わさ、わさ。 ちょっとした大木ほどにより集められた竹が、動いている。「さぁすけぇええ!」 その竹の中ほどで、満面の笑みをたたえた真田幸村が大声を張り上げた。「そんな大声で呼ばなくても、何事かと思って出てくるよ」「ぬ?」 不思議そうに瞬くのに「竹のお化けがやってきたってね」 冗談めかして言うと「里の子どもらも、そのようなことを叫びながら俺に走り寄って来たな」「だろうねぇ」 嬉しそうな幸村の様子に、彼の忍、猿飛佐助の頬が緩んだ。「で、何すんの、それ? 戦支度の竹矢来は、今は必要ないでしょ」「野暮を申すな、佐助」「うわ。野暮の塊みてぇな旦那に、野暮とか言われる日が来るとは、思わなかったぜ」「なんだそれは」「そのまんまでしょ。野暮で鈍い旦那」 ふふん、と唇に何やらふくませてゆがめた佐助のそれは、獣の口の形のようで「ぬう」 からかう気色に、幸村の唇が尖った。「ま、いいや。で? 野暮な俺様に、それをどうするのか、教えてくれるんだろ」「おお、そうであった。佐助、これを飾るものを作りたいのだ」「飾る?」「もうすぐ、七夕ではないか」「ああ」 ぽん、と手を打つ。「七夕なのはわかったけど、そんなに沢山、竹が要る理由があんの?」「わからんか」「わかんないから、聞いているんでしょ」「佐助でも、察することが出来ぬことがあるのか」「旦那は時々、想像の斜め上を行くからなぁ」 しみじみと、吐息交じりで言われて首をかしげる。「いいよ、不思議がんなくて。で、そんなに沢山ある理由は?」「おお――これくらい無くば、皆の願いを吊るすことなど出来ぬだろうと思ってな」「――――皆?」 佐助の脳裏に、主だった武将たちの顔が浮かぶ。その面々の願いをしたため吊るすくらいならば、一本でも十分だろう。「そうだ。ここより見渡せる範囲に住まう者、皆だ!」 晴れやかに応えた幸村のまぶしさに、頭痛を覚えた。「どうした、佐助」 こめかみを抑えた佐助が「いや……うん、ちょっと、めまいが」「それはいかん! 働きづめであったし、気働きも相当なものだったろう。他の者に頼むゆえ、ゆるりと休め」「誰のせいだと――」「ん?」「ああ、いい。大丈夫。いいですホント。――俺様じゃ無かったら、旦那の暴走、誰が食い止められるのさ」 口内のボヤキは、幸村の耳には届かずに「無理はいかんぞ」「無理してないって」 見ていないほうが、心配で心臓に悪い。「そうか」 納得していない様子の幸村に「そうそう」 頷いて「でも、旦那と俺様二人じゃ大変すぎるから、協力を頼もうか」「うむ!」 そういうことになった。 青竹は、屋形の門や庭に立てられることになった。大がかりな七夕の宴が開けそうだと、領主武田信玄はうなずき、人々を迎えるため、諸将は振る舞う酒や食事の手配にいそしみ、女どもは飾りをせっせと作った。 話を聞きつけた里の子どもや老人たちが集まり、出来上がった飾りを思い思いの場所に飾りつけ、年若い武家の者たちが、文字を書けぬ者たちの願いを、かわりに短冊にしたためるために、筆をふるう。「旦那ぁ! これ、ちょっと運ぶの手伝って」「まかせろ」 作業をする人々へ、食事が配られる。その手伝いをしながら、幸村は皆の笑顔に目を細めた。「ふう。忙しいったら無いぜ、まったく」「佐助」「はぁい」 傍らで、せわしなく人々を采配しながら場をまとめ、準備を進めていく佐助に「良い、ものだな」「何が」 忙しさを示すように、額を手の甲でぬぐってみせた佐助に、滲むような笑みを浮かべた。それをぽかんと眺めた佐助が「まったく、もう」 頬を緩め「ま、悪くは無いよね」 浮き立つ騒がしさに、目を向ける。 身分の隔てなく、人々が笑みをかわし、言葉を交わし、手を差し伸べあい、一つの目的のために自身の出来ることを、行っている。 手先が器用な者は、飾り作りを。 力の強い者は、必要なものを運ぶ役を。 