ずくん、と体を大きく跳ねさせて目をあける。部屋の中は真っ暗で、何もかもがわからない気がした。すぐにそれは無くなり、自室でベッドの中に居る事を思い出す。同時に、先ほどの夢も思い出した。瞼を閉じて、しばらく記憶と意識を曖昧な場所へ向ける。細く息を吐いて、ゆっくりと目を開けた。見慣れた天井。見慣れた空間。手を伸ばし、目覚まし時計を取り確認をして、身を起こす。手近なもので着替えを済ませ、尻ポケットに財布をねじ込みながら玄関に向かい、夜明け前の夜の声のなかに飛び込んだ。バイクにまたがり、真っ直ぐに目的の場所へ向けて、草薙京は走る。ほぼ独り占め状態の道を、急ぐでもなく楽しむでもなく、黙々と進む。進んでいる間に、夜が朝に浸食され、目的地につく頃には薄い空が広がっていた。バイクのキーの横につけている鍵で、マンションの一室に入る。寝室に向かい、眠る相手に声をかけた。 「おい」 返事が無い。 「気付いてんだろ」 微動だにしない。 「ムダな事は止めて、さっさと着替えろよ」 もそり、と寝返りをうってから、体を起こした相手が迷惑そうな目を京に向けた。 「出かけるぞ」 決定事項として告げる。覚醒しきっていないことを隠そうともしない目は、不機嫌に見えた。 「庵」 名を呼ばれ、八神庵は鼻から長い息を吐き、緩慢な動作でベッドから出る。 「ほら、早くしろよ」 腰に手をあて急かす京の言葉に、ゆらりゆらりと動きながら着替えはじめる横で、勝手に彼の財布をつかみ、中身を確かめてから渡した。 「こんだけあるなら、足りるだろ。行くぞ」 「――――何処に行く」 低く、うなるような声は聞き逃してしまいそうなくらいに耳に届きにくい。 「駅だよ」 答え、さっさと出ていく京の背中を見つめながら、庵がのそりと足を動かした。 駅につくと、京が手を出す。怪訝な顔をした庵に「財布」と告げた。 「安心しろよ。俺の分は自分で出すから」 「何処に行く」 「いいから、出せって」 財布を渡すと、案内を見ながら窓口に行く。庵は立ち止まったまま、京が用を済ますのを待った。 「行くぞ」 「何処に、だ」 「ホームだよ」 先ほどからの返答は、わざとなのか違うのか。判別しかね、わからないままに早足でホームに向かう京の背中を見る。ゆっくりと歩いている庵を振り返り、早くしろよと京が言った。 ホームにつくと、すぐにやってきた列車に京が乗り込む。庵も続き、京の指した席についた。 「あー、なんか腹へったな」 京は腰で座りながら、人影のまばらな列車の中を見回し、時計を見る。 「お前は、腹平気?」 「食えと言うなら、食ってもかまわん」 「なんだそれ。お前、他のやつにもそんな受け答えしてんの?」 「貴様には関係ない」 肩をすくめ、窓の外に目を向けた京が「あぁ、腹へった」と呟く。ふう、と息を吐き庵が立ち上がった。 「何、便所?」 「発車まで時間はあるだろう」 「あー、うん」 頷く京を確認し、列車を降りる。庵を見送ってから、京はもう一度腹へったと呟いた。 しばらくして、ビニール袋の音をさせながら庵が戻ってくる。目を閉じていた京は、真っ先にビニール袋に視線を向けて手を伸ばした。 「何なに、飯?」 がさがさと袋をあさる京を見ながら席につき、横から手を出して缶コーヒーを取る。 「あれ、お前それだけ?」 しっかりと、中にあった弁当を掴んで京が問う。 「さっさと食え」 「――――あぁ、うん」 言いながら、弁当を開ける。食べはじめた京を横目で見ながら、庵は少し表情を和らげた。――本当に、嬉しそうに食うな。 京自身は気付いているのかいないのか知らないが、何かを食べている京を見る時、庵はいつもそう思う。食べることが、好きなのだろう。軽い音をたててプルタブを開け、コーヒーに口をつける。 「ほら」 言われて見ると、唐揚げを箸でつかみ、庵の口元に差し出している。 「――何だ」 「食わねぇの?」 「いや――」 戸惑う。 「肉、好きだろ」 一応の気づかいなのだろう。少し迷ってから、首を動かし唐揚げを口に入れた。 「お前って、本当に食わないよな。何やって、そんなにでかくなったんだよ」 空いた箸に煮物を挟み口に運ぶ。京ごしに外を見ると、景色が流れていた。アナウンスで、この列車の行き先は知った。だが、そこに何があるのか、何のために行くのかがわからない。腹がくちくなった京は、満足そうな顔でゴミをまとめて外を見る。庵は、薄く目を伏せた。