メニュー日記拍手


かまくら   かんじきを履き、簑を羽織って幸村は里に出ていた。風邪をひいてしまった者がいるので、大根をもらいに行くついでに様子を見ようと思ったのだ。何も幸村自らが出向く必要など無いのだが、じっとしていると体が鈍る。日々の修練を怠ることがなくとも、なんとなく――――屋敷の中だけだと、そのような気がする。平たく言えば、幸村は退屈していた。
 雪に包まれた世界は、音を包んで消してしまう。野うさぎの足跡に薄く青い影が出来る。ザザッ、バサッと枝から雪が落ちる。眩しさに目を細めながら、幸村は慌てて音を消してしまおうとする世界を、ゆっくりと歩いていた。
 ふと目に止まるものがあり、足を止める。雪を屋根から下ろしたあとの、こんもりと山になった雪から白いものが燻っている。少し首をかしげてから、そちらに足を向けた。
 ゆっくりと近づくと、僅かに楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。裏側に回ると入り口のように穴が開いていた。ひょいと顔を覗かせると、数人の子どもが敷き詰められた藁の上に座り、楽しそうに鍋を乗せた小石で造られた竃を囲んでいた。
 一人が幸村に気付き、他の子どもに耳打ちをする。するとその子も幸村を見て、他の子どもたちも彼に気付く。全員がこそこそと何やら話をしあい、それがまとまったらしく一人が胸を張って言った。
「おい、仲間に入れてやる。入っていいぜ」
「ぬ、これはかたじけのうござる。然らば、邪魔をさせていただこう」
 にこにこと迎え入れる顔をした子どもたちに挨拶をして、かんじきを脱ぎ入る。簑を脱ぎ、入り口を背にした格好で、幸村は子どもたちの輪に納まった。それを満足そうに頷いて見てから、先ほど幸村に声をかけた子どもが、鍋から自分の椀に熱い湯気をたたせているものを入れて幸村に差し出す。
「食え。あったまるぞ」
「これはすまぬ」
 両手で受け取り見ると、水とんが入っていた。ゆっくりと口をつけて啜ると胸や胃の腑がじんわりと温かくなる。思ったよりも体の芯が冷えていたらしい。思わず表情を春のようにした幸村に、子どもたちはうれしそうな顔をする。
「おいしい? ね、おいしいでしょ」
「うむ。冷えた体に染み渡るな」
 笑うと問うた子どもがキュッと体を縮ませて、照れくさそうにした。
「しかし、皆はなぜここで食事を――――」
「あのね、でかせぎ」
 一番小さな子どもが片手を真っ直ぐに上げて言う。
「出稼ぎ?」
「おっとぅ、街に働きに行って、おっかぁは大根やら笠やらを売りに行ってんだ」
「とうちゃん、たくさん笠こさえて街に売りに言った。履き物もこさえるんだぜ」
「あたい、お手伝いしたの。敷物作ったの」
「おれだって、手伝ったやぃ」
 口々に言う子どもたちを代表して、幸村を招いた子が皆を見回して言った。
「昼間は大人が出かけてるからな、小さいのが居なくなったり怪我をしたりしねぇように、集まってんだよ」
「いっしょにね、いるの」
「おうちより、あったかいもんねぇ」
「ねぇ」
 なるほどたしかに中はとても暖かい。ぐるりと見回し、天井に穴があるのを見つける。そこから燻るものを自分は見つけたのかと、幸村は視線を鍋に向けた。
「これも、自分たちで作ったのか」
「まあな。大人は早くから出かけっちまうし、飯炊きをしてくれるヤツがいるってんでもないからな」
 ぐるぐると鍋をかき回しながら、子どもが空いた手を幸村に向けた。
「でかいんだから、足りねぇだろ」
 椀をよこせと仕草で促す
「いや、それは皆の食事ではござらぬのか」
 意図せずに、かしこまった口調に変わった幸村の椀を横にいた子どもが取り、鍋をかき回す子どもに渡す。
「遠慮すんな。ただってわけじゃねぇ」
「ぬっ――――」
「皆退屈してんだ。お侍さんなら、戦の話とか、なんか面白ぇ、おれたちには珍しい話を知ってんだろ」
 ニヤリと笑った子どもが幸村に椀を差し出し、他の子どもが期待をこめた眼差しをする。唇を弓なりにしならせながら、幸村は椀を受け取る。
「面白いと、確約は出来ぬが」
 わあっと歓声が上がった。

