ごろり、と床に転がった猿飛佐助は、うんと伸びをして息を吐き出した。 夏休みも、残すところあとわずかである。宿題など、とうの昔に済んでいた。脇に置いていた携帯電話がメールの着信を知らせて来て、その音が特別なあの人からのものではないと教えてくれる。「はぁ」 つまらない。まことに、つまらない。 早々に宿題を澄ませてしまえば、年上のあの人と後半をずっと過ごしていられると思ったのに、当てが外れた。 あの人――真田幸村は今、武田道場の合宿に行ってしまっているのだ。 おっくうそうに携帯電話に手を伸ばして、メールをチェックする。無駄に動くかわいらしい絵がふんだんに挿入された、デコレーションメール。内容は、一緒に夏休みの宿題をしないかという誘いなのだが、メールから漂う甘ったるい雰囲気に、佐助は嘔吐のまねをして舌を出した。 一緒に宿題とは名ばかりの、高校最後の夏に恋人を作ろうと言う計画だと、佐助は知っていた。 佐助には、大学生の恋人がいる。 それを、周囲は知っている。佐助も、それを理由に女の子たちの申し出を断っていた。 どんな人なの、と聞かれるたびに、可愛い人だよとしか答えない佐助のそれが、断るための方便だという話が広まり、夏休みに入ってから誘いがやたらと来るようになった。 女子に人気のある佐助に、からかい半分嫉妬半分の男子がモテモテだななどと言ってくるが、好きでも無い人間にモテたとしても、迷惑でしかない。 断るまでの一連の流れが、面倒くさいのだ。 けれど、そのようなことはおくびにもださず、佐助は薄く笑みながら、申し訳なさそうに眉尻を下げて、ごめんねとつぶやく。そうすれば、女の子たちは逆上をすることなく、まれに泣き出す子もいるが、学校生活に差しさわりの無いぎこちなさ程度でやり過ごすことが出来る。 誘いのメールも、当たり障りのない内容で返信をして、放り出すように携帯電話を置き「はぁ」 再び、息を吐いた。 小さなころから通っている剣術も柔術も教えている武田道場で、真田幸村は次期師範代と言われていた。彼の力量はずばぬけており、皆のあこがれの的でもあった。ひとたび対峙をすれば身も凍るような気迫を向けてくるくせに、普段は佐助よりも幼い言動をとることがあった。そこを、可愛いと言う彼の女性ファンは少なくない。「旦那ぁ」 つぶやき、携帯電話に目を向ける。宿題を終えた佐助が、八月の頭に何処かに行こうと誘ってみれば、道場の合宿があるのだと断られた。そんなことは聞いていないと言えば、大学生のみが参加するものだからだと言われ、佐助は最後の高校生活を友達らと過ごせばよいと、日向のような顔で言われれば何も言えなくなってしまった。 佐助は、恋人のあの笑顔に弱いのだ。 そして幸村は、時折佐助を子ども扱いしたがる。 実際、相手は佐助よりも年上なのだから、子ども扱いをされるのは当然と言えば当然のことなのだが、思春期の男としては複雑な気持ちになる。幸村は幸村で、佐助の方が物を良く知っており、助けられるばかりで情けないから、年上風を吹かせられるときには吹かせておきたい、という気持ちがあるらしいが――。「あ〜あ」 ごろ、と寝返りを打つ。 佐助が面白く無いと感じているのは、幸村が合宿に行っているからだけではない。合宿のメンバーが、気にくわないのだ。 伊達政宗――。 何かと言えば、幸村にちょっかいをかけてくる男は、自他ともに認める幸村の好敵手で、彼の話をするときは幸村も嬉しそうで、また、政宗が佐助を見る目が挑戦的でからかうような色を帯びていることが、非常に気にくわなかった。 携帯電話を手に取って、メールを送る。宛先は、同じ道場に通う徳川家康だ。彼は、佐助が幸村と恋仲であることを知っている唯一の人間で――彼自身もまた、年上の恋人である長曾我部元親との仲を佐助に教えてくれていた。 男同士……しかも年上の恋人であるということは、世間的には受け入れられぬことを知っている。けれど、同じ状況でいたからか、なんとはなしに佐助と家康は秘密を知りあい、打ち明ける流れとなり、気が付けば愚痴を言ったり互いの恋しい人の話を、したりするようになっていた。 送信ボタンを押して、待つ。家康の恋人である元親は、面倒見がよく人懐こい。