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いつの間にか

 ざわつく教室で、窓辺に体重をかける猿飛佐助の傍には、人が集まっている。
「猿飛ぃ、この後さぁ」
 誘いの声や
「ねぇねぇ、佐助くん。これ、どう思う」
 少し高めの甘えた声に、にこやかに物腰柔らかく応えながら、意識を斜め向かいにある校舎へと向ける佐助の目には、美術室が映っていた。
 放課後。佐助が見ている教室に、佐助が見ていたい人は現れる。
 ――あ。
 ふ、と人影が写り、窓際のいつもの席に、彼女は座った。
「佐助くんってばぁ」
「ん、あぁごめんごめん」
「もぉっ」
 ぷくっと頬を膨らませて見せるクラスメイトは、かわいらしいと思う。
「行こうぜ、佐助」
 ぽん、と肩を叩いて誘ってくる彼が目当ての女子も、悪くは無い。けれど
 ――なんでだろうなぁ。
 目立つわけでも、特別にかわいらしいわけでもない彼女のことが、気になっていた。
「佐助、今宵は遅いのか」
「ん。旦那が部活終えるくらいに、駅で一緒になると思うよ」
「そうか」
「お前ら、なんつうか、異様に仲いいよなぁ」
「幸村くんばっかり、ずるぅい」
 きょと、と首をかしげる幼馴染――というよりは兄弟のような幸村に
「旦那は、そういうの鈍いから」
 笑いかけて背中を軽く、送り出すように叩く。
「怪我しないようにね」
「うむ」
 部活用の鞄と、教科書の入った鞄を左右に提げて教室を出る彼を見送り
「それじゃ、俺様たちは街へ繰り出すとしますかね」
 腰で壁を蹴った佐助を先導するように、共に過ごす予定のクラスメイト達が楽しげに廊下へ向かうのに目を細め、ちらと佐助は美術室の彼女に目を向けた。

 ――カラオケとかゲーセンとか、行くのかな。
 エコーのかかった歌声が響くカラオケルームで、楽しげに見せながら彼女の事を思う。
 佐助の周りにいる、外面磨きに余念のない、可愛くなりたい、綺麗になりたいと心掛ける彼女たちを、とてもいじらしく思う。
 素直に「可愛いな」と思う。けれど
 ――こんなに気になることは
 なかった。
 ――なんなんだろうなぁ。
 彼女を目で追ってしまう――いや、放課後になると美術室のいつもの席に彼女が座るのを、確認してしまう。
「佐助くん。次、佐助くんだよ」
 はい、と愛らしく両手でマイクを渡されて
「ありがと」
 にこ、と笑いかけると照れたように嬉しそうにするクラスメイトは、佐助の横に座っている男子のお気に入りで
「じゃ、俺様の歌声で、皆をめろめろにさせちゃおっかなぁ」
 さりげなく席を立って、少しだけ移動した。
 ――なんで、気になるんだろ。
 佐助自身も、彼女が気になる理由がわからない。ここに居るクラスメイトたちのほうが、たぶんオシャレで可愛いと思う。けれど、可愛いな、と思うだけで、別段気になることも無ければ意識をすることも無かった。
 ――どうしちゃったんだろ。俺様ってば。
 よくある優しい恋歌のサビを歌い上げながら、思った。
 カラオケを出ると、そろそろ幸村が部活を終える頃合いで
「それじゃ、この変で」
「えぇ〜」
 いつものことながら、不満の声を受けた。
「佐助くんが帰るなら、私も帰るッ」
 ぷく、とほほをふくらませた彼女は可愛いが
 ――お〜お〜、怖い怖い。
 彼女の目当てが佐助だと知っている上で、彼女を好いているのだと告げてきたクラスメイトが佐助をにらみつつ
「もうちょっとだけ、いいだろ」
 彼女と過ごす時間を少しでも、と望みながら言って来た。
「ごめんね」
 少しおどけて見せながら、手をひらひらとさせて集団から離れる。
「じゃ、明日」
