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雪月花 その人は、冬の月のように凛としていた――――――。
 雪深い山を歩く幸村率いる隊は、昼の熱を失った夕闇に包まれながら歩いていた。武田信玄率いる本隊とは全く違う道を通る少数の真田隊に、しんしんと疲労が降り注ぐ。手ごろに休めそうな場所も見当たらず、黙々と歩くもの達は幽鬼のようにも見える。時折振り向き励ましの言葉をかけていた幸村も、新たな言葉を探すが見つからず、黙々と歩く。そんな彼の横に、忍隊隊長である猿飛佐助が闇より降りてきた。
「旦那ぁ」
「おお、佐助」
「この先に、でっかいお屋敷あるからさ、ちょっと厄介になっていこうよ。このままじゃ、戦の前に疲弊しちまう」
 佐助の言葉に幸村が振り返る。皆、雪には慣れているし備えもある。だが、今年は例年にも増して刺すような冷たさの山道を、体を冷やせと言わんばかりの鉄製の具足などを着用しているからか、皆の消耗は大きかった。
「全員が入れるほどの広さが、あるのか」
「このくらいの人数なら、広いとこに詰め込めばなんとかなるでしょ」
 佐助の言葉に、少し考えてから幸村が言う。
「案内を、たのむ」
「はいよっ――――と、その前に、一言向こうに挨拶しとかなきゃなんないだろうから、旦那はこのまま真っ直ぐ進んでってよ。俺様、話つけてくるから」
 言うが早いか、佐助の姿は見えなくなった。幸村は闇に向かって笑みを浮かべてから、表情を引き締める。
「もう少し行けば、休息の取れる場所がある。皆、辛いだろうが堪えてくれ」
 声をかけると、隊の間から安堵の色が見えた。
 すぐに佐助は戻り、彼の案内で連れていかれた屋敷は手際よく幸村たちを迎え入れた。具足を脱ぐ彼らに白湯を出し、しばらくすると汁物の椀を運んで彼らに振る舞った。
「や、これは……かたじけのうござる」
 腹に温かいものを入れ、皆が人心地ついた頃、礼をのべたいと幸村が椀を片付けている者に声をかけ、しばらくして質素な身なりながら上品な身のこなしの女が幸村に声をかけた。
「どうぞ、こちらへ――――」
「ああ、すまぬ」
 それに気付いた佐助が、そっと後に従った。
 しばらく進むと、ひっそりとした部屋に通された。薄明かりの部屋に、女が一人座している。女はゆっくりと幸村に頭を下げ、笑みを浮かべて彼を見た。その姿に、幸村は瞬間全ての感覚を奪われる。
――――なんという…………。
 艶やかな髪、それほど美しいというわけではないが、滲む人柄の柔らかさが彼を惹き付ける。
「旦那」
 肘でつつかれ、幸村は慌てて頭を下げた。
「この度は、まことに有り難く、感謝の言葉もござらぬ」
「あいにく、我が主人はお勤めのため留守にしておりまして、挨拶の出来ぬこと、お詫び申し上げます。後を継ぐものもまだ幼く、女の身ではありながら御挨拶なさりたいとのお言葉を、有難く頂戴いたしたく存じました。至らぬこともございましょうが、どうぞ、ごゆるりとなさって下さりませ」
「ああ、いや――――至らぬどころか、細やかな配慮に痛み入り申す」
 幸村の言葉に、女は包むような笑みを滲ませた。
 挨拶を済ませた幸村は、皆のところに戻ったが寝付けず庭に出た。全ての音を吸い込む雪が、月の光を吸収しきれず淡く輝いている。ぼんやりとそれを眺める幸村の横に、佐助が現れた。
「ちゃんと休めるときに休んでおかないと、いざというときに困るよ」
「――――うむ」
「まぁ、同盟国でもないのに妙に親切すぎるから、ちょっと疑ってみたけどさ、危害を加えられそうな気配は無かったし、俺様の人柄がそうさせたのかねぇ」
「――――うむ」
 佐助の軽口にも反応を返さない彼を不審がり、雪灯りに照らされた横顔をみると夢の中にいるような目をしていた。
「旦那」
「――――うむ」
「もしかして、一目惚れ?」
 はっとした幸村は目を見開き佐助を見ながら口を鯉のように動かし、やがて真っ赤になって俯いた。
「すっごい美人ってわけじゃなかったけど、雰囲気が綺麗な人だったよね」
 強く拳を握り、佐助の視線から逃れるように顔を背ける幸村にニヤリとした笑みを浮かべて続ける。
「守られてるだけじゃなくて、なんていうのか、静かな強さみたいなものがあったっていうか」
「――――佐助」
「ん」
「もう、言うな」
 普段の幸村からは想像もつかないような弱々しい声に、佐助は肩をすくめる。
「人妻で、母親だよ」
「わかっている。別に、その、何かをしたいとか、そう思ってはおらぬ」
「じゃあ、憧れみたいなものってこと」
「――――わからぬ。わからぬ、が…………あの方に悲しい顔は、させたくない、と思う」
 笑顔でため息をついた佐助が、幸村の肩を軽く叩いた。
 月が、俯いた幸村からこぼれる想いをほんのりと包む。いつか雪のように溶けるしかない想いを、佐助は静かに笑んで眺める。ほんのわずかな、柔らかく冷たい雪のように、幸村の想いは明け方の露に変わる。

 伝えることも、育むことも叶わずに――――――――


2009/12/27



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