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※添削前の、漫画で言うネーム状態のサンプルです。発行時は、表現の変化や誤字脱字チェックなどが入ります。
※サイト掲載用の改行ではなく、製本時の改行で掲載していますので、読みづらさがあるかと存じます。
SHAKIN’LOVE

 廊下の先から、大気を揺るがすような雄たけびが響いてくる。それを待ち構えているのは、学外から昼食時にのみ購買部に売り出しに来ているパン屋であった。
 彼らの狙いは、安価でしっかりと腹の膨れる惣菜パン。その中でも、とりわけ人気の高いのが焼きそばコロッケドッグであった。
 その名の通り、焼きそばとコロッケをコッペパンに挟み込んだそれは、値段が百八十円。その次に人気のあるのが、コロッケパンと焼きそばパン。それは少し値段が下がり、百六十円であった。
 そうしてそれも無くなった時に競い合われる、あるいは小遣いに少々の余裕のある者が買い求めるのがメンチカツパンで二百円。更にそれよりも値の張る、けれど成長期の男子であれば求めぬはずはないであろうカツサンドは、二百三十円であった。
  たいていの男子学生は五百円玉を握りしめ、購入を頼まれている者は頼まれた分の預り金も手にして、昼のチャイムが鳴り終る前に我先にと席を立ち、廊下を走るなという張り紙の横を全速力ですりぬけて、食堂奥の購買コーナーへと向かう。
 さながら大運動会のような光景は、バサラ学園における昼休みの常であった。
「真田、テメェ! 猿飛に作ってもらった弁当はどうしたァ」
「とうに、食し終えておりもうすぅあぁあ」
「もう一つくらい、作ってもらったらどうなんだ、真田」
「あっ、家康。おまっ……」
「はっは。元親は体が大きいから、階段の小回りは不利になるな」
「階段は、俺様の出番ってね。旦那ぁ! 先に行って、確保してるから怪我しないようにね」
「うむっ! 頼んだぞ、佐助ぇ」
「俺様だって、負けねぇんだからなぁああ」
「武蔵は体が小さいから、人の間をすり抜けていくには便利だよな。けどさ、俺の身軽さで、追い抜いて見せるよっとぉ」
「前田慶次っ! 貴様、私の前を疾駆するとは万死に値する」
「秀吉らのぶんなら、ついでに買っておいてやろうか、三成」
「貴様のほどこしなど、いらぬっ! 形部」
「やれ……直線ともなれば、ワシが有利よな」
 そんな声を響き渡らせながら、土ぼこりを上げて校庭を突っ切る一団は、本校舎の斜め向かいにある食堂へとなだれ込んだ。
「おばちゃん! 俺、焼きそばコロッケとメロンパンねっ」
「俺様はコロッケパンふたつとチョココロネ。あと牛蒡デニッシュと鳥ネギフランスね」
「某は、焼きそばコロッケドッグとチョコメロンパンにアンパンを所望いたすっ」
「俺ぁ、焼きそばコロッケドッグとバナナもちっこロール、それにカレーパンとピロシキをくれ」
「すまない。俺には、焼きそばコロッケドッグとレーズンパンを頼む」
「私は、クルミパンと焼きそばコロッケドッグ。アンパンにクリームパン。それとポテトサラダパンにベーコンエピ。あとはメンチカツパンとウグイスパンを所望する!」
  そんなふうに、次々にかけられる声に正確に答えビニール袋に詰めていく店員が、どんどんと会計を済ませて集まり来る学生らを捌いて行く。
「焼きそばコロッケドッグ、売り切れだよ!」
 そんなふうに売り切れの商品を叫びながら、店員が会計を済ましていき、すべてが売切れた。
「完売ありがとうございました!」
  店員が声を揃えて言えば、買いそびれた生徒たちはいっせいに落胆を示し、すごすごと帰っていく。
  勝者と敗者の姿は、その手にパンのあるなしに関係なく、顔を見れば一目瞭然であった。
  勝者は意気揚々と、パンを手に教室または席の確保を頼んでいた食堂内の友人の元へと歩いて行く。
「はい、片倉の旦那。頼まれてた牛蒡デニッシュと鳥ネギフランス」
「ああ、すまねぇな猿飛」
「旦那には、チョココロネ買っておいたよ。どうせ、放課後にはお腹すかせちゃうでしょ」
「おお、すまぬ佐助」
