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  朝の市場は、街のすさんだ部分を全て消し去ったような気がするので、ロックは一日をここから始めることが、好きだった。顔馴染みの屋台の間を縫って、食材を見て回る。
 保護者であるはずのテリーは、放っておくとジャンクフードばかり食べる。体が資本のファイターであるにもかかわらず、だ。そんなテリーに引き取られたロックの食生活を心配したテリーの友人知人が食事の世話を焼き、ロックに料理を教えた。ロックはそれを嫌らず、むしろ進んで料理をするようになった。
 昔馴染みが時折、彼を冗談半分にテリーの嫁さんと呼ぶくらい、まめに家事をしている。いや、せざるをえない――――と言えば嫌々しているように聞こえるが、その言葉がしっくりとくるような生活をしている。それは、ロックにとって有難い事でもあった。テリーの世話になり続けているだけではないと思える。テリーと対等にありたいと願う気持ちを、少なからず救ってくれる。
 もちろん、いずれはファイターとしても男としても対等に渡り合えるようになることが最良ではあるが、ロックはまだ自分は成り得ていないと思っている。
――――いつか、テリーがライバルと認めた男のように、必ず自分を認めさせてみせる。
 それまでは、自分がテリーに出来る事をすることがロックの中での決めごとであり、楽しい事でもあった。コレに関しては、テリーよりもずっと上手だ。そういうものがあることが、嬉しかった。
――――今日は、どうしようか。
 テリーの朝は、遅い。ゆっくりと市場を見てまわり、買い物を済ませ食事を作り終えた頃に起きだしてくる。起き抜けの挨拶はだいたいが「今日のメニューは?」だ。いつも食事については、リクエストなどはしてこない。まれにジャンクフードを、と言うくらいでロックの料理に口を出すことなど無かった。 ――――それなのに。
 今朝、ロックがテーブルを見ると、メモが置いてあった。
『今日の食事は、豪勢に頼む』
 首をひねり、しばらくメモを眺めてみたが、豪勢な食事にする理由がわからない。わからないものは、考えても仕方がない。いずれわかるだろうと、とりあえず要望に応えてみることにした。しかし、どう豪勢にすればいいのかがわからない。抽象的すぎて、何も思い浮かばない。それで、ロックは朝の市場をうろついて、食材たちを眺めてみることにした。
 色鮮やかな八百屋に、魚、肉――――ここで朝食を摂るものを眺めて歩くロックに、いきなり何かが差し出された。ぎょっとして、思わず臨戦態勢に入る。
「おっと! ロック、俺だ、俺」
 見ると、恰幅も人当たりも良い、馴染みの肉屋が両手を上げて立っていた。手には袋を下げている。
「ああ。――――いきなりで、驚いた」
「俺も、いきなりKOされるんじゃないかと、驚いた」
 謝罪を含めた笑みを浮かべるロックに、肉屋は顔中をクシャクシャにして笑いながら、持っている袋をロックに差し出す。疑問符を浮かべて見つめる彼に、肉屋はウインクをしてみせた。
「久しぶりに、アイツが来るんだろう?」
 えっ、と袋から顔を上げる。
「昨日、テリーにワニの肉を頼まれたんだがな、流石に用意出来なくて。悪いがコイツで我慢してくれ」
 袋を開けてみると、丸々と太った鳥が二羽入っていた。
「これ――――」
「俺からのプレゼントだって、あの男に言っておいてくれ。唐揚げだろうが、なんだろうが、こいつなら旨いと言わせられるだろうさ」
 ハッハッと豪快に笑う肉屋を、驚いた顔で見る。
「そら、メインを引き立てるような付け合わせを用意しなきゃいかんだろう」
「ウチの野菜なら、十分にメインを張れるけどねぇ」
 早く行けと言いかけた肉屋の言葉をさえぎり、ほら、という声とともに、ロックの胸に野菜や果物の詰まった紙袋が押しつけられる。反射的に受け取ったロックに、ひょろりとした八百屋が歯茎を見せて笑った。
「おまえ、店を離れて何やってんだ」
「あんたこそ。テリーに言われたんだろう? 豪勢な食材が欲しいって。だから、選りすぐったものをロックに渡しに来たんだ」
 ニヤリ、と二人が同じ顔をする。一体、テリーは何を考えているのか。
「テリーは、よっぽど楽しいのか嬉しいのか。アタシんとこにも、声をかけてきたよ」
 太い声がして、抱えている紙袋の横に、パンがはみ出している紙袋が押しつけられる。慌ててかかえながら、パンの向こうにチェシャ猫のような顔をしたパン屋の女を見た。
「とびっきりのを焼いといたからね。それと、オマケにバナナマフィンも…………持てないか。腕に、かけておいき」
 スカーフを外してバナナマフィンの紙袋をつつみ、ロックの腕にパン屋の女が手提げにして括りつける。
「お代はいいよ。祝いだからね。その代わり、必ず顔を出すように伝えておくれよ」
「え、あ――――わかった」
 祝いとは一体何のものなのかわからないと言いだせず、三人に礼を言ってアパートに戻る。戻る間にも「顔を出すように伝えてくれ」と声をかけられ、ロックは笑顔で答えながら内心首をかしげた。全くもって、何も思い当たるようなことがない。
 テリーに関係する祝い事とは、一体何なのか。
 わからないままにアパートに戻るロックの視界は、プレゼントだと渡されたモノ達で半分遮られていた。落とさないよう、つまずかないよう気を付けて歩く彼の耳に、口笛が聞こえた。
「こりゃまた、ずいぶんと買い込んだなぁ」
 聞き覚えのある声に、顔を向ける。
「テリーが、ロックの手料理で祝ってくれるって言うから来てみたが――――来て、正解だったな」
 太陽を背に歩いてくる男の顔は、逆光で見えない筈なのにガキ大将のような笑みが、ロックの目に映る。
 テリーに負けず劣らずの、奔放な――――曲がらない男の姿が、そこにある。朝市でかけられた声を、思い出す。
 ワニの肉。
 唐揚げ。
 彼の好物じゃないか、とロックは笑みを滲ませた。
「大きくなったな」
 ぽんっと軽く頭に手を置かれる。子ども扱いをされているのに、少しも不快に思わない。それよりも、くすぐったさが胸に湧いた。
 身長が伸び、体格もファイターらしくなり、ずいぶんと成長をした気でいるが、目の前の男にもテリーにもまだまだ追い付けていない自分を知る。それがなぜか、嬉しかった。
「半分、持ってやるよ。歩きづらいだろ」
「ジョー」
「ん?」

〜Happy Birthday〜



2010/03/29



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