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真吾ーprocess
 空は突き抜けるような晴天で、気温もぽかぽか暖かい。これからだんだん暑くなり、意味もなく開放的になり、はしゃぎまわりたくなるような季節がやってくる。
 道を行く人々の顔は、それを知っているかのようにソワソワとしている――ように矢吹真吾の目には映っていた。実際は、そうではないかもしれないのに、数刻前に久しぶりに会った憧れの人――草薙京との時間が、そういう風に人々を見せていた。
 ふらりと現れた憧れの人は、以前にもまして力強く、真吾は誰かれ構わず京を見せびらかし、大声で自慢をしたくなった。
――俺はこの人の一番弟子だ!
 もちろん、そんなことができるはずもないので、うずうずと衝動を体内にくすぶらせ、全身から畏敬の念をほとばしらせて京に笑顔を向ける。
「いつ日本に帰ってきたんですかっ」
「昨日だよ」
「教えてくれたら、俺から会いにいったのに。どうして教えてくれなかったんスか」
「ああ、昨日は用事があったからな」
 京の語った用事の内容が、真吾の目に道行く人々をどこか浮かれているように見せていた。
「はぁ」
我知らず、ため息がこぼれる。罪なピーカン昼下がり。ぷらぷらと歩く真吾の肩が、ぽんと叩かれた。
「ジョーさんっ」
「何、シケた顔してんだよ」
 振り向くと、ボストンバックを肩に担ぐようにして立っている、ジョー東の姿があった。ちょうど今の天気のような顔で笑うジョーの姿に、思わず開きかけた口を閉じる。一呼吸置いて、衝動的に出そうになった言葉以外のものを声に出す。
「いつ、日本に?」
「ついさっきだよ。実家に顔を出す前に、ちょっとこっちの野暮用を済ませちまおうと思ったら、真吾が見えたからな。――――時間、あるか」
「まぁ――この後は別に、なんの用事も無いんで」
「んじゃあ、ちょっと付き合え」
 歯を見せて笑ったジョーが、背中を向けて歩き出す。自分とそうかわらない体格であるはずの男の背中が、ひどく大きく見えた。

