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第一話はコチラ
闇の月を貴方に2


  夢を、観ている。
 はっきりと、それとわかる夢に、小十郎は居た。
 懐かしい、と思いながら過去の自分になり、境内を掃除しながら、ちらちらと 参詣する者の影が見えやしないかと周囲に目を配る。
 あの女(ひと)が来は しないかと、目を配る。
 快活な笑みを浮かべる彼女の姿がふわりと視界に 現れ、掃除をする小十郎に声をかけた。
 その姿が滲み、違う形に―――似 て非なる者の姿に変わる。
 小十郎に向かい微笑む者――――それは、忍足 江梨子の姿になっていた。
 
 目覚め、身支度をして畑に向かう片倉小 十郎は、我知らず吐息を漏らしていた。早朝の野良仕事を終えて政務に勤しんで いる間にも、幾度となく湧き出てくるものを逃がすように息を吐く。
 まっ たくの無意識のそれに周囲は気付き、予測のみの噂話をはじめたが、当人はつい ぞ気付く様子も無い。
 勝手な噂ばかりが流れている事など知らぬ彼に、政 宗との日課になっている茶を済ませた 江梨子が、自分を送る小十郎に声をかけた。
「何か、悩み事ですか?」
 そう問われた理由のわからない小十郎の、不思議そうな顔をどう捉えたのか、 江梨子は慌てて顔の前で両手を左右に振った。
「や、その……私なんかが片 倉さんの相談に乗れるとは思ってないです。思ってないです、けど――――ちょ っと、気になって」
 ぱたりと手を下ろし、しゅんとする狭く細い肩に伸ば しかけた手を拳に変えて堪えた後、静かに一度深く息を吸ってから、言う。
「何故、俺が悩んでいると――?」
「最近、ため息をよくついてるし……悩 み事があるんじゃないかって、噂になってるし」
 小十郎の睚(まなじり)が 柔らかく歪む。
「大したことじゃあ無ぇ。心配かけて、すまなかったな」
 俯き加減だったのを、ぱっと顎をあげて見上げながら首を振る江梨子の髪が、 しゃらしゃらと音を立てる。
「俺は、戻る。ではな」
「あ、はい」
 ぺこりと頭を下げて 去る彼女を見送りながら、困ったように笑う小十郎は、半ば癖のようになってし まった吐息を漏らした。
――重症だな。
 と、自分の気持ちを、確信し ながら。
 
 小十郎の様子が、おかしい。
 理由は解っている。だ が、それを口にしてみようとは思わなかった。――口にして、無意識のため息を 自覚させたくなかった。
 政宗は鼻を鳴らし、二人が消えた襖を見つめる。 恐らく、江梨子は気が付いていないだろう。皆が想像を膨らませている小十郎の 吐息の原因が、自分である等と。そして、政宗も同じように思い煩っているとい うことも。
 何時からか、などわからない。気が付けば、としか言いようが なかった。
 小十郎が気にしているのは、はじめから解っていた。似た誰か と重ねているだけだった視線が、江梨子個人に向けられたものに変わったと感じ た瞬間に、自分の気持ちに気が付いた。
――江梨子に、惚れている。
  理由を上げようとすれば、口に出すことは出来る。 けれどそれは、どれも後付けでしかないように思えた。気が付くと、惹かれてい た。――ただ、それだけだった。
 小十郎が彼女を連れて退室をする時の、 むずがゆい嫉妬を出すまいと見送る自分に、いつか気付かれるのではないかとい う期待のような不安を常に纏っている。
 気付かれれば、小十郎は無理にで も気持ちを殺すだろう。――江梨子が、どう思っていようとも。
 そうなる ことは、政宗の本意では無い。無論、彼女は欲しい。だが、無理強いをして―― ではない。江梨子が、自分から腕に納まりたいと願わないのであれば――――小 十郎を望むというのであれば…………。
 いや、と頭を振り、政宗は文机に 体を向ける。
――惚れさせてやる。
 身を退くつもりはない。小十郎に 譲られる気もない。…………他の誰かを想っているのなら、こちらに顔を向けさ せればいい。
 自信があるわけではない。望んで、動くか否か、だ。その結 果がどうであれ、呑む。
 そうと決めた政宗の目の奥に、江 梨子の姿が映る。
 子どものような笑顔。
 大人びた横顔。
 懸命 に成そうとする瞳。
 考えながら言葉を探し、迷う唇。
 遠くに思いを 馳せている肩。
 すべてを、腕に収めたいと願う。まだ見ていない顔を、声 を――――誰も知らない彼女を、この身に。
「Ha!」
 困ったように 笑い、かぶりを振る。
 理由も時期もわからなくて良いと思うのに、「何故 」と「何時から」がちらつく。
 自分の気持ちを知れば、江梨子は―――― 小十郎の想いを知れば、彼女は、どうするのだろうか。
 帰る方法など、見 つからなければいいと思われていると知れば、怒るだろうか。恨むだろうか。
 それでも構わない。見たことのない顔が見られる。恨みという強い想いを向け られる。
 そう思った政宗は、「重症だな」と一人ごちて政務に戻る。
 次の、休息の時を思いながら。
 
