雨上がりの秋の森は、つんと澄ました草の香りと夏の間に弾けた命の名残の土が、香りを膨らませて全身を打ちのめすように包み込む。 それを、真田幸村は目を閉じ天を仰ぎ、全身で味わっていた。 皮膚の細胞一つ一つで、それを受け止めるように。 深く、細く息を吸い込み足の先まで破裂し成熟した命のかけらを行き渡らせて、体の中に遭った空気と入れ替える。 どれくらい、それを繰り返していただろう。 瞼を持ち上げた幸村は、折り重なる枝と木の葉の隙間に、そっと音を投げかけた。「佐助」 葉を揺らさずに、風が幸村の傍に舞い降りた。「こんなところで、なにをやってるのさ。旦那」 佐助が首を傾げれば、滲むような笑みを幸村が浮かべた。「佐助を感じておった」「は?」「だから、佐助を感じておったのだ」「いや、意味が分かんないんだけど」 聞こえていなかったと判じて繰り返した主に、佐助が頬を掻く。「何故、わからんのだ」「何故って言われてもねぇ」 わずかに頬を膨らませた幸村は、本気で佐助がわからないことが、わからないらしい。少し考えてから、佐助は質問を返すことにした。「なんで、森の中で深呼吸をしたら、俺様を感じられるの? 俺様が帰ってくる事、誰かから聞いたとか」 単独の任務だったので、それは無いだろうとも思いつつ口にすれば、幸村は本気で佐助がわからないのだなと理解したらしい。「佐助」 呼びながら手を伸ばした幸村は、佐助の肩を掴み引き寄せるように自分の身を寄せた。すん、と佐助の肩口で鼻を鳴らす。「佐助の、匂いだ」「えっ」 ほうっとひと心地付いたように息を吐き、幸村は佐助の肩に頭を乗せた。「旦那?」 少しためらってから、佐助が幸村を抱きしめる。すれば、幸村がゆるく佐助の腰に手を回した。「どうしたのさ、旦那」「久しいな]「えっ」「佐助が居らぬ間に、セミが鳴くのを止め、松虫が鳴きはじめた」 単独の任務で、九州まで出て行った。いくら佐助の足が速いとはいえ、それなりの日数がかかる。今は季節の移る時期で、雨が降るたびに秋がひたひたと忍び寄る時期で、だから幸村が言うように佐助がいない間に夏の名残が秋の指に追い払われるのは、当然であった。 それを、どうして幸村はわざわざ口にしたのだろう。 腰にある幸村の腕に、力がこもる。「佐助」 ふ、と目を上げた幸村の鳶色の瞳に、佐助が映った。吸いこまれそうなほどに澄んで深いその瞳に、佐助の唇が引き寄せられる。「佐助」 求めるように囁く唇にも、触れた。やわらかくふくよかな唇に、佐助の心が震えて息が漏れる。 ああ、久しぶりだ。 同じ気持ちを吐露するように、幸村の唇からも呼気が漏れた。「旦那」「佐助」 ささやきあい、唇を重ねる。角度を変えて幾度もついばみ、舌を伸ばして先をくすぐる。 幸村の丸く大きな瞳が、潤んでいる。たまらず佐助は舌を絡め吸い上げ、腰を強く抱きしめて口腔を貪った。「んっ、ふ、んふっ、ぁ、んぅうっ」 苦しげに眉根を寄せた幸村が、稚拙ながらも応えようと舌を動かす。それが、たまらなく愛おしくて、佐助は幸村の背を手近な木の幹に押し付け、性急に着物を脱がせ帯を解き、下帯の中に手を入れた。「んふぅうっ、んぅうっ」 やわらかな牡を扱けば、幸村の内腿がわなないた。鼻から洩れる息の甘さに、佐助はめまいを覚えた。下肢がどんどん熱くなるのを感じながら、それよりも早く幸村を高ぶらせようと、指を絡めて野欲を煽る。「んふぅうっ、ん、ぷはっ」 幸村の唇を解放し、舌で顎から首をなぞり、鎖骨のくぼみをくすぐって、胸乳に実る小さな果実に吸い付いた。「ぁ、は、ぁあ、んっ、ぁ、佐助」 鼻にかかった声で呼ばれ、ずくんと腰が疼いた。手の中の幸村は先走りをこぼし、舌に触れる尖りは零れ落ちそうなほどに硬くなっている。「ふふ。旦那、すごいね。まだ、そんなに触って無いのに、もうこんなにして」「はっ、ぁあ、さす、ぁ、ああっ」「俺様に、会いたかったの?」 手の甲を口に当て、目じりを涙で濡らした幸村がうなずく。「俺様が、欲しかった?」 