人の気配に、真田幸村は目を開けた。誰かがひそやかに控えている。
「いかがした」
　横になったまま、声をかけた。
「夜分に、失礼いたします」
　休んでいる時間に報告に、と思ったのなら重要な事なのだろう。けれど、来た者の気配からは遠慮がうかがえた。言ったほうがいいとは思いつつ、翌朝でもかまわないのではないか、という気配がしていた。
「申せ」
「は」
　わずかなためらいをみせてから
「伊達軍と思しき一隊が、二里ほど先にあります村に、滞在しているとのことにございます」
「伊達……」
　だからか、と幸村は身を起した。
「政宗殿は――」
「確認できておりませぬ」
　声に、申し訳なさそうな気配が滲んだ。
「礼を言う」
　柔らかな声に、ほっとした男が「では」と告げて去った。
　幸村は今、四十騎ほどを従えて越後へむかう途中であった。主君、武田信玄の使者としてである。その道中に伊達軍が近くに在ると言うことは
　――南下をして、何処に向かうというのか。
　気になった。が、そういうことを探るのは、幸村の役目ではない。別で動いている彼の友のような忍、猿飛佐助と手の者が細部まで調べ、信玄へ報告をしているだろう。幸村に付き従っている者たちも、それは重々承知している。二里ばかり先の村であるなら、また相手が伊達軍であるのなら、現状それほど気に留める必要などなかった。
　それでも、休んでいる幸村の元へわざわざ報告の者が訪れたのは、伊達軍を率いる男が、自他ともに認める幸村の好敵手だからだ。
　武田信玄と、これから行く先の頭首、上杉謙信とは日ノ本全土が認める好敵手同士である。そんな二人の様相を見知っている甲斐武田の兵士たちは、幸村が出会った好敵手との関係を、若かりし頃の信玄と謙信に重ねている節がある。だからこその、報告であった。
　――政宗殿。
　心中で呟き、瞼を下す。
　青い雷鳴を纏う隻眼の竜、伊達政宗。その姿がありありと、幸村の中に浮かんだ。
　肌を刺すような覇気と、刃を交えた時の血が沸騰しそうになるほどの高ぶりに、思わず身震いをする。
「政宗殿」
　熱い吐息と共に吐き出された名は、まるで愛おしい者を呼んでいるようにも聞こえて
　――二里ほど先にあります村に、滞在しているとのことにございます。
　会いたい、と思った。
　見る者が恐怖におののきそうなほどの笑みが、幸村に浮かぶ。
　それは、謙信が迫ると聞いた信玄のそれに、よく似ていた。

　同じころ――
「政宗様」
「Ah？」
　少数の隊を率いて移動していた伊達政宗の元へ、報告が届いた。
「二里ほど先に、真田幸村の率いる一隊が、ございます」
　ひょい、と器用に政宗は片眉を上げた。
「おそらく、越後へ向かっているものかと」
「Fum」
　関心の無さそうな声を出し
「OK――この先の行程を確かめてぇ。地図を」
「は」
　言って、男が去る。
　ふ、と灯りの届かない先へ目を向けた政宗の視界に、獣のような笑みを浮かべ朱槍を握る幸村の姿が、ありありと浮かんだ。
「exciting strong ――真田、幸村」
　ぎらり、と抜身の刀身と同じ光が政宗の左目に浮かぶ。地図を持ってきた男が、ヒッと小さく息をのんだ。
「Ah――すまねぇな。もう、休んでいいぜ」
「あ、は、はい」
