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終わらない夏の隙間に


「八神さぁああん、八神さぁああああああんっ」
 声は聞こえていたが、面倒なので放置をしていた。
「いるんでしょう! 八神さぁあああああんっ」
 どんどんとドアが叩かれる。あきらめる様子のないことに、億劫そうに立ちあがった八神庵がドアを開けると、ほっとした人懐こい顔があった。
「ああ、良かった。いなかったら、どうしようかと思った」
 子犬のような、はじめは自分を怖がっていたはずが懐いた、という表現がふさわしい態に変わった矢吹真吾が、大きくドアノブを引っ張った。
「行きましょう、八神さん」
「何処にだ」
「あれ聞いていないんスか? 誕生日会ですよ」
 庵が鼻にしわを寄せる。不機嫌な時の犬のような彼の意を解することなく、真吾は急かす。
「とにかく、行きましょう。――あ、何か用事とか、あるんスか」
 そこで、とっさに用事でもあると言えばいいものを、黙したままの庵に用事は無いと判断したらしい真吾はさらに言った。
「とりあえず、貴重品だけで大丈夫ス。 プレゼントとかは、持っていかないようにって約束なんで」
 何が嬉しいのか、頬を紅潮させ目を輝かせている姿は子どもとしか言いようがない。邪険に出来ぬ雰囲気は、天性のものなのだろうか。
「――」
 いつもの、下らんという口癖を出す前に、庵は財布を尻ポケットに入れ、ジャケットを羽織った。
「さ、八神さん」
 飛び跳ねそうな気色の真吾の後に、のそりとした足はこびで、庵は付いて行った。