力の無い者は、力の無い者なりに、不器用者は不器用なりに――幼子は、幼子なりに、自分たちの出来ることを見つけ、また見つけられぬ者には誰かが声をかけ、出来ることを探し、また教えている。 その光景を、幸村と佐助は同じ笑みを向け――胸中には違う想いを抱え、眺めた。「佐助]「はぁい」「良いだろう」「悪くは無いよ」「良いと言え」「えぇ。感想を強要するなんて、野暮すぎない?」「良いと思っているのだろう」「ん。まぁね」「ならば、素直にそう言えばいい」「言っただろ。悪く無いって」「素直に、言わぬか」「いいじゃん。伝わっただろ」「そうだが」「なら、いいんじゃない」「そういうものか」「そういうものだよ」「そうか」「そう」 ふむ、と頷いて「なれど佐助」「ん?」「俺には通じるのかもしれんが、他の者には通じぬかもしれんぞ」 ああ、と佐助が頭の後ろで腕を組み「そうかもねぇ」 関心が無さそうに、言った。「いかんぞ」「何が」「短冊には、素直にかかねばならんぞ」「え。俺様も、書くの?」「むろん。ここにおる者は、あまさず願いをしたため、飾るのだ」 うえぇ、と佐助が舌を出す。「めんどくさい」「願いは、無いのか」「俺様、現実主義なの。望みがあったら、自分でなんとかするさ」「その心がけは良いと思うが――本当に、一つも書くことは無いのか」 気づかわしげな顔をした幸村に「旦那は、もう決まってるの?」 問うて、自分への関心を逸らした。「どうせ、大将みたいな立派な武将に、とか、そんなトコなんでしょ」 ニヤついて見せると「なれるだろうか」 深い声音で、静かに問われた。 満面の笑みで拳を握りしめ、むろんだと答えるだろうと想像していたのだが「そうだなぁ」 胸の裡から、答えた。「旦那は、旦那らしくいれば、いいと思うよ」「なんだ、それは」「旦那は旦那。大将は大将ってこと」 不服そうな幸村の肩を、軽くたたく。「何処までもついていくぜ、旦那」 軽薄さを消した佐助のまなざしに「ああ――よろしく、頼む」 強い瞳で、幸村が応えた。「幸村様ぁ! こっち、こっち!」「猿飛殿! こちらを見てくだされ」 呼ばれ、顔を見合わせ、くすりと笑う。「ほら、呼んでるぜ」「おまえも、呼ばれておるぞ」「いってらっしゃい」「うむ。首尾よう、な」「誰に向かって、言ってんのさ」 とん、とゆるく握った拳の甲で胸を叩き、呼ばれた声に応えて向かう幸村の背を見つめる。「人は石垣、人は城……か」 呟き、嘆息した佐助の背後で「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」「大将」 何時の間に現れたのか、武田信玄が腕を組み、満足そうな顔をして皆を眺めていた。「あれの気質は、真似出来ぬ」「危なっかしい所は、ありますけどね」 腰に手を当てる佐助に「わはははは」 大笑し「未熟か」 問うと、肩をすくめられた。「なればこそ、出来ることもある」 もしこれが、信玄の言いだしたことであるなら、大仰なことになっていただろう。幸村が言いだしたからこそ、人々は気安く参加が出来ている。里の者たちも身構えることなく、武家の者たちと共に楽しむことが出来ている。「佐助」 思わぬ声の響きに、体が勝手に膝をついた。そんな佐助に苦笑を漏らし「あれを、頼む」「わかってますよ」 信玄の気色に佐助も苦笑し、わざと大仰におどけた調子で応えて見せた。「せぇのぉお!」 大きな掛け声と共に、色とりどりに飾られた青竹の一つが立ち上がる。歓声が上がり、子どもたちが飛び跳ね、皆が同じ笑みを向けて一つのものを見つめている。「良い、眺めじゃ」 信玄のつぶやきに、佐助は心中で同意をした。 人々の笑顔の真ん中に、太陽のような笑みの幸村が、皆に支えられ、輝いている。 人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。 思いは、人を動かして――。2012/07/02