　普段は自軍の者たちに優しい彼に、畏敬する者こそあれど畏怖する者は居ない。それほどの笑みを、自分は浮かべていたのかと苦笑し、地図を受け取った。
　頭を下げて、そそくさと男が去っていく。
　宿として借り受けた村長の家の一室で、政宗は地図を広げて自分の居る位置と、幸村が泊まっているという村の位置を確認した。
「――――」
　目は、中腹にある河に注がれている。そこには、広い河原があった。
「真田、幸村」
　つぶやく。
　ふつふつと血が沸き立つくせに、意識は凍えるほどに冷めていく。何もかもを脱ぎ去り、ただ滾るままに力をぶつけ合える相手。
　――仕合いてぇ。
　情動に突き動かされ、立ち上がった政宗を止められる軍師、片倉小十郎の姿は、ここには無い。
「ちょいと、出かけてくる」
　察した者たちは、無言で彼を見送った。

　カッ、と蹄を鳴らして馬が止まる。月光に照らされた河が立てる音以外に、何も聞こえない森寂とした河原で、幸村は馬から下りた。
　あたりに、人の気配は無い。
　ふう、と息を吐き川に近づいたその耳に、蹄の音が聞こえた。
　期待と確信をもって目を向けた幸村の顔に、笑みが広がる。
　現れたのは、伊達政宗であった。
「やっぱりな――アンタもこの場所に、目をつけると思っていたぜ」
「伊達軍が傍におると聞き、政宗殿が来られると、半ば確信しており申した」
「俺もだ――真田幸村」
　降り立った政宗が、腰を落とす。幸村も腰を落とし、互いが得物へ手を伸ばした。
「It’s　show time！」
「いざ、参る！」
　吠え、駆ける。
　ギィン、と高く互いの刃がまじりあい、キシキシと擦れて震える。
「久しぶりだなぁ」
　歯を見せて笑う政宗に
「本当に、久しゅうござる」
　嬉々として幸村が答えた。
　ぶつかり合った時と同じような音をたて、刃が外れて二人が飛び退る。丹田に力を凝らせ、抑えきれぬ闘牙が肌から滲み、溢れ、大気を震わせた。
「はぁああああッ！」
　残像を残しながら繰り出される幸村の突きは、千手観音を思わせ
「Sayヤッ！」
　受ける政宗もまた、鬼神のごとき動きでそれらを躱し、彼を斬らんと太刀を振るう。
　二人に気圧され、河すらも息をひそめるような仕合いが、月光の元、繰り広げられた。
　そして
「おぉおおおおッ！」
「Ha――アァアアアア！」
　火花を散らして互いの刃が滑り、弾き、利き手の得物が飛んで、地に刺さった。
「はぁ……はっ、あぁあああああッ！」
「ふっ――ふぅ、ぇあぁああああッ！」
　残った得物を振るい、相手に繰り出し、それすらも弾かれて素手となり、身一つで向き合うと、拳を握り、地を蹴った。

　互いに触れる瞬間、握られた拳が開き、相手を掴み――乱暴に唇を重ねた。
「ん――はぅ、んっ、んんっ」
　口を開き、喰らうように貪りあう。舌を伸ばし、絡め、吸い、もどかしげに鎧を脱ぎ捨て裸身になり、腕を相手の背に回した。
「はぁ――っ、ぁ、まさ、むねどの」
「んっ――幸村……はっ」
　唇を重ねたままに移動し、森に入る。木の幹に背を押し付けられた幸村は、政宗の背にあった腕を、首に回した。
「んっ――ふ……はぁ、あっ、んっ」
「ふっ――すげぇ、甘い」
「ぁ、ん――」
　うっとりとした声に、肌が震えた。先ほどまで纏っていた獲物を狙う獣の匂いは、劣情に押し流され、ただ相手の熱を求めた。
