メニュー日記拍手




名前変換版はコチラ
情報
 浜辺で、長曾我部元親は妙なものを拾った。どこからどうみても、人間の女である。それは、わかる。妙なのは、女の身なりであった。見たことのない格好をしている。袴のような、袴ではないものを穿いている。草履とは違う履物を履いている。上着はふわりとした被り物のようだが、とんと見たことのない形をしている。生地も、よくわからない。
「おい、アンタ」
 しゃがんで声をかけてみる。反応は無い。鼻と口の前に手をもっていき、呼吸をしていることを確認すると、元親は女を抱き上げ連れ帰った。アジトに居る侍女に、女の世話を命じる。てきぱきと寝床などを用意している様を眺めていると、咎めるような目を向けられた。
「な、なんでぇ」
「女の着替えを、眺められますか?」
「おっ……と、すまねぇ」
「着替えを済ませたら、お呼び入れいたしますよ」
  くるりと背を向けた元親に、侍女はクスクス笑いながら言った。着替えが終わるまで、一旦部屋の外に出て待つ。あれは、何処の誰なのだろうか。外国の船が難波でもして、流れ着いたのか。それにしては、女はあまり濡れていなかった。近くに木片も見当たらなかったように思う。
「元親様」
「おう」
  呼ばれて、入る。侍女が女の奇妙な着物を畳んでいた。
「全く変わった着物でしたよ。着替えをさせるのに、骨が折れました。これは、洗っておきますね」
「ああ、すまねぇな」
  侍女が一礼して去る。しばらく去った襖を眺めてから、元親は眠る女を見た。目鼻立ちは、この国の者のようだが、言葉は通じるのだろうか。
  枕元に座して、元親は考える。考えてみるが、わからない。わからないものを考えても仕方がない。仕方がないので、墨と紙を用意して女が目覚めるまでカラクリの設計図でも書いておくことにした。
「んっ…………」
  ごそりと布団が動き、女が目を覚ます。元親はカラクリの設計図に夢中で、気が付かない。女はボンヤリと周囲を見回し、元親に目を止めた。眼帯に覆われた左側では表情が見えないはずなのに、子どもが玩具に夢中になっているときのような雰囲気が見えた。それにクスリと笑った女の気配に、元親が顔を向ける。
「お、目が覚めたか。気分はどうだ」
  歯を見せて笑う彼に、女は目を丸くする。体を起こし、自分の着ているものを見、改めて周囲を見回した。
「アンタは浜辺で気を失っていた。いってぇ、何があった」
  女の目が元親の上で止まった。
「言葉は、通じるか?」
  いたわる声音で問い掛ける。女が頷き、ほっとした顔で言った。
「どっか痛いとことかは、無ぇか」
  女は首を振る。
「気分は、悪か無ぇか」
  また、首を振る。
「水を持ってくるからよ、少し待ってろ」
  立ち上がり、女を残して水を取りにいくと、元親が変わった身なりの女を連れ帰ったことは広まっており、炊事場では粥の用意がされていた。
「もし具合が悪くなければ、後でお持ち致しますから」
「おう。すまねぇな」
  取り急ぎ、水だけを手に部屋へ戻ると、女は元親が描きかけていた図面を眺めていた。
「お、カラクリに興味があんのかい」
  声をかけても、女は顔を上げない。
「喉、渇いちゃいねぇか」
  ほらと水を差し出すと、擦れた声でありがとうと呟かれた。図面を置き、水を受け取った彼女は口をつけず、ぼんやりとしている。
「大丈夫か――――」
  声をかけると、水を一気に飲み干して、もう一度ありがとうと言いながら笑った顔はぎこちなく、元親は息を吐く。それをどう受け取ったのか、女は唇を固く結んだ。
「あ、いや…………その、行くところがねぇなら、ここに居りゃあいい。皆、口は悪いが気はいい奴らだからよ」
  心配するな、とは口に出さない言葉はやわらかく、女はまた、ありがとうと呟いた。

  翌日には、女は動けるようになっていた。知らない場所で、どうすればいいのかわからないらしく、彼女の世話を買って出た者の後ろをついて回る。元親は、視界に入れられるだけ彼女を目で追い、それに気付くと女は必ず会釈をしてきた。
  最初は義務のようだったそれは、段々と変化し、いつしか柔らかい笑みを含んだものになっていった。元親は、それに軽く手を上げて応える。拾った日から、会話らしい会話はしていないが、元親はそんな無言の会話を、彼女を目で追いすぎて部下の話を聞きそびれることがあるくらい、楽しく思い始めていた。

