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瞳で支えた日

 呆然と、焼けた畑を見つめている少女が居た。戦の事後処理を行っていた真田幸村がそれに気づき、手を止める。
「どうしたのさ、旦那」
「ああ、いや」
 幸村の視線の先にあるものを見て、よくあることだよと猿飛佐助が肩を叩いた。
「それより、早くがれきを片付けて、大将に報告しなきゃ」
「うむ、そうだな」
 そう答える幸村の目は、まだ少女をとらえている。おどけた様子で肩をすくめた佐助は、戦後の惨状にまみれた村を片付けるべく、指示を出しに戻る。
 突然の戦に巻き込まれ、逃げ惑う村人たちの姿が幸村の瞼にまだ残っている。
 正式な戦では無い。
 食い詰め、あぶれ、賊となった軍勢が村を襲い、男を殺し、家を焼き食料を奪い若い女は犯し殺されるか、子どもらと共に浚われ売られるか。
 そういうものが、ここだけでなく、あちらこちらで行われていた。
 佐助のように、各地を飛び回っている、しかも忍という立場からすれば”よくあること”なのだろう。けれど、幸村にとってはそうではなかった。
 おそらく、この男にとっては、佐助と同じくらいの回数を目の当たりにしても”よくあること”にすることは難しいだろう。
 それほど彼は幼く、情動的であった。
 そして、彼の敬愛する武田信玄のように、その気持ちを内包しながら先を見て構えることができるほどの強さを持ち合わせていなかった。
 彼のみが持つ脆い表面に覆われた強さを持って、彼は目の前の少女を――少女を通しての何かを、見つめていた。
 彼の背後では、無造作にがれきと共に遺骸が集められ、積み上げられていく。生き残った者たちは、ただ茫然とそれを眺め、焼けた村を亡羊と見つめ、思い出したように叫び、気がふれたように泣いていた。
 少女は、嘆くことも、呆然とすることもせず、ただまっすぐに焼けた畑を見つめている。
 村人のだれもが、彼女を気にする余裕を持っていなかった。
 彼女は、一人なのだろうか。
「旦那」
 促され、後ろ髪を魅かれながらも幸村はがれきになった家屋を、屠られた人と家畜を運び、積み上げた。このままにしては疫病が流行るかもしれないからと、遺骸はひとまとめにして焼け残った家屋の木材を火力の足しにし、焼いてしまう。
 そこには、死の尊厳などありはしなかった。ただ、黙々とした作業だけが存在している。
 生き残った者たちはそれぞれが、傷の手当てを受けていた。すべてを終えた後には、幸村たちの軍勢はすべて引き上げる。彼らには、ここを再び住める形にするか、捨ててどこかへ流れるか、ただ朽ちるのを待つか、という未来への道が目の前に横たわっていた。
 流れるにしても、復興するにしても、怪我人は――傷の具合にもよるが――朽ちるのを待つか、今絶つかしか選択肢のない場合もある。治療をするにも、薬が居る。栄養を取らねばならぬ。手当をするための清潔な布が居る。
 どこもかしこも戦にまみれた世界では――彼らの手の届く現実的な距離としての世界では、不足しているそれらを見つけることは困難で、よしんば見つけられたとしても、手に入れるだけの銭は無かった。
 そう。何かをするにしても、それをするためのものが奪われている。手に入れるための術すらも、奪われていた。
 火を焚き始めたのは、夜のとばりが広がってからになった。あかあかと、今までの村の営みが最後の光を放ち、消えゆく姿を村人たちが眺めている。それらの顔には、感情が溢れすぎた虚無だけが存在していた。
 幸村の軍勢は、ひと仕事を終えたという顔をしている者が多い。彼らもまた、佐助と同じように”よくあること”と受け止めているのだろうか。
「旦那、食べないの?」
 強飯を粥にしたものを差し出され、受け取る。食べる気には、なれなかった。
「何、旦那。村人がかわいそう、とか思ってたりするわけ」
「いや、そうではない」
 じゃあなにさ、と仕草で問うてくる忍は繊細で優しいことを幸村は知っている。”よくあること”にしておかなければ、たぶん、耐えられないほどに。
「俺は、未熟だな」
 ぽつりと、こぼす。
「何も出来ぬどころか、何をしたいのかすらも、わからぬ」
「普通でいいんじゃない」
 え、と顔を向けると、静かな横顔が炎に照らされていた。
「いつも通りで、いいんじゃない」
 言われていることの意味が分からずに見つめていると、薄く柔らかい笑みを向けられた。
「旦那の日常を大切にして、生きればいいんじゃない」
「そういう、ものか」
「そういうものだよ」
「そうか」
 佐助が言うのであれば、そうなのだろう。
「徳川の旦那が言う絆ってのも、前田の風来坊が言っている恋しい人と笑っていられる世の中っていうのも、大将が目指している世の中っていうのもぜんぶ、そういうものだよ。きっと」
 ただ、言い方ややり方が違うだけで。
 村人たちの今まで積み上げてきた日常が燃え盛る炎にあぶられ、皮膚が熱さを訴えてくる。それに気を取られて自分の世界をおろそかにすることは、冒涜になるような気がした。
「政宗殿の目指しておるのも、やはり、そうなのだろうか」
 とたん、佐助の顔がゆがむ。
「俺様は、旦那にあんなふうにはなってほしくないけどね」
 はは、と軽い笑い声を上げた。
 こうして、気楽に話ができる相手がいる幸村と、それらを失ったであろう村人たちの間には、どれほどの違いがあるのだろう。
 ふ、と幸村の目が、畑を見つめていた少女の姿をとらえた。唇をかみしめ、睨むように炎を見つめている。
「旦那」
 咎める声に振り向いた。
「やさしさとか、同情ってのは使い方を間違えると、暴力になるんだぜ」
「わかっておる」
 疑わしげな目に笑って答えながら受け取った粥を佐助に返し、幸村は少女の横に立った。
 炎にあぶられた、まるい頬が赤く染まっている。大きく開かれた目は、何を見ているのか。
 ぽん、と幸村の手が少女の頭に乗った。その手を背中に回しながらしゃがみ、抱きしめる。身を固まらせたままの少女の背を、かつて自分がされたことのある優しさを込めて叩いた。
 無償の、肯定を込めて。
「――ぅ、え」
 小さな体が大きく震え、漏れだした嗚咽までも抱きしめるように、幸村はただ、無言で少女を抱きしめる。
 炎が巻き上げた日常が、月光を受けてゆっくりと二人の上に舞い降りた。

2012/03/12



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