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舞〜貴方に捧げる〜

 白拍子というものは、舞を見せて歩くもの。
 お公家様もお武家様も隔たりなく、所望されれば舞わせていただく。
 身分は低く、上がらせていただきまする折とて軽々しく貴き方々の歩かれるところを通れるわけではなく、下男の道を使い遠回りをして座にあがらせていただきます。
 しかしながら、私ともども白拍子たちは自らを卑しきものなどとは露ほども思うてはおりませぬ。
 舞は、神に奉納するもの。
 それを見せて差し上げるのだと、思うております。
 誰でも舞えるわけではなく、その家に生まれたとて仕手が出来るわけではなく、またお声が必ずかかるわけでもなく。地方行幸で日銭を稼ぐ者もおりまするが、私は自らの舞をそのような場所のみで披露する気にはなれませぬ。
 目の肥えた、より磨きをかけて奉納にふさわしいものを舞えるよう、常に自らを高い位置に求めておりまする。
 そのようなことをすれば、舞の支度などには相応のものが必要となりまする。自らの身も、それにふさわしいものとせねばなりませぬ。それゆえ、舞の後にお声がかかりますれば、これぞという殿方の下へ参り、お一人だけのために常に無い舞をお見せいたします。
 誰にでもなびくという恥知らずなことはいたしませぬ。芸の肥やしとなるような方でなくば、私は袖にしてまいりました。憤怒された方に、あわや命を奪われそうになるという場面もいくつか御座いましたが、私の舞はそのような卑しき心持の方になど見せるためにあるのでは御座いませぬ。
 私の舞は、清らかで荘厳であらねばらなぬのです。それを舞う私自身もまた、美しくあらねばなりませぬ。どのような方であろうと、瞬時に御霊を奪うほどのものを身に宿さねばなりませぬ。実際、私はそうであると自負しておりました。
 ある折、私は戦道中の一団に出くわしました。戦に赴くには、大切なものを残して幾日も戦い続けねばなりませぬ。それゆえ、心が疲弊してしまわれることもございます。そのような者たちを慰めたいと、私は呼び止められ、舞うこととなりました。
 その陣営は、不思議なことに足軽から陣羽織をまとった方から隔てなく私の舞をご覧になるようにされておりました。なんというお方がこの陣営を率いておられるのか。どのようなお心の方が、いらっしゃるのか。
 舞い終えた私は、お声がかかるのをひそかにお待ちしておりました。舞い終えた後にお声がかかるのを待つのは、初めてで御座います。初めて舞ったときの心持を思い出します。
 このままお声がかかることもなく一夜が過ぎてしまうのかと思い始めたころ、私のもとへ使いの方が参られて心が跳ねました。思えば、これはこの先に待っている私の心持を凝縮したようなものだったのかもしれません。
 つれていかれた先は、若い武将の御前で御座いました。素直そうな笑顔で私を受け入れた方は、真田源次郎幸村と名乗られ、ご自分の目の前の席を勧めてくださいました。
「このような刻限に呼び出して、すまぬな」
「いえ……。お呼びいただき、光栄に御座りまする」
 深く頭を下げ、上げるときに艶を含んだ瞳を向けようと様子を探ると、幸村様はなんとも無邪気なお顔をされていらっしゃいます。ふいに私が俗世の穢れを持って対峙しようとしている気になり、恥ずかしい気持ちがこみ上げてまいりました。
「そのように、かしこまらなくても良い。面を上げよ」
 顔を上げることが出来なくなった私に、幸村様はお声をかけてくださいます。うぶな生娘のころに戻ったように、私はどのような顔をして幸村様のお顔を拝すればよいのかわからず、面はあげながらも視線はそらし、真正面からお姿を見ることが出来なくなりました。どのような方の前に出ても、このようなことになったことは無いというのに、これは一体どうしたことなのか己でもわかりませぬ。
「そなたの舞、見事であった。俺は、その、こういう芸事には疎いのだが……なんというか、美しかった」
 そう仰り、にこりとする幸村様のほうが、どれほど美しいと思ったことか。これが、あの虎の若子と称されるお方なのかと疑いたくなるほど、戦場では多くの血を吸っているはずであるのに微塵もそのような穢れを感じさせることの無い清らかさに、舞のためと称して様々な殿方の褥で舞ってきた自分が醜く恥ずかしいものと存じました。これから、このお方と同衾できるのかと思うと、過去に覚えのないほどの胸の高鳴りを感じます。それなのに、幸村様は御付の草の者を呼ばれて、こう仰りました。
「佐助。この方をお送りしてさしあげよ」
 あまりのことに、私は目を、口をはしたなく開いて幸村様を見てしまいました。それをどう受け取ったのか、幸村様は仰います。
「気兼ねをする事は無い。そなたは一人旅などしてなれているのやもしれんが、女人をこのような時刻に呼び出し、一人で帰すには忍びないと思うたのだ」
「ウチの旦那、マジメだから。有難く俺様に送られてくれるよね」
 動けずにいる私を支えるように、佐助と呼ばれた者は私を立ち上がらせます。私は、ようやっとの思いで頭を下げ、場を辞し、私に与えられた場所へ戻りました。草の上に転がり、手持ちの着物を布団代わりに目を閉じると、幸村様のお顔が瞼に浮かびます。このような気持ちになるのは初めてで、私は何度も寝返りをうち、眠れぬ夜を過ごしました。
 明るくなり、私は寝静まる陣営を抜け出しました。一度、幸村様のお姿を拝見してからとも思いましたが、そうすれば離れることが叶わぬようになる予感がいたしまして思いとどまりました。
 早足に陣営からはなれる私の前に、ふいに緑の風が現れ立ち止まると、それは昨夜の草の者でした。
「挨拶も無しに、どこに行く気か、教えてもらおうか」
「私は、間者ではございませぬ。ご安心くださいませ」
「素直に間者だって言う人も、いないと思うんだけどねぇ」
「――――私の舞は、幸村様にお褒めいただけるようなものでは、ございませんでした」
「旦那は、すっごく気に入っていたみたいだけど」
「幸村様ただお一人のためだけに舞うには、穢れております故――――」
 かぶりをふり、私はまっすぐに見つめて胸の奥に湧いた思いを口にいたしました。
「あのお方の前で挨拶など、出来ようはずが御座いません」
 ひょいと肩をすくめて見せて、憂いを含んだ瞳で私を見た後、彼の者は再び風となって消えてしまいました。
 そう、私はこれから、幸村様のご多幸と御武運のみを願い、舞うことに致しましょう。どのような神仏よりも貴く美しい、あのお方の微笑みのためだけに――――。いつか、まっすぐにあのお方の笑顔に笑みを返せる日を目指して――――――――。
            ―了―


2010/03/16




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