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奮(途中まで政宗バージョンと同じ内容です。)

 何もかもボロボロになって――何もかもを脱ぎ捨てて――――むき出しの本能だけで向き合って、何も纏っていないホントウに触れてほしい…………
 他の誰でも無いこの俺に……他の誰でも無いこの俺と――――

 体が熱い。
 妬けつくように熱いくせに、背骨が雪に抱きすくめられているように冷たい。
「う――」
 喉が渇きうめけば、湿ったものが唇に落ちた。それを求めるように、唇を動かす――――。
 居室で眠る伊達政宗は、原因不明の高熱にうなされ、その傍らには腹心の片倉小十郎が控えていた。薬師が色々と処方をしてみるものの、いっかな効力のある気配は無い。
「ぅ、ふ……」
「政宗様」
 気づかわしげに名を呼んだ小十郎の目は、徹夜の看護で落ちくぼみ、暗い影を落としていた。けれど、それを気遣い交代を申し出る者たちの言葉を退け、彼は傍に坐し続けていた。
 離れの間では坊主が祓いの読経を続け、次は陰陽師でも呼ぼうかと重臣たちは相談をしている。――このままでは、伊達政宗どころか片倉小十郎すらも、奥州は失ってしまう事になりかねない。
「政宗様――」
 そっと、手ぬぐいで政宗の汗を拭う小十郎とて、自分が政宗の横に控え続けては治政に穴が開くことを、重々に承知している。けれど、理性が承知しても感情が承知をしなかった。
「政宗様」
 彼の傍に控えたまま、小十郎はさまざまの報告を受けては指示を出し、奥州を支えている。表向きは何事も無く、平穏に国を治めているという態を崩せば、簡単に付け込まれて攻めてこられるだろう。――そんな彼らの努力を、あっけなく無にすることの出来る唯一の存在が、部屋の隅にある闇の中からにじみ出て、飄々としているくせに妙な鋭さを持った目で、小十郎に声をかけた。
「相当、悪いみたいだね」
 森の中の色をそのまま染め抜いたような忍び装束に、橙色の髪。鞭のようにしなる細身の体をした相手を、小十郎は眼球の動きだけで見て、すぐに政宗に目を戻した。
「何の、用だ――猿飛」
「様子を見に来たに、決まってんだろ。――今、奥州に崩れられちゃあ、こっちだって困るんでね」
 ゆっくりと歩み寄る忍――猿飛佐助は甲斐の忍だった。高熱を出し寝込んでいる伊達政宗と、彼の主である真田幸村は自他ともに認める好敵手であり、二人の腹心である小十郎と佐助には、そんな言葉で縛り付けることが出来ないほどに、互いの魂を揺さぶりあえる相手であると見えていた。
「奥州が崩れれば、うちの大将と軍神のオタノシミに水を差す輩が増えるし、旦那だって張り合いを無くしちゃうからね。――現状で、竜が天に昇っちまったら困るんだよ」
「縁起でも無ぇことを、言うんじゃねぇ」
 地の底を這うような、静かな小十郎の怒声に佐助が軽く肩をすくめる。
「薬も効かない――読経もダメ…………か」
 そっと政宗の傍に膝を着いた佐助が、彼の額に手をかざした。それを、小十郎がじっと見つめる。
「うぅん……」
 掌をゆっくりと動かし、政宗の足先まで手をかざし終えた佐助が眉間にしわを寄せ、唸る。
「何か、わかったのか」
 この忍が、並の忍ではないことは、よく知っている。今の手をかざす行為で、政宗がこうして寝込んでいることの原因を探りだしたのだろうと、疑う事もせずに問うた。
「――――確証は持てないけど……ためしに、旦那を呼んでこようか」
「真田を――?」