 数刻後、幸村の来た道を佐助が歩いていた。いつもの忍装束ではない。村の者のような格好に、簑を羽織っている。サクサクと音を立てて辺りを見回す目に、こんもりと盛られた雪山が映った。立ち止まり、少し考えてから足を向ける。サクサクと履き物が雪をはむ音に、笑い声が交じった。声は雪山から漏れているように感じ、佐助は回り込んで覗いてみる。雪山には穴があり、中には数人の子どもに囲まれた幸村の姿があった。皆、こちらまで笑んでしまいたくなるような顔をしている。佐助の唇にも笑みが生まれた。
「あ、また」
 小さな指を真っ直ぐ、子どもが佐助に向ける。一斉に全ての視線が佐助に集まる。
「佐助」
「旦那が遅いからさ、俺様探しにきちゃったよ」
「ああ、いやすまぬ」
「すまぬ、じゃあ無いでしょ。大根もらいにいってくるって、旦那が行くような事じゃないのに出かけてって、ちっとも帰ってくる気配が無いもんだから、心配しちゃうでしょ」
「なんだ、お使いの途中だったのかよ」
「おつかいは、ちゃんとしなきゃいけないんだよぅ」
 子どもたちが次々に幸村に言うのを、佐助は柔らかな顔で眺める。
「いや、すまぬ。たしかに、きちんとせねばならなかったな」
「まぁ、もとはと言やぁ話をしろって言ったおれ達も、悪い。――――大根、いるんだろ。分けてやるよ」
 膝を叩いて、ずっとこの場を仕切っていた子どもが立ち上がった。
「お前たちは、ここにいろ」
「お話の続きは?」
「かえっちゃうの?」
 とたんに淋しそうな様相になった子どもたちに、困った顔で幸村は笑いかける。
「こいつは、おつかいの途中なんだ。きっちりさせてやんねぇと、ダメだろう」
 諫める言葉に、皆しぶしぶ頷いて幸村に別れを告げる。かまくらを出た子どもは、幸村と佐助を連れて目の前の家の裏手に回った。雪を掻き分けると、下から大根が現れる。二三抜いて渡してくるのを受け取り、金を渡そうとして首を振られた。
「金は、いいよ。あいつらが楽しそうだった礼と、引き止めちまった詫びだ」
「しかし――――」
「悪いって思うんなら、また話をしにきてくれよ」
 出しかけた金を握った手を収める場所が見当たらない幸村の肩を佐助が叩き、金を握る手に手を重ねる。
「そんじゃ、ありがたく貰っとくよ。そのかわり――――」
 懐に手を入れて、佐助が小さな巾着を取り出し、子どもに差し出す。きょとんとする子どもの胸に押しつけて無理やりに受け取らせた。
「ちびっこたちに、よろしくね。ウチの旦那が、世話になったって」
 佐助の声を聞きながら、子どもが巾着を開ける。中にはクルミが入っていた。
「それじゃ、ね」
 いたずらっぽく片目をつむり、佐助が幸村を促して歩きだす。
「また、来いよ」
「うむ、必ず」
 強く頷く幸村に手を振り、子どもが戻る。それを見つめ、ぽつりと言った。
「大人は全て、働きに出ているらしい」
「この雪じゃ、畑を耕すわけにもいかないしねぇ」
「子どもらだけで、日中はいるらしいのだ。鍋のあるのを見たか、佐助。中には水とんがあった。あの子どもが、作って皆に振る舞っているらしい」
「――――あのね、旦那」
 独り言のような言葉を抱き締めるように、佐助が言葉を紡ぐ。
「だれもが、働いてんの。子どもたちだって、あれも仕事のうちだから。旦那、俺様たちの仕事って、なんだかわかるよね」
 深く、静かに幸村は首を縦に動かす。
「お館様の御上洛はもとより、あの場所を守らねばならぬ」
 真っ直ぐに何かを見つめる幸村に目を細め、こみあげる何かを振り払うように、うれしそうな顔で首を振り、佐助は幸村の背中を思い切り叩いた。
「っ! 何をする、佐助っ」
「この程度、大将との殴りあいに比べたら、なんてことないでしょ。ほら、早く帰るよ」
 ひょいと大根を奪い、抱えて走りだす。
「俺様、先に帰って旦那が上手におつかいをこなせませんでしたって、大将に言っちゃおうかなぁ」
「なっ……」
「不甲斐ないって思われるかもねっ」
「待てっ、佐助っ!」
 走る速度を上げた佐助を、幸村があわてて追い掛ける。ゆっくりと、映す色を変えはじめた雪の上で、二人の軌跡が道になる。


2010/01/19


メニュー日記拍手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送