 軽い足取りで、ある程度まで小走り気味に離れると、追うタイミングを逃した「帰る」と言っていた彼女が困ったような顔で、他の友達に促されて皆と何処かへ向かうのを確認した。
 ――追いかけられると、困るからね。
 うっかり告白などされて、断った翌日がどうなるか、と想像し
「おお、怖」
 自分に対して、おどけて見せた。
 まっすぐに通学路に向かうと、丁度野球部の集団と出くわして
「佐助」
 嬉しげに、幸村に名を呼ばれた。
 それに片手を上げて応え
「おつかれ、旦那」
 近寄ると、じゃあなと周りにいた野球部員たちが幸村に挨拶をし、離れていき、自然と二人で帰る形になる。
「おなかすいたね、旦那――晩御飯、どうしよっか」
「そうだな……あまり手間のかからぬもので、良いぞ」
 剣道場のある甲斐寺の住職、武田信玄の元で兄弟のように育った二人は、共に夕食の買い出しをして帰り、佐助が調理をして三人で食卓を囲むのが、常であった。
「それじゃ、スーパーに寄ってから、考えよっか」
「そうだな」
 改札をくぐり、ふと見るとホームに彼女の姿があった。
 ――なんで。
 高校の最寄駅はここなのだから、彼女が居てもおかしくは無い。それなのに、佐助の脳裏に浮かんだ言葉は「なんで」だった。
「おお、西村殿」
 佐助の視線に気づいた幸村が、彼女の名をつぶやいたことに驚く。
「え、旦那――知ってんの?」
「野球部の勧誘ぽすたぁ作成の折に、美術部に依頼をした時にな」
 そういえば、素晴らしいものが出来たぞ、と幸村が興奮していたなと思い出す。
「あれ、彼女が手掛けたんだ?」
「いや――部長の折口殿が書いてくれたのだが、話をするときに、西村殿も共に意見を出してくれたのだ」
「ふうん」
 目を、彼女――西村千尋に戻す。少し俯き加減の彼女の表情は、髪に隠れて見えなかった。
「何処に、住んでんだろ」
 ぽつりとこぼれた佐助の声は、ホームに到着した電車の音で、かき消された。

 西村千尋。
 彼女の事が気になり始めたのは、別段特別なことがあったから、というわけでは無かった。
 いつものように佐助がクラスメイトたちに囲まれて、今日はどこへ行こうかと言っていた時。誰かが
「あ、西村――何やってんだろ」
 その声に皆が彼女に目を向けたのが、佐助に西村千尋という人間が学校に居ると認識させた瞬間だった。
「珍しいな。外で描いてんの」
 クラスメイトの声に、顔を向ける。
「知ってんの?」
「同じ中学だったんだよ。西村千尋。ずうっと絵を描いてんの。コンクールとかにも、出たことあるぜ」
「へぇ」
 彼女に、目を戻した。
「放課後んなったら、美術室にこもってるから、ヌシって言ってる人、居たよぉ」
 ひょい、と佐助の顔を覗き込むように上目使いで女子が言う。
「へぇ――ヌシ」
 行こ、と腕を掴まれ引かれて進みながら、ちらと振り向く。彼女の目が、描いているなにかに向けて、酷く幸せそうに細められ、佐助の胸はなぜか、淡く痛んだ。
 翌日、なんとなく放課後に美術室へ目を向けてみると、美術室のヌシと呼ばれているらしい彼女は窓際の席に現れた。
 ――へぇ。
 その日は、それだけで済んだ。
 けれど何度も見ているうちに、いつも同じ席に座って何かを描いている彼女の姿を見ることが、知らぬうちに楽しみになっていた。
 ――何、描いてんだろ。
 けれど佐助と彼女に接点は無く、彼女を気にしていることを誰かに悟られるのは、なんとなく憚られて自ら話題にすることが出来ない。
 ――気にしてるってばれたら、うるさそうだし。
 自分が、決して自分で派手にしようと思ったり、目立とうと思っているわけでは無いが、人目についてしまうことは自覚している。女子の人気も悪くない、とも認識していた。