 佐助の主、幸村は医者でも無ければ忍でもない。紅蓮の鬼と呼ばれるほどの猛将ではあるが、このような事柄に関しては疎いようにしか、小十郎には見えなかった。けれど、知らないだけで何か特別な事でも出来るのだろうか。――あの、武田信玄の薫陶を受けているほどの男だ。何か、あるのかもしれねぇ。
 小十郎は、そう考えた。
「すぐに、呼べるか」
 幸村は、このような状態の政宗を打ち取り奥州を抑えようなどとは、露ほども思わない男だ。そのようなことを考えるものを、卑怯だと思いきり打ち据えるような、真っ直ぐで心配になるほどにバカ正直な男だ。この場に迎え入れたとしても、万が一にも心配をするようなことは無い。――政宗が、このように弱っている姿を相手に見せることを良しとするかどうかは別として、彼が健やかになるのであれば、藁にでも縋りたい思いで佐助に言った。
「どれぐらいで、到着する。真田の馬なら、飛ばせば五日ほどで、来れるだろうが…………」
「俺様がひとっとびして連れてこれば、あっという間だよ。――――ただ、うまくいくかどうかは、わからないぜ」
「かまわねぇ。……頼む」
 少し下がった小十郎が、両手をついて頭を下げた。
「あらま。――竜の右目が忍風情に頭を下げるとか、他所には見せらんない姿だね」
 からかう言葉を包む声は、労わるように柔らかい。
「すぐに、連れて来るよ。報酬をどうするか、考えといてくれよな」
 言い終える前に佐助が姿を消し、頭を上げて、頼むと言いかけた小十郎の口は、声を向ける相手を失い、何も発することなく閉ざされた。

 一刻ほどの後――
「っ……政宗殿、なんという痛ましい姿に」
 ふっくらとした頬に和らかな栗色の髪をした、少年と言っても通じそうな青年――真田幸村が伊達政宗の蒼白になった顔を、眉間にしわを深く刻んで覗き込んだ。
 端整な顔立ちの政宗が、血の気を失っている姿は、象牙のように温度のない造りものに見える。艶やかに皮肉な笑みを浮かべる唇が渇き、薄く開いて苦しげな息を吐き出すのに、幸村は奥歯を噛みしめた。
「佐助――」
 振り向きもせず、背後に控えた忍に声をかける。
「はいよ」
「俺は、どうすればいい」
「旦那は、いつも通りに目の前の事にまっすぐに、挑んでくれればいいだけだよ」
 ゆっくりと幸村の横に坐した佐助の身から、闇がにじみ出る。それが、政宗の褥を覆い尽くした。ゆらゆらと、闇が湯気のように床から立ち上る。その中にある政宗を、取り込もうとするように――。
「片倉殿――佐助を、信じてくだされ」
 闇に彩られ、さらに白く見える政宗の姿を案じ、知らぬ間に顔を歪めていた小十郎に、強い瞳で幸村が告げる。
「某が、必ずや憂いを祓って見せまする」
「――ああ、頼んだぜ。真田」
 無理やりに口の端に笑みを浮かべた小十郎に、力強く幸村が頷いた。
「いくよ、旦那」
「うむ!」
 幸村の返事を合図に、褥を覆い尽くしていた闇が膨れ上がり、部屋中を沈み込めた。

 もろ、と手の中にあった竜の爪が折れる。目の前にいたものは、ドシャリと鈍い水音をさせてくずおれた。
 手にしていた六振りの刀は全て、用を成さぬガラクタへと変じていた。それを手から離そうとするのに、いくら腕を振り回しても柄が手の中へ根を生やしてしまったかのように、離れない。
「Shit――ッ!」
 悪態をついた政宗は、周囲に目を向けた。そこには、どろどろとした液体と固体の間――泥のように重たい液体――溶けだした溶岩のようなものが、赤黒く横たわっている。
 政宗の蒼い陣羽織はどす黒い赤に染められ、輝く弦月の前立ては崩れ落ち、兜はその機能を発揮できぬほどに割れている。それなのに、政宗の頭に張り付くように覆い続けていた。
「なんなんだ、これは――」
