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TO・RI・KO

 白く白く凝る世界は、包み込む。包み込み、拒絶し、取り込んだものと、そうではないものを隔離する。それは酷く強固に見えて、酷く脆い。わずかな熱に彩られ、染まり、消える。
 吐く息が白い。
 わだかまり霧散する、体内にあった熱の余韻を眺めながら、暖かな色身の着物を着た真田幸村は、雪に染まる庭を眺める。
 山に囲まれた甲斐の冬は、深い。
 キィンと冷えた空気は、張り詰めた緊張に似て心地よく、寒さに赤く染まる頬が悦びに緩んだ。
――――まるで、対峙をしておる時のようだ。
 瞼を伏せる。その裏に、浮かぶ姿があった。青い――蒼い雷光を纏った青年の唇が、楽しげに剣呑な歪みを浮かべる。腰が落とされ、肌を刺す闘気に産毛が逆立つ。ぞくりと背骨が疼き、全身に満ちていくものがある。幸村の肌が淡く色づき、内側から吹き出そうな衝動にかられる。
――――政宗殿。
 脳裏で、伊達政宗と対峙していた。槍を構え、ギリギリまで吹き出そうなものを凝らせる。二人は同時に地を蹴り、得物が火花を散らした。
 幸村の脳裏に浮かぶのは、初めて刄を交えた、あの場所――――胸が熱く、息苦しいほどに漲るものを覚えた場所…………。
 ほう、と息をついて目を開ける。変わらぬ庭が、そこにあった。静かすぎる景色に、魂が疼く。
――――政宗殿。
 彼の者がいる土地も、このように閉ざされているのだろうか。――――自分を、思い起こしてはいないのだろうか。
 高い場所で、鳥が旋回している。薄氷のような空を滑る翼が、自分にもあればと願う。そうすれば、今すぐにでも槍を携え、向かうことが出来るというのに。
――――逢いたい。
 平穏な日々が続いていた。どこも深い雪に、進軍をせずに居る。活発に動くのは、忍らなど情報を収集する者たちばかり。戦を本分とする者たちは、雪解けに備えている。
――――足りぬ。
 道場での鍛練は欠かさない。敬愛する信玄との手合わせも。けれど、何かが違う。決定的に足りないものが、ある。あれを味わってしまえば……知ってしまえば、どれほどの相手であろうとも戦いの後には不足と空虚を感じてしまう。
――――あれほどに充足するのは。
 伊達政宗との時間のみ。
 すっくと立ち上がり、厩舎へと向かう。笠をかぶり、蓑を羽織り、藁沓を履いた。
「幸村様、どちらへ」
「遠乗りをしてくる。あとは、頼むぞ」
 言い置いて、馬を走らせる。目指す場所は、彼の地。行って、生まれた空虚が埋まるかどうかなどはわからないが、向かいたいという衝動に従い、ひた走る。走りながら、仕合いの感覚を――――肌が覚えている泡立ちを蘇らせる。それが馬にも伝わったのか、指示をしていないのに首を落として速度を上げた。戦場の最中にいるような様相で、人馬はしずしずと鎮座する雪道を駆けてゆく。