 常に購買到着上位三位以内に入る猿飛佐助は、懇意にしている片倉小十郎と、幼馴染であり何かとついつい世話を焼いてしまう真田幸村に、購入したパンを渡して代金を受け取る。
「旦那のお弁当、もう一個作っておいたんだけど。やっぱ足りなかった?」
「そうでは無い。いや、それもあるが、あの勝負の高揚を失いたくは無いのだ」
「はははっ。真田は本当に、勝負事が好きだなぁ」
 横で聞いていた徳川家康が、笑いながら戦利品のパンを齧った。
「秀吉様、半兵衛様。ご所望のパンを、購入してまいりました」
 石田三成が、敬愛している豊臣秀吉と竹垢半兵衛に手に入れたパンを渡す。その横で
「長曾我部よ――我が望んだはイチゴもちっこロールぞ。なにゆえ、バナナを持ってまいった」
「そうならそうと、先に言えよな!」
「使えぬ者よ」
 長曾我部元親が購入してきたものに、毛利元就が文句をつける。
「まあまあ、元親も頑張ったんだからさ。毛利の兄さんも、そう文句を言ってやんなよ」
 前田慶次が間に入り、険悪なムードになった二人をなだめた。
  食堂の席についた面々がそんな会話を繰り広げていると、そのテーブル席に複数の女子が集まってきた。
「あのっ、これ――さっき調理実習で作ったんです」
 その声の向けられた先は、購買競争に参加をしていなかった伊達政宗で、彼は薄く笑みを浮かべて、有り難くいただくぜと軽い調子でそれを受け取った。それを見ていたらしい他の女生徒たちが、次々に集まって政宗だけでなく長曾我部元親や真田幸村、徳川家康や石田三成、前田慶次などに調理実習で作ったというものを渡していく。
「あれ。片倉の旦那は、ひとっつもないの?」
「ここに来るまでに、いくつか貰ったが」
「ああ。片倉の旦那のファンは、控えめな子が多いからね。放課後に学校農園の世話をしている時にも、貰うかもしんないね」
「そういう猿飛は、どうなんだ」
「俺様?」
 ひょい、と笑顔で佐助が紙袋を持ち上げて見せる。
「調理実習があって、人にあげられるモンってわかっていたら、受け取る袋を用意しておいて、当然でしょ」
「おお、流石は佐助。なんと用意の良い」
「まぁねぇ。みんなの分の袋も、一応持って来てるから使いなよ」
「わかってたんなら、購買競争に参加しなくても、腹が満たされる程度の差し入れがあることぐらい、想像が出来ただろう」
  政宗の言葉に、佐助が目元に険を乗せて微笑んだ。
「アンタは、大量に貰うってわかっていて、何も袋を用意していなかったわけ? 毛利の旦那みたいに、親衛隊が集めて運びやすいようにして届けるって仕組みでも、出来たとか言っちゃったりして」
  佐助の言葉に、ぴり、と幸村のこめかみが痛みにゆがんだのを目の端に捕らえながら、政宗が悠然と微笑む。
「そういう仕組みを作ると、纏めるための代表を決めなきゃならねぇだろうが。勝手にやるには文句はねぇが、こっちが決めてやる必要なんざ無ぇし、そういうのは俺の性には合わねぇ」
「ま、そんなことしちゃあ、面倒な事になりそうだよねぇ」
  代表をこちらが決めるということは、特別扱いをされていると思わせかねない。そうなれば、面倒なことになる。元就の親衛隊は、元就とどうにかなりたい、というわけでは無く、憧れ崇拝している者が多いので、親衛隊が争うことも無く、元就の迷惑になるようなこともせず、穏やかに運営されているのだろう。
「それに、いくらもてはやされたって、惚れた相手じゃなきゃあ、好意を寄せられても意味が無ぇしな」
 すっと目じりを細めた政宗の視線を感じ、幸村が瞬く。呆れた息を吐いた佐助が肩をすくめ、この会話はここで終わりとなった。 「少し畑の様子を見てくる。猿飛、付き合えるか」
  何かを察した小十郎が、腰を上げる。
「ん? 別に、いいけど」
  糸を悟った佐助が、それじゃあね旦那と言い置いて小十郎に続いて食堂を出る。他の面々も食事を終えるとそれぞれに、昼寝をしに行ったり、誰かに声をかけられたりして離れていく。 「そんじゃ、ね」
  最後に慶次が手を振って去れば、政宗の意味ありげな視線を受けてから、何故だがずっと尻の座りの悪い心地がしていた幸村は
「某も」