 ねっとりとして生臭く、全身の毛を逆撫でしてくるような気配が充満している。喉の奥がひりつくように熱く、乾いている。それなのに、体中が氷に包まれているように冷たい。赤黒い返り血が――周囲に落ちているドロリとしたものを切り捨てた時に浴びたものが――触れた場所から体温がどんどんと失われ、今では感覚すらも失われていた。
「いったい、いつになりゃあ、終わるんだ」
 ぼこ、と政宗に応えるように泥のようなものが膨らみ、起き上がり、人の形を成した。それが、迫る。
「くっ!」
 折れた爪で切り裂けば、いともたやすくベシャリと地に落ちるのに、何事も無かったかのように、それはまた起き上がる。
 はじめは、どこかの兵士の形をしていた。それらを全て切り裂いて、出口を求めて漆黒の世界を駆け抜けた。切り裂けば切り裂くほどに地面はぬかるみ、政宗の身は返り血に染まり、渇きを覚えて喘ぐたびに、肌からは熱が奪われる。
 おお――おお……という耳鳴りのような唸りが聞こえ、気付けば兵士ではなく出来の悪い泥人形のようなものを、相手にしていた。
 鎧は、刀は腐ったようにモロモロと崩れていくのに体からは離れない。何かに執着するように、政宗の肌に吸い付いていた。
「っ――はぁ」
 喉が、体が渇いている。膝を着いてしまいたいほど重たいくせに、何かが政宗に膝を着くことを許さなかった。
 倒れ込みたいほどの重さと、浮遊感――相反するものに包まれて、政宗は刃を振り続けた。
「いい加減、アンタらとのDanceには飽きてきたんだがなぁ」
 皮肉に口の端を持ち上げて、余裕を見せてはみるものの、政宗の精神は張りつめすぎて擦り切れ、ささくれだっていた。――ほんの少し、中心に力を込めて押されれば小枝のように折れてしまいそうなほど、政宗の心は削り取られていた。
 嫉妬。
 憎悪。
 嫌悪。
 そういったものが形を持ち、政宗を追い詰め、刃を向けている。それらが、この空間を満たしていた。
「いい加減、こういうモンには慣れたと思っていたんだがな――」
 口の中で呟き、吐き捨てるように息を吹き出して、再び人の形を取り出した悪意に、腰を落として身構えた。
「仕方がねぇな――どんだけでも、相手んなってやるよ」
 自分の背には、おびただしいほどの人の命が――彼が守り、支えなくてはならない思いが、あった。
「こんなところで、くたばっちまうわけには、いかないんでな」
 重心を落とし、身に力を凝らせる。
「全部、ぶっとばしてやる」
 彼が守るべきものが、彼の背を支えていた。
 悪意の泥人形が、無数に起き上がり政宗を取り囲む。それらが、ゆっくりと間合いを詰めてきた。押しつぶされそうなほど、空気が圧迫される。息が出来ぬほどの憎悪が、政宗の神経をじわじわと削り取る。
「――ッ」
 奥歯を噛みしめ、折れた爪が届くまで、間合いが詰まるのを待った。そこに
「おぉおぉおおおおお!」
 聞きなれた雄叫びと熱波が、沸き起こった。
「政宗殿! 無事でござるかぁあ!」
 紅蓮の炎が汚泥を蒸発させながら、走り来る。それが何者であるのかを、政宗は知りすぎるほどに知っていた。あの炎を、見間違えるはずは無い――。
「真田、幸村」
 急激に、肌に熱が蘇る。獣のように歯を剥きだして笑った政宗の眼前に幸村が迫り、そのまま槍を繰り出してくる。それを受けとめようと両手の刃を繰り出した政宗は、目も眩むほどの光の波に吹き荒らされ、どれほど走り回り振り回しても離れることの無かったがも、鎧が全て一瞬にして蒸発し消え去ったことに瞠目した。
「――っ、な……んだ」
 同時に、政宗を包んでいた重苦しく粘ついた黒い感情も霧消する。目を見張った政宗の眼前に、政宗がいくら切っても消えることの無かったものを瞬時に消し去ったことを、誇るでもなく驕るでも無い、真っ直ぐに挑むような笑みを浮かべた幸村の姿があった。