 ついた先は、ホテルの宴会場だった。中には見知った顔ぶれが談笑している。
「あ、八神」
 軽く手を上げて、歩いてくるだけでもサマになる男、二階堂紅丸が近づいてくる。
「あ、紅丸さん。八神さん、つれてきました」
「ん、サンキュ」
 軽く真吾に言ってから、庵に向く。
「真吾が行けば、来ると思った」
「用件は、何だ」
 鼻を鳴らす庵に、少し首を傾けながら極上の笑みを浮かべる。
「誕生日会って、聞いてないか」
 そういえば、そのようなことを言っていたような気がする。
「とりあえず、こっちに来いよ」
 断る理由も従わない理由も浮かばず、歩き出した紅丸に続く。真吾も、そのあとに続いた。
「あっれぇ、八神ぃ。ホントに来たんだ」
 女性らしいラインを存分に引き出す衣装の不知火舞が、目を丸くして声をかけてきた。その横に、アンディ・ボガードの姿も見える。
「真吾が行けば来るって、言ったろ舞ちゃん」
「なんだか、構いたくなっちゃうもんねぇ」
 美貌のくの一に微笑みかけられ、真吾が照れくさそうに、へへと笑った。
「あ。妬く心配は無いわよ、アンディ」
「あ、こら舞」
 腕をからめ、しなだれかかる舞が幸せそうにアンディを見つめる。
「はいはい、ごちそうさま」
 いつもの事と流した紅丸の傍に、ぬうと大門五郎がやってきた。足元に、子どもがまとわりついている。
「あ、大門。全員そろったか」
「いや――」
「悪い悪い」
 会場内に響く通りの良い声に、皆の視線が入口に集まった。そこには快活を絵にかいたような男、ジョー東の姿があった。
「これで、全員そろった」
 大門の言葉に、紅丸が手を打った。
「それじゃ、始めようか」
 それを合図に会場の照明が落とされ、誕生日を祝う耳慣れた曲が流れ始めた。目を向けると、庵に縁のあるミュージシャンが演奏している。モデルという職業の顔を使って、紅丸が手配をしたのだろう。
「さすが、紅丸さん。半端ないっス」
「まだまだ、驚くのは早いぜ、真吾」
「よう、八神。今日は盛大に、祝ってもらおうな」
 いつのまにか傍に寄ったジョーが、ぽんと庵の肩を叩いた。
「どういう、意味だ」
 は、と呆れた顔をして、ジョーが真吾と紅丸を見る。二人が首を振るのを見て、あははとジョーが笑った。
「事前に知ってりゃあ、来なかっただろうしな。いいんじゃ無ぇか」
「何の話だ」
 音楽がひときわ盛り上がり、会場入り口にライトが浴びせられる。小ぶりなウェディングケーキほどもある誕生日ケーキを、麻宮アテナとユリ・サカザキ、桃子がゆっくりと台を押して運んでくる。会場の真ん中――庵たちの居る場所に運ばれたケーキの上には
【Happy Birthday八神庵・ジョー東】
 の文字があった。
「――っ」
 軽く目を開いた庵の背を、ジョーが可笑しそうに叩く。
「ま、そういうこった。25日、なんだろ。俺は、29日だ」
「テリーも同じ三月だから、呼びたかったんだけどねぇ」
「兄さんは、ロックとどこかに行ってしまっているみたいで。音信不通になっているから」
 舞とアンディが、ジョーと庵に祝いの言葉を述べる。ケーキを運んできた三人も、にっこりとほほ笑んだ。
「おめでとうございます、八神さん、ジョーさん」
「おめでとうございますっ!」
「さ、早く願い事しながらろうそく吹き消して」
 ユリの言葉に、ジョーがようしと気合を入れる。
「下らん」
「来たからには、楽しもうと思えよな」
「うるさい」
 やれやれ、と肩をすくめて気を取り直し、ジョーが全てのろうそくを吹き消した。
「おめでとう!」
 口々に祝いの言葉が上がる。
「ユリちゃん、めっちゃかわいいなぁ」
「ロバートさんも、きまってるよ」
「お、これは旨い」
「ちょ、お父さん! 主役は八神さんとジョーさんなんだから先食べちゃダメじゃない! お兄ちゃんも注意してよっ」
「気にするなよ。この顔ぶれが集まって一緒に飯を食うってだけでも、十分有りがてぇよ。紅丸、遠慮しねぇぜ?」
「ケチなマネはする気はないぜ。存分に、楽しんでくれ」
「あはっ。さっすが世界を股にかけるモデル! ご相伴にあずかっちゃう」
 巨大なケーキが切り分けられ、それぞれが食事を楽む中、庵は楽しげな人々の笑みの上に視線を投げる。
「京が居ないことが、不満か」
 顔を向けると、静かな笑みをたたえたジョーが、シャンパングラスを差し出してきた。
「誕生日会なんてモンを掲げなきゃ、集まれないっていうのも寂しい気もするけどな」
 差し出されたシャンパンを、受け取る。
「集まるネタになれるうちに、なっておくってのも良いんじゃないか」
 ふ、と横顔に陰りのようなものを見た気がした。
「平和的に、楽しもうぜ」
 シャンパンの泡のように、すぐに爆ぜて消えた影の代わりに、明るさが広がるジョーの誘いに、薄い笑みが庵の唇に乗った。
「付き合ってやる」
「あ、もう。主役が何二人で話してるんスかー! ほらほら、もっとたくさん食べてくださいよ」
 皿に山盛りの食べ物を乗せて、真吾がやってくる。
「真吾、その盛り方じゃ、食べる気が失せるんじゃないか」
「だめっスか」
 しゅんとする真吾から皿を受け取り、ローストビーフを庵が口に運ぶ。
「腹が膨れれば、なんでもいい」
「この顔ぶれだ。上品なんて、ガラじゃ無ぇだろ」
 軽く肩をおどけた様子ですくめる紅丸が、そっと庵の横を通り過ぎざま呟く。
「いろいろとカタがついて、身軽になって――そんな日のリハビリも、必要だろ」
「下らんな」
 閉じた瞼の裏に、赤い焔の男が笑う。
「京なら、今――」
「必要ない」
 ふら、と庵の足が動いた。
「今は、な」
 目線をからませ、笑いあう。
「リハビリとやらに、付き合ってやる」
「そりゃ、どうも」
 終わらない夏が、熱を放ち揺らめき立った。

2012/03/24




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