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愛して

 愛してくれなんて、そんな大それたことを思ってなんてないよ。
 そう呟いた忍びの顔は、闇に隠れて見えなかった。
 ただ、今こうしてつながっていられることが、嬉しいんだ。
 その声が泣いているように聞こえて、幸村は腕を伸ばして抱きしめたいと望むのに、後ろ手に縛られ目隠しをされているので、かなわなかった。
「旦那、旦那」
 切ない呼び声に、胸が甘く痺れる。
「は、ぁ、あぁ、佐助」
 自分を乱す忍びの名を呼べば、乱暴なはずの行為とはうらはらに、労わるような口づけを与えられた。
 真田幸村は、自分の忍びがどうしていつも狼藉を働いているような交合を望むのか、気付いていた。彼の忍び、猿飛佐助はおそらく、幸村にそれを気づかれていないと思っている。それが哀れで滑稽で、そうしなければ心をさらけ出せぬ佐助がひどく愛おしくて、幸村は気付かぬふりを装ったまま、彼を抱きしめたい情動を堪えて犯されている。
「んぅ、は、はぁううっ、く、はぁ」
「ああ、旦那」
 同じ旋律を生む熱にあえぐ自分の声と、うっとりと切なげに漏れる佐助の声が入り交じる。
「ふ、ふぁ、あっ、佐助ぇ」
 抱きしめる代わりに名を呼べば、必ず佐助は口づけをくれる。
「んっ、旦那、ぁあ、旦那」
「ひぅ、ぁ、佐助っ、ぁ、さす、ぅああっ」
 呼ぶたびに、佐助の熱が上がっていくのを知っている。すがりつき自分を求めてくる佐助の心根を、強く感じる。だから幸村は、抱きしめる代わりに幾度も佐助を呼び続けた。
「ひっ、ぁあ、佐助っ、佐助ぇえっ」
「ふ、もぉ、あ、限界。旦那、ぁあ、旦那のナカに、俺様の子種、ぁ、注いでもいいだろ」
 うわずった声に、はちきれそうなほどの内壁に包まれた佐助の熱に、幸村の理性が愛おしさに突き崩される。
「っ、は、佐助っ、ああ、欲しい、佐助が、ぁあ」
「うん、うん。旦那、旦那っ」
 ど、と体の中心に佐助の熱を感じ
「っ、はぁぁぁあああぁあああっ」
 愛おしさを受け止めながら弾けさせ、幸村は高く細く咆えた。
 余韻に身を震わせる幸村の内壁が、佐助の熱を飲み干そうと蠢いている。佐助の想いを受け止めた幸村の耳を、ごめんね、と小さな音が撫でた。
 戒めを解かれた幸村は「あやまるな」と心の中で叫び、佐助の頬を殴りつける。
 あやまるな。
 思い切り殴られた佐助は部屋の傍に吹っ飛び、床に転がった。切れた唇からこぼれる血を手の甲で拭いながら、ゆらりと佐助が立ち上がる。闇に沈む彼の表情は、見えない。
 立ち上がった佐助の視線を身に浴びて、幸村はただ見えぬ彼の表情を、心中を見ようと目を凝らす。
 あやまるな。
 何故、あやまる。
 俺は、おまえを拒みなどせぬというのに。何故、いつも無理やりの形を取ろうとし、何故、いつも最後にあやまるのだ。
 幾度も幾度も心中で繰り返した問いを、心の裡で叫びながら幸村は佐助を睨み付けた。
「旦那」
 ゆっくりと、佐助が戻ってくる。月光に少しずつ見えた裸身は古傷だらけで、幸村の胸は見慣れたそれに痛みを覚える。
 俺様は、忍びだからさ。
 佐助の常套句が、幸村の耳に浮かんだ。
 だから、なんだというのだ。忍びの分別を越えた行為を望み、こうして俺を抱いているというのに。あくまでも反逆の行為のようにしたてるのは、何故だ、佐助。
 本能的に、それは問うてはいけないことだと、幸村は察していた。それを問えば、佐助を追い詰めることになる。
 今はまだ、それを問うことは出来ない。
 そう、今はまだ。
 幸村は、それが問える日が来ることを望んでいた。佐助が、忍びだからと言い訳のように繰り返さなくとも良い日が来ることを、願っている。
 忍び、というものが必要なくなる世の中を。
 天下泰平を。
「体、拭うから」
 目の前で膝を着いた佐助の顔は、能面のように白い。何の表情も浮かべない佐助は、忍びとして優秀に過ぎる。それが自慢でもあり、歯がゆくもあった。
 今、この時。自分とただ二人だけでいるというのに、どうして佐助は忍びであり続けようとするのか。
 その理由は、知っている。苦しいほどに痛む熱を胸に感じるほど、佐助は凍えた声で穏やかに笑いながら、幸村に言うのだから。
 真田家のために、しかるべき姫君を迎えて子を成さなければいけない、と。
 そのようなもの、と激昂できていたのは、いつまでだったろう。佐助の心中が見えずに、ならば何故、この俺に口吸いなどしたのだと叫んだのは、いつまでだっただろう。
 慈しむ手に交合の名残を消されながら、幸村はぼんやりと裸身の佐助を眺める。
 佐助が、血反吐を穿くほど苦しそうに、見えぬ涙を流しながら自分を犯していると気付いたのは、いつだっただろう。いじらしさに胸がつぶれそうになりながら、愛おしさで気が狂いそうになったあの日。幸村はそれから、佐助の好きにさせるようになった。