「――真田、幸村」
「政宗殿」
 幸村の手が伸びて、政宗の右目を覆う眼帯に触れる。それが、細かな粒子となって天に昇っていった。虚のような目と、鋭く輝く瞳で幸村を見つめる政宗の足元から、ぶわりとぬくもりが広がり喉の渇きが潤される。
「アンタの熱が、俺の魂を震わせて仕方がねェ――――」
 立場も何も忘れるほどに、魂が揺るぎない速さで輝きを増していく。
「それは、某とて同じこと。このような場所で、燻られておられては、困りまする」
「Ha! 言うようになったじゃねぇか」
 楽しげに拳を持ち上げ、とんと手の甲で幸村の胸を叩く。いつの間にか、互いに一糸まとわぬ姿に――余計なものを何もかも剥ぎ取り、ただの魂の根源のみの姿となった二人は、剣呑で親しげな笑みを浮かべあい、軽く握った拳をぶつけ合った。

 睫毛が数度震え、閉ざされたままだった瞼が持ち上がる。
「――っ! 政宗様」
 鋭く息をのんだ小十郎の心配と安堵に彩られた顔に、弱々しくも不敵な笑みを、政宗は浮かべた。
「ひでぇツラだな、小十郎」
「政宗様ほどでは、ございません」
「Ha…………」
 小さく笑った政宗が目を動かし、覗き込んでくる幸村の力強いまなざしを受け止めた。
「今回は、アンタに助けられたみてぇだな」
「お互い様に、ござる。某が迷うたとき、政宗殿が叱咤をしてくだされた借りを、返したまでの事」
「Ah――」
 そんなこともあったなと、政宗は瞼を下した。
「まだ、ちょっとダリィ……少し、眠る。起きたら何か食えるように、用意をしておいてくれ」
「承知」
「――真田……せっかく来たんなら、何か食ってけよ――――山ばっかの甲斐じゃ食えねぇようなモンを、な」
「政宗殿が目覚められたならば、有りがたく、頂戴いたしまする」
「俺様には、なんもないわけぇ?」
 場にふさわしく無い、軽い声が政宗の耳に届いた。
「Ah……そうだな…………アンタには――――」
 言い終える前に、すう――と眠りに落ちた政宗の姿に、佐助が肩をすくめる。
「やれやれ」
 そんな佐助に、何か問いたげな目を小十郎が向けた。
「ん? ああ、大丈夫だよ。心配しなくても次に目覚めたら、いつも通り元気になっているだろうぜ。ま、寝込んでいた分、食べていないから少しはフラつくかもしんないけどさ」
「何だったんだ、いったい」
「呪詛だよ」
「呪詛?」
 さらりと言ってのけた佐助に、小十郎が眉をひそめた。
「闇の気配が凝っていたからね。呪詛なら、薬が効かないのも当然だろ」
「坊主どもに、読経をさせていたんだが」
「最近の坊主どもは、生臭だからじゃないのぉ?」
「佐助、政宗殿は呪詛をされておったのか」
「そうだよ、旦那。――闇の中で、何が見えた? 何をしてきたの」
「……得体のしれぬ、粘ついた生温かで生臭い気配が、政宗殿を取り囲んでおったゆえ、槍を振るうたのだ」
「そっか」
 にこりとした佐助が、うんうんと頷く。
「それが、呪詛の正体だよ。誰が呪ったのかまでは、わかんないけどさ――旦那が呪詛を薙ぎ祓ったんだねぇ」
 さすが旦那、と褒められても幸村はよくわからない顔をして、小首をかしげた。それに、小十郎がわずかな不安を浮かべる。
「猿飛」
「うん?」
「真田は、法力でも持ってんのか」
「旦那が、持っているように見える?」
「なら、なんで呪詛を祓えるんだ」
「なんでって――わかんない?」
「わからねぇから、聞いているんだろう」
 ふふん、ともったいをつけた顔をして、人差し指を自分に向けた佐助が、片目を閉じる。
「旦那は、俺様の唯一の主なんだぜ」
 陽気な様子とは真逆の、闇がふわりと佐助から滲みだす。
