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ねこ
「おまえってさ、猫みたいだよな」
 声に、顔を上げる。声の主は部屋の隅に無造作に置かれた紙袋を漁っていた。
「餌だけもらって、どっかいく野良猫。いるものだったら愛想もないまま受け取るくせに、いらねぇもんだったら見向きもしねぇの」
 声だけが、こちらを向いている。珈琲にブランデーを落とし、ソファに戻った。
「お、手作り」
「捨てろ」
「なんで」
「何が入っているか、わからん」
「呪いの札とか?」
「下らん」
「髪とかさ、入れるって話聞いたことあるけど、マジ?」
「知らん」
「紅丸も、そういやぁ手作りは申し訳ないけど捨てるとか、言ってたな」
 目ぼしいものを手にして立ち上がり、ローテーブルの上にあるカップに目を止める。
「庵、俺のは」
「自分で淹れろ」
「ケチくせぇ。一人分も二人分も、一緒だろうよ」
「京」
「うん?」
「飲むのか」
 草薙京の手には、ワインが握られていた。
「ホットワインにしようと思ってな」
「二人分」
「え」
「二人分、だ」
「自分でやれよ」
「一人分も、二人分も、同じなんだろう」
 不機嫌そうに鼻を鳴らして見せるのは、ただのパフォーマンスだと知っている。陶器のこすれあう音を耳にしながら、散らかったプレゼントたちを視界に入れる。
 彼の――八神庵のファンが毎年、彼の為に何かをしたという自己満足の為に送ってくるプレゼントの山。そのほとんどが、庵の趣味にも口にも合わないものであることが多く、バレンタインも一週間を過ぎたころになると草薙京が毎年のように現れ、処理をしていく。
「ほらよ」
 ホットワインが置かれた。庵の横に座り、高そうなチョコレートの包を空けて口に入れる。
「あ、これ旨い」
 機嫌よく口を動かす男の横顔に、貴様のほうが猫のようだ、と心中で呟く。
 追いかけても行方をくらまし、交わし、かと思えば現れては対峙する。――すべては京の気分しだいで、庵の思うとおりになったことなど一度もない。まぁ、思うとおりになっていたのだとすれば、この男は今頃荼毘に付されているのだが。
「こっちも開けていいよな」
 返事を求めていない問いかけを聞き流し、珈琲を端に寄せてワインに手を伸ばす。
「ん、こっちはちょっと、甘ぇな」
 チョコレートなど、どれもこれも甘いだろうと思うのだが、甘さの違いを京は楽しんでいるらしい。一つつまんでは別の箱を開け、ローテーブルの上には一口ずつ味見をされたチョコレートの箱が増えていく。
「あ、これ可愛いな。オマエのファンって、ほんっと時々、すっげぇ少女趣味っつうか、女の子らしいっていうか、そういう子がいるのが不思議だよなぁ」
 次の箱を開けて、中身を取りだす。
「かと思えば、こんなのもあるし」
 京の手の上でシルバーのリングが光った。
「欲しいのなら、くれてやる」
「おまえの指に、あわせてんだろ。つか、よくサイズ調べたよな」
 適当に床に転がし、今度は愛らしいリボンのついた箱を開けた。
「クマ入ってんぜクマ」
 笑いながら、クッキーを抱えている手のひらサイズのクマのぬいぐるみを庵の頬に押し付ける。
「遊びたいのなら、一人で遊べ」
「つめてぇの」
 クマを脇に置き、クッキーを食べる。
「あー、甘ぇ」
 庵の前に身を乗り出し、珈琲を取って口に含んだ。
「な、どれか一個ぐれぇ、食ってやんねぇの」
「食う必要も義理も無い」
「酒は飲む癖に」
「相手の自己満足に付き合ってやるつもりはない。渡したという事実だけで、あいつらは満足だろう」
「ふうん。よくわかんねぇけど――ま、庵は庵、紅丸は紅丸だよな」
 漆黒に見えるほど暗い焦げ茶に、くすんだ金色でシンプルな模様が描かれている箱を開け、一口含み、咀嚼し終えた京がもう一つ加えて唇を突き出した。
「なんだ」
「ん」
 鳥が雛に餌をやるように、チョコレートを差し出してくる。
「いらん」
 むっとした京が庵の頬を両手で包み、唇を重ねた。仕方なしに押し付けられたチョコレートを受け取るため、口を開く。
「んっ、ん」
 押し込むために伸ばされた京の舌をからめ、ビターチョコと共に味わった。
「っ、はぁ。これなら、食えんだろ」
「悪くない、が――邪魔な味がした」
「え。ぅわっ、ちょ」
 ソファに押し倒し、服をたくし上げながら首に顔を埋める。
「こらっ、やめ――」
「誘ったのは、貴様だろう」
「ったく、仕方無ぇな」
 わがままな子どもの相手をしているかのように言い、京は自分で上着を脱ぐと、庵の上着を脱がしにかかった。
「ほら、相手してやるよ」
 、気紛れで高飛車なくせに甘えたな猫の楽しげな唇に、唇を押し付ける。
「はは――くすぐってぇ、ぁ……っ」
 今宵はどうやら、ここに居座ることを決めたらしい猫に捕えられ、、望むままに身を震わせ合う夜がはじまる――――


2012/02/22



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