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庵京
  男が化粧なんて、と思っているけれど、仕事をしている紅丸を見ると、似合う奴も居るんだ、と思ってしまう。
「何、そんなに俺の事見つめて。もしかして、惚れた?」
「うるせぇよ、ナルシスト」
 鼻で笑いながら言うと、紅丸は軽く肩をすくめながら微笑む。ちょっとした仕草が絵になるのか、絵になるような仕草をするのか。
「夢見がちなポエマーのくせに」
 言われて、京は軽く拳を振るう。大げさに避けて見せながら、行ってくるなと控え室を出ていく。残された京は、広げられたままの化粧道具を見つめた。
――化粧が似合う男も居る
 紅丸と会ってから、暇潰しに仕事先に顔を出すと、当然のように男も化粧をしている。全員が全員、という訳では無いが普段そんな男を見る機会がない京には、実際の数より多く映った。
 紅丸の仕事が終わるまで、何もする事が無い。撮影を見に行ってもいいが、それはそれで退屈に感じる。さて、どうしようか。
 じっと鏡を見つめる。自分を見つめていると、思い浮かんだ顔があった。携帯を取り出し、なんでアドレス入ってんのと紅丸に不思議がられた相手へコールした。
 何の変哲もないコール音を数える。
――いち、に、さん、し、ご、ろく、し……
「――何だ」
「俺様からの電話なんだから、3コール以内に出ろよ」
 フン、と鼻を鳴らす気配に笑みが浮かぶ。
「なぁ、庵」
「――――」
「電話なんだから、うんとかすんとか言えよ」
「いちいち貴様にかまってなど、居られん」
「どこでもかしこでも追いかけてくる奴のセリフじゃ無ぇなぁ」
「――――――」
「怒んなよ」
「――――用件は、何だ」
「あんま性急だと、嫌われるぜ」
「フン」
「声が聞きたかったとか、そういう用件だったらお前切りそうだよな」
「下らん」
「冷てぇなぁ。俺にはあんなに――」
 ミシ、という音がする。
「携帯壊すなよ。最近は、高ぇんだから」
「さっさと用件を言え」
「どうしよっかな」
 舌打ちが聞こえる。それでも切る気配を感じずに、京は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「何だ」
「別に」
「用件は」
 そう言う庵の背後で、彼を呼ぶ声がする。
「何? どっか出てんだ。あ、バンド?」
「悪いか」
「誰も悪いなんて、言って無ぇじゃん」
 背後の声が近づいた。
――何、庵もしかして彼女? スタジオの時間あんのに、めっずらしィ
――煩い。先にやっていろ
「用は?」
「いいの? スタジオの時間」
「だから、さっさと言え」
――おーい、庵が珍しい事やってんぞ
――煩い!
 向こうの会話に苦笑する。
「珍しいんだ?」
「煩い」
「俺からの電話だもんな」
 もう一度、舌打ちが聞こえた。カウンターテーブルに座り、起きっぱなしの口紅を手にする。紅丸がつけたものとは違う、深紅の口紅。指でもてあそびながら、言った。
「お前も化粧とか、すんの?」
「は?」
「バンドやってるやつって、化粧とかすんだろ」
「――――それが、用か」
 無言で、口紅を転がす。
「下らん」
「俺がさ、俺が化粧してったら、お前どうする?」
「――――」
「化粧して、香水つけてさ」
「下らんな」
――何なに、庵彼女と電話だって?
 背後から、さっきとは違う声が聞こえる。欝陶しそうな庵の唸り。
「貴様、今どこにいる」
「あ?」
「どこだと、聞いている」
「何それ」
「さっさと答えろ」
「どこっつわれても――」
 どう説明をしようか、迷う。
「今から、貴様の家に行く」
「は?」
「いいな」
 プツッ――ツーツーツー
 唐突に切れた電話。庵の言葉を反芻し、京は唇を引き上げた。手にしていた口紅で紅丸へメッセージを残し、駆け出す。最高の時間が味わえる気がした。