「甲斐の虎じゃなく、ね」
 ぞっとするほど冷たい気配が、佐助の肌を覆った。
「――――なるほどな」
 深く頷き納得をした小十郎と佐助の顔を、幸村は不思議そうに見つめ、穏やかに眠る政宗の顔を見て、ほっと息を吐き出す。
「再び、何のしがらみも無く、刃を交えあいましょうぞ」
 小さなつぶやきが聞こえたかのように、政宗の唇がほんのわずか、持ち上がった。

 うぅんと伸びをした佐助が、ふうっと勢いよく息を吐き、ころりと横になった。
「あ〜あ、まったく。とんだ迷惑をこうむったよねぇ。ま、報酬として食材をたんまりもらえたから、いいけどさ」
 ねぇ旦那、と声を掛ければ、幸村が何やら難しい顔をして胡坐をかいていた。
「どうしたのさ、旦那」
「解せぬのだ」
「何が」
 ひょい、と佐助が起き上がりこぼしのように体を起し、幸村の向かいに坐した。
「政宗殿は、呪詛を受けたのであろう」
「うん」
「佐助は、それを見ぬいた」
「ふふん」
 自慢げに鼻を鳴らした佐助に、さすがだと言い置いてから幸村が続ける。
「佐助が闇の気を放ち、政宗殿を包み、俺を呪詛と絡めたと言ったな」
「うん、言ったねぇ」
「それが、解せぬのだ」
「なんで」
 かわいらしく佐助が首をかしげると、ひよこのように唇を尖らせた幸村が、ぬぅと唸った。
「俺は、坊主でも法師でも、ましてや陰陽師でも無い」
「うん」
「佐助は、普段通りの俺で良いと言ったな」
「言ったよ」
「何故だ」
 ううん、と考えるように頬を掻いた佐助が、腰を浮かせて幸村の鼻に鼻を重ねた。
「俺様の主は、だ〜れだ」
「――俺だ」
「正解。――それが、答えだよ」
「わからぬ」
「そお?」
「もっと、俺にわかるように説明をしてくれ」
「ん〜、じゃあ」
 少し首の角度を変えた佐助が、さらに顔を近づけて唇を寄せてきた。
「っ、な、なな――何をする」
「だから、説明」
 真っ赤になった幸村に、佐助が這いながら迫る。あとじさる幸村の腕を払い、押し倒した。
「旦那」
 弾む声で呼ばれ、足の間に体を入れられてうろたえる。
「佐助、何故こうなるッ」
 佐助の笑みが顔に近づき、口づけられると思い、ぎゅっと硬く目を閉じた幸村の予想が外れ、肩に佐助の頭が触れる。ぎゅうと両腕で抱きしめられ、たよりなげな様子に幸村は佐助の頭を撫でた。
「どうした、佐助」
「うん――ちょっと、呪詛にあてられちゃったみたい」
 ざわ、と佐助のうなじから闇がにじみ出ていることに気づき、幸村はほこりを払うほどの無造作さで、それを祓った。
「成程、そうか――」
 佐助の言わんとしていたことに気付き、幸村が頷く。
「――わかった?」
 顔を上げた佐助に、うむ、と頷いて見せた。そっかと目を細めた佐助が顔を寄せ、今度はそっと唇を受け止める。
「旦那の熱で――俺様の闇を温めてくれる?」
「――き、聞くな。……決まっておろう」
 耳まで赤く染めた幸村が、ぷいと顔をそむける。ありがと、とささやいた佐助は、そのまま耳に唇を寄せ、耳朶を食んだ。
「――っ、ふ」
 あやすように唇で耳朶を弄び、耳裏に舌を這わせながら邪魔な布を剥ぎ取っていく。あたたかな胸に手を滑らせ、形を確かめるように、脇からすくい上げるように撫でて、色づく尖りに指をかけた。
「っあ――ふ、くぅん」
 指で転がし押しつぶせば、子犬が甘えるような声を出す。指で絡めるのとは別の方を唇で噛めば、ひくんと背が跳ねた。
「はっ、ぁ――ぁ、さす、けぇ…………」
 もどかしそうな快楽の声が、幸村の口から洩れる。髪に指が絡み、撫でてくる。伸びあがるように首を伸ばした佐助は、幸村の唇に唇を押し付け、舌を伸ばして口内を愛撫した。