またも、幸村がうなずいた。「だから、こんなにヤラシーことに、なってんだ?」 ぴん、と牡の先を指で弾けば「はんっ」と幸村が淫蕩の音を弾けさせ、腰を震わせた。「ぁ、佐助」 幸村の指が佐助の髪に絡み、何かをねだるように引いた。「なぁに、旦那」 思い切り猫なで声を出して問えば、もじもじと幸村が唇を動かす。「……て、ほしい」「ん?」 胸にあった顔を持ち上げ、耳を唇に押し当てれば、掠れるほどの小さな声が脳に届いた。「佐助を、入れて、欲しい」 またたき幸村を見れば、湯気が出そうなほどに、全身を赤く染めている。にっこりと笑った佐助が、幸村の耳にささやいた。「ここで寝転がると、土がついちゃうから。後ろを向いて、木の幹にしがみついて」 こくり、と羞恥で硬く目を閉じた幸村が、言われた通りにする。幸村の尻を撫でた佐助は、くい、と下帯を引いてずらし、双丘に隠れる秘孔を外気にさらした。「ちょっと冷たいけど、がまんしてね? 旦那」 懐から軟膏を取り出し、たっぷりと指に掬う。それを秘孔に当てれば、ぶるりと幸村の尻が震えた。怯えた小鹿の用だと思いつつ、指を埋める。「ぁ、は、ぁあう、ぅうっ」 幸村が強く木にしがみつき、佐助の指を受け入れた。そのまま佐助は内壁を探り、軟膏を彼の熱で蕩かせながら媚肉へと育てていく。「ぁ、はっ、はぁ、あ、さすっ、ぁ」 幸村が腰を揺らめかせ、牡から先走りを垂らしている。「も、ぉ、いいから」 聞こえた言葉に、佐助は耳を疑い目を上げた。肩越しに振り向く幸村が、咽頭に揺らめき濡れた瞳を、羞恥を堪えるためか、怒ったように険しくして佐助を見据えた。「もう、指はいい。佐助が、欲しい」 無垢で健康的で、真夏の太陽のような彼が、淫らな光を瞳に称え、佐助の手で開かれ熟れた体を持て余してくねらせている。「佐助」 早く、と言外に聞こえて、佐助は幸村の尻を掴み、一気に奥まで貫いた。「かはっ、ぁ、はひゅっ、ぁは」「ふっ、くぅ、旦那ごめんね。苦しいよね。でも、ごめんホント、我慢できない」 あんなふうに誘われて、堪えられるはずがない。「ぁ、はぁ、いいっ、ぁ、佐助、もっと、ぁ、俺を、ぜんぶっ」 切れ切れに苦しそうな息を吐く幸村が、腰を揺する。「うん、うん。会えなかった分、全部を埋めるくらい、俺様でいっぱいにしてあげるよ、旦那」 ぴったりと重なり抱きしめささやけば、胸を喘がせながら幸せそうに、幸村が頬を緩めた。そこに、佐助は唇を押し付ける。「動いていい?」「聞くな」 唇を尖らせ、そっぽを向いてしまった主の耳が、真っ赤になっている。もみじよりも赤いそれに舌を這わせ、佐助はゆっくりと腰を動かした。「ぁ、はっ、んっ、はぁ、さすっ、ぁ」「旦那。キツくない? 大丈夫」 ゆさぶりながら手を伸ばし陰茎を扱けば、ぶるりと幸村の背が震えた。うなじに口づけ甘く吸いながら、胸乳を探る。「ぁはっ、ぁ、もっと、ぁ、佐助、激しく」「旦那ってば、ダイタン」 揶揄すれば、悔しそうに幸村が唸った。「し、仕方がないだろう。どのくらい、会わなかったと思っている」「離れていた分だけ、俺様が欲しいんだ」「ううっ」 木の幹を掴む幸村の手が、拳になる。意地悪が過ぎたかな、と佐助は素直になることにした。「俺様も、旦那が欲しくて仕方なかった」 はっとして振り向いた幸村の丸い目に、はにかんで見せる。「余裕ぶってるけど、気が狂いそうなくらい旦那が欲しいんだぜ」 ほわ、と喜色と羞恥を浮かべた幸村の目じりに唇を寄せた。「ぐちゃぐちゃに、させてくれる?」「す、好きにしろ」 そう言った幸村の媚肉が、求めるようにうごめいた。「ああ、旦那」「っ、あ、はぁあっ、いきなりっ、ぁ、ああ」 うっとりと息を吐いた佐助が、容赦なく腰を打ち付け幸村の陰茎を扱きあげる。性急さに目を白黒とさせながらも、幸村は佐助の動きをすぐに把握し、欲を添わせた。「はんっ、はぁううっ、いいっ、ぁ、さすっ、佐助ぇ」「は、ぁ、すご、旦那。たまんない」「ひぅっ、ぁ、おくぅ、はっ、はやくっ」「うん、うんっ」 幸村に望まれるまま、佐助は全ての欲を奥に突き立て噴き上げた。