 愛されているのだ。不器用で優しすぎて、忍びという立場に縛られているこの男に、自分は気が狂いそうになるほど、愛されているのだ。
 すっかりと交合の跡を拭い終えた佐助が、幸村から離れようと腰を浮かせる。思わず手を伸ばした幸村は、佐助の腕を掴み引き寄せ、抱きしめた。
「うわ。ちょっと、旦那?」
 逃れられぬように、強く、強く抱きしめる。
 この忍びは、俺のものだ。俺だけの為に存在し、俺だけの為に生きている。
「旦那。俺様、そろそろ部屋に戻んないと」
 そんなことを言いながら、けれど佐助は幸村の腕におとなしく収まっていた。
「佐助」
 ふ、と持ち上がった佐助の顔が、月光の所為だろうか。頼りなげに縋る相手を求める子どものように見えて
「っ、だ、旦那」
 思わず唇を寄せれば、佐助の声が裏返った。いつも冷静な彼の驚愕に、ほくそ笑む。いつも自分の先を行き、冷静でいようとする彼に一矢報いたような気がして、得意な気持ちに胸がゆるんだ。
 もう一矢、射てやろうか。
「佐助」
「な、なに」
 初めての、幸村からの口吸いに揺れる心を鎮めようとする佐助に、幸村は思いの全てを満面に乗せて微笑んだ。
「佐助は聡いゆえ、とうに気付いておるだろうが」
 言葉を切れば、佐助がわずかに緊張を浮かべる。
「まあ、気付いておるから俺の望みをかなえるため、このような事を狼藉と見せかける方法で、しておるのだろうが」
「だ、旦那?」
 佐助の頬が引きつり、幸村は得意な気持ちをさらに大きくさせた。
「俺は、おまえを好いておるぞ」
 ぶわ、と月光の淡さの中でも佐助の満面が朱に染まったことがわかり、幸村は口の端を持ち上げ、目元を緩ませる。あわあわと唇を震わせる彼の大切な忍びは、やがて諦めたように長い長い吐息を漏らし、幸村の腰に腕を回した。
「知ってたけどさぁ」
 弱々しくつぶやく彼の耳が、赤い。
「流石は、佐助だ。俺の事を誰よりも良く知っている。俺も、佐助の事を誰よりも良く知っておるつもりだぞ」
 笑みを含んだ幸村の声音に、佐助が何かから逃れるように肩をすくめた。鮮やかな茜色の髪に唇を寄せながら、幸村がささやく。
「おまえも、俺に惚れておるのだろう」
「カンベンしてよぉ」
 情けない声を上げる佐助を抱きしめながら、幸村は声を立てて笑う。
「狼藉の真似事をする必要が、無くなったな」
「ううううう。旦那の大ばか者ぉ」
「佐助と思いを重ね、添わせられるのならば、大ばか者でかまわぬ。――佐助」
 顔を上げろを頭を叩いて促せば、恨みがましい目が持ち上がった。
「仕切り直しだ。観念しろ」
「何をさ」
「俺の口を吸え」
「は?」
「俺はそれに、佐助が忍びだなんだのと気にせず、俺と素直に想いを重ねられるような世を作ると、誓おう」
「ちょ、旦那?」
「はじめから、こうすればよかったのだ。無駄な事を考えず、佐助の心根を暴けば良かったのだ」
 いや、違うな。
 ゆるくかぶりを振った幸村が
「俺の心根を、佐助が嫌がろうが何をしようが、さらけ出せばよかったのだ。おまえは、知っていたのだから」
 言いなおした。
「だけど、これは許されないことで」
「誰が、それを決めた。俺は、俺の心根をもはや抑えきれぬ。それとも、おまえは俺が縛られ肌身を好きにされるほど、それを渋々と寛容しつづけなければならないほど、脆弱であると思っていたのか」
「ううっ」
「諦めろ、佐助。俺は、おまえが好きで、おまえも、俺が好きだ。それで良いではないか」
「良くないから、こんな回りくどい事をしていたんだろぉ」
「そういう趣味でないのなら、仕切り直しだ。佐助」
「だから、何を」
「きちんと、俺を抱け」
「は? え、ちょっと」
 ごろりと横たわり、両腕を広げて佐助を待ち構える幸村に、佐助は慌てる。彼の本気を見つけ、盛大に嘆息をしながら、それでも佐助はうれしげに幸村に覆いかぶさった。
「どうなっても、知らないぜ?」
「佐助とならば、いかようになったとて、かまわぬ」
「旦那、ほんっと男前すぎて惚れ直しちゃいそう」
「幾度でも、俺に惚れ直せばいい」
 くすりとほほ笑んだ佐助が、剥き身の想いを乗せた唇を幸村に重ねる。
「愛してもいいの?」
「とっくに、俺を愛してくれておるのだろう」
「愛されたいって、思ってもいいの?」
「俺は、とうに佐助に惚れこんでいる」
 同じ笑みを重ねあい
「それじゃあ、改めて。旦那の事、ぜんぶ愛しながら抱きたい」
「ああ。おまえの想いのすべてを、俺にぶつけろ。下らぬ事など考えず、愛してくれ。佐助」
「うん」
< 愛してくれなんて、そんな大それたことを――本当は、思い、願い続けていたんだ。
 そう呟いた忍びの顔は、月光に照らされ、幸福の笑みを浮かべていた。

2013/08/16



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