  彼女が来て、一月ほど経っただろうか。やるべき事をせっせと見つけては動く姿に感心し、元々が上下の隔たりなどを持たない者たちは昔から共に生活しているように女に接した。彼女も、それに応えるように笑顔を見せている。だが、元親には時折、彼女が見せる遠い表情が気になっていた。しかしなかなか声をかける機会が無い。彼女は何かと用事を作っては忙しく動いている。それもまた、少し気になっていた。
  カラクリの図面の微調整を部屋にこもり書いている元親の耳に、失礼しますという声が聞こえる。
「おう、入れ」
  応えて現れたのは、拾った女であった。元親は自分へ夜食を持ってくる役目を与え、話をする機会を作ったのだ。
「そこに、置いてくれ」
「はい」
  おそるおそる、行灯の灯りのみの室内を歩いてくる。元親の傍に夜食を置いた彼女は、初めてここに来た時のように図面に目を落とし、見つめた。
「カラクリに、興味があんのかい」
  あの時と同じ質問をする。女は無言で図面をながめ、やがて――――はらはらと涙をこぼしはじめた。
「っ! お、おい」
  はじめは涙が流れるだけだったものに、嗚咽が交じる。困った元親は迷った挙げ句、彼女を腕の中に収めた。
「ふっ、えっ…………」
  子どものように泣きじゃくる彼女の手が、強く元親を掴む。元親は体を丸め、全身で彼女を包み込んだ。
「――――ごめんなさい」
  嗚咽が徐々に小さくなり、やがて消える。代わりに、蚊の鳴くような、か細い声が聞こえた。
「ごめんなさい」
  息を吐き、あやすように背中を叩くと、女は体をさらに丸くした。
「ごめんなさい」
「こういうとき、なんか言いてぇんなら、ありがとうって言うもんだ」
  ささやくと、腕の中にあった緊張が弛む。少しの間をあけてから、時折しゃくりあげながら、女は身の上話をはじめた。
  信じられない話だが、彼女は未来から来たという。雨の中、買い物に出かけていた折に突風が吹き、傘が飛ばされ、あっと思った次の瞬間、もうここに運ばれていた。その間の記憶は無く、元親の描いていた設計図が、博物館で見たもののようだったこと、生活をしていく中で、じわじわと過去に飛ばされたという認識と実感が出来たことを語る。
「嘘みたいな話、だけど――――」
  信じてもらいたいという願いと、信じてはもらえまいという諦めが聞こえ、元親はまた、あやすように背中を叩いた。
「あの日は、おかしな風が吹いた。それで浜に様子を見に行ったら、アンタを見つけた」
  信じるとも信じないとも言わない。ただ、震える彼女を包み込む。
「――――ありがとう」
  彼女は手を伸ばし、元親にすがりついた。
「――――――――帰りたい」
  擦れた声ごと、元親は強く抱き締める。奥歯を強く噛みながら震える彼女をずっと、包み込んでいた。

  あれから数日が経った。彼女は変わらずに、用事を見つけては働いている。違っているのは、何かに追われるように、暇に怯える顔をしなくなったことだろうか。
  元親は、忙しく動き回る彼女と、あれから話はしていない。時折目を合わせるくらいだ。目が合うと、彼女は恥じらうように笑む。それを見ると、元親はいつも胸がくすぐったく、温かくなった。

  夜、カラクリの図面を眺める元親に声がかかった。
「夜食を、お持ちいたしました」
「おう、入れ」
女の声に、元親は少し緊張気味の声で応える。
「失礼いたします」
  そっと粥と茶を乗せた盆を運ぶ彼女を見つめる。
「失礼しました」
「あ、ちょ――――」
  盆を置き、下がりかけた女は、呼び止められて首をかしげた。
「ああ、なんだ。ちょっくら、話があんだよ。――――まぁ、そこに座れ」
  不思議そうな顔をしながら、彼女はおとなしく従う。元親はどうにも落ち着かない様子で、彼女を見ては視線を外し、手を口元や頭に持っていっては息を吐く。
「あの――――」
「ああ、うん、いや――――夜にアンタを部屋に呼んだのは、話があるからで、普段なら女をこんな時間に部屋に入れたりはしねぇっつうか、なんつうか。前もよ、話があったからアンタに夜食を持ってくるようにって言ったからで――――やましい気持ちとかは、別に…………」
  女の顔がどんどんと赤くなっていく。
「いや、あ…………す、すまねぇ。なんつうか、夜中に呼んだら変な誤解されちまわねぇかと思ってよ。別に、そういうんじゃねぇからって言いたかっただけで、アンタがなんとも思ってなきゃ、別にかまわねぇんだ。うん――――そういう事だからよ、あー、えぇと」
  ゴホンと咳払いをしてから、元親は真っ直ぐに女を見つめる。
「まだ、帰りてぇか」
「えっ――――」
「咎めてるとか、そういうんじゃねぇよ。しばらくここにいて、だいぶん馴染んで来ただろう。それでよ、その――――このまま骨を埋める気は無ぇのかって聞きてぇのよ」
  女が視線を外す。言葉を探している彼女に、元親は乱暴に髪を掻いてから言った。
「まどろっこしいのは好きじゃねぇ。はっきり言う。俺ァ、アンタに横にいてもらいてぇんだ。惚れちまったんだよ。だから、その…………帰りてぇ気持ちとか、あるだろうけどよ。そんなんも全部、俺が受け止めてやる――――だから、おれの横で、笑っていちゃあ、くれねぇか」
  珍しく不安げな元親の真剣な眼差しに、女はゆっくりと視線を合わせ、唇から気持ちを紡いだ――――――――。


  返答は、貴女の胸の中に

2010/04/12



メニュー日記拍手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送