「くっ、ぅう」「っはぁあぉおおおおぅん」 獣の遠吠えのように、顎をのけぞらせて咆えた幸村が、ぶるぶると身を震わせて果てる。その体が弛緩する前に、木の幹から自分の体へと、幸村の体重を移動させ、抱きしめた。「旦那」 快楽に、とろんとした目が佐助に向けられる。「もっと、旦那が欲しいんだけど」 幸村が、笑みをにじませた。「俺も、お前が欲しい」「うん」 ゆっくりと、二人の腕が絡まり唇が重なった。 なぁんてね。 そんなことを、ちょっとぐらい夢想してもいいと思うんだよね。旦那ってば、いつまでたっても奥手だし、俺様から手を出さないと、きっと全然そういう気を起こさないだろうしさ。 任務を終え、身軽に木々の上を飛びながら、佐助は久しぶりに会える愛しい主の笑みを思い浮かべる。 まあ、旦那のそういうところが可愛いっちゃあ、可愛いんだけど。たまには、旦那からも求められたいっていうかさぁ。 任務先で偶然目にした、夫の期間を待ち焦がれた妻の姿を思い浮かべ、自分の妄想の空しさに嘆息をする。 きっと今回も、帰ったら何事も無かったかのように「帰ったか佐助」とか、そういう健全で健康的な挨拶をした後に、簡単な労いの言葉を掛けられて終わりだろう。 ほんの少しでも、甘い恋仲としての片りんでも、と懲りずに思ってしまうのは、きっと自分が幸村を欲しすぎているからだ。 ひとりよがりの想いだと、思いたくないからだ。 俺様、こんなに女々しかったっけ。 そんなこんなで、ぐるぐると妄想をしながら帰路を走る佐助の目の端に、見慣れた人影が映った。「あれっ」 思わず声が出て、方向を変える。 見えた人影は、見間違えるはずも無い。「旦那っ」 呼びながら飛び降りれば、満面の笑みを向けられた。「おお、佐助!」 心の底から嬉しそうにする主に、佐助の胸がホッコリとした。あんな妄想をしなくとも、幸村は全身で佐助の帰還を喜んでくれている。 胸の裡で、こっそり反省をした佐助に、幸村は全身で無意識に甘えながら歩み寄った。「丁度良かった」 首を傾げれば、幸村が背後に目を向ける。そこには、見事な牡鹿が倒れていた。「仕留めたの?」「うむ」 一見しただけで、あざやかな手際で仕留められたのだとわかった。「流石、旦那」 褒められた幸村は、子どものように誇らしげに笑みを深め、ほんの少しだけ胸を反らした。「佐助がそろそろ帰ってくるだろうと思うてな、疲れを取り精がつくようにと、仕留めたのだ」「俺様の為に?」 こっくりと、幸村がうなずく。恋仲とはいえ、忍である自分に主が手ずから狩りをするなど、当世では信じられない行為だ。佐助は胸を喜びに膨らませ、冷静さを装おうとしつつも、堪えきれずに頬を緩めた。「ありがとね、旦那」「うむ」 嬉しげに、照れくさそうに幸村が背を向けて牡鹿を担ぐ。「精をつけ、体力を早く戻してもらわねば、俺も困るからな」 ぼそりと呟いた幸村の言葉に、佐助は頬を掻いた。「鍛錬の相手なら、しばらくは勘弁してよぉ」「……そっちではない」「えっ」 あまりにも小さな声に、忍の耳でも聞き取れなかった。「なになに、旦那。なんて?」 近づき、顔を覗いた。「どのくらい、離れておったと思っている」 そういう幸村の顔が、赤い。「えっ、と」 まさか、と佐助は胸に手を当てた。鼓動が期待に高まっている。いやいやまさか、そんなはずは。「俺とて、欲しくなる時がある」 ふいっと顔を反らせた幸村の全身の赤さに、夢想していた事柄がほんの少しだけ現実となったことに、佐助が気付いた。「帰るぞっ!」 何かを振り切るように、大股に怒ったように歩き出した幸村の背中を見つめ、佐助は自分の表情筋が蕩けるのを自覚した。「まって、旦那! その体力なら、俺様すんごい余ってるから!」 遠ざかる幸村を慌てて追いかけた佐助の顔面に「はっ、破廉恥な事を大声で申すなぁあああっ!」「ぶべらっ」 幸村の渾身の拳がめりこみ、その体力は回復のために使用されることとなった。2013/09/07