草薙京が、ぶらぶらと両手をジーンズの尻ポケットにねじ込んで歩いていると、遠目からでもわかるほど目立つ容姿の男が、のそりのそりと歩いているのが見えた。 小走りに近づきつつ、背中に狙いを定めてコンクリートを蹴り、飛び上がる。「八神ィ」「っ!」 ぶん、と腕を振り上げた目立つ男、八神庵が京のけりを受け止めた。何事かと、周囲の人間が目を丸くして二人を注視する。それを気にする様子も無く、着地をした京は親しげな笑みを浮かべた。「久しぶりじゃねぇか。なんで、こんなトコを暇そうに歩いてんだ」「俺が、どこをどう歩こうが、貴様には関係の無いことだ」「つれねぇなぁ」 ニヤニヤしながら、京が庵の肩を抱くように腕を回す。「ちったぁ、久しぶりなんだから愛想よく笑てみろよ」 首を傾けた京の黒髪が、さらりと流れた。「下らん」 鼻を鳴らした庵の、長い前髪が触れるほど顔を近づけた京が「つれねぇなぁ」と、同じ言葉を繰り返した。「ま、いいや」 ぱっと離れた京が「アイスでも食いに行こうぜ、アイス」 庵を誘う。人よりも随分と体躯のいい二人が、喧嘩でも始めたのかと不安げだった周囲の人間が、ただのじゃれあいだったのかと、安堵したような、落胆したような気配を残して意識を彼らから外した。「何故、俺が貴様とアイスを食わねばならんのだ」「いいじゃん。一人じゃ、入りずれぇんだよ」「なら、食わなければいい」「暑いから、食いてぇんだって。付き合えよ。どうせ、ダチもいねぇんだから暇してんだろ」 ギロリと庵が剣呑な目を向けても、京はひるむ様子も無く受け止める。「用事でも、あんの?」 ふっと庵が目を逸らし、再び歩き始めた。数歩だけ小走りに近寄った京が、彼の横に並ぶ。「ついてくるな」「俺に見られちゃ、困るようなトコでも行くのかよ」 京に何かを言っても、無駄だと判じたらしい。庵は無言で歩き続ける。「おっ」 京が前方にあるアイスクリームショップを見つけ、庵の背を叩いた。「寄って行こうぜ」 ちらりと無言で京を見た庵は、彼が嬉しそうに歯を見せて親指で示す看板に視線を写し、興味が無いと全身で告げながら目を戻した。 道は、入る入らないとにかかわらず、アイスクリームショップへと二人の足を向かわせる。すっかり庵と入る気でいる京は、わずかにゴキゲンな様子で足を動かす。それに眉間にわずかな皺を浮かべて、庵は無視を決め込むことにした。「あっ。草薙さん、八神さん!」 ひょこりとアイスクリームショップから顔を出してきた男の姿に、京は親しみを、庵は面倒くささを込めて目を細めた。「真吾じゃねぇか」 草薙京の自称、一番弟子である矢吹真吾が子犬のように、二人に近寄ってきた。「お二人で、お出かけですか」「アイスを食おうと思ってな。な、八神」「俺は、食わん」「なんだよ。ちょっとぐらい、付き合ってもいいだろう。どうせ、暇してんだし」「貴様に付き合う暇はない」「あはは。相変わらず、仲がいいッスね」 剣呑な伊織の気配を、さらりと受け流す真吾が、二人を奥の席へと誘う。庵や京と比べれば多少の見劣りはあるが、鍛え上げられた体躯の青年であるはずの真吾の持つ、妙に保護欲をくすぐる人懐こさは、庵の情をも動かすほどで、京の言うとおり、暇ではあった庵は望まぬまま、アイスクリームショップのパステルカラーに彩られた店内に足を踏み入れ、淡いピンクの座席に腰を下ろした。「ぶっは。すっげぇ似合わねぇ」「そういう貴様は、どうなんだ」 笑い出した京に、庵が唸る。まあまあと二人をなだめた真吾が「俺、今日がバイトの給料日なんスよ。草薙さん、八神さん、何食べますか」「おっ。驕りか。なら、そうだなぁ……ダブルカップサンデーだな」 うん、と遠慮なく高いメニューを選ぶ京に、わかりましたと真吾が頷き伊織に目を向ける。「八神さんは、何にします?」「なんでもいい」「じゃあ、俺が選びますね」 レジカウンターに行き、慣れた様子で注文をした真吾が、いっぺんに三つは持てないからと、二回に分けてダブルカップサンデーを運んできた。