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Troublesome
  厄介なことになった。
 政宗は脳裏でつぶやくと、ごろりと横になった。
 厄介なことになった。
 もう一度つぶやいてみる。
 見上げる形になった天井の木目を眺めながら、大の字になり胸をゆったりと上下させる。ひんやりとした床の固い他人行儀さが、今自分は1人でいるのだと実感させてくれる。
 厄介なことになった。
 再びつぶやく政宗の胸に、ちくりと痛みが走った。

  なんでもない事のはずだった。
 日常の、ささやかな出来事。
 いつものように片倉小十郎が挨拶にきた。政宗は食事中で、1日の予定や報告を聞きながら、小十郎は今朝何を食べたのだろうかと全く関係の無いことを思う。二言三言返事をし、軍議の予定を取り決めて、それではと畑に出るために小十郎が腰を浮かせる。すかさず、政宗に給仕をしていた女が立ち、小十郎を見送るために添った。その瞬間、政宗に怒りとも嘆きともつかないものが湧き上がる。表す言葉が見つかる前に、女は政宗の給仕に戻り、茶をいれた。政宗を見てほほえむ女に、湧いたものが散らされる。湯飲みを受け取り、指先が触れた瞬間、政宗は理解した。
 今のは嫉妬ではないか、と。
 微笑む女を驚いた顔で凝視する。女は少し首をかしげ、怪訝そうに政宗を見る。問いが唇から漏れる前に、政宗はなんでもないと口の端に笑みを乗せた。
 それから平静を装い食事を終え、女が去るのを見届けてから口元を押さえて考える。
 いつから、自分はそうした想いを向けていたのか。
 無意識に自分ですら気付かなかったそれを、悟られるような振る舞いをしたことは無かっただろうか。
 今気付いたものを過去から探ろうとしても、何も引っ掛かることはない。浮かぶのは、彼女の姿ばかり。
 そこで初めて、彼女を気に掛けていた自分を知る。他の者よりも鮮明に彼女の面影が浮かぶ。自分に給仕をしていない時の姿もだ。
「冗談キツいぜ」
 顔を片手で覆い、首を振る。それでも気持ちは振り払えるものではない。
 深い深いため息をついて、政宗はそれの存在を認める事にした。
 顔を沈めた反動で天井を仰ぐ。そのまま床に倒れ、大の字になった。
 瞼を閉じる。
 小十郎を見る女の横顔を思い出す。
 はにかんだ、笑顔。
 わずかにゆるんだ頬は、自分には見せたことのない表情。
 小十郎の背中を見送る瞳の奥にあったものは、政宗からは見ることが出来なかったが女の全身から放たれるものが、彼女の気持ちを政宗に伝えてきた。
 小十郎に、惚れているのだと。
 深く息を吸い、少し留めてから吐き出して瞼を開く。
 厄介なことになった。
 小十郎は、おそらく気付いてはいないだろう。現状ならば、女は想いを告げそうには見えない。だが、もしそういう時がくれば、どうなるのだろうか。
 小十郎が彼女を受け入れるにしろ拒絶するにしろ、政宗にとっては困った事になる。
 どちらにしても、彼女は自分の給仕役からは外されるだろう。
 では、自分から気持ちを打ち明けてしまうのはどうか。
 気付いたばかりのそれを、政宗はまだ認めたばかりで持て余している。そんな状態で告げようとは思えない。告げたとして、政宗の立場からすれば女は断ることなど出来ないと考えるかもしれない。否、そうなってしまうだろう。そのような事は、政宗の本意ではない。
 では、どうするか。
 厄介なことになった。
 もう、幾度も繰り返している言葉を思う。
 相談など、もってのほか。言う相手すら見つからない。一番近しい者に、相手は懸想をしているのだ。言えるはずがない。
 あと少しで、軍議に行かなければいけない。小十郎と、顔を合わせる。
 改めて、自分の右目は男として申し分が無く、女が惚れるのも当然だろうと思うのだが、心の端で納得をしないものがある。
 このような心持ちで小十郎と顔を合わせたく無かった。
「Icomes to become」
 ふう、と息を吐き出して寝返りをうつ。格子窓から空が見えた。高く薄い青に、刷毛で掃いたような雲が見える。
「なるようにしか、ならねぇか」
 つぶやき、政宗は軍議に出るため起き上がった。気付いたばかりの恋を、そっと床に置いて。


 悪いな、急に呼び出して。そんなに気負わずに、楽にして聞いてくれ。
 あんた、小十郎に惚れてんだろう?
 あぁ、やっぱりか。誤魔化す必要なんて、無ぇよ。
 あわてんな。小十郎は気付いちゃいねぇ。
――――残念そうな、ほっとしたような顔して…………そんなに小十郎が好きか。
 あぁ、いや、とがめているんじゃねぇよ。ただ、心底惚れてんだなぁって思っただけだ。
 ――――――わかんねぇよ。他の奴らが気付いているかどうかなんてな。
 俺が、気がついちまうくらい、あんたを見ていただけだから。
 おいおい、そんなに驚くなよ。目が零れ落ちちまうだろ?
 どういうもこういうも、そのまんまの意味だ。
 俺は、あんたが小十郎に惚れてると気付くくらい、あんたを見てんだよ。いつからかは、俺もわからねぇけどな。
 気がついたのは、まぁ、結構最近だが。
 あんたが小十郎に想いを打ち明けちまったら、俺の給仕はあんたじゃなくなる。小十郎の答えが、どっちでもな。
 あんたが言わない可能性も考えた。そうすりゃ、現状と変わらねぇ。
 けどな、俺がそれじゃ満足しねぇ。
 無理強いをするつもりもねぇ。離して考えろっても、俺が伊達政宗であることを、あんたは念頭において接してきたんだから無理だろうってことは、理解している。
 すぐに返事をしろとも言わねぇ。
 しばらく顔を見たくないってんなら、離れていないと答えを出せないってんなら、かまわねえ。なんでも理由をつけて、しばらく別の奴にやらせてもいい。
 断り辛ぇってんなら――――答えがNOならそのまま、戻らなくてもいい。
 もう一度言う。
 無理強いはしねぇ。あんたが小十郎に惚れているのも知っている。
 知ってて、言っている。
 急がなくていい。
 もし、龍の傍らで一緒に天下に昇る風に身を投じるってんなら――――いや、違うな。
 俺が、あんたに横にいてほしいんだ。
  I nearby want you to be.
 OK?


2010/03/04



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