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ツツジと雷鳴

 ぶる、と寒くも無いのに体が震え、真田幸村は首をかしげた。腕を見てみるが、鳥肌も立っていない。何かの予感化、虫の知らせのようなものだろうか。
 わからない。
 幸村は、紅蓮のツツジに手を伸ばし、一輪手にして蜜を吸った。
 ほんのわずかな、けれど確かな甘さを感じ、目を閉じる。
 この甘さは、何かに似ている。
 ほのかで、けれど確実な――。
 嗚呼。
 唐突に、それが何かを幸村は理解した。理解したと同時に、また身が震える。
 この身の奮えは、心の奮えだ。彼の人を求める震えた。
 目を、薄く曇る空に向ける。雨の粒が落ちそうでもあり、このままの状態がずっと続くようでもある曇り空。そこに、先刻走った稲光を思い出し、幸村は三度、身を震わせた。
 はあ、と我知らず熱い息が漏れる。
 求めているのだ。だから、奮えたのだ。
 あの稲妻のような激しい剣戟をくりだす男、伊達政宗を。

 今にも雨が振り落ちそうな空に、稲光が走った。ビリ、と呼応するように伊達政宗の右目を覆う眼帯が震える。光のある左目をすがめ、庭に低く並び咲く赤い花に手を伸ばす。
 胸が、妙に騒いでいるのは何故だろうか。
 ツツジの赤を手に乗せて、そっと唇を寄せる。
 少量の、けれど圧倒的な甘味が口内に広がり、政宗は官能的な息を吐いた。
 これは、この甘さは何かに似ている。
 嗚呼。
 瞳を閉じて、政宗は胸の奥から湧き上がる熱く甘い吐息をこぼした。
 胸が、疼いている。
 稲妻に呼応して震えた眼帯の響きに、ある男を思い出した。控えめでありながらも強い甘味を持つツツジの赤に、艶やかに咲く姿が、熱が、声が蘇った。
 真田幸村。
 その名が脳裏に弾けたと当時に、政宗は地を蹴り厩へ腕を伸ばした。

 雷鳴の後に、唐突に激しく降り出した雨に打たれ、馬を走らせる。馬の鬣は濡れそぼり、走るたびに水のしぶきをしたたらせた。
 咽るように熱いくせに、雨が体温を奪って落ちる。火照る前に体が冷やされ、馬は鼻息で雨を吹き散らしながら、走り続けた。
 ざん、と水たまりの水を蹴り馬が飛び出したのは、木々の切れ目の先の草原だった。そこに、求める相手の姿を見つめて馬を止める。
 急に足を止め荒れた馬は棹立ちになり、のけぞった背から振り落とされたように飛び降りて、互いの姿を改めて確認し、剣呑な笑みを口の端に乗せた。
「伊達、政宗」
「真田幸村」
 雷鳴に、あるいはツツジの花蜜に思い起した相手を求め、衝動のままに掛けた二人は手綱を離し、雨の中を駆ける。
「ふっ」
「シッ」
 短く鋭い呼気を放ち、拳を繰り出し互いの面前で止めると、獰猛な瞳をからめあった。
「とっさの思いつきで、得物を持ってくんのを忘れちまったぜ」
「某も、同じにござる」
 お互い、気楽な長着に袴という姿だった。降りそそぐ雨に濡れそぼり、髪から水を滴らせている。
「なら、仕方ねぇな」
 政宗の全身から淫靡さが湧き上がり、さっと幸村の頬に朱が差した。
「このまま、何も無く帰るなんざ、言わねェだろう」
 政宗の握られた拳が開き、幸村の顎を掴んだ。
「show you who are in full glory」
 ささやく声は、激しい雨音にかき消されるほど小さなものであるのに、幸村の意識にははっきりと、言葉の意味は分からないが、彼が求める響きを伝えた。
 ごくり、と幸村の喉が鳴り、瞳が潤み揺れる。
「政宗殿」
 求めるようにかすれた声を、政宗の唇が受け止めた。

「んっ、ぁは」
 鼻にかかった声が、洞窟の中に響く。あわてて両手で口を押えた幸村に、政宗が目を細めた。
「隠すなよ」
「んっ、なれど――っ」
「もう、俺はアンタがどんな声で啼くのかを知ってんだ。今更、隠す必要なんざねぇだろう」
 かあっと幸村の首の裏までが赤くなる。クックと喉を鳴らした政宗が、潤んだ瞳に口づけた。
「ずぶぬれだな」
「政宗殿こそ」
「体が、冷えちまってる」
「お互い様にござる」
 瞳をからめ、いたずらを共有するように笑んで、唇を重ねた。
「んっ、ふ」
 舌をからめ角度を変えて深くして、互いの裸身に手のひらを這わせる。政宗の指が幸村の性感帯を滑るたびに、彼の鼻から甘い息が漏れ、唇からはもどかしそうな音が漏れた。
「アンタの熱で、俺を溶かすほどに温めてくれ」
「ぁ、は――っ、某も、ぁ、政宗殿の熱で、奥まで溶かされとうござる」
「――上等。存分に、溶かし狂わせてやるよ」
「ぁはっ、ぁ、は、あううっ」
 政宗の熱が幸村の内側に燻る熱をひきだし、打ち据え、煽った。
「ぁんううっ、ぁはっ、は、ぁううっ」
 仰け反り、花弁を開くように身悶えた幸村が政宗を締め上げる。
「く、ぅ……持って行かれちまいそうだ」
 乱れた政宗の息に、幸村の胸が悦びと愛おしさに震えた。
「はっ、ぁ、政宗殿にっ、ぁ、ばかり、好きには――させませぬっ」
 艶に濁った眼で、挑むように睨み微笑む幸村に、政宗の鼓動が熱くなった。
「その顔だ、幸村――たまんねぇ」
「っ、は、ぁああううんっ」
 噛みつくように政宗が吼え、ひときわ高く幸村が啼いた。
 雨音に隔絶された岩肌に、二匹の若い獣の声が響き、染み入っていく――。

 裸身で身を寄り添わせたまま、二人は雨で滲む洞窟の外の世界を眺めていた。
 互いの熱を貪りきった気だるさに包まれ、時折頬を摺り寄せ唇を軽くかわしながら、まどろみを味わう。
「幸村」
「政宗殿」
 この雨が止み終わるまで、ただ互いを求めるだけの存在でいようと、言葉に出さずとも互いが互いの想いを重ねていた。
「アンタは、ツツジみてぇだな」
「政宗殿は、梅雨の雷鳴にござる」
 そうして引き寄せられた豪雨のように、互いの想いを相手の肌身に打ち付けて、降り止むころには互いの「立場」に何事も無かったかのように――二人にしかわからぬ気配だけを残し、戻るのだ。
 雨音のみが支配する静寂の中、二人はもう一度、唇を重ねた。

2013/05/31



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