 その報告は、江梨子だけでなく、 双竜にも 動揺を与えた。
 小走りに、江梨子が小十郎の下に来る。そのまま体当たり をしてしまうか、目の前で転げてしまいそうな様子に、思わず両手を広げた彼の 前で膝に手を着き止まり、息を調える江梨子が、縋る目で小十郎を見上げた。
「私の荷物ッ――み、見付かったって…………」
 治まりきっていない呼吸 で、泣き出しそうな様子の彼女に目眩がする。――――このまま、腕のなかに収 めて…………。
「ッ――――」
 歯を食い縛り、ほの暗さを含んだ衝動 を抑える。深い呼吸で自分を諫めると、常より少し、硬い声が出た。
「まだ 、忍足のもんだと決まった訳じゃねぇが」
 そうでなければいい、と言外に 望みが滲む。
「とにかく、政宗様の所に」
 彼女の望郷の念を深くする ような、この出来事は罰なのだろうか――試されているのだろうか――――愛し く想う者の望みが、叶わなければ良いと――帰る方法など、見つからなければい いと願う自分への…………。
 じわりじわり と胸から溢れる痛みと熱が、牙を持って表面に現れ、江梨子に向けて放たれてし まいそうな恐怖と願望を必死に押さえ込む小十郎を、政宗の下へ、前だけを見て 向かう彼女の揺れる髪がくすぐった。
 
 政宗の部屋に、体を震わせな がら江梨子が現れる。それに少し遅れてきた小十郎に目を細めた彼の前に、祈る ような目で江梨子が座る。
「荷物が、見付かったって……聞いて」
 当 惑と喜びをない交ぜにする江梨子の前に、脇に置いてあったものを出すと、息を 呑んだ彼女は恐る恐る手を伸ばし、引き寄せ、抱き締めた。
「私の、鞄…… 」
 風雨に晒され、ボロボロになったものを慈しむように開き、中身を取り 出す彼女を、双竜が静かに見つめる。
「ハンカチ、財布――携帯…………や っぱ、電源つかないや」
 弱々しくほほえむ姿に、悼むように彼女に向けら れる視線が絞られる。
「ああ、これ……旅の栞。自分たちで作ったの。ほら 、最初に会った日の予定に、伊達政宗のお墓参りって―― ――」
「江梨子」
 栞を見せようと政宗に近づいた彼女を、抱き締める 。
「江梨子」
 ささやくように呼ぶと、政宗の腕の中で強ばっていた体 が震え、しゃくりあげ、嗚咽を漏らしはじめた。
「江梨子」
 政宗が、 壊さないように名前を呼ぶ。堰が切れたように嗚咽を叫びに変え、主にすがり付 く彼女を、小十郎は目の奥に痛みを押し込め、ただ、黙していた。
 
  散々に叫んだ後、政宗にしがみつき、しゃくりあげる江梨子の背中が、あやすよ うに柔らかくさすられる。
「ごめんなさい」
 俯いたまま呟き離れ、謝 る彼女は涙に乱れた顔に、無理に恥ずかしそうな笑みを浮かべて顔を上げる。手 を伸ばし、頬に手を添えて涙を親指で拭いながら撫でる政宗が、不思議そうに首 をかしげる江梨子に問うた。
「帰りたいか」
 江梨子が瞬く。
「帰 れば、二度と俺には会えねぇ」
 政宗が、小十郎を見る。
「俺は、帰し たく無い」
 射るような視線に、痛みを堪える。主も、彼女を思っていたのか……自分の気 持ちに気付かれていたのか、と衝撃の向こうで小十郎は冷静に受けとめる。
「正直に言え、小十郎」
 視線が伝える言葉を受け止め、状況を飲み込めな いでいる江梨子に身体ごと真っ直ぐに向く。
「俺も、アンタを帰したく無ぇ 」
 ぽかんとする江梨子と、真摯な小十郎に口の端を持ち上げて政宗が膝を 打つ。
「そういう事だ。別に、俺を選ぼうが小十郎を選ぼうが、どっちも選 ばず留まろうが、帰りたがろうが、恨まねぇ。――――アンタの出した答えなら 、な」
 悪戯っぽい目を向けてくる政宗に、小十郎が微笑みうなずく。未だ 事態を理解仕切れていない江梨子に、二人の腕が伸びる。
 政宗は髪に、小 十郎は肩に触れ、囁いた。
「アンタに、惚れてんだ」
「ずっと、俺の傍 に居てくれないか」
 じわじわと浸透してきた言葉と意味に、真っ赤になっ た江梨子は硬直する。
「返事は、今じゃ なくていい。ゆっくり、考えてくれ。それまでは、ここに来なくていい。答えが 出たら――――」
 言い掛けた政宗の言葉に、江梨子が首を振る。不思議そ うに、俯いている彼女の顔を覗く二人の耳に、蚊の鳴くほどの大きさで、江梨子 が口を開く。
「私……私、は――――」
 ゆっくりと、彼女は顔を持ち 上げ、目の奥に力と覚悟を込めて、二人を見返した。
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2011/02/21




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