 と腰を浮かせる。その腕を、政宗が掴んで留めた。
「何か、用事でもあんのか」
「あ、いえ。そのような訳では……」
  言いよどむ幸村に、政宗の目が獲物を見つけた獣のように笑った。
「なら、ちょっと付き合えよ。Do you mind?」
「えっ」
  有無を言わせぬままに掴んだ腕を引き、政宗が進んだ先は食堂の二階。体育館の舞台横にある、用具置き場だった。
「ま、政宗殿。かような場所に、いかな用事がござるのか」
  ほこりっぽく、物が乱雑に片付けられているせいで狭く感じる場所に、押し込められるように連れてこられた幸村が、当惑を示す。日の差しこまぬせいで薄暗い場所で政宗を見れば、光のある左目が獣のそれのように光っていた。
 ぞく。
  幸村の背が奮える。こういう、獲物を捕らえて喰らう寸前の獣のような目になった政宗から、いかなる方法を用いても逃れられはしないのだと、幸村は本能が記憶するほどに教えられていた。
  否。
  初めてこの目を見た瞬間から、囚われたいと無意識のうちに渇望していた自分を、引きずり出されただけにすぎないと、知っていた。
 きっかけは、ささいな出来事だった。
  校庭の使用をめぐり、政宗の所属する野球部と、幸村の所属するサッカー部が争いとなったのだ。
  代表として政宗と幸村が勝負をすることとなり、さまざまな方法で彼と競い合った。その時に、今までどのような試合であっても感じることのできなかった高揚と解放を、幸村は感じた。それは政宗も同じであったようで、ふっと交わした瞳と笑みにそれを見止め、その瞬間に幸村は伊達政宗という存在が欲しいという情動に絡め取られてしまっていた。
 その後に、互いを称えながら部室に向かう途中で、他の部員たちの群れに気付かれぬように少し足を遅めた政宗に、つられた幸村もその歩速に習い集団から離れた。十分に彼らとの距離が出来たところで、政宗は幸村の腕を掴み、建物の影に誘い込んで唇を重ねた。
  唐突すぎる上に政宗がニヤリとしてすぐに離れたので、幸村は何が起こったのかを理解できなかった。ぼんやりとしたまま部員らの輪に戻り、家に帰って自室で落ち着いてから、口づけられたのだと把握して、胸が熱くなり心地よい喜びに満たされた。そんな自分に、戸惑った。
 その高揚と戸惑いが過ぎ去った後に、あれはどういった意味であったのかと不安がよぎり、政宗の姿を目で追うようになった。目が合うたびに胸が柔らかく痛むことに、自分はどうなってしまったのかと首をかしげるようになった。
  そんな幸村の心情をからかうように、政宗は彼を勝負事に誘うようになり、その後に必ずといっていいほど頻繁に、人目を盗んでは唇を押し付けてきた。そして幸村はいつしか、それを受けることが、勝負事の後の当たり前の行為だと思うようになっていた。 それが、その先に進んだのは今から二月ほど前のことだ。
「そんな、物欲しそうな顔してんじゃねぇよ」
  体育のバスケットの授業で競い合った後、あまりに頻繁に勝負事の後に口づけを交わしてきたので、そうなることが当然と無意識下で思っていた幸村は、交わされぬ唇に、浅ましい望みが顔に出ていたのかと羞恥と自責に顔を赤らめた。それに目を細めた政宗が、もう一勝負と行こうと幸村を誘い、二人だけの見ごたえのある試合を、教師を無視してはじめた。授業を無視した行為を咎められ、その罰としてバスケットボールを放課後に全て磨くようにと指示を受けることとなった。そうして二人で人気のない体育倉庫でボールを磨いている時に、政宗が手を伸ばし幸村を求め、幸村はそれを受け入れたのだった。
  その後で、幾度も唇を――体を重ねてきたが、政宗は常に幸村が求めているから、というような言葉を口にしてから幸村を乱すので、幸村は自分こそが強く政宗を求めており、政宗も自分を求めてくれてはいるが、己ほどの強い情念を抱えてはいないのだと認識していた。
  政宗は、幸村が離れて行かぬように仕組んだことが、望むとおりに彼に作用していることに目を細め、魂の奥底にまで伊達政宗の存在が深く突き刺さり、離れがたくなれと願っていた。
「いかな用事も何も、用事があるのはアンタのほうじゃ無いのかよ」
