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てのひら

 いつまでも、いつまでも子どものフリをしているの。だって、そうしなくっちゃ傍にいられないでしょう――――?

 髪を簡単に結わえて、袖をたくしあげてから裾もまくり、私は裸足で走る。浜を背に、背の低い草木の茂る場所に入って、小さな花を摘んだ。薄い紫の花は、少し酸っぱい味がする。小さな頃は時々かじっていたけれど、今はもうしない。――――だって、この花は元親さまみたいだから。元親さまを思い出す時に、体に広がる気持ちと同じ味がするから。
 一輪だけ摘んで、私は戻る。花を髪に挿して、男たちが海に出る前に元気が出るように、おいしいご飯を用意しなくちゃいけない。女は船に乗っちゃいけないって、そういう話があるみたいで、危ない所にもいくからと、私は小舟にしか乗せてもらった事が無かった。男なら、元親さまと一緒に海に出ていけるのに――――長く一緒にいられるのに。
 お母さんに、男に産まれたかったと言ったことがあるけれど、本気にされなかった。何をばかなって笑われて、女には女の分があるからって言われて、でも納得できなくて――――――――男なら、良かったのにって今でも思う。そう思うのに、私の体はどんどん男から遠ざかっていく。丸い形になっていく。
 汁物の入った大きな器を、溢さないように運んでいると、ふいに暗くなって器が軽くなった。
「おはよう」
 驚いて見ると、おてんとさまみたいな顔で元親さまが笑っていた。
「っ、おはようございます」
 一瞬息が止まる。すごく近くに、元親さまが居る。いつからだろう。元親さまが近くにいると、心臓が早く脈打つようになったのは。
 元親さまは、そのまま軽そうに器を運んでくれて、私は少し後ろをついて歩く。
 大きな背中。ふわふわ動く髪は、綿毛のように柔らかそうで触れてみたくなる。
 背中を向けられているのに、目の前で私を見てくれているような気がするのは、どうしてなんだろう。
 揺れる元親さまの腰にある布に手を伸ばしかけて、止める。ぎゅっと掴んで、ずっと一緒に歩いていけたらいいのに。ぎゅっと掴んだ私を見て、微笑みかけて欲しい。
 元親さまの背中は、とても安心するのに切なくなる。ぎゅうってしがみついて、くっつきたいのに出来なくて――――――――。

 元親さまの背中が止まって、器が床に置かれる。
「重いもん運ぶ時は、遠慮なく言えよ」
 目の高さをあわせて、私の頭を軽く優しく、あやすように叩く元親さま。私、知っているんだ。大人の女には、そんなことをしないって。大人の女には、こんなふうに触れないって。だから、私は大人になっていくのが嫌で、本当はもう大人のような振る舞いをしていなくちゃいけないって、わかっているのにしたくない。他の人の前では、ちゃんとするけど元親さまの前では、精一杯子どもでいたい。だって、こんなふうに笑って触れてくれなくなるなんて悲しすぎるから。こんなに近くに感じることが出来るものを、失いたくないから。
「元親さまが、いつまでも子ども扱いするから、その子は、いつまでもがんぜないまんまなんですよ」
 からかうような、咎めるような声でお櫃を運んできた人が言う。
「もう、大人の仲間入りなんですから」
 余計な事を言わないで。ほら、元親さまの顔が少し曇ってしまった。
「ああ、そうか――――そうだな。すまねぇな」
 私に触れていた手が、目の前にあった顔が離れていく。元親さま、元親さま――――私、まだ子どもだよ。だから、ねぇ――――お願い、私に触れて。
 私は慌てて、髪に挿していた花を元親さまの髪に挿した。初めて触れる元親さまの髪に、きゅうっと胸が痛くなる。驚いた顔をして、ありがとなって言う元親さまの手は、触れてくれなかった。――――――今までなら、言葉と一緒に撫でてくれていたのに。
「アニキ」
「おう、どうした」
 振り向き、歩いていく元親さまの背中が、遠くなっていく。せっかく、せっかく幼く振る舞ってきたのに――――少しでも長く、触れて貰いたかったのに。
 楽しそうに話をしている元親さまの髪に、私の挿した花が――――小さな花が咲いている。
 元親さまの心に、あの花のように私が咲いていられるように、なれないのかな。
 男になれない、子どもにも戻れない私が、元親さまに触れてもらえるように――――――――女として、元親さまの傍に居られるようになれるのかな。
「まったく、アンタもそろそろ元親様に甘えてないで、他の人にしてるみたいに年頃らしく…………って、何を泣いているんだい」
 さっき元親さまに、私が子どもじゃないって言ったおばさんが、私の顔を心配そうに見てくる。見られたくなくて、どこかに消えてしまいたくて、でも、足が動かなくて――――私は両手で顔を隠した。
 胸が痛くて、苦しくて、元親さまが遠くなってしまった気がして、私の中から知らない感情が湧き出て溢れて、止まらない。
 元親さま、元親さま。
 もう一度、優しく温かい手のひらで、私に触れて下さい。
 元親さま、元親さま。
 息がかかるくらい近くで、真っ直ぐに私の目を捉えて笑って下さい。

 ―――――――――私、本当は――――女として、貴方に愛されたいんです。



2009/11/19




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