きゅっ、と唇をかんでから、忍足江梨子が口を開く。「帰りたいし、帰りたくない、です」 双竜の眉が、同じように持ち上がる。その顔を交互に見つめ、江梨子は続けた。「友達とか、親とか、その――恋しい、です。でも、帰ったら、ここに居る皆と、折角仲良くなれた皆と逢えなくなるのは、寂しいから…………答えになっていないのかもしれないけれど、私の、正直な気持ち、です」 いい終わり、不安そうに視線を落とした江梨子に、政宗が大きく嘆息をして彼女から手を離す。「仲良くなれた皆――ね」 江梨子の視線が政宗に向き、彼は挑発するような目でニヤリとした。「俺と――とは、ならないわけだ」「――ごめんなさい」「Do not apologize. 謝る必要は無ぇ」 政宗の目が、意味深に小十郎を見る。はっとして、小十郎が江梨子から手を離した。「申し訳、ございません」 それには肩をすくめた政宗が、まぁいいかと口内で呟く。「俺たちの気持ちが重荷に感じるなら、忘れてくれていい。アンタが帰る方法を探さねぇなんざしないから、安心しな」 こくり、と江梨子が頷く。「まぁ、気が変わったら――いつでも言ってくれ。俺にでも、小十郎にでも。アンタがここで一生過ごすことになったって平気な下地は出来てる。遠慮されるほうが、ずっと辛ぇ」「ごめんなさい」「No. ここは、ありがとうって言うところだぜ」 固かった江梨子の表情が、ほころんだ。「ん、ありがとう」 政宗が小十郎と目を交わす。口元に笑みを浮かべた小十郎が、江梨子を見た。「旅の栞、そのほか、見たことの無ぇものばかりだ。いつもみてぇに、話を、してもらえるか」「――はいっ」 まだ少しはれぼったい目のまま、江梨子が笑う。そうして、いつもの三人の時間がまた始まり、いつかは終わるその日まで、続いていく。 穏やかに。 ゆったりと。 2011/05/16