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ー夏祭りー
 浮かれた顔の人波を、すいすいとくぐりぬけながら男は人を探している。屋台の並ぶ祭りの最中、ぶつかる寸前で人をすりぬけていく足元は舞っているようだった。時折それを止めて屋台を冷やかしながら進む彼の頭には、何かのキャラクターのお面がついており、口の端にはトウモロコシを食べた後が残っている。手には、リンゴ飴や水風船などがぶら下がっていた。
 人波より背の高い彼が人の頭の間に流していた視線を止める。楽しそうな唇が、さらに深い笑みの形になり、足が止めた視線の先に向く。
「よお」
 目を留めた相手――矢吹真吾に挨拶をしながら、持っていたリンゴ飴を押し付けた。
「ジョーさん……どうしたんですか、急に呼び出したりして」
「日本に帰ってきていたからな、祭にでも繰り出そうかって思ったんだけどよ。一人じゃ味気無ぇし、アンディは舞ちゃんが一緒にくるだろうからムカつくし、他に適当に呼び出せて暇をつぶせるような相手が見つからなかったんだよ」
「適当にって――ひどいですよ」
 抗議の言葉に、悪びれもせずに笑って手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜるように撫でるジョーが、いいじゃねぇかと水風船も真吾に渡した。
「急に呼び出したけど来たじゃねぇか」
「まぁ――そうですけど…………」
「あ、真吾じゃん」
「何やってんだよ」
 むくれた顔をする真吾に声がかかる。同年代くらいの若者数名が、こちらにやってきた。
「何、祭くるんだったら言えっつぅの」
「退院してたんだねぇ」
 真吾に話しかけながらジョーに興味深そうな顔を向けてくる面々に、一歩下がったジョーが笑顔を向ける。
 ひとしきり会話をして、それじゃあと去っていくのに真吾は手を振った。その手が下りてから、ジョーが声をかける。
「友達か」
「あ、はい。同級生っス」
「じゃあ、あの万年留年生の後輩か」
「――――それ、草薙さんのことですか」
「他に、誰が居るってんだよ」
 歯をむいて笑ったジョーは、人ごみに消えてしまった彼らを見るように――彼らを通して遠い何かを見つめるように、なつかしそうな顔をする。
「一緒に、行かなくてよかったのか」
「ジョーさんと、約束していますし」
「俺は別に、一緒に楽しんでもよかったんだぜ。――――あの黄色い浴衣の子、けっこう可愛かったしな」
「えっ。霧島っスか。あぁ見えて、けっこうキツイですよ」
「いいじゃねぇか。このジョー・ヒガシ様の魅力で、しおらしくなるかもしれねぇだろう」
 ははっと笑った真吾の頭が、鈍い音を立てる。少しの間を置いてから痛み出し、拳骨をくらったのだと理解した。
「ってぇ――ひどいっスよぉ」
「真吾のくせに、生意気な笑い方をするからだ」
「えぇえええ」
 唇を尖らせる真吾に、からっと笑ったジョーの声音が落ちて、静かに響く。
「本当に、いいんだな」
 はっとした真吾の視線を避けるように、何かを見せようとするかのように、ジョーは人波に顔を向ける。真吾も同じように顔を向け、楽しそうな雰囲気の空間が――目の前にある現実が、ひどく遠いもののように感じてジョーを見た。彼の横顔は、なつかしさも慈しみも愛惜も含んで凪いでいる。
「このまま、こっち側にいるんなら――特に、オマエはやっかいなモンにも首を突っ込んじまったから、余計にややこしいことになっちまうだろうな」
 独り言のようなそれに、真吾はまた人ごみに目を向ける。あの中に居る人たちが、決して経験することの無い場所に身を置いているのだという実感が、じわじわとわいてくる。だがそれは、後悔も悲しみも喜びもなく――そういうものなのだという、ただそれだけのものだった。
「ジョーさん」
「ん」
「俺、なんか、嬉しいっス」
「はぁ?」
 ジョーの口が、おかしな形に開き、間抜けにみえるような呆れ顔が出来る。
「前回は、ちょっと――もしかしたら死んじゃうかもとか、思ったんスけど……でも、ぜんぜん、ほんと――後悔とか、そういうのって無いというか、むしろ、なんかの役に立てたかもっていうのがうれしいっていうか…………止められなかったのが、悔しいって言うか――――」
 満面の笑みを浮かべていた真吾の顔が徐々にゆがみ、うつむいていく。言葉が途切れた先に拳を握る彼にため息をつき、肩を抱くように叩いた。
「――――俺、もっと……強くなりたいっス」
 震える声に、両手で乱暴に頭をかき回す。
「わわっ」
「どうしようもねぇなぁ、ほんっとによぉ」
 甘やかすような声音に、こぼれそうになる涙をこらえ、真吾は怒った顔をした。
「もう、ジョーさんってば乱暴すぎますよっ」
「こんぐれぇで乱暴とか言うんじゃねぇよ」
 ドォオン―――パラパラパラパラ
 花火の音が、夜空に響く。皆がいっせいに空を見上げ、飼い主に抱かれた犬が驚いたのか、激しく吠え出す。
「どうせなら、あの花火みてぇに、でっかく行くか」
「はいっ!」
 ドォオオオン――――パラパラパラパラ
 夏はまだ、これから――――


2010/07/20



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