「会いたかったぜぇ――幸村」
「はっ、ぁ、そ、某も……ぁ、あ」
　政宗の指が乳首を捏ね、尖らせる。それに足の力を奪われた幸村が、なんとかこらえようと腕を政宗から背後の木に動かした。それが合図であったように、政宗は幸村の唇から舌を離し、顎を滑り首を伝い、鎖骨を食んで乳首を含む。
「はぁ、ぅう、ん」
　甘い声が、幸村の鼻から漏れた。
「相変わらず、感度がいいな」
「や、ぁ――そのような、ぁ、ことはっ、ぁ、ああ」
「わかんねぇか――俺以外の奴に、そんなことを言われてねぇだろうな」
「っ、ぁ、ふ――ま、さむねどの、こそ……ッ、ぁ、そのような、こと――ッ」
「Ah？」
「か、感度ッ、ぁ、が――んっ、良い、は、ぁ……などと……んっ、ん、申されて」
　久しぶりの快楽に、瞬く間にとろかされる幸村の言葉は途切れがちで、それを楽しむように政宗は愛撫の手を強めた。
「ひっ、んぁ――は、ぁうう」
「申されて、何だよ」
「はっ、ぁく、ぁ、はんっ、ぁ、は、も、申され、ぁ――」
　乳首を舐られ、指で捏ねられ、幸村の太ももが奮える。その中心にあるものが袴を押し上げていた。
「言えよ――ほら」
「ぃひぅッ――ぁ、はぅ」
　乱雑に下帯の中に手を突っ込み、幸村の猛りを握りこむ。
「申されて、何だ？」
　帯を解き、地面に全てを落として幸村の肌を夜気にさらした。
「っ――は、ぁ、あう、ほ、他の……誰か、ぁ、は――はぁ、に、ぁ、して……ッんぅ」
　幸村の牡を扱きながら後ろ髪をわしづかみ、唇を吸った。
「んっ、んっ、んっ、はんっ、んはっ、ぁ、ふ、ぁ」
「かわいい事、言ってんじゃねぇよ」
「な、にが――」
「俺を熱くさせられんのは、アンタだけだって――知ってんだろ」
「――――っ、ぁ」
　幸村の手を取り、自分の股間に押し付ける。そこは、幸村に負けぬほど、猛っていた。
「ま、政宗殿」
　脳を揺さぶるほどに、鼓動が響く。
「はぁ――幸村……」
「んっ、ぁ」
　耳に、欲まみれの吐息が流れてくる。ぎこちなくも政宗の陽根に指を絡ませた幸村が、その熱さに身を震わせた。
「アンタの中で暴れるモンだ――今すぐにでも、ブチ込みてぇ」
「ぁ、そ――某も、ほ、欲しゅう、ござる」
　目じりを染めて幸村の唇から洩れた声に、政宗の喉が鳴った。
「アンタ――最高だ！」
「あっ、ひっ、ぁ、まっ、ぁあ」
　引き倒され、大きく足を開かれる。尻の奥――繋がる個所に舌を入れられ、牡を扱かれ、性急な愛撫に押し流され、惑う嬌声が上がる。そんな幸村を気遣う間も無く、政宗は空いた手で自分を扱いた。
「んはっ、ぁ、ま、ぁあ、ひっ、い、ぃあっ、い、いくっ、ぁ、まっ、は、ぁひ」
「んっ、ん――は、イけよ……たっぷりとな」
「ぁ、ひっ、ひぁ、あっ、く、ぁああッ！」
　幸村の腰が跳ね、政宗の手の中に子種を吹き付ける。それを受け止めながら、政宗も達した。
「はぁあ、はぁ、ぁ、は、はぁ、ぁ」
「ふ、ぅ――ずいぶんと、溜まってたんだな」
「う、ぅう」
　手に受けたものを見せつけるようにすると、奇妙な形に唇をゆがめて幸村が唸る。
「俺を欲しいって言った気概は、どうした」
　初心な反応に意地悪く目を細めると、幸村の唇が尖った。そこに、唇を押し付ける。
「もっと、足――広げろよ。準備しねぇで突っ込んで、馬に乗れなくなったら、自軍に戻った時に、何て言うんだ？」