「草薙さんには、チョコミントとラズベリーのチョコサンデーで、八神さんのはハッピードールサンデーのウサギにしました」 得意げに真吾が庵の前に置いたサンデーは、ウサギを模した愛らしいもので「ぶっ、はははは。よかったなぁ、八神」 ばんばんと庵の肩を叩きながら、京が笑い出した。「八神さん、動物が好きじゃないッスか。だから、それにしたんです」 邪気のかけらも無い真吾の姿に、庵は眉間にしわを寄せた。悪意や冗談の類が含まれていれば、まだ対応の仕方もある。だが、真吾のコレは本気で選んだ無垢なものだ。庵は京をうっとうしそうに睨み付け、アイスのウサギの顔面にスプーンを突き刺した。「しかし、真吾。オマエ、よく平気な顔をして、こういう店に入れるな」 何を問われたのかわからなかったらしい。きょとんとする真吾に「こういう、なんか女の子がターゲットですって言っているような店に、男一人で入れるのかっつったんだよ」 京が捕捉をすれば、真吾は「ああ」と頷いた。「俺、姉貴がいるんで、なんか連れていかれて入ったりしているうちに、慣れたって言うかなんていうか。抵抗を感じないんスよ」「ふうん。俺は、なんか入りずれぇから八神を誘ったんだけどな」「八神さんは、平気なんですか」 目を丸くする真吾に、無言で目を向けた庵の心中の声が聞こえたらしい。真吾が深く頷く。「そうッスよね。ああ、そっか。一人より二人のほうがマシだってことッスね」「そういうことだ」 サクサクと、小気味よい音をさせてサンデーについていたクッキーを京が食べる。「男だけで、こういう店に入るのは抵抗があるだろ。フツー」「そうッスかねぇ。最近はそうでもない人も、多いッスよ。スイパラに男だけで行ったりとか」「スイパラ?」「ケーキとか食べ放題の店ッスよ」「ああ、なんか、そういうのユキにつれて行かれたことがあったな。やたらピンクやら水色やら黄色やら明るい色で可愛らしく装飾された、いかにも女向きって店」「ああ、きっとスイパラですよソレ」「そこに、男だけで入るのか」「一人で入る人も、いるみたいッスよ」 うえぇ、と京が珍獣を見たような声を出す。「抵抗はねぇのかよ」「抵抗よりも、スイーツを求める気持ちの方が強いんですよ、きっと。そういうの、スイーツ男子って言うらしいですよ。姉貴の雑誌に、そんなの載ってました」「ふうん?」 理解しがたいと顔に浮かばせながら、京はアイスを食べ進む。黙々とドールサンデーを食べる庵をちらりと見て、スマホを取り出し撮影し「傍から見れば、妙な気がしそうだな」 画面を見ながら呟いた。「ガキッぽい、そうだな。ケンスウあたりなら、違和感はないかもしんねぇけどな」「や、草薙さんや八神さんみたいな人でも、いるみたいッスよ。スイーツ男子。ケンスウさんみたいなタイプよりも、お二人みたいなタイプのほうがギャップを感じて可愛いとかで、モテるとかなんとか」「だってよ、八神」「下らん」 最後のひとくちを食べ終えて、庵が息をつく。京も真吾も食べ終えて「甘いモン食ったら、苦いモン欲しくなったな。珈琲でも飲みに行こうぜ。八神ん家に」 京が立ち上がりながら言った。「あ。八神さん家、近いんスか? 俺、八神さん家、行ってみたいです」 何を勝手に決めていると、京に文句を言う前に真吾に期待のまなざしを向けられ、庵は渋面で立ち上がった。「頼んだわけではないが、奢られた借りを返しておく」 悪童の笑みを浮かべた京と、無邪気に喜びワクワクとする真吾を連れて家に戻り、庵は彼らに珈琲を振る舞った。 数日後、京が何気なく撮影しツイッターで流したドールサンデーを食べる庵の画像が、庵のファンの目に止まりリツイートされ、意外だの可愛いだのと話題となった。 知ってはいたが、どうということもないだろうと考えていた庵は、その後に行われるサポートメンバーで参加したライブの差し入れが、愛らしいラッピングの、あるいは形状そのものが愛らしいスイーツだらけとなって、頭を抱えることになる。2013/05/25