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忍ぶれど色に出にけり
 猿飛佐助にとっては、さして珍しいことではなかった。戦で村を焼かれ、行き場を失った民草を行き先が決まるまでしばらくの間、館に住まわせ行き場を探して世話をする事など。
 大将は甘いと自分の主のさらに主である武田信玄のことを思いながら、間者が紛れ込むかもしれないということも考慮しての行動だと認識していることで豪気だと関心こそすれ馬鹿にする気持ちは浮かばない。
 初めのころは、そんな信玄の行動に疑問も疑念も存分に持っていた。きれいごととして言うだけのことで、実行する人間がいるとは思えなかった。
 一体何を考えているのかと、差し出がましいとは思いつつ忠告を進言したことがある。その時に総大将はさもおかしそうに、団子を食うのに茶がなければ食いにくいと言うくらいの軽い調子で言ったのだ。戦の本分を踏みにじれるのかと。
 戦の本分――――太平の世。
 それを作るための戦で民草を放逐することなど、望むこととはかけ離れている。当然の事のように言ってのけた信玄に、佐助は心中で深く額づいた。理想論はいくらでもいえる。だが、理想はあくまでも理想なのだ。誰しも自分が可愛い。ましてや身分制度の差別ともいえるくらいの区別がされている世の中で、領主からすれば虫けらのようなと言われてしまうような民草の生活を、自分の命が危うくなるような事態を招くことも認識しながら守ろうとする。そんな男が存在することを、佐助は知った。其の後に、無論皆を信用し頼りにしているから出来ることだと続けられ、心底惚れぼれしたことは誰にも言っていない。本人にも悟られぬよう、軽く肩をすくめておどけて見せた。だが、それから佐助はそのことについて何かをいう事をやめ、積極的に――小言を交えつつ――協力をしている。
 そんな佐助であるから、今回もさして目新しいこともなく、なんの感慨も感動もなく館に身を寄せた者達の行き先を探したりという、陰からの世話を行っていた。
 行き先が決まるまでは、館の仕事を手伝ってもらう。それが、館に置くことの条件だった。することを、出来ることを与えれば気もまぎれるし居場所という認識が生まれ、居心地が悪い思いをさせなくていいだろうという、信玄の考えからだった。
 しっかりと働くものを眺めれば、其の者の向き不向きも見えてくる。それを見て、行き先を見つけることも仕事の一つだった。
――――さぁって、と。
 ひょいと庭木の上から、働く者達を眺める。その中で、佐助は気になっている者が居た。何故気になっているのか、何故気にしているのかはわからない。どこにでもいるような、普通の娘だった。器量がいいわけでもない。とびぬけて所作がキレイなわけでもない。色香が漂っているわけでもなく、声がきれいだというわけでもない。どんくさくもなく、器用でもなく、本当に、特筆するようなことがある娘ではなかった。
 ただ、いつも笑顔でいる。
 それが、佐助が彼女を他の者達よりも長く目に留めている理由だった。
 彼女は、どんな時でも笑みを浮かべている。人と接しているときは、常に笑みを浮かべている。本当に自然に、笑んでいる。水桶を運ぶとき、掃除をするとき、料理を手伝うとき。重そうな顔をしたり、火を起こすときに煙たそうな顔をしたりもするが、何をするにも楽しそうで、見ている佐助にも楽しさが伝染してくるような、そんな笑顔だった。
 彼女が行けるであろう先は、もう見つけてある。だが、佐助はこのまま彼女が止まってくれないだろうかと、思っていた。あの笑顔を見ることがなくなると考えると、どうにも落ち着かない。しかし、他の者達の行く先が決まっているのに彼女だけが決まらないというのも、おかしな話だ。
――――いっそ、大将に彼女は置いておこうといってみようか。
 そんなことまで浮かんでくる自分に、佐助は苦笑した。今日も彼女は楽しそうに与えられた仕事をこなしている。真剣な顔で雑巾をしぼり、掃除にいそしんでいる。そんな彼女を眺めていると、頬が自然とゆるんでくるのを自覚しながら、佐助は浮かぶ笑みをそのままに、彼女を見つめた。
――――やっぱり、言ってみようかな。
 本気で、そう思う。よく働く快活な娘は、信玄も気に入るだろうし彼女は下働きの者達にも受けがいい。一人くらい置いてくれと言っても、反対されることは無いだろう。
――――驚かれるかも、しれないけどねぇ。
 そんなことを考えながら、毎日楽しそうな彼女を見続けられる日々を思い、ほんのりと胸が温かくなる。彼女がずっとここに居て、いつしかなじみ、自分と会話を交わすようになる日がくるかもしれない。そんなことを想像するのは、楽しかった。陽だまりのような笑みで誰かに挨拶をする、話をする彼女が自分を見る日が来ることを思うのは、佐助の口の端をゆるく弓なりにさせる。
「お館様っ、お館様ぁ」
 聞きなれた声に、佐助は娘から目を離す。声のしたほうを見ると、主である真田幸村が楽しそうな顔で歩いてきていた。
――――旦那、なんだか楽しそうだけど、なんかあったのかな。
 佐助の主、真田幸村は信玄を崇拝といっても過言ではないほどに尊敬している。そんな信玄に会うこと自体が楽しく幸せなことだと全身で発する彼が、今日は更に楽しそうな気配を纏っていた。
「おお、すまぬ。お館様はいずこにおわしまするか」
 娘に声をかける幸村が、人懐こい笑みを浮かべる。顔をあげ、驚いた顔をした後に娘は頬に朱を差して、はにかんだ。
 おや、と佐助は首をかしげながら、チクリと自分の胸が痛んだのを知る。
 彼女はいままで、どんな相手にでもまっすぐに顔を向け、あけすけな笑みを向けていた。その彼女が、はにかんでいる。少し顎を引き、幸村を上目遣いに見つめている。
「多分、裏庭にいらっしゃるかと…………」
「そうか。すまぬ。邪魔をしたな」
「――――いえ」
笑みを深くした幸村に、娘は恥ずかしそうに小さく言って、信玄のもとへ向かう幸村の背中を見つめる。その瞳が、愛惜に揺れるのを佐助は見た。ズキリと胸が痛み、知らず右手が胸に沿う。
――――あらら、俺様ちょぉっと、ヤバイかも。
 引きつった笑みを浮かべ、佐助は娘が今の瞳で自分を見てくれはしないかと、口内炎のような痛みを持って胸によぎる想いを握り締める。
 幸村の背中を見つめる切なげな笑みは、女の顔をしていた。


