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庵&京3
  ドアの開く音がして、セミの声が近くなる。ドアは少しの間を置いて、ゆっく りと閉められた。足音少なく近づいてくる気配に、顔を向ける。
「よォ、庵。ビール冷えてんぜ」
 三人掛けのソファーの真ん中で、飲みかけの缶ビールを振って見せながら京が声を かける。
「…………」
 一瞥し、寝室へ消える背中を眺めながら、缶ビールに口をつけた。
 しばらくして出てきた庵は、京の姿など見えていないかのように浴室に向かう 。耳を澄ませると、かすかな衣擦れとセミの声が届く。そして、雨のような音――――
 鼻で長い息を吐き、飲みかけの缶ビールを置いて立ち上がる。浴室に向かい、 着衣のままで入って行った。
 シャワーを浴びている庵は、振り向きもしない。濡れるのもかまわず、京は彼 に手を伸ばした。無言のまま、背後から抱き締める。庵の手が、止まった。
「――――」
 無言のまま、唇が重なる。何度も、何度も――――
「んっ――」
 少しずつ強くなるそれに、音が漏れる。それが合図のように、京は庵から離れ、来たときと同じように浴室から出ていった。
 たっぷりと時間をかけて、浴室から出てきた庵は、庵の服を着て、ソファーから濡れたままの頭と足をはみ出させて横になる京の姿に呆れたようなため息をこぼした。歩みよると、ぱかりと目をあける。真っ直ぐ見上げてこられ、庵も同じように見下ろす。
「――――いつから、此処にいた」
 テーブルの上に目を向けると、空の缶ビール数本と食い散らかした後がある。
「――――ライブ、だったんだな」
 問いの答えとは違う言葉を発し、深い息を吐く京の真意がわからず、ただ見つめる。両手を伸ばしてくる京を眺めていると、服を掴んで引かれた。
「屈めよ」
 言われた通り屈む。首に腕を絡めた京の体が、庵に向かって浮き、唇が触れると、するりと腕は離れてしまった。
「いつから、此処にいた」
 同じ質問を繰り返す。
「今、何時? 最近は日の出、早ぇよな」
「――――京」
 若干の苛立ちを持って、言う。横たわる人形のような京は、ガラス玉のような目をしていた。
 空調の効いている――効きすぎている部屋に、セミの叫びが滲む。命の叫び。繋ぐ、叫び――――
 それを耳に入れながら、二人は無言で見つめ合う。ただ、瞳に映す。何の色も含めずに。
 庵が動き、濡れた京の髪に触れる。ひやりとしたそれを弄んでいると、手首を捕まれた。引かれ、手のひらに唇が当たる。指の間に舌が触れ、指には軽く歯が立てられる。
「白いな」
 京の褐色の肌と重なれば、色素の薄い庵の肌がより薄く見える。手首に舌を這わせ、甘噛みしながら庵の手のひらを自分の胸に乗せた。心音が、流れる。
 聞くとも無しにそれを聞いている庵の胸に、京の耳があてられた。瞳を閉じる京。瞼を下ろす庵。体内で交わる鼓動が、セミの叫びと重なる。
 静かに、庵の声が命の木霊に交ざる。
「――――貴様が消えるまで、俺は消えん」
 薄く、京の唇に笑みが浮かぶ。
「うぜぇ」
 顔を見合せ、同じ笑みを乗せた唇が、重なった――――


                  END
2009/07/29



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