うちらに恋せよて言うときながら、本気の欠片が見えたら笑ってはぐらかす。ほんまに恋はえぇもんやて言いながら、俺に惚れたんかて言いながら笑ってはぐらかす。それを恨めしく思わへんのは、そんときの慶ちゃんの目ェが、えらい哀しそうやからやって、わかってへんねやろ。 ふらぁ〜っと来て、みんなに声かけられて、楽しそうにしとってやけど時々遠くに居るみたいな顔すんの、うち知ってんねやで。 誰か好きな人でもおるんやろて気にしてみた。せやけど、慶ちゃんの周りには、うちみたいなんしか見ぃひんし、時々話す「まつねぇちゃん」に道ならぬ恋をしてんねやろかと思ても、叱られて引きずられてる慶ちゃん見たら違うてわかった。ほかに、うちらの知らん人が、おるんやろ。あんな顔させる人、おるんやろ。 なあ、慶ちゃん。あんたなんでそんな、時々遠くに居るみたいな哀しい顔、してるん。うちに、教えてぇな。なんでそんな顔しなあかん人、想てるん。違うとは言わせへんよ。おるんやろ、慶ちゃんが心底惚れてる人が。 何度も言い掛けて、何度も慶ちゃんの背中に語り掛けて、振り向いた笑顔に言えなくなるねんよ。入り込んで欲しないて、言われてる気がするんよ。 なあ、慶ちゃん。たくさんの人に囲まれて、笑って暴れて喧嘩しても物壊しても恨みっこなしで、ほんまに不思議な人やけど、戦もそんなんやったらいいなぁて、そやって言いながら喧嘩すんのが好きなんは、強い人とすんのが好きなんは、やっぱり慶ちゃんが偉いとこの家の子で、お侍さんやからやろか。 それとも子どもが、男の子らが、ごんたしてるんがそのまま大人になっただけなんやろか。 慶ちゃん、あんな…………慶ちゃんのこと、ごっつ幼いように見えたりすんのに、うんと年上みたいな気ィもするんは、なんでやろか。時々見せる、あの顔が答えなんやろ。知りたいのに、聞いたらあかん気がして、踏み込まれたくないて言われてる気がして、いつもずっこいて思てるなんて、知らへんねやろ。人の心ん中には、すんなり入り込んでしまうくせに、ずっこいわ。 せやのに、なんでやろなぁ。恨みも怒りも湧かへんのよ。しゃあないなぁて思てしまうんよ。ほんま、慶ちゃんはずっこいわ。 ああ、またごんたして。気の荒いのんと喧嘩して、楽しそうやねぇ。きらきら眩しぃて、しゃあないわ。目ェ離されへん。肩に乗せてる夢吉ちゃんみたいに、あちこち跳ねて交わして――――ほら、もう全員のしてもうた。口大きぃ開けて、楽しそうな顔して…………みんな、その顔に嫌なこと忘れさせてもろとんよ。せやのに慶ちゃんは、慶ちゃんにあんな顔させてる人は――――。 ――――なぁ、慶ちゃん。うちの気持ちは、いつになったら口にしてえぇんやろか。 恋せよ言うてる慶ちゃんに、眠れんくらい惚れてるて、言える日が来るんやろか。 そら、身分が違いすぎてるのはわかってる。うちは町人や。慶ちゃんの奥さんになんて、なれへん。せやけどな、せやけど――――奥さんにはなれんでも…………慶ちゃんのあの哀しそうな顔、少しでも抱き締めさせてほしいねん。うちやったら役不足なんかもしれへんけど、慶ちゃんのこと、知りたいねん。何度も何度も、心の中で慶ちゃんに言うてること、口にして伝えたいねん。 せやのに、慶ちゃん笑いながら泣きそうな目ェするから、言うたらもう会ってくれへんような気ぃするから、毎日言いそびれて、毎晩寝る前に聞こえてへんのに慶ちゃんの名前呼んでるんよ。こやって慶ちゃんの姿、見ながら心ん中で話かけてるんよ。 慶ちゃん、慶ちゃん。 うち、あんたが好きやねん。楽しそうにしてる慶ちゃんも、時々見せる哀しそうな慶ちゃんも、全部好きやねん。もっともっと知りたいて、もっともっと近くにおりたいて思てんねん。 ああ、慶ちゃんが覗いてるうちに気ぃついて笑ってる。片手を上げて、手招きするみたいに振って――――。 そんなんされたら、笑いながら手ェ振り返してしまうやないの。近くにおりたいて思てしまうやないの。 ほら、うちの足が勝手に慶ちゃんのトコに行ってまう。近くで笑顔を見ながら、近くで笑顔を返しながら、心のどこかで慶ちゃんを遠くに感じてしまう。 慶ちゃんの心は、どこにあんねやろ。 慶ちゃんの心には、誰が住んでんねやろ。 そこに、ほんの少しでえぇから、うちのこと住まわしてぇな。 なぁ、慶ちゃん――――――――。 2009/12/18