けて這えよ」「――え」「繋がる準備が、必要だろう」 少ししてから、意味を理解したらしい。「なっ、ぁ、あ、そ、ぁ……」「出来るだろう」「そ、そのように、はしたなき事――」「もっと、はしたないことも、してんだろ?」「な、なれど」 もじもじとする幸村に焦れて「もういい」 押し倒し、足を開き、下帯の隙間から濡れた指を入れて、菊花に指を押し込んだ。「っ、ぁ――は、ま、待っ……」「待てねぇ」「ひんっ」 下帯を取ることもしないまま、政宗は指で肉筒を探り広げ、自分を受け入れさせるべく解す。「はっ、ぁあう、ひっ、ひぃ、ぁ、そ、そこ、ぁ、は、ぁああっ」 泣き所をかき乱し、快楽を知る肉が政宗を欲する動きに変わるよう広げ、まだ少し足りないと思える程度でありながら「堪んねぇ――ッ」「ひぎっ」 突き上げた。「ぁ、はっ、はっ、ぁ、く、るし――ぁ、はふ、はっ」「き、ちぃ……くそッ」 悪態をつきながら、がむしゃらに腰を打ち付け熱を貪る。「んひぃいっ、ひぁ、あ、熱ッ、あつぅ……あ、ぁああうっ、ひっ、ひぃ」「はぁっ、は――すげぇ、ぁ、溶けそうに……ッ、熱ぃ、はぁ」 幸村が縋り、政宗は暴く。渦巻く熱が急き立てるままに、身を捩り声を上げ、命のほとばしりを漏らし、注ぎ、絡み合う。「ひぅ、ひぁ、あうううっ」「く、ぅう――ッ」 恥じらいも何もかもを忘れるほどに乱れた幸村が、強く政宗を絞り飲みながら子種を吹き上げ、終わりを告げた。「はぁ…………はぁ、ぁ、はぁ……」 草の上に横たわり、せせらぎに包まれながら余韻が収まるのを待つ。ふっ、と息を吐いて身を起した政宗が、脱がさぬままの幸村の下帯を取り、それで彼の牡と尻を拭った。 じと、と恨みがましい視線を感じ、首をかしげる。「なんだ」「何も、ござらぬ」 ぷい、と唇を尖らせ顔をそむけるのに、覆いかぶさり顔を覗いた。「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」「何もござらぬ」「何も無ぇって顔じゃ、無いだろう」 頬を膨らませて目を逸らす姿は、叱られて拗ねる頑固な子どものようで ――ったく。 幾つの顔を、自分に見せてくれるのかと楽しくなる。「ほら、言えよ」「何も、ござらぬっ」「嘘をつけ」「嘘など、ついておりませぬぅう」 逃れようとする幸村と、とどめようとする政宗は、はたから見れば兄弟げんかをしているようで――「もうっ! いい加減にしてくだされっ」「それはこっちのセリフだ」 裸身のまま掴み合いとなり、さんざん暴れ回った後で「は――はは」「く、ふふ――」 あまりのばかばかしさに、噴出した。「っはぁ――たく、何で涼みに来て、こんなことになっちまってんだ」「それは、某とて同じこと」 顔を見合わせ、再び高らかに笑いあった後「ま、久しぶりに逢えて、うれしかったぜ」 不意打ちで頬に唇を寄せて「っ――…………そ、某も、に、ござる」 はにかみながら幸村が答え「そろそろ、戻らねぇとな」 立ち上がり、身支度を整え「それでは」 ぺこりと幸村が頭を下げて「Ah――またな」 応じながら馬にまたがり、馬同士の鼻先を合わせて挨拶をさせた後、手綱を引いた。 ぶるる、と馬が息を吹き出し、土を蹴る。 遠ざかる蹄の音と、自馬の駆ける音に耳を向けながら、政宗は焙られる幸村の姿を思い出し「燻りあうのも、悪くねぇな」 唇をゆがめ、馬の足を速めた。2012/5/19