  なので、今もまた幸村が自分を求めていたのだと、それとなく言外に匂わせる。ごくりと喉を鳴らした幸村は、政宗から目を逸らした。
「何も、ござらぬ」
「言いたいことがあって、言えそうにねぇから慶次の後について離れ、俺と二人になることを避けようとしたんじゃねぇのか」
  幸村に迫り、舞台に上がるための階段に座らせる。そうして自分は彼をまたぐように階段に膝をつき、上から顔を覗き込んだ。 「悋気を、起したんじゃねぇのか」
  顔を寄せて耳にささやけば、幸村が瞼を固く閉じる。顎を掴んで自分に顔を向けさせれば、幸村の瞼が開き、それが再び閉じられぬように、政宗は強く瞳を捕らえた。
「猿が、俺に親衛隊がどうのって言った時。アンタ、自分がどんな顔をしていたか、わかってなかったんだろう」
「どんな、とは」
  政宗の瞳に捕らえられた幸村は、産毛をゆっくりと逆撫でされるような感覚に陥り、喉の奥の渇きを覚えた。それを癒せるのは、目の前の伊達政宗だけであることを教え込まれた彼の声が、掠れている。
「親衛隊の存在が気になったか。それとも、俺が誰かを特別視してんじゃねえかと、思っちまったのか? アンタだって、差し入れは山ほど貰っただろうが」
「某は……甘味を好んでおりまするゆえ、それでいただけておるだけにござる」
  逃れたいと望む幸村の目が、揺れている。けれども目を離せぬ彼の姿に、政宗は劣情を湧き上がらせた。
「You don't know anything。アンタは、なんにもわかっちゃいねぇ」
「政宗殿は、何をわかっておられると申されるのか」
「アンタが、俺に求められたいと望んでいることは、アンタ以上に知っていると思うんだけどな」
  猟奇的な笑みを浮かべた政宗に、幸村の心臓が戦慄き、彼との行為を思い出した唇が開き熱い息が漏れ、瞳が濡れる。
「このような場所で、まして昼休みの最中に……」
 けれど口から零れたのは、政宗を咎める言葉だった。
「なら、さっさと済ませちまおうぜ。Let's spend hot time」
  ぐっと顔を近づけて鼻先を触れ合わせれば、幸村の唇から誘うように甘い息が漏れる。
「それとも、止めておくか?」
「っ――」
  鼻で笑って呟けば、息を飲んだ幸村が、すぐさま獰猛な目で睨み付けてくる。心臓をえぐり取られそうなほどの剣呑さに、、政宗は淫靡な高揚を味わい奮えた。
「幸村」
  奮える心のまま名をつぶやけば、幸村の顎が求めるように持ち上がる。唇を柔らかく押しつぶし舌を忍ばせ、幸村の舌に絡めてそれを引き寄せ強く吸えば、鼻にかかった甘い鳴き声を幸村が漏らした。
「っはぁ、幸村」
「ふ、ぁ、政宗殿」
  熱に浮かされた瞳には、まだ迷いの影がある。そのことが、政宗は面白く無かった。いつまでも政宗に促され流されなければ求めてこない幸村に、自分ばかりが彼を求めているような、自分が彼を惑わせて手に入れているだけのような気になってくる。彼が、自分を求めてはいないのではないかと、思えた。
  ぎり、と奥歯を噛みしめた政宗は、総身に力を込めて情動を堪え込み、折った体を起して幸村から離れた。 「――?」
  舌を絡めてから政宗が離れることなど、今まで一度たりとも無かった。与えられるはずのものを唐突に失った幸村は、何が起こったのか理解が出来ずに瞬く。
「ま、さむね……どの?」
「アンタの言うとおり、昼休みの残り時間じゃあ無理だよな」 背を向けた政宗がそのまま歩き出すのに、幸村は慌てた。 「政宗殿、いかがなされた」
「こんなとこで、二人で何をしてんだって言われちゃ、かなわねぇからな。時と場所を、改めるとするか。じゃあな、幸村。見つからないように戻れよ」
「政宗殿っ!」
「Until then」
  振り向きもせずに――振り向けば一旦は抑えたものが現れてしまいそうで、政宗はそのまま重い扉を開けてくぐり去った。 残された幸村はただ茫然と、予鈴の音に我に返るまで政宗の去った扉を見つめ続けた。




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