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庵&京
 女の子は、ちょっと髪型が決まったとか、そんな事で気分が良くなったり、出かけたりしたくなるんだよ――――
 そんなの人それぞれで、ユキのまわりにたまたま多いってだけじゃないのか。
 蒸し暑さに何もする気がおきず、ぼんやりと天井を眺めていた京は、ふとそんな会話を思い出した。そんなに昔では無いような、ずっと昔の事のような、曖昧な記憶。どうして、そんなことを今思い出したのか、見当もつかない。だが、思い出してしまったら、なんとなく気になってきた。
 そういえば、前髪がどうのとか、女子が騒いでいた気がする。あまり学校に顔を出していなかったから、たまたま見た光景を、本当は稀な事を、あたかもよくある風景のように捉えてしまっているのかもしれないが。
 高校以外では、どうだったろう。鮮明に浮かんでくる女は皆、普通とは言いがたい者ばかりで、それでも彼女たちも、髪型や化粧などを気にして騒いでいた気がした。
 そこで急に、紅丸を思い出す。職業柄、彼の場合は仕方がないのかもしれないが、ケンスウは違う。彼も、女子ほどではないが気にしていた。
「惚れた女が居たからな」
 呟き、畳の上を転がる。全開の障子から見える庭は、夏色の日差しに染まっているのに、空はまだ、梅雨の顔をしていた。ゆらりと、熱で景色がぶれた気がして 起き上がる。脳裏に浮かんだ顔に、肩をすくめてため息をついた。
 あいつも、なんだかんだ言って、変なこだわりがあるよなぁ――――今ごろ、何をしているのか。どんな格好でいるのか。
 気が付くと、立ち上がり電話に向かっていた。携帯電話は持たない。縛られるのが嫌いだから。あいつも同じだったはずなのに、無理やり持たされたと言っていた。誰に渡されたんだったか。珍しくて、意外で、しつこく絡んで聞き出した番号にかける。俺の家の番号は、勝手に弄って登録した。表示をされれば、今はとらなくとも後からかけてくるだろう。
 そう思いながら、コール音が留守番電話サービス転送の音声に変わるのを待つ。
――留守番電話サービスに接続します。
 機械的な女の声。どうして、機械的な声は全て女なんだろう。――――男だったら、ちょっとムカつくかもしれない。
 録音の始まる合図。少し迷って、口を開いた。
「今、どんな格好してんの?」
 保存しましたと女が言って、受話器を下ろす。蒸し暑いのに、ひどく乾いている体に気付き台所に歩きながら、声をだした。
「おふくろ、ビールある?」
 台所につくと、麦茶を笑顔で渡された。柔らかいくせに有無を言わさない笑みに、苦笑しながら受け取り、飲み干す。
「たまには、お父さんの相手をしてあげたら」
 夕食の支度に戻りながら、母が言う。電話がくるまでの間、特にすることも無いから、久しぶりに相手をしてやるか。
 口に出ていたらしく、こらっと小さく叱られた。当主云々の前に、自分はいつまでもこの人の子どもなのだと感じる。
「まったく、生意気に育っちゃって」
 怒っている気配が無い小言に肩をすくめ、背を向ける。台所から、聞き慣れた音。しばらく遠ざかっていたはずなのに、当たり前に感じる音に、唇が淡い笑みを浮かべた。

 道場に足を踏み入れる。ここだけは、ひんやりとしている。深く、静かな呼吸を繰り返していると、背後に気配を感じた。閉じていた目をあけ、振り返る。ゆっくりと、型を取る父親が居た。京も無言で、それに応じる。

 どのくらい、拳を交えていただろう。無心に、無言で――――
 どちらともなく終わりを告げて、深く静かな呼吸で締める。ニヤリと、柴舟が笑った。同じ笑みを返す。くるりと背中を向けて去る柴舟を見送り、京は目を閉じた。先ほどの余韻は、もう無い。戦いとはちがう感覚に、細く長い息を吐いた。
「京! 電話よ! 庵ちゃんからぁ」
 瞑想に入りかけた所での、母からの声に吹き出す。機械は苦手だという母は、保 留にしてから呼ぶことをしない。受話器の向こうで、いったいどんな顔をしてい るのかと思うと、笑いが込み上げてきた。
「もう、何を笑っているの? ほら、早く出てあげなさい」
 受話器を受け取り、母の姿が見えなくなってから、京は遠慮なく大声で笑った。
「っひぃ――やっべ、腹イテ……………で、何? 庵ちゃん」
 クックッと笑いながら言うと、不機嫌な無言のあとに、苛ついた声がした。
『キサマが、かけてきたんだろうが』
「あぁ、うんそうそう。かけたかけた」
 ヒィヒィ笑いながら言う。
「あれは、何のつもりだ」
「あぅん? 何が」
 笑いを押さえながら喋るので、妙なイントネーションがつく。
「今どきのエロ電話でも、もう少しマシな言い方をするんじゃないのか」
 フン、と小馬鹿にしたような音。なんて留守録に入れたのか、記憶をたどって納 得した声を出す。
「慣れてねぇんだよ」
「だからと言って、アレか」
「もっとエロいのが、良かった?」
『――――バカが』
 チッと舌打ちをされた。受話器のコードを指に絡めながら、言う。
「なぁ、今から会わねぇ?」
 訝しがる顔が、見える。
『――――今から、だと』
「そう、今から」
 ごはんよぉ、と母の声。
「庵、今から来るから晩飯もう一人分用意して!」
「えぇっ?! もっと早くいいなさい!」
「だってさ」
『俺は行くなどと、一言も……』
「おふくろ、あの様子じゃ用意してんぜ」
 しばらくの無言。舌打ちが聞こえ、受話器が乱暴に置かれる。その音に顔をしかめてから、そっと受話器を下ろした。
 意外と、付き合いがいい奴なんだと思う。初めて会ったときは、そんな気はしなかったけれど。否、初めて会ったときのことは、覚えていない。幼い時に会ったらしいが、京にはその記憶がなかった。もしかして、その時の記憶が庵にはあり、京の母には頭が上がらない、ということがあるんだろうか。
「京、お客さま用のお布団、だしておいて。庵ちゃん、泊まっていくでしょう」
 当然のように言う母に、頷く。家も何も関係無くなってはいたけれど、それでもそれは、お互いの間でだけで――そうではない空間があることに、京は庵を招きたいと、今、思った。

 もうすぐ、夏――――



                      END
2009/07/21



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