 馬から降りると、さくり、と軽い音が足下で起こる。誰にも荒らされていない粉のような雪に被われた場所は、血肉が横たわっていたことなど忘れてしまいそうなほどに、粛々と幸村の前に座していた。笠を取り、胸に抱えるようにして辺りを見回す。ぶるんと鼻を鳴らした馬の首を撫で、笑いかける。
 しばらく眺めてみていたが、何かが変わるわけでもない。じっとしていても体が冷えるので、雪玉を作ってみることにした。
「幾年ぶりでござろうか」
 思いつき、ふふと呟いて雪を拾い、丸める。それを徐々に大きくし、抱えきれない位になれば、ゴロゴロと押し転がしていく。戯れに始めたはずのそれは、限界など決めぬ彼に際限なくある雪の上を行かせることになり、なかなかに鍛練となりそうな行為だと認識してしまってからは、ただひたすらに雪玉を大きくするということに幸村を没頭させた。
「う、ぉおぉおお」
 身の丈よりも高さも幅もある塊を、必死で押し転がす。平地の雪を全て玉にしてしまいそうな勢いで、汗をかきながら夢中になっている彼に、背後から呆れた声がかかった。
「――――何、やってんだアンタ」
我に返り、振り向く。
「まっ…………政宗殿」
 目を丸くする幸村に、もったいをつけたような足取りで政宗が近づいてきた。
「久しぶりだな、真田幸村」
「まこと、お久しゅうござる。が、何故このような所に――――」
「それは、こっちのセリフだぜ。アンタ、なんだってこんな所でハンパ無ぇSizeの雪玉なんか、作ってんだ」
「あぁ、いや――――別に、理由などはござらぬ……少し、暇を持て余してしまいました故。して、政宗殿は如何なされ申した」
 わずかに首を傾けて、人を小馬鹿にしたようにニヤリとする。
「退屈をしていた所に、アンタを思い出したらおとなしくしてらんなくなってな…………湯治に行くといって出て来たんだが、まさか居るとは思わなかったぜ」
「それは、拙者とて同じにござる。よもや政宗殿も来られるとは、思いもよりませなんだ」
ふわりとはにかむ幸村の言葉に、ひょいと政宗の片眉が持ち上がった。
「Han――――アンタも、この俺を思い出して来た…………って解釈で、いいんだな」
 幸村が頷くのに目を細め、政宗が自分の後方を顎でしゃくる。
「OK なら、付き合えよ。俺に会いたくて来た上に、暇を持て余して雪玉なんざ作っていたんなら、断るなんて、しねぇだろ」
「それは――かまいませぬが、何処に行かれるのでござる」
「汗、かいてんだろう。そのままじゃ風邪をひくぜ」
 言いながら背を向けて歩きだす政宗に、雪玉を置いてついていく。馬に乗り、導かれるままに連れていかれた先は、宿場であった。湯の湧く泉を併設しているという宿には、政宗と幸村以外に二組ほどの客が居た。片方は大店の店主と一行。もう一組は、どこかの武家らしいが下手に身分を証して湯治どころでは無くなることを避けたいらしく、名を伏せていた。
「いらっしゃいまし」
 女が二人、湯を張った桶と手拭いを運んでくる。足を洗われ、案内された部屋はには充分に暖まった火鉢が置かれていた。 「酒を」
 どうやら政宗は湯治場に来る前に、あの場所に立ち寄ったらしい。そんなことに気付き胸に柔らかいものが浮かぶ。湯治のついで、ではなく幸村を思い起こしたついで、ということが妙に嬉しい。
――――政宗殿も、某と同じ心持ちでござったのか。
 再会時に言われたことが、実感として幸村に滲む。
「すぐに、暖かいものをお持ち致しますので」
 とりあえずは、と出された白湯に口をつけ、火鉢の傍に座る。思っていたよりも体は凍えていたらしい。安堵したような息が漏れた。ふと目の端に映った政宗が、目元を綻ばせているのが見えて居住まいを正す。
「何を緊張してやがる」
「べ、別に、緊張などしておりませぬ」
 納得したのかしていないのか、問うてみたものの興味が無かったのか、曖昧に鼻息のような声を出して、政宗の目が幸村から反れる。何故か尻の座りが悪く感じられ、沈黙がもどかしいのに話題が見つからない。そういえば、こんなふうに政宗と静かに二人で居ることなど、初めてなのではないかと気付く。大抵、佐助なり片倉小十郎なりが傍に居た。そうでない時と言えば、刄を交えているか――――。
 思い起こした事柄に、顔が熱くなる。慌てて振り払おうとしたが、なかなか拭えない記憶に狼狽えた。
「――――どうした、愉快な顔になってんぜ」
「は……い、いや、なんでも――――なんでもござらぬ」
 好色そうに意地悪く目を細める政宗の視線が、着物の合わせ目から覗く肌に落ちる。冷たい温もりに胸を突かれ、寸の間身が硬くなる。




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