「んっ――ふ、ぁ、んぅ、んっ、ん」
 幸村の腕が佐助の頭を抱きかかえるように、絡み付く。口を味わいながら胸乳を弄れば、幸村の腰が揺らめいた。
「ふふ、旦那ってば――素直」
「っあ――ん、ばか……ものぉ」
 ぐい、と佐助の太ももが幸村の欲を押し上げ、ぐりぐりと押しつぶす。逃れたいのか求めているのか、幸村の腰が更に踊った。
「ふふ――旦那の先走りで、俺様の太ももが濡れちゃった」
「や、ぁ……そのようなことを、ぁ、言うな――」
 羞恥に顔を両腕で隠してしまった幸村に、あららと瞬いた佐助が、あまやかすような口づけを繰り返す。
「旦那――ね、顔を見せて……俺様の事を感じている顔、見せてよ――ねぇ」
「意地の悪いことを言う佐助になど、見せる顔は無いッ!」
「ええ――酷いなぁ」
「酷いのは、どっちだ。そのようなことを言うなと、常々……ぁうっ」
 きゅうっ、と佐助の手が幸村の欲を絞る。そのまま扱きあげられ、幸村の口は喘ぎに開いた。
「だって……旦那が悪いんだぜ――――俺様、嫉妬で気が狂いそうなんだもん」
「ぁはっ、ぁ、あ、何っ、ぁ――」
「独眼竜のこと、あんなに心配そうな顔をしてさ――通じ合ってますって顔をして…………ほんっと、俺様アイツ嫌い」
「んぁ、そ――は、ぁあ……俺を、呼んだは、ぁ、佐助ではないか――ひ、ぃいっ」
 幸村の抗議に、形の良い眉を不機嫌にゆがめた佐助が、牡の奥にある蕾へ、もう片手を忍ばせた。
「だって、呪詛なんかで竜の旦那が死んじゃったら、旦那が悲しむだろうなって思ったからさ――」
 それすらも腹立たしいと、内壁を探る佐助の指が不機嫌に泣き所を抉り、牡に触れる指は蜜孔に爪を立てた。
「ひ、ぃ、ぃい――ぁ、あ……さす、ぁ、ああ――ふ、ぁあ」
 強すぎる快楽に、幸村の目に涙がにじむ。それを、行為とは真逆の優しい仕草で、佐助の舌が拭った。
「あぁ――旦那…………旦那は、俺様の旦那なのに……」
 目じりから頬に、そして唇に移動しながら文句をつづる佐助の唇に、幸村が頭を持ち上げ噛みついた。
「いっ――てぇ……何、旦那ぁ」
「何ではない! ぐだぐだと、女々しいことを申すな――っふ、ぁ、佐助ぇ……」
「だって、腹が立つのは、仕方がないだろう」
「ぁは――ぁ、う……んっ、腹を立てる必要など……ッ、無いではないか」
「なんで」
 ぷっ、と頬を膨らませた佐助を包み込むように、幸村が満面に情愛の笑みを上らせた。
「俺が、このように肌身を許すのは、佐助しかおらぬ」
 最上の殺し文句に、言葉を失った佐助は幸村の笑みをぽかんと見つめ
「旦那ぁ〜」
 甘えるような声を出して、獣のように全身を擦りつけた。
「あぁ、もう――旦那ってば、最高」
「うむ――っ、その、だからな、佐助……」
 もじ、と足を擦り合わせた幸村が、拗ねたような顔で目を逸らす。
「は、早く――来ぬか」
 言い終え、硬く目を閉じ羞恥に耐える最愛の主の姿に、佐助の胸ははちきれそうなほど、暖かな悦びに膨らんだ。
「うん――いっしょに、気持ちよくなろうね……旦那――俺様の事、いっぱい感じてくれる?」
 頬を摺り寄せ、甘えながら滾る熱を幸村の柔孔に押し付ければ、痛いほどにしがみつかれ、無言で頷かれた。
「誰の事も忘れちゃうくらい、俺様でいっぱいになってね――旦那」
 たわむれるような口づけを交わし、若い獣が熱を絡めて宵闇にじゃれ合う。闇の獣を、祓う炎の獣が包み込む。安息の闇に欲をからめ、心地よい焔に焙られながら、互いの命を擦り合わせ、温めあい、暁闇のころに眠りについた。

2012/11/19



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