 そんな自分が、地味でおとなしい――どちらかと言えば優等生グループに所属すると思われる千尋の事を気にかけていると知られれば、さまざまな噂が飛び交い、頼んでも居ないおせっかいが生まれ、面白半分の揶揄が広まるであろうことは、想像に難くない。
 ――男前も、辛いよねぇ。
 心中でおどけて、佐助は目の端に絵を描く彼女の姿をとどめながら、楽しげに街に繰り出す集団と行動を共にした。

 ある日、彼女の姿が美術室に無かった。
 ――あれ。
 首を傾げかけ、初めて彼女を見たのは校庭で写生をしている時だったと思い出す。どこかで、絵を描いているのだろう。
 ふ、とあの時の彼女の笑みを思い出し、わずかな息苦しさを感じてシャツの胸元を握った。
 ――あ。俺様、結構重症かも。
 一目ぼれ、になるのだろうか。それとも、見つめている間に意識をしはじめたのだろうか。――しかし、何故。何処が。
 答えが無いまま友人らと別れて幸村と合流し、いつも通り夕食の買い出しをして作り、信玄、幸村、佐助の三人で夕食を取った後
「旦那ってば、ほんと団子が好きだよね」
 熱いほうじ茶と団子を楽しむ幸村に、頬杖をついて言ってみる。
「うむ」
 幸せそうにほおばる横で、信玄が漬物を茶請にしていた。
「大将は、漬物好きだし」
「茶請に、丁度良い塩梅じゃからの」
「――俺様は、どっちも要らないけどねぇ」
 はぁ、と息を吐いた。
「佐助は、好きなものは無いのか」
「ん〜。特に、無いねぇ」
「そうか」
「ねぇ、旦那」
「ん?」
「旦那はさ、なんで団子が好きなの?」
 瞬きをしてから少し考え、茶を啜った幸村は
「好きだからだ」
 明朗に答えた。
「いや、だから、なんで好きなの?」
「好きだからだと、言っているだろう」
「答えになって無いって」
「それ以外に、答えようがないからだ」
 ふ、と沈黙が落ち、面白そうな顔をして二人のやり取りを見ている信玄が、ぽり、と漬物を噛む音が聞こえた。
「はぁ――もう、いいよ」
「良いとはなんだ」
「もういい。変な質問した俺様が悪かったよってこと」
「自分の欲しい答えでなくば、満足せぬのか」
「え」
「なるほど、たしかに漠然としておるのだろう。――甘いから、とかそういうものを、求めていたのだろう。おまえは」
「――うん、まぁ」
「なれど、甘いから、と言えば他にも大福や何やらとあるだろう」
「そうだねぇ」
「そうすれば、質問に正しく返答をしたことには、ならぬ」
「なんで」
「甘いから、などは後付けの理由にすぎぬからだ」
「後付け?」
「そうだ。――俺は、甘味が好きだ。だから、甘いから好きだと言うのは、間違いではない。なれど、その中でも団子がとりわけ好きな理由は、明確に示すことなど出来ぬ。気が付けば、好きだった。甘いから、という答えは、好きになった後に認識した事であり、甘いから好きになったわけでは無い。そうなれば、団子でなくとも良くなるだろう」
「――ああ、うん」
「佐助は、団子が好きな理由を聞いてきた。俺は、甘いから団子が好きなわけではなく、好きな団子が甘かった――だから、好きになったのか、ということになる。そうなれば、理由よりも先に好きになったことのほうが先になるゆえ、質問の答えは好きだから、となるだろう」
 わかるか、と問いかけるような目に、ぽかんとした佐助の顔が映っている。
「ぶははははは」
 急に信玄が笑いだす。
「なるほどのう」
 うんうんと頷く信玄が、いたずら小僧のような顔で佐助を見た。
「茄子の漬物が好きだと言うても、茄子が好きだからと答えれば、茄子ならば何でも良いのかということになる。漬物が好きだと言うても、なれば沢庵でも千枚漬けでもなんでも良いのかということになる。明確に、そのもの自体を好きだと表す言葉は、好きだから、としか言いようが無いのう」
 ちら、と信玄が幸村を見ると
「おお! さすがにござる!」
