秋の風を受けながら、夏模様の空の下をバイクで走る。 心地よい排気音に包まれ、草薙京は山の舗装された道を上っていた。 目的は無い。ただ、走りたかっただけだ。 どうせ走るのならば、と人のあまりいない場所を選んだ。自分の好きな速さで、好きなように進みたい。 そう思って進んでいけば、この道に入っていた。 地上はまだまだ夏の熱気を残していると言うのに、山の空気はすっかり秋だ。青々とした木々も、これから色づいてゆくだろう。そうなれば、もう一度この道を走ろうか。 そんなことを思うともなしに考えながら、展望台まで走った京はバイクを止め、メットを外した。「ふぅ」 無造作にメットを置いて、木の柵へ歩み寄る。 海が、街が見えた。 玩具のようなビルや家々、橋――そして船。それらをしばらく眺め、おもむろに携帯電話を取り出すと写真を撮り、メールに添付して送る。「こんな山の上まで、電波が届いてんだなぁ」 感心したようにつぶやくと、煙草を取り出し火をつけた。 さて――メールを送った相手は、手持ちの煙草が無くなるまでに現れるだろうか。 ふ、と口の端を歪め、紫煙を吐き出す。柵にもたれ、空を仰いだ。 日暮れまでには来るだろう。 根拠のない確信に、京の目がまぶしそうに細められた。 ベースの調律をしている八神庵の耳に、無機質な機械音が届いた。目を向ければ、携帯電話が着信を知らせるために赤い光を点滅させている。ベースを脇に置き、めったに使うことの無い携帯を手にして確認すれば、メールが到着したというマークが画面に浮かんでいた。 差出人の名前は、草薙京。 いつだったか、庵が携帯電話を持っていることを知った彼は、何がせっかくなのかはさっぱりわからないが、せっかくだからと勝手に庵の携帯電話をいじくり、自分のアドレスを登録し、庵のアドレスを勝手に奪った。そのあと、その場に居合わせた矢吹真吾や二階堂紅丸といった面々のアドレスも勝手に登録され、また庵のアドレスを相手に教えられた。 これといって教えたくない理由も無く、消すほどの嫌悪も感じず――要するに、何の関心も興味も無い庵は、そのままアドレスを消すこともせずに放置していた。連絡をする用事も必要も無い。時折、真吾や紅丸が暇つぶしなのか何なのか、電話やメールを寄越してくることはあったが、庵からかけたことは無かった。 京から連絡が来ることは無く、庵からすることも無かった。 それが、何の用事があってメールなどしてきたのだろうか。 眉間にしわを寄せてメールを開く。何の文字も無く、ただ画像が添付されていた。 高い場所から街を映している画像。 しばらくそれを眺めた後、庵は財布を尻ポケットにねじ込み、カギを掴んで玄関を出た。まっすぐに駐車場へと向かい、車に乗り込みキーを指す。 京が今、何処に居るのか。 庵はそれを、理解した。 煙草を吸い続けるのにも飽きて、京はベンチに腰かけ缶コーヒーを飲んでいた。耳に、車のエンジン音が届く。 何度も車やバイクは通り過ぎたが、京は何の反応も示さなかった。けれど今回は(やっと、来たか) 口の端に笑みを乗せて立ち上がり、バイクの傍に寄った。 見慣れた車が近づいてくる。京をひき殺そうとでもするかのようにスピードを落とすことなく近づいたそれが目の前で止まった。 近づき、運転席の窓を叩く。外からは中が見えぬように加工された窓ガラスが開き、赤い髪が目に入った。「遅ぇよ」「知るか」 忌々しげに吐き捨てた庵に、にやにやとしながら顔を寄せて「な。俺、腹が減ったんだけど」「知らん」「せっかく来たんだから、一緒に食おうぜ。そんで、少し走らねぇ? つかさ、俺がバイクだってことぐれぇ予想がついただろ。オマエもバイクで来いよなぁ」「貴様に付き合う気などない」「俺のメールに、ほいほい釣られて来たくせに」「フン」 目をそむけた庵の横顔を眺め「この先にさ、ちょっと辺鄙な和食の店があるんだよな。そこでメシ食おうぜ」 提案というよりも、確定の調子で言いながら離れた京がメットをかぶり、バイクにまたがる。エンジンをかけた京が、手振りで行くぞと合図して走りだし「下らんな」 その背を見ながらつぶやく庵がアクセルを踏んだ。 夏の名残の残る街から抜け出した二人は、秋につつまれた山中で共に食し、走り、誰にも邪魔されぬ場所で二人、拳を交えて燃え尽きる前の夏を楽しむ。 それはまるで、再び夏が巡り来ることを願う神楽のようで――――。 2012/09/12