そのせいで、家康はいらぬ不安を抱え込むこともあった。それをまさか恋人に見せるわけにもいかず、笑顔を向けつつも心中ではため息をついている彼のことだ。今回の合宿のことを、気にかけていないはずは無い。 しばらくして、返信が来た。「え――」 文面に、目を丸くする。「昨日、帰ってきてるって……」 佐助には、何の連絡も入っていない。家康からの文面は、それを気遣うものであった。 急いで幸村に電話をかける。数度のコールの後『佐助』「旦那――昨日、帰って来たって聞いたんだけど」『うむ。――ああ、連絡をしなかったな。すまぬ』「――ああ、うん。えっと……今、家?」『そうだ』「行っても、いいよね」 しばしの沈黙の後『かまわぬ』「わかった。じゃ、すぐに行くね」『うむ』 通話を切った。 起き上がり、身支度を整えながら先ほどの会話を思い出す。ほんのりと寒い気配が佐助の胸にあった。(旦那、来てほしく無い……のかな) 合宿中に、何かあったのだろうか。そう思う頭の隅で ――旅行に行けば、ぐっと距離が縮まる。 誰かが言った言葉がよぎった。 湧き上がった予感を拭い去ろうと、家を飛び出し幸村の家――武田道場の離れへと駆けていく。 インターフォンを押して、応対の声が聞こえるまでが長く感じた。『はい』「旦那、俺様!」 受話器を置く音がして、玄関が開く。見えた愛しい人の顔は、褐色に焼けていて「佐助」 はにかむように見つめてくるのに、抱きしめたい衝動がわきあがる。 足早に玄関に入り、勝手知ったる家へ上がり「冷たい麦茶を入れていくから、先に部屋へ」「いいよ。自分でする」 さっさと台所で二人分の麦茶を用意して、幸村の部屋へ入った。「大将は――?」「寄り合いがあると申されておったから、遅くなるのではないか」「そっか」 つまりは、二人きりである。ちらと幸村を見れば、なんだかよそよそしいように思えて「旦那、すごい日に焼けたね」 その空気を打破したく、声をかけた。「ああ――合宿所の傍に川があってな。泳げたのだ」「へぇ」 今年はまだ、幸村の水着姿を見ていない。それを他の者たちが見ていたのだと――あの伊達政宗が見ていたのだと思うと、面白く無い。「俺様も、旦那と泳ぎたかったな」 子どもらしい感じで、ぽつりとつぶやけば幸村は共に行こうと言ってくれるはずであった。けれど「またの機会に、な」 それとなく、断られてしまった。「旦那」「なんだ」「なんか、あった?」「なにかとは、なんだ」「わかんないけど――合宿中、なにか、あった?」「別に、何もないが」「ほんとに?」 身を乗り出せば「ああ」 言いながら、幸村が目を逸らす。「旦那」 そのままにじりより「久しぶり、だよね」「そうだな」 幸村がのけぞる。「ねぇ、旦那」「なんだ」「キス、しよ?」 日に焼けた幸村の頬が、赤くなる。年上の恋人は、佐助よりもそういうことが苦手で「ねぇ――旦那に、触れたい」 甘えた声を出せば「う、うう――」 真っ赤になって、うつむいてしまった。それを下から覗き込み「ね?」 首をかしげて見せれば、いつもならば佐助に負けて許してくれるのだが「ダメだ」 拒絶され、佐助の目は、こぼれるほどに見開かれた。「なんで――」 呆然と声が漏れる。幸村は、答えない。「俺様の事が、嫌いになった?」 肯定も否定もされない。「俺様は、旦那に会えなくてすごく、さみしかったよ」 幸村は微動だにしない。「他に、好きな人が出来た?」 震える声で告げれば「違う!」 強く、否定された。「じゃあ、なんで!」 佐助の声も、大きくなる。「それは――」 目を逸らした幸村に苛立ち、Tシャツをまくしあげズボンのファスナーをおろし、胸に口を寄せて下肢を掴んだ。「ッ! さ、佐助――ッ」 狼狽する幸村を無視し、胸乳を吸いながら柔らかな牡を指で捏ねる。「ぁ、やめ――やめぬかっ、ぁ、あ」 何度も肌を重ねた体は、どうすれば喜ぶかを佐助は心得ていた。すぐに手の中の牡は熱く凝り、先端を指の腹で潰しながら揉み込めば「はっ、ぁう」 先走りが漏れ始めた。「旦那――旦那……」「んっ、ふ、ぁう――んんっ」 性急な行為に意識が付いて行かないらしい幸村が、困惑しながらも欲に落ちていく。