 拳を握りしめた幸村が目を輝かせ、そうだろうそうだろうと信玄が頷いた。
「好きだから好き――か」
 ――そういう、もんなのかもなぁ。
 信玄をほめたたえる幸村の声を聴きながら、佐助はそっと息を吐いた。

 多分、そうなのだろう――というあいまいな確信を持って、佐助は片倉小十郎の学園菜園に足を向けていた。断片的に千尋の話を拾い集め、どうやら菜園で野菜の花が咲いており、彼女はそれを描きにいっているらしいと知った。
 なぜ、自分はそれを知って、放課後、友人らの誘いを断り足を向けているのか。
 ――旦那なら、行きたいからとかって、答えるんだろうな。
 そのまっすぐさに、今はあやかりたいと思いながら校舎の角を曲がると、千尋が楽しげに小十郎と話をしている姿があった。
 ――え。
 片倉小十郎が主体となって世話をしている菜園なのだから、彼が居るのは当然で、彼の育てたものを描く彼女が小十郎と会話をするのは何の不思議もないはずなのに、佐助は衝撃を受けていた。
 心のどこかで、彼女が笑いかけるのは描く対象だけだと、思い込んでいたことに、気付く。
「猿飛」
 先に小十郎が佐助に気付き、声をかけてきた。
 千尋も佐助に目を向けて、少し首をかしげる。
 二人の立ち姿が妙に似合いに見えて、佐助の胸に冷たい苛立ちが生まれた。
「珍しいな」
「花が咲いたって、聞いたからね」
「ああ――良いものが収穫できれば、持って帰るだろう」
「ああ――うん。今年は何を植えてんの?」
 ゆっくりと、二人に近づいた。
「ニガウリを、新たに植えてみたんだが」
「ああ、なんか遮光になって部屋の中が涼しいとかって、流行っているらしいねぇ」
「大きくなれば、良いんだがな」
「ニガウリを使った料理、考えておこっかな」
 え、と声が上がった。
「猿飛君……料理、するんだ」
「あれ。俺様の事、知ってんの?」
 こく、と千尋が頷いて
「目立つし――美術部のモデル、やってもらいたいって言ってる人、いるから」
 へぇ、と佐助の眉が上がる。
「モデルとか、頼むんだ」
「時々、ね」
 ちら、と千尋が小十郎を見て
「政宗様が頼まれて、しばらく為される事になったんだが、その時に菜園の話が出てな――花が咲いていると言ったら、描きたいと言うんで了承したんだ」
「へぇ?」
 菜園には、小さな花がいくつも咲いている。それに目を向けていると
「それじゃあ、俺は行くぜ。政宗様のご様子を、見にいかねぇとな」
「あ、うん」
「じゃあな、猿飛」
「良いのが育つの、期待してるよ」
「そう思うなら、少しは手伝え」
 笑いながら去る小十郎の背が見えなくなってから
「人間も、描くんだ」
「え」
 千尋を見ずに言い、彼女が佐助を見た。
「なんで」
 ゆっくりと、佐助が柔らかな笑みを浮かべて千尋に顔を向ける。
「なんか、西村は動物とか植物とか、そういうのしか描かない気がしてたから」
「――なんで」
「え?」
「なんで、私の事……知ってるの」
「ん? ああ――たまたま、一緒につるんでるヤツが西村と同じ中学だったらしくてさ、校庭で何か描いている時に、珍しいなって言ってて」
「そう、なんだ」
 少し恥ずかしそうに、千尋がうつむく。その手にあるスケッチブックに目を向けて
「ね。ちょっと――見せてくんない?」
「え、あ――」
 許可を貰う前に手を伸ばし、スケッチブックを開いた。
「へぇ」
 そこには、校庭にある植物や花瓶に活けられた花、外国の風景や動物が描かれていた。
「こういう絵、描くんだ」
 面映ゆそうに、彼女は黙ったまま佐助が紙をめくるのを見つめている。
「これ、この最後のが、ここの花?」
 千尋に見せると、頷かれた。
「へぇ」
 小さな花を中心に、青々とした葉が途中まで描かれている。
「これ、どの花?」
「あ、えっと」
