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おとしもの

 春休み。友達とずっと行ってみたかったカフェへ行く約束をして駅についた私は
「う、そぉ」
 運行掲示板に赤く表示された文字に、呆然とした。とりあえず、友達に連絡をしなきゃ。
「あ、ごめん。なんか電車、すっごい遅れてる。うん――うん。え、うん。ごめん。あ、ほんと。うん――ありがと」
 電話を切って、もう一度電光掲示板を見る。もともとの時刻と遅延の時刻を足して――
「もう少しで、来るかな」
 ホームにはぞくぞくと人が集まり、溢れかえりそうになっている。このまま増え続けるばかりで、電車が来なかったらホームに落ちちゃうんじゃないか、なんてことを思いながら――あ、電車が来ても、人がいっぱいで乗れなかったらどうしよう。
 不安になって、線をの向こうに目を向けた。
 赤い文字で表示された遅延の時刻が増え、人も増えて不安が募る。
(なんなのよ、もう)
 苛立ちよりも焦りと不安のほうが強い。仕方のないこととはわかっているけれど、友達を待たせている申し訳なさが膨らんでいく。いらいらしたスーツ姿のおじさんの舌打ちに、泣きそうになった。
『間もなく3番線に〜』
 ホームにアナウンスが流れ、電車の姿が見えて――窓に張り付くくらいの人が乗っていることに、自分は乗れるのだろうかと、電車が到着した安堵よりも不安が先に立った。
 扉があいて、人が電車から吐き出される。降車の列がいつまでも終わらないことに、どうやってこれほどの人が乗っていたのか、という疑問と、これだけ降りたなら自分は乗れるだろう、という安堵に携帯を取り出し乗り込みながら、友達にメールを入れた。
『今、電車に乗ったヨ』
 それだけ打つのが精いっぱいで、絵文字とか余裕がないくらい押しつぶされる。携帯を鞄にしまうことが出来ないくらい。
(うう――くるしい)
 真夏の、汗臭い時期じゃなくてよかった――なんて気持ちを切り替えようと考える。でないと、電車の速度は変わらないのに早く早くと気持ちだけが急いて余計に不安になる。――誰かの香水がすごく、咽そうだし。
 時々ぐえ、と声が出そうになるのをこらえながら、乗降車のたびに車内の人並みにもまれながら、なんとか無事に待ち合わせの駅に到着した。
 手の中の携帯で時間を確認する。すごく長い時間に感じたけれど、遅刻時間は十分。――まぁ、遅刻には変わりないけど、遅延時間と表示された文字よりはずっと早い。運休になっていたわけじゃないから、遅れていたものがホームに入ったんだし、そんなもんかも。
 自分の焦りよりもマシだったことにほっとしながら、車内にとどまろうとする人の間から降りようとする人が作る流れに乗る。とどまろうとする人に時折引っ掛かりながらも、なんとか進んで降車をする瞬間
 ぶちッ――
(え――?)
 嫌な感触が、手に響いた。けれどとどまることが出来ず、ホームから改札へ向かう流れに押されながら、手の中の携帯を確認をしたら
(ストラップが――)
 お気に入りの、限定の――人からすればなんてことはないだろうけれど、私にとっては大切なストラップが、消えていた。
(う、そ)
 胸の裡が氷に触れたように冷えていく。降車の人並みは途切れないし、そこには乗車の人の流れもできていて、とても探せる状態じゃない。
(どうしよう)
 ホームにとどまって、探そうか。そう思ってみる人々の足元はホームの隙間も見えないくらいに詰まっている。
(どうしよう)
 とどまろうとする私にあたった誰かが、苛立ったように舌打ちをした。ほとんど泣きそうになりながら、でも友達を待たせているし――と、私は後ろ髪を引かれながらも、友人と合流することに決めた。
 人波に乗り改札を出て、友達が先に私を見つけて手を振ってくるのに、小走りで応える。
「ごめんっ」
「仕方ないって」
 にこ、とされてほっとした瞬間、ストラップのことが頭をよぎり情けない顔になった。
「ちょ、どうしたの。チカンにでも、あった?」
 眉をハの字にして柔らかく聞いてくれた友人に、首を振って携帯を見せる。
「あ――ストラップ」
「ぶちって、人並みに呑まれて」
 落胆が過ぎると、笑みが浮かぶのだろうか。無理やりつくったわけではないのに、自分が情けない笑顔になっていることを自覚しながら、携帯をしまった。
「んん――探しに行く?」
 首を振る。
「電車の中かもしれないし、あれだけ人が居たらたぶん、どっかに紛れちゃってるんだと思う」
「そっかぁ」
「仕方ないよ」
 半分は、自分に言い聞かせた私の耳に、見知らぬ呼び声が届いた。

拾ってくれたのは…………
真田幸村伊達政宗前田慶次徳川家康石田三成

2012/03/30




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