「い、言い方が、意地悪うござる」
「そうさせる、アンタが悪い」
「意味がわかりませぬ」
「俺がわかってりゃ、いいんだよ」
　クックと喉を鳴らす政宗を睨み付けながらも、ゆっくりと幸村が足を開く。先ほどまで舌で戯れていた箇所に、幸村の子種で濡れた指と、自分のもので濡らした指を合わせ、肉を探った。
「はくっ、ぅ、ぁ、い、ぃふぅうッ」
「肩に、足、乗せろ」
「ふっ、んっ、ぁ、は、ぁあ」
　幸村の足が政宗の肩にかかり、腕が首に回る。体を丸めた幸村の額に唇を寄せ、覆いかぶさりながら両手で彼を暴いていく。
「ぁはっ、ぁ、ふぁ、んっ、ひ、ひぃ、ぁあう」
「はぁ――すげぇな……ひくついて、求めてきやがる――もっと熱いモンを寄越せって、強請ってるみてぇに、指に絡み付いて」
「んぅう、ち、違、そんな、ぁ、ああ」
「何処が、違う――？　こんなに蠢いて……俺が欲しくて仕方がねぇって訴えてんだろ」
「ひっ、ぁううっ、や、ぁ、ああ」
「俺は、アンタが欲しくて――たまらねぇんだがな」
　乱れた呼気でささやかれ
「ぅ――そ、ぁ……」
「うん？」
「某も――ぁ、は、政宗殿が、欲しい」
　ひたりと視線を重ね、喰らうほどの強さを宿した瞳で、告げた。
「ッ！　――アンタ、本当に」
「ぅあっ?!」
　政宗の手が、肩にあった幸村の足を抱え上げ
「最高だ――クッ」
「がっ、ぁ、ぁああッ」
　一気に貫いた。
「すげ、ぁ、熱い――溶けちまいそうだ……ッ」
「ぁ、はぁっ、ぁ、ひ、ぁ、まさ、むねどの、こそ――ぁ、ああ、熱う、ござ……ッふ、ぁあ」
　顔を傾け唇を覆いあうような口づけを繰り返しながら、穿ち、飲み込み、乱し、締め上げ、意識のすべてを相手に向け、湧き上がる熱と破裂しそうな魂をぶつけ合い、声を上げる。
「ひぐっ、ぁ、ああっ、ぁ、はっ、ぁあ」
「くっ、ふ――んっ、はぁ」
　声をからめ、魂をからめ、一つに慣れぬもどかしさに咆えながら、別の存在であることに歓喜しながら、獣がのたうち叫びあう声を、森が吸い上げ人の元へ届くのをとどめた。

　河に入り、汚れと傷を洗い流し、身支度を整えた二人は無言のまま馬上に戻り、馬首をめぐらせ鼻づらを付きあわせた。馬同士が探り合い、主の好敵手を背にしていると自負しているのだろう、ぶるる、と牽制するよう雄々しい鼻息を漏らした。
　なだめるように幸村が馬の首を叩き、政宗は腕を組んで面白そうに馬を見る。
「逢えて、うれしゅうござった」
「Same here――こんなところで会えるとは……ま、多少期待はしていたが、な」
　意味を含んだ流し目を受け、幸村が言葉に詰まり、目じりを朱に染め視線を落とす。
「某も、その――多少……は」
　もごもごと言うのに、政宗が得物を一振り握り放ち
「ッ！」
　幸村は槍で受けた。
「何を――」
「次会うまでに、他の誰にも触られるんじゃ無ぇぜ」
「政宗殿こそ――その、なんというか……」
　言い切れずにいる幸村に、は、と声を上げて笑い
「自分で解して準備しとくってんなら、大歓迎だがな」
「なっ！」
　酒を食らったように、全身を赤く染めた幸村に大笑し
「じゃあな――Let's meet again soon」
「いずれ、また」
　強い光で交し合い、硬い誓いに背を向けて、それぞれの率いる軍の元へ、戻った。

2012/5/25