 少し移動して
「これ」
 千尋が差したものを、佐助も移動し覗くように見た。
「ふぅん――なんか、俺様からみれば、ぜんぶ同じように見えるけど……西村には、ちゃんと違って見えるんだろうな」
「似てるけど、少しずつ、違うから」
 声に、いつくしむような気配が滲んで
 ――そんなふうに、対象を見ながら描くんだ。
 描かれたものたちに、少しだけ嫉妬した。そして
「人物デッサンは、いいの?」
 モデルを引き受けたと言う伊達政宗に、羨みを含んだ嫉妬を向けた。
「私は……」
 ゆるやかに、千尋が首を振る。
 「なんで」
 うつむいたまま、少し目じりに朱を差す千尋は答えない。
「人物デッサンは、しないの?」
「――する、けど」
「俺をさ、描いてみない?」
 一拍置いて、こぼれそうなほど目を開いた千尋が顔を上げる。
「今、描いているのが終わってからでいいからさ」
 なんとなく気恥ずかしくなって、佐助は目を逸らし鼻の頭を掻いた。
「描いてもらいたいなぁって――」
 ちら、と彼女を見る。
「美術部のモデルをしたいっていうんじゃなくて」
 覚悟を決めて、真っ直ぐに見つめた。
「西村に、描いてもらいたい」
「――――え」
 スケッチブックを渡しながら
「ここに描かれてるものみたいにさ、優しい顔して真剣に見つめられたいなって、思ったからさ」
 ふわ、と自然と口元に笑みが浮かんだ。
「俺ん家、広い道場あるし、庭も結構立派だと思うし、寺の何かを描いてもいいだろうし」
 千尋は目を丸くしたまま、ただ佐助を見つめている。
「美術室のヌシって言われてる西村の居場所……俺様の横に、ならないかなって」
「え」
「一緒に帰ってさ――寺で絵を描いてさ。今すぐ、付き合ってほしいとかじゃないんだ。ただ、なんていうか……絵を描いている西村を、傍で見ていたいって思ってる。あわよくば、真剣に描く対象を見つめて捉えようとする目を、俺様に向けてもらいたいな、とも」
「……それって」
「最終的には、西村、じゃなくて千尋って呼びたいんだけど」
 最後は少しおどけて見せて、千尋に逃げ道を作った。――断られても、深刻さを持ちすぎて声をかけられなくなったりしないように、自分に対する逃げ道でもあった。
 学校内に響く生徒たちの声が、とても遠く感じる。自分たちだけが違う世界に切り取られたかのような沈黙の後
「わ、私――ッ」
 ぱ、と俯いて、早口に千尋が言った。
「人物デッサンをするなら、猿飛君がいいなって思ってて、だから、その、猿飛君以外描きたくないなって……だから、伊達君――すごく綺麗だし格好いいと思うし、人気もあるし、だけど……描きたくないから、ここで花を描いていて――――〜〜〜〜〜ッ」
 湧き上がる何かを抑え込むように身を縮めて、ふりきるように頭を振ってから
「私も、猿飛君のこと、佐助君って、呼びたい!」
 全身で訴えた。
 今度は佐助が目を見開いて、千尋を見つめる。衝撃がゆるゆると去り
「は……はは」
 笑いが込み上げ
「あ――、え、と……その」
 我に返った千尋がうろたえだして
「アンタ、最高」
 たまらず彼女を抱きしめた。
「え、あの、ちょ――さ、猿飛君」
「佐助、だろ?」
 ふふん、と少し余裕を見せて言うと、佐助君、と消え入りそうな声で呼ばれた。
「さっさと花の絵描き終えて、俺様だけ真剣に見つめてくれよ? 千尋」
 ゆでだこのような顔でうなずいた千尋の髪に、そっと唇を寄せる。
 でも、どうして私なんか、と自信なさげにつぶやく声に、極上の笑みと共に言葉を唇に乗せてささやく。
 いつの間にか、好きになっていたから――。

2012/06/02




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