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 ゆらゆらとしていると思ったら、鋭く動く。余韻に舞って、ふわりと収まる。
 ほう、と都落ちをしてきたという木曾守実は、目の前で鍛錬を行う男の後ろ髪を眺めていた。
「まこと、見事な」
 扇で口元を抑え、ほろりと息をこぼす。ふと気づき、振り向いた幸村は笑みを浮かべて彼に近づいた。
「守実殿」
「まこと、見事よのう。幸村殿の動きは、舞を見ているようじゃ」
 それにどう反応を示していいのかわからない幸村は、少し首をかしげてはにかんだ。
「ぬしがわしに付いて、京に上ってくれたらのう」
「それは出来かねまする」
「即答か」
「申し訳ござらぬ」
 からからと笑った守実は、鷹揚にかまわぬと言い、幸村を扇で指した。
「そろそろ、休憩を取ったほうが良いのではないか。茶でも飲みながら、歌でも詠もう」
「歌は、苦手にござる」
「なればよ。ぬしの主が上洛することになれば、共に行くであろうが。そうなった折に、歌の一つも詠めぬでは恥をかかせることになろう。女と文を交わすこともできぬしな」
「なっ、そ、その、そのような」
「まぁ、とにもかくにも、都の作法を知っておくに、越したことは無かろ。ほらほら、茶を用意せぬか」
「なれば着替えてまいりますゆえ、お待ちくだされ」
「うむ。なるべく、早うにな」
 扇で急かされ、小走りに汗をぬぐい着替えをするために幸村が去る。
「まこと、初いの」
 彼の背が見えなくなったところで、守実はつぶやいた。

 着替え、茶の用意をさせている幸村の横に、ひょいと団子が差し出される。
「おお、佐助。丁度良いところに」
「まったく。俺様は団子を買いに行くのが仕事じゃないんだからね」
「峠の茶屋へ行くのは、佐助が一番早いからな」
 悪びれもせず返され、これみよがしに嫌味を込めてため息をついて見せるが幸村に気づいた様子はない。嬉しそうに団子の包を受け取り、皿に乗せた。
「まだ、あの公家もどきを置いておく気かよ、旦那」
「公家もどき?」
「怪しすぎるだろ。あんなの住まわせる必要なんて、ないと思うけどね。利用価値もなさそうだしさ」
「佐助、言葉が過ぎるぞ」
「だって、そうでしょうが。本当に都落ちの公家かどうかなんて、わかんないでしょ。調べようとも思わないし。だいたい、親族を頼って出てきたけれど戦で屋敷が無くなって、行く場所がなく行き倒れていた、なんてバカでも考え付くありがちな話だしさ、着物だって適当に追いはぎすれば手に入るし」
「なれど都のことを存しておられた。和歌も詠まれる」
「あのね旦那。旦那みたいな人にはわかんないんだろうけど、下級武士でも読み書きができて、歌の真似事が出来る人は結構いたりするんだよ。俺様でも、真似事みたいなもんは出来るしさ」
「なんと。佐助は歌も詠めるのか」
「うわっ、危ない」
 目を輝かせた幸村の手元がおろそかになり、盆が斜めに傾くのをあわてて手をだし奪う。
「もう、気を付けなよ旦那」
「おお、すまぬ」
「とにかく、早々にどこか行くところを見つけてくるから、あんまり仲良くして情がわいちゃったりしないようにね」
「佐助の言い分を聞いておると、守実殿は犬猫のようだな」
「俺様にとっちゃ、どこの馬の骨ともしれない人間は、犬猫と変わりないからねぇ」
 妙な表情を作った幸村に、旦那にはわかんないだろうなぁ、とつぶやき佐助は手を振って去った。

 団子をほおばりながら、守実は身振り手振りを交えて都の話を幸村に聞かせる。
「すわ! と走り寄りたるは土御門の陰陽師。うんうんと唸る姫にとりつく鬼を、祝詞ではがしたところに検非違の矢がグサリ。見事鬼を縫いとめたのよ」
「おおっ」
「そこで依頼をした者は、鬼の姿に度肝を抜いた。なんと、鬼の正体は夫の心変わりの原因である姫を恨んでいた、妻であったのよ」
「おお。しかし、悪いのは不貞をした夫のほうであり、その姫にはなんの咎もござらぬのではないか」
「それが、女心の妙というものよ。――都はかように、心を鬼に沈ませやすいでな。なればこそ、歌で清め、管楽で癒し、心安くあるために鬼に付け入られるために、また、神である帝を守るために、さまざまな地より勇猛な志士と陰陽の者を揃えておるのよ」
「おお……」
「その中に、加わりたいとは思わぬか」
「お屋形様なれば、そのような鬼など一刀のもとに払って見せましょうぞ」
「ぬしが、そのようにしたいとは思わぬのか」
「むろん、お屋形様の元、存分に槍を振るう所存」
「欲がないのう」
 やれやれと首を振り、守実が首を振るのを不思議そうな目で眺める。
「自分が天下人となろうとは、思わぬのか」
「某が」
「そう。ぬしがよ」
 食べ終えた団子の串を、鋭く幸村に向ける。ふと意識を遠くに飛ばした彼の顔を、にやりとして覗き込んだ。
「なんじゃ。思うところがあるのでは無いか」
「ああ、いや。某ではなく――守実殿。その、やはり天下を取ろうとする者は、貴殿の申されるとおり、歌も詠めるようにしておるものにござろうか」
「殿上人になるには、歌の一つも詠めねばならぬでなぁ。――気になる者でも、おるのか」
「いや」
 目をそらす幸村の注意を引こうと、身を引きながら大きな声で守実が言う。
「そういえば、あの奥州の竜は、なかなかに歌詠みの才があると聞くなぁ」
 はっとして顔を上げた幸村の様子を横目で見ながら、何も気づかぬ独り言として、守実は続ける。
「鄙には稀な歌い手よと、歌詠みの会で話題になったこともあったしなぁ」
「それは、誠にござるか」
「うむ。公家はみな、歌が好きじゃ。一度なりと座に呼んでみてはどうかと、戯言としてではあるがそのような話になったこともある。まあ、この時勢であるなら彼の者が呼ばれてもおかしくは無いだろうの」
 乗り出しかけた身をおさめ、考えるふうになった幸村を、守実がほくそえみながら眺めている。それを、佐助は人知れず目に止めた。