キュウと強く胸を吸いながら先走りを塗り付けるように牡を扱けば「は、ぁああううっ」 太ももと声を震わせて、幸村が啼いた。「ふふ、すっごい」「はっ、ぁ、ああうっ、んっ、やめ、佐助ッ――ぁ」「やだ――旦那も、こんなところで止まったら、辛いでしょ」「ひっ、いい――」 牡の先端を捩じれば、高い声が上がる。しとどに先走りをあふれさせる場所を胸乳とともに責め上げて「っは、ぁあああ――」 吹き上げさせた欲を指に絡め「ひっ、ぁお、ぅくう」 射精の余韻に浸る間も与えず尻を割り、秘孔をいじった。「ぁ、は、ぁんっ、ぁ、さすっ、ぁ、やめ――ッ、こんなっ、ぁ、ああ」 久しぶりに見る乱れた姿に、感じる熱に、佐助の欲が抑えきれぬほどに膨らんで「旦那――ッ」「ま、待てっ、ま――っ、ぁああああ」 勢いのまま、貫いた。「はぅ、ぁ、ああっ――さ、すけぇ」「はぁ――久しぶりの、旦那だぁ」 うっとりとつぶやきながら強く抱きしめ、根本まで彼の中に埋まる。「っ――佐助ぇ」 感じやすい彼の体が、久々の行為に焙られ熾った熱を持て余しているのは、内壁の蠢きが伝えてくる。目じりに滲んでいる涙を吸い上げて「愛してるよ――旦那」 呟きと同時に、激しく腰を打ち付けた。「っ、ぁう、さすっ、はっ、ぁ、あひっ、ぁ、あはっ、ぁあ」 泣き所を狙って打てば、幸村の腕は佐助にからみ、強くしがみついてくる。その強さが愛されている証だとでも言うように、佐助はより強く幸村を乱し、激しく欲を打ち立てた。「ぁはっ、さすっ、ぁ、さ、すけっ、ぁ、あああっ」「ふっ、旦那――も、ぁ、でるっ、ぁ、でる」「ふっ、ふぃい、ぁ、ひ、で、るぅう――」 佐助の言葉が移ったように、幸村も声にして「うん、じゃあ……一緒に、イこう」「ひっ、ぁ、ああぁあああッ!」 共に、果てた。 そのまま、会えなかったぶんを取り戻すように佐助は幸村に触れ続け、思いを注ぎながら彼を暴いた。すっかりぬるくなった麦茶が、乾いた体に心地いい。「旦那も、飲む?」 差し出せば、億劫そうな呻きが聞こえ「いっぱい汗かいたから、飲んだほうがいいよ」「んっ、ふ」 口移しで飲ませると「ばかもの」 ぺちりと、優しく頭を叩かれた。「旦那の所為だろ」 唇を尖らせれば「なにがだ」「合宿中に連絡が無いのはいいとしてもさ、帰ったら帰ったってくらい、教えてくれてもいいだろ」 子どもらしく、拗ねて見せる佐助に頬を緩め、愛おしそうに腕をからめてきた。それに従い、熱い幸村の肌に頬を寄せる。「高校最後の夏休みを、満喫させたいと思ったのだ」「そんなの、どうだっていいよ」「良くは無い。高校三年の夏というのは、一度しか来ぬのだからな」「合宿前も、そんなこと言ってたよね。――でも、俺様は旦那と過ごす時間の方が、ずっと大切だよ。高校三年の夏休みに旦那と過ごせるのは、一度しか来ないんだから」 首を伸ばして唇を寄せれば、目を瞬かせた幸村が、照れくさそうに「ばかもの」 つぶやいた。「――ねえ、旦那」「ん?」「あのさ、俺様――旦那がよそよそしくなった気がしてさ」「うむ」「ちょっと、さみしかった」 ぎゅう、と抱きしめられた。「俺様はまだまだガキだしさ、物足りないと思わせているんじゃないかって、思う時もあるし――いつも、不安なんだよ」 だから、と耳に唇を寄せながら「クラスメイトと一緒に居るより、旦那とずっと、一緒に居たい」「ばかもの」 ちゅ、と幸村からのキスが落ちた。「俺も、年上としての務めを果たさんと、必死なのだぞ」「え?」「気を抜けば、すぐに佐助に甘えそうになる」 情けない、と小さくつぶやく唇に「お互い、いっぱい甘えあえばいいんじゃ無い?」 想いを乗せて、唇を重ねた。「佐助」「ん?」「夏休みは、まだ残っておるな」「あと、少しだけだけどね。でも、全部を旦那と過ごしても大丈夫なように、宿題は済ませてるよ」「そうか」「うん」「ならば――残りの夏休みの時間を、全て俺にくれるか」「夏休みの時間だけ?」 問えば、幸村が首をかしげる。「俺様は、旦那のこれから先の時間を全部、欲しいとおもってるんだけど」 とろけるような笑みで言えば「ばかもの」 ゆでだこのようになった恋人が、唇を寄せてきた。 終わりなき心の夏を、共に過ごしていこう。何度でも何度でも、君に恋をするから。2012/8/17