 ジョーに連れられて着いたのは、川の土手だった。のんびりと毛玉のような小さな犬を散歩させている老人や、ジョギングをしている人がまばらに見える。静かに流れる川の横に降りたジョーが、ボストンバックを置き、上着を脱いでバッグの上に乗せた。ぐるぐると腕をまわし、よしと呟いて軽く地面を確かめるようにつま先でたたく。
「ずっと飛行機の中だったからな、体が固まって気持ちが悪かったんだよ。丁度良かったぜ」
 そう言って、拳を持ち上げリズムを刻みだす。
「時間、あるんだろう」
「や、ありますけど……」
 ぎょっとして戸惑いを見せる真吾に、ニヤリと意地の悪い顔をしてジョーが言う。
「この後デートの約束でもあって、俺に殴られた顔じゃあ行けなくて困るとか?」
「そう簡単に、ジョーさんに殴られたりしませんよ」
 むっとして反論する彼に、一気に間合いを詰めて鼻先すれすれに顔を近づける。
「こんな簡単に懐に入られる癖に、よく言うぜ」
「それは、油断をしていたからで……」
「言い訳は、拳で聞く」
 トンッと背後に飛んだジョーが、腰に手を当てて首を傾けた。
「どうする?」
「やります」
 腕まくりをした真吾に、ジョーが満足そうに笑んだ。
「よっしゃ、なら、行くぜ」
 タンッ――
 ジョーの足が軽く地面を蹴る。
 タタンッ――
 間合いを詰め、真吾の眼前に足の甲が迫った。
「わわっ」
 あわてて体をそらし、ぎりぎりで回避をした――はずが
「ッ!」
 左に衝撃が走り、体が大きくかしぐ。
「油断すんなよォ」
 楽しげな声とともに、膝が視界に入った。
「っぶぁ」
 思わず出た意味をなさない声をあげながら、体を倒して地面を転がる。
「オラオラ、どうした」
 ニヤニヤと笑うジョーに、立ち上がりながら鋭い視線を向ける。
「どっからでも、来い」
「だぁあッ」
 真吾の体が跳ねる。腰を低く落とし、ジョーの懐に潜り込みつつ拳を繰り出した。
「てやっ」
「っと、ォ――」
「おりゃああああ!」
「オラオラァ!」
 チリチリと肌が焦げるような緊迫感に、真吾の口元には笑みが浮かび始める。
 一瞬に込められる獣の息遣い。
 油断をすれば喰われそうな空気に、真吾の筋肉は歓喜に酔い始める。河原に声を響かせ、二人は剣呑な舞を繰り広げていく。
「シャッ」
 空気を割く、しなやかなジョーの蹴りを腕でブロックし、地面に踏ん張り拳を繰り出す。それをかわしざま振るわれたジョーの回し蹴りが、真吾の顔面を捉えた。
「ハッ――!」
 思わず身構え、衝撃にそなえるが予想していたものがこない。不思議に思い、とっさに閉じてしまっていた目をあけると、寸止めされている足が目に入り、得意げなジョーの顔が見えた。
 きゅっと足をたたんで下ろすジョーの姿に、こみ上げる悔しさと先ほどまでの興奮に身を震わせて真吾は頭を下げる。地面に、ジョーが蹴りを繰り出す際に作ったのであろう、小さく雑草がねじれているのが見えた。
「ふぅ。いい運動になったぜ。さんきゅ」
 その言葉に、真吾は拳を握り締める。
「…………運動、ですか」
「あん?」
「俺は、運動程度でしかないんですか」
 それは、自分自身の中にあった漠然とした問いかけが、ジョーの一言で近い言葉に変換されて口からこぼれたものであった。
「俺は、ジョーさんや草薙さんたちにとって、運動程度の相手でしかないんですか」
 問いかけというよりも、自問のような言葉に軽く肩をすくめて息を吐き、ジョーが言う。
「さっき、なんか言いかけたのは、それか?」
 えっ、と真吾が顔をあげた。
「消化不良なモンを持ってるって顔、してたからな」
「えっ、あ――いや、その俺……すんません」
 しゅんとする真吾の頭を鷲掴み、グリグリと押しつけるようになでまわす。
「何、謝ってんだ」
「わ、ちょ……痛てっ」
 締めくくりにバシンと叩かれ、ジンとする頭をなでながら顔を上げると、いたずらをしかけてきそうな顔のジョーが居る。
「言ってみろ」
「何を――」
「なんか、あるんだろ。このジョー・ヒガシ様がなんでも聞いてやる。言ってみろ」
 トン、と胸を叩かれて、視線をさまよわせてから足もとにそれを落ち着かせ、真吾はぽつりぽつりと言い始めた。
「草薙さんが、久しぶりに帰ってきて――――キング・オブ・ファイターズに参戦するって話を、したんです」
 ふっ、と真吾の目が持ち上がり、ジョーを見る。
「今年は、ジョーさんも参加するんスか」
「ん。あぁ――テリーもアンディも、俺がいないと、どうしようもないからなぁ。まったく、世話が焼けるっていうかなんていうか」
 腕を組み、まんざらでもない顔で文句を言う彼にクスリと笑い、さみしそうに目を伏せる真吾の拳が強く握られた。
「――――何、うじうじ考えてんだ」
「うじうじなんて……」
「してねぇなんざ、言わせないぜ? なぁ、真吾。自分に足りないもんがあるって、思ってんだろ。悔しいって、思うんだろ」
 強く唇をかみしめる。――――足りない。何もかもが。それが情けなく、悔しい。近づこうとしているのに、一向に距離が縮まる気配がない。それどころか、より距離が開いてきているような感じがする。
「ジョーさん、俺は――――」
 言いかけて、言葉を止める。続きが何も思い浮かばない。わだかまっているものが、言葉という形にならない。
 肩まで曲げてうなだれながら白くなるくらい拳を握りしめている真吾に、優しい溜息をこぼしながらジョーは背を向ける。
「京に弟子入りして色々やったからって、そう簡単にここまで来られるわけにゃ、いかねぇんだよ」
 真吾は、動かない。
「あきらめんなら、今のうちだ。――――ここまで来るってんなら、迎え撃つ。あとは、自分で決めろ」
「ジョーさんっ」
 上着を着て、鞄を担いだジョーが、振り向く。
「以前より強くなったとか、素質があるとか、そういう言葉は、かけてくれないんスね」
「はぁ? 何、アホくさいこと言ってんだ。素質があるとかなんとか、そんなことは知らねぇよ。進みたいってんなら自分で自分を見極めて決めろ」
 突き放す口調に、包み込むような表情。それに晴れやかな顔をして、真吾はきっちりと背筋を伸ばし、頭を下げた。
「ありがとうございましたァ!」
 無言で、ジョーは背中を向けて手を振る。自分よりもずっと大きな背中に向かって、真吾は叫んだ。
「いつか絶対、ジョーさんを倒してみせますからッ!」
「生意気言ってんじゃねぇよ」
 投げつけられた飲みかけのペットボトルを受け止めて、真吾はもう一度、深く頭を下げた。

    様々な『思い』を乗せて、今年もまた、熱い大会が催される。

process/Janne

2010/06/05



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