 与えられた一室で、寝具に横になりながら守実が息を吐く。
「なかなかに、手ごわいのう」
 ふう、と天井に息をふきかけ一人ごちる。
「すぐに操れると思うたが」
 やれやれと寝返りをうった目に、足が映った。ぎょっとして、息をのむ。
「誰を、操るって?」
 しゃがんだ相手は見知った顔で、守実はぎこちない笑みを浮かべて身を起こした。
「おお、これは。このような刻限に、いかがした。佐助殿」
 柔らかな笑みを返してくる佐助から、吹雪のような気配が漂う。
「旦那に、置手紙を掻いてほしいんだけど」
「手紙?」
「そうだなぁ、火急の用で訪ねてこられて、挨拶もできずにすみませんとでも、書いてもらおうかな」
「そ、それを書いて、どうなる」
 にこり、と佐助が笑顔をより柔らかく、深くする。そこに含まれる身を切るような冷たさに、のどの奥で悲鳴を上げ、守実はすぐに文机に向かい、手紙をしたためた。それを改め、満足そうに頷いて人を呼ぶ。旅装束を抱えた忍が現れて、すぐに守実に準備をさせた。
「ぬしは、何処へ案内するつもりだ」
 声すらも震わせて問う相手の目を覗き込みながら、噛んで含めるように佐助が告げた。
「帰ってきたくなくなるくらい、良いところだよ」
 案内して、と配下の者に告げると、丁寧な物腰で守実を誘う。その態度に少しは緊張が和らいだらしい彼は、凍てつく気配を漂わせる佐助から逃れたい一心で、屋敷を後にし街道を進んだ。
「迷わず辿り着けなかった場合は、あんたが自慢していた陰陽師でも祈祷師でも都から呼び寄せてやるよ」
 佐助のつぶやきは、誰の耳にも届かず消えた。

 翌朝、幸村は奇妙な顔で文を眺めていた。
「火急の用とは、何でござろうか。深夜訪ねてきた者がおったとは、気付かなんだが」
「旦那はぐっすり眠っていたしね。詳しく説明できないのが申し訳ない、挨拶ができないのも申し訳ないって、しきりに謝ってたよ」
「ふうむ」
「何、旦那。気になることでもあんの」
「いや、俺も少し歌詠みなどを覚えたほうが良いかと思ってな」
「旦那が歌詠み?! 似合わなさすぎでしょ。情緒とかって、わかんの?」
「なっ。無礼ではないか佐助」
「無礼もなにも、歌詠みの前に漢詩ももっと勉強しなきゃ。そういうのから引用したりするんだからね」
「漢詩」
「そ。ま、やる気があるなら、俺様が教えてやるからさ」
「佐助は漢詩も詠めるのか」
「忍のたしなみってやつ? 忍んでなじむには、いろんな知識が必要ってね。大将だって漢詩も和歌もできるんだぜ」
「そうか――なれば俺も、たしなんでみるか」
「途中で放り出さないでよ」
「うむ。――そうだ。詠めるようになれば、守実殿に送っても良いやもしれぬな。佐助、何処に行かれたかは、わからぬのか」
「ん、詳しくは知らないけどさ――二度と戻ってきたくなくなるくらい、良いところらしいよ」
 にこやかな姿が纏ったものは、夜明け前の漆黒のようであった。
「俺も、行ってみたいな」
 楽しげな子どものような声に、冷たい声が小さく漏れる。
「旦那が行くのは、俺様よりも、ずっと後だよ」
「ん?」
「なんでもない。それより旦那、はやく用意しないと大将が待ってるんじゃない」
「おお、そうだった。急いで支度をせねば」
 ばたばたと身支度を整え槍を手に走り出す主の背中に映る家紋に、佐助の目が細められる。
「その六文銭を使うのは、ずっとずっと、先でいいんだよ。旦那」
 柔らかく、命があるかのように幸村の後ろ髪が舞っている。溢れんばかりの生命力に、促されて――――。

2012/02/24



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