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色葉〜いろは〜

 あれは、夢のような出来事でした。あちらこちらで戦がおこり、世の中が戦々恐々としておりましたが、よもや私どものお屋敷にまでは及ぶまいと、大変なおごりを持って過ごしているときでございました。
 群雄割拠の時代。ほんのりと灯る草花の露を楽し みに、日々を送る私たちにも、戦の陰は迫っていたのでございます。
 戦は男君たちだけのもの、と思うておりましたのに戦の落とす陰は様々なものに 影響を与えておりました。
 戦と言っても、あちらこちらで無為な――命の奪い合いは、私たちにしてみ れば、どのような理由があれ、無為なこととしか思えませんが――小競り合 いをしているわけではなく、一応の秩序が形だけでも保たれているように感じら れておりましたのに、破れた国の落ち延びた者や焼け出された者たち、無頼者た ちが無体なことをして回っていることを、私たちは耳にして恐れてはおりながら 、遠い物語のように感じておりました。
 その日も、色づく木々を眺めながら、寺院に参拝をと近しい供回りの者をつれて 、戦の陰など微塵も感じることなく参道を進んでおりました所、追い剥ぎに教わ れたのでございます。あまりのことに、皆とっさに反応できず、よもやこのよう な場所でという思いもあり、為す術なく儚い身となるのかと覚悟いたしておりますと、 救いの手が現れたのでございます。
「このような場所での不埒な行い、見過ごせぬ!」
 恐怖のあまり、侍従と抱き合いながら固く目を閉じていた私は、みずみずしい声 に恐る恐る目を開けたのでございます。すると、目の前に覚めるような力強い殿 方が私たちを庇うようにして、追い剥ぎを見据えているではございませんか。私 はただもう呆然と、背中を見つめることしか出来ませんでした。
「某、真田源二郎幸村がお相手つかまつる!」
 名乗りをあげたかと思うと、赤い武具の幸村様は紅葉が舞うような優美な仕草で次々に不逞の者たちを打ち払ってしまわれました。
「怪我は、御座りませぬか」
 振り向かれ拝したお顔は、あっという間に追い剥ぎを打ち払ってしまえるように は思えぬほどに柔らかく穏やかで、大人と童の狭間のように見受けられます。争 いごとなど無縁のような、甘やかな笑みを湛えた幸村様に言葉を失った私は、か ろうじて頷くことだけを返事といたしました。幸村様が、匂い立つような笑みで 私どもに「用心めされよ」とだけ言い置いて、去って行かれるお姿を、私はただ ただ眺めるしか出来ず、思い出す度なんとも腑甲斐なく情けない気持ちとなりま す。それとともに、胸に広がる甘苦しい気持ちに全てはさらわれ、私はため息を 禁じ得ません。
 川面に紅葉が降り注ぎ、意図せず赤く染め上げるように、赤き鎧の幸村様のお姿 に、私の心は深く深く深紅に染め上がります。

 神仏に、欠かさず貴方の御武運と、いつの日にか再びお姿を拝することの出来る ことを願いながら、浮かぶ背中に私はまた、物憂い息を溢してしまうのでございます。

 いつか、再びお姿を拝することのできる日を夢見ながら――――――。

  恋すてふ 滲むいろはに染む衣 身ゆる気色は緋に募りつつ



2009/12/07




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