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京ー自慰
腕が鞭のようにしなり、空気の切れる音がする。それが向かう先にあった影は、ゆらめき消えた。腕のしなる反動のままに回転し、影のあった場所を通り過ぎる。影が身を低くしているのがわかる。そのまま伸びあがり、腕を伸ばしてくるのを身をそらしてかわし……バランスを崩して倒れた。
「っ――――ぁ」
受け身を取りつつ、後方に飛びながら体制を整える。足を広げ、腰を落とし、手のひらに神経を集中させる。そこに、熱が宿る。
「京」
声がかかり、京がまとっていた獣のような気配が消えさる。顔を向けると、涼やかな顔の男が片手をあげていた。
「紅丸――帰ってきていたのか」
笑顔を返事とし、紅丸が京に歩み寄る。いつ見ても、この男の歩き方はよどみがない。モデルなのだから当然なのだろうとは思うが、十分に見慣れているはずなのに象牙のような滑らかさを当然のように所作に乗せているこの男に、時折子どもじみた感嘆を抱く自分がいることを自覚していた。うらやましいわけではない。あこがれているわけでもない。ただ、きれいだ――。そう、思う。
――――あいつとは、正反対だ。
紅丸が彫像のような滑らかさとすれば、あの男は野生の捕食者のそれだ。滑らかで、無駄のないしなやかな動き。けれど、目の前の男のそれとは異質すぎる動き。
京の瞳が自分を映しながら別の誰かを映していることくらい、すぐに気付かない紅丸ではない。心配そうな苦笑を浮かべ、京の目の前で足を止める。
「ずいぶんと、集中していたみたいじゃないか」
「え、ああ――――まあな」
声をかけるより少し前から、紅丸は気配を殺して京を見ていた。自宅の道場で彼が想像し、拳を交えていた相手がだれかなど、すぐに察しが付く。
――八神庵。
それ以外の相手であるはずがない。京があれほどの舞を魅せるのは――――。
「ちょっと、顔だけだしておこうかなと思ってさ」
「すぐに仕事で海外に行くもんな、オマエ」
「すぐにどこかいくっていうなら、京だってかわらないだろ。行き先がハッキリしている分、俺の方がよっぽどいいと思うけど」
「なんだよそれ」
軽口をたたくと、すぐにいつもの調子に戻る。それに安堵と落胆を感じながら、胸中でそっと息をつく。
「せっかくだから、大門も呼んで飲まないか、と思ってさ。ユキちゃんとのデートがなければ」
「なんだよ、その言い方。もちろん、紅丸のおごりだろうな」
軽く肩をすくめておどけてみせると、にまりと京が笑う。
「きまりだな。何時だよ」
「ん。これから少し寄るところがあるし、まだ早いから……そうだな、四時間後に、大門の家で待ち合わせるか」
「わかった」
言いながら時計を見せると、京が頷く。
「遅れるなよ」
「そっちこそ。寄るところで綺麗どころに囲まれて、中止だなんて言うなよな」
「ひどいな。俺がそんな奴に見えるかよ」
軽く互いの腕を交差させ、笑いあう。それじゃあと退出した紅丸が、玄関をくぐってから深い溜息をついた。
「ちょっと、妬けるというか悔しいというか――――まぁ、世間から遠ざかりすぎないように、気をつけてやるよ、京」
獣の世界に浸りすぎないように――――。
思いをにじませながらも、紅丸は軽やかに足を踏み出す。
紅丸の背中を見送ってから深く息を吐き出し、シャワーを浴びに向かう。汗で額に髪がはり付き、気持が悪い。紅丸との約束まで続けるという手もあったが、折角のおごりで、酒がすぐに回るような状態にはしたくなかった。
浴室に入り、コックをひねって汗を流す。自らの汗の匂いにふと、よぎるものがあった。
「――――っ」
獣の息遣いがよみがえる。まるで、すぐ傍にいるように。
「ぁ――くそ」
ほんのわずかによみがえったそれは、どんどん京の意識を覆い始める。
薄く細められた、検分するような眼差し。
そっと確かめるように寄せてきた唇が、突然歯をむき出してきた時の痛み。
追い立ててきながらも、昇り詰めていく息づかい。
それに絡まりながら吐き出される、自分の名前。
「くっそ」
忌々しそうに吐き捨てて、石鹸を掴む。掌でそれを捏ねまわし、床に座り込んで牡を掴んだ。
「――――ぁ、う」
握り込み、上下に擦りながら先端をこねる。石鹸で滑りやすくなっているので、少々強く乱暴にしても痛みにはならない。
「はっ――ぁ」
眼前に、獣の姿が浮かび上がる。
のしかかる白い肌。
みっしりとした筋肉。
見惚れそうになるほど長く、節くれだった指。
「ん、ぁ――っ」
血が滲むほどに立てられる歯の痛み。
それとは裏腹に、壊れ物を扱うように触れてくる指。
けれどそれは長くは続かない。すぐに鋭い爪が皮膚に食い込み、その上を舌が這う。
「んっ――は、ぁあっ」
京の指が、牡から離れて奥へ向かう。躍動を始めている入口を広げ、内壁を撫でる。
「んっ、ふ――くそっ、んぁ」
悪態をつきながら自らを昇らせる動きは、淫靡さを増していく。
意識の中の相手が京を責める。
荒く浅い、熱い息が吹きかかる。それよりも熱いものが体内に埋め込まれていく。
呼吸ができなくなるほどの圧迫と熱量に、あえぐ。
「はっ――ん、ぁあ……」
苦しげに寄せられる眉。
恍惚としながら歪む瞳に情欲がにじむ。
どちらが追い立てているのかわからなくなるような姿に、背筋が震える。
「んっ、く――――ぅああっ」
京の顎がのけぞり、痙攣をしながら欲を吐き出す。吐き出したものはすぐに、流しっぱなしにしていた水が排水溝へ追いやった。
「は――ぁ」
壁に額をあてて、呼吸を整える。
「回りくどいことしてんじゃねぇよ――――庵」
黄泉還った女どもを引き連れている赤い獣の姿を思い出す。
「らしくねぇ」
それは、どちらに向けてつぶやかれた言葉なのか。
ゆっくりと手のひらをシャワーへ向けて水を受ける。それを拳にかえ、ぱたりと腕を落とした。
ぼんやりと座りこむ京に、水が降り続ける。
2010/09/11
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