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庵京4
  するり、するりと秋の狭間に冬が忍び寄る。それが見えているかのように、庵は闇に目をこらした。
 何も、無い。
 何も無いはずなのに、庵には何かが見えているようだった。
 白い肌がぼんやりと月光に浮かんでいる。
 はっきりとしない輪郭。
 赤い髪が闇に溶けて、かげろう。
――――こんなにも、淡かっただろうか
 うつ伏せにベッドに横になったまま、首だけを庵に向けて京は思う。ひやりとした彼の容姿に眠る、渇いた熱に全身を焦がした後だというのに、肌にはまだヒリヒリと燻りが残っているというのに、あやふやな存在に見えた。
 何を見つめているのだろうか。そう思いながら、庵を見つめる。
 京の位置からは表情は見えない。あえて、見ようとも思わない。
――――奪われたものにでも、語り掛けているのだろうか
 そんなことを、思う。
 感傷という言葉など知り得ないのでは、と時折思うような事があるが、そうではないことを知っている。けれど、もし奪われたものを見ているとしても淡くなるだろうか。それほどに、それが彼の存在感を保たせていたのだろうか。
 庵に出会ってから――――夜を過ごすようになってから、京は赤が闇に沈むものだと初めて知った。それが不思議でならなかった。――――何かで、赤い魚は深い海に入ると目立たなくなると識った。
 庵は、闇に溶けたいのだろうか――――こんなにも、月光を吸い込み輝く肌をしているというのに――――
 庵の首が動き、京は瞼を閉じる。ひやりとした指が、京の髪に触れた。風がさらりと髪を撫でるくらいの微かさに、焦れと心地好さが湧いてくる。指先が唇に触れて、京は舌を伸ばした。
「――――起きていたのか」
「目は覚ましていたけどな」
 彼の返答に鼻を鳴らし、布団に入って背を向ける。目の前にある赤は鮮明なのに、少し離れると見えなくなる。それが、京には不思議だった。
 首を伸ばし、うなじに触れてみる。自分よりも低い温度に、先ほどまでの熱さは微塵も感じない。
 未だ名残のある京は、なんとなく面白くなく感じて歯を立てた。
「――――何だ」
 煩わしそうな瞳。ため息の聞こえそうな声音に、唇を尖らせ再び噛み付いた。
「ッ」
 僅かに目を細める様に、ニヤリと笑む。京の体には、庵の残した跡が無数に散らばっている。庵の体も同じだが、噛み跡は――――無い。くっきりと自分の体に残る歯形を指でなぞると、庵が体を京に向けた。
「――――何」
 ささやくように、挑発的な目で見ると、眉根を寄せられた。
「お前、それ型がつくぞ」
「何を今さら――――」
 庵の言葉に唇で蓋をする。下唇に強めに歯を立てた。甘い――――赤にうっとりとした息を漏らす。滲み、口内に広がったそれは京と同じ熱さを持っており、それに満足そうな顔をして舐めとると体を離した。
「何だ」
「なんも」
 用は済んだとばかりに顔を背ける京にかぶさり、唇を重ねる。何度もついばまれるのを、薄い目をして受け止めながら体を庵に向けて、腕を伸ばした。
「んっ、うん――――」
 浅く繰り返される口付けの合間に、口内に庵の熱が静かに忍び寄る。息を重ね、漏れる熱を編みながら、触れるように抱き締めあった。
 ゆっくりと庵の肌に赤みが点してゆくのを、綺麗だと思いながら自分の体に燻る熱が煙をあげはじめたのを識る。
――――炎に巻かれる前に、人は煙で燻され焼かれてしまうらしい。
 そんなことを、思い出す。炎の前に、煙で焼かれてしまうというのは、どういう感覚なのだろうか。熱に噎せるばかりで、ジリジリとしたそれを知らない。―――知りたい、と思った。
 庵の唇が肩に降りる。それを咎めるように首を動かし、唇に触れる。
「何だ」
「なんも」
 擦れる声が、彼の熱を思い出し身震いしかけた体を強く諫める。静かに全てを奪い尽くす蒼い炎は、どのような煙を上げて燻すのだろう――――それが、知りたい。
「――――庵」
 囁きながら、唇を寄せる。肌を寄り添わせ、強くならないように抱き締める。まどろみのような熱に燻されながら、京は闇に庵を誘う。全てが煙に燻されて、渇き、脆く砂に変わる。世界が砂になり、風が攫うのか――――二人が砂となって世界から失われるのか――――

 深く長く沈む緋を、月光は見失った。



2009/10/09



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