 家に着くと、すでに庵は到着をしていて、不機嫌そうな仁王立ちで迎えられた。
「何マジ本気で来たのかよ。バンドは?」
 言いながら鍵を開けると、京よりも早く庵が入り、当然のようにリビングに向かう。苦笑しながらキッチンに行き、なんもねぇやと呟いた。
「なんか、いるもんあったら買ってきてやるぜ」
「いらん」
肩を竦めて、炭酸飲料とグラスを二つ、用意する。
「お前とジュース飲むなんて、変な感じすんな」
「で、何だ」
「電話の話? 紅丸の仕事場に寄っててさ、アイツが化粧してたから、庵もすんのかなと思って」
「下らん」
「しねぇの?」
「知らん」
「自分の事だろ」
「煩い」
庵の手が伸び、京を掴む。
「お?」
 顔を近付け、何かを確かめるような仕草の庵を眺めていると、腹のあたりで見上げられた。
「何?」
「別に」
 座り直す。首をかしげ、すぐに何かに思い当たってニヤニヤしながら、今度は京が顔を寄せた。
「もしかして、匂い確かめた?」
 京を一瞥し、目を逸らす。
「犬か、てめぇは」
 笑いながら、京も庵の匂いを嗅いだ。
「なんも、つけてねぇな」
 当然と言うように鼻を鳴らす庵。
「紛い物には、用は無い」
 クッと、喉の奥で笑みが弾ける。紛い物、という言葉に、自分と同じ姿の男たちと、それに向ける庵の目を思い出した。
――クローンにも、興味示さなかったもんな
 京のクローンを焼き払いながら、自分を呼ぶ姿を思い出す。
「ハンパねぇよ、てめぇはさ」
 器用に片目を細める庵の眉間に唇を寄せた。
「俺の匂い、存分に嗅いでみる?」
 京の唇が、庵の瞳に触れる。舌を伸ばし、閉じた瞼の隙間に入り眼球を嘗めると、かすかな振るえが舌に届く。大人しくしていた庵の手が、京の腰を掴み、服の下へ滑り込む。触れるか触れないかの位置で動く指が、くすぐったくて身をよじった。
「はっ、ぁ」
 庵が、確かめるように鼻先を首筋にあててくる。息がくすぐったい。時折濡れた感覚があるのは、舌先が触れているから。
「い、おりっ」
 絹がまとわり付くような愛撫に、京は奥歯をかみ締めた。こんな触れられ方には、慣れていない。もっと、強く――――
「…………」
 ちら、と京を見るだけで、庵はそれ以上でもそれ以下でもない状態をくりかえす。わざとしているわけじゃない。だから、困る。どう言えば、どうすれば伝わるのか。
「庵っ」
 今度は少し、強く呼んで見る。不思議そうな顔で見上げてくる顔。上着を脱ぎ捨て、鼻に噛み付く。
「ヌルい事、してんじゃねぇよ」
 庵の唇が、ゆっくりと引きあがる。京と同じように上着を脱ぎ捨て、京の肩に歯を立てた。
「痛っ……ァ」
 乱暴に、京の体を這う掌。容赦なく食い込む歯の痛み。それらに安堵している自分に苦笑する――ひきずられ、戻れなくなっている自分に微笑む。
「ンッ――おりっ」
 蹂躙される感覚。甘さなどカケラも無いはずなのに、ひどく甘く感じている自分に、笑みが浮かぶ。白い肌に手を伸ばす。自分よりもずっと白い肌。白い、獣。
「ッは――――く、ふぅ………ッ」
 貪られているのに、相手を侵食している感覚。意識の全てが自分に染まっている瞳に、心臓が震えた。
「ひっ―――ぅ…………ぁあ」
 細く鋭い声が、世界に刺さる。庵の息遣いが聞こえる。荒い、荒い呼吸。熱くて、火傷をしてしまいそうな呼吸。もっと、もっと埋め尽くされればいい。俺に、埋め尽くされればいい。
「ッ――――!」
 声にならない衝撃。庵に穿たれ――心も――埋め尽くされる。耳元で、獣の息遣い。庵の顔に余裕が無くて、意地の悪い笑みが浮かんだ。
「何が――可笑しい」
 目を細めて問われる。うわっつらの平静さが、いとおしいと思うのは異常だろうか。瞳はおぼれて濡れているというのに、それを隠そうとでもしているのだろうか。コイツは――――
「さあなぁ」
 もっと深く笑ってやると、舌打ちと共に動き始めた。
「はぐっ――――ぅ、ハッ……ぁ」
 遠慮など皆無。それに更に笑みが浮かぶ。今度は、京が庵に噛み付いた。
「っ――」
 ゆがんだ顔に、キスをする。足を絡ませ、追い詰める。もっと、熱く、早く、強く――。
「ッ――ァ、アァアアッ」
 牙をむき、吼える。理性など、要らない。本能だけでいい。それを知ってしまったら、もう、戻ることなど出来ないだろう。
――なぁ? 庵

 ソファに転がったまま、京がゆっくりと腕を天井に向けて伸ばす。
「喉、かわいた」
「取りに行けば、どうだ」
「喉かわいたぁ」
「――知らん」
「の・ど・が・かわいた」
 長いため息が聞こえ、庵の動く気配がする。しばらくして、京の額に冷たい物が乗せられる。
「おま――グラスに入れるとか、しろよな」
 乗せられたそれは、麦茶の入っているポット。グラスも何も用意されていない。
「ほしいなら、自分で動け」
 ちぇ、とつぶやいて置き、グラスを取りに立つ。
「取りに行かせたイミ、ねぇじゃんよ」
 ぶつぶつ文句を言いながら、グラスを二つ用意した。不思議そうな顔をする庵に差し出す。
「あんだけ吼えたんだ。喉、かわいただろ」
「――吼えたのは、キサマだ」
「俺だけかよ」
 ふふん、と鼻で笑ってやると、忌々しそうな顔をした庵が麦茶のポットを奪って一気に飲み干す。
「あ、ちょ――コラッ」
 見る見るへっていく麦茶。勢いよく流し込んでいるせいで、口の端から糸になって喉を伝う。
 「っふ……」
 飲み干し、勝ち誇ったような笑みを浮かべる庵に唇を尖らせて見せると、ふいと顔を背けられた。
「あーあ、ったくよぉ。つか、一気にこんなに飲んで、平気なのかよ」
「――問題ない」
「っはぁ…………すげぇな」
 あきれた顔でグラスを持ち、仕方が無いので水を飲む。流し台から庵を見ると、ぼんやりと壁に顔を向けて座っている。化粧など必要としない白い肌。髪と同じくらい赤い唇。庵の最高の化粧は、殺気とも違う獣の気配だと、思う。
「なぁ、庵」
 目だけを向けてくる。
「今度さ、いつライブとか、やんの?」
「聞いてどうする」
「ん? なんとなく――」
 フン、と鼻を鳴らして興味なさそうに目を離す庵の、自分の知らない顔を見てみたいと思った――――


                      END
2009/07/19



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