『告白』
 突然だけどさ、驚かないでくれる? 俺様にとっちゃ突然でもなんでもないんだけどねぇ。
 ――――なんて言ったらいいのかな。あぁもう、俺様こういうの結構、苦手なんだよね。意外だって言われるんだけど。結構、純なんだよ。そうは見えない? あはは、俺様もそ思うよ。
 で、用件なんだけどさ――――――――あんたが、好きなんだ。ここにきてから、あんたの行き先を探すために働きぶりやらなんやらを見ていたんだけどさ、そん時に、なんていうか――――楽しそうにしている姿を見て、惚れちまった。
 あんたを手放したくなくて、大将にあんたを置いてくれって頼んだのも、俺様なんだぜ。
 驚いた? 俺様だって、驚いてるよ。そんなことを言うなんて。――――そんだけ、あんたに惚れてるんだ。
 こうやってあんたが俺のことを知って会話するよりずっと前から、俺様はあんたを見つめていた。
 あんたが旦那に好意を持ってるっていうのは、気付いてるよ。――――気付くだろ。好きな相手が、あんな顔してるんだから、気がつかないほうがおかしいって。
 あんたのそんな顔を見ながら、一時でもいいから、その視線がこっちに向かないかなって、思ってた。
 ――――――困らせるつもりは、無いんだ。もう十分困らせちまってるって気もするけど。――――――ただ、このままだと本当に、俺様気が狂っちまいそうでさ。
 ――――あんたの心に、少しでも俺が入る隙間があるのなら、考えて欲しい。
 あんたが、好きだ。
 旦那に向けるあんたの視線を見るたび、胸を掻き毟られるくらい痛くて、気が狂いそうなくらい抱きしめたくてたまらなくなる。感情の制御が利かなくなるくらい、あんたに惚れてる。
 ゆっくりでいい。すぐに答えをくれなんて言わないよ。考えてみてくれるだけでいい。その結果がどうであれ、俺はちゃんと受け止めるから。だから、旦那のことを想う合間ででもいいから、俺のこと、考えてくれるかな。


2010/02/25



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