里に、旅芸人の一行が泊まっている。 その話を聞き、真田幸村は彼の忍、猿飛佐助を誘った。 戦と戦の合間にある、平穏な時間。民とともに、そのようなものへ目を向ける時間を取ることは、心の余裕にもなる。余裕が無ければ感が鈍くなり、判断を誤ることも増える。ゆえに「いいね。俺様も見てみたいかも」 旅芸人に姿をやつした、他所の忍である可能性も思い浮かべつつ、佐助が頷いた。 早速出かけようとする幸村に「あ、旦那――着替えて」「ぬ?」「万一のことがあるからね。民の間に紛れても、目立たないような――そうだなぁ、長着に袴でも、もうちょっと質の悪いものにしておいて」「何故だ」「どっかの忍が、旅芸人のふりをしているかもしれないでしょ」「だから、何だ」「旦那は気にしないかもしれないけど、俺様たちは、そういうのに敏感なの。ちょっとした動作とかでも、相手がどれくらいの出自なのかとか、わかっちゃったりするんだよ」「なれば、着物を替えても仕方が無いのではないか」「念のためだよ。念のため」 よくわからない、という顔をしながらも佐助の用意したものに着替えた幸村を、下働きの者の風体となった佐助が「それじゃ、行こうか。あ、小刀だけは、ちゃんと懐に忍ばせておいてくれよ」「うむ」 ぽん、と懐を叩いた幸村に頷き、里へ向かった。 里では、子どもたちが目を輝かせ、旅芸人の見せる手妻に魅入っていた。何も無い場所から手ぬぐいが出て、そこから更に、木彫りの動物が現れる。それを渡された子どもに、他の子どもがうらやましいと口々に言えば、別の木彫りが現れた。「おお!」 下手をすれば、子どもよりも騙されやすいのではないかと佐助が危ぶむ主は、子どもに交じり目を輝かせ、手妻師の手元を真剣に見つめては、現れる木彫りに大仰に驚く。それが、素直な反応から出ているものだから(やっているほうは、気持ちがいいだろうなぁ) 手妻師の顔を見ながら、佐助は頭の後ろで手を組んだ。 佐助の目を持てば、手妻師がどのようにして掌に納まるほどの木彫りを出しているかは、すぐにわかる。そして、手妻師の手元を見ながら(今度、旦那の前でやってみせようかな) そう思えるほどに、彼は器用であった。「佐助、佐助!」 手妻師にもらった木彫りの鳥を、本物の小鳥を手に乗せているような様相で見せてくる幸村に「すごいねぇ」 心にもない感心を口に出して見せれば「うむ」 幸村が嬉しげに頷く。その肩越しに見えた、手妻をしている男の傍に控えている子どもの目が、探るような色をしているのに、佐助が気付いた。「旦那」 声に出さずに、鋭く幸村を呼ぶ。察した幸村が、眼光を一瞬だけ鋭くし、わずかに顎を引いて見せた。「へぇ、そんなに感心したんだぁ!」 おおげさに佐助が声を上げて、満面に笑みをたたえ「手妻の方、うちの旦那がいたく感心したらしくってさ、是非に屋敷に招きたいって言っているんだけど、どうかな」 言えば、手妻師が頷き是非にと言った。(この男は、よほどの手だれか何も関係が無いか、だな) 笑みの裏で静かに分析し、子どもに目を向ける。「ぼうず。屋敷で、おいしい団子を食わせてやるぜ」 子どもは、ちらと幸村を見てから「やったぁ」 子どもらしく喜んで見せた。それに(うさんくさい) と感じながらも、佐助は二人に知られることのないよう警戒を向けつつ、屋敷へ戻ると手の者に男を見張らせ、子どもは自分で見張ることにした。 屋敷の者たちにも手妻を見せて喜ばせ、夕餉に酒もふるまい、客間を整えて二人を通した夜更け。 幸村はふと、気配を感じて目を開け、体を起した。「誰だ」 手妻にコロリと騙されて感心する幸村であるが、並の武将では無い勘の鋭さを持っている。野生の獣に近い感応を持つがゆえに、紅蓮の鬼と呼ばれるほどの武功を得ることが出来ていた。その感応が、現れた気配は彼の扱う忍の誰でも無いものだと、判じていた。 ややあって、闇の中からすべり出るように姿を現したのは「おお」 手妻師と共に在った、子どもだった。「このような夜更けに、いかがした」 幸村の警戒が、ゆるむ。気配は全く感じないが、おそらくどこかで様子を見ているはずの佐助が、心中でため息をついているだろう。そのことを思い浮かべながらも、幸村は気を張ることをせず、子どもを手招いた。「眠れぬのか」 そろそろと近づいた子どもが、睨むような真剣さで幸村を見つめ「人の間で、ずっと暮らしているのか」 詰問のような口調に首を傾げれば「おまえも、おれと同じだろう」 ふわ、と子どもの背後で何かが揺れた。 月明かりに照らされたそれを、よくよく目を凝らして見れば獣の尾と見てとれて「――狐狸の類か」 つぶやいた幸村に、子どもが目を丸くした。「気付かなかったのか」「うむ。まったく、わからなかった。よく化けておるな」 にこりとすれば、傍に寄った子どもが抗議をするように、床を両手で叩いた。「おまえも、同じだろう!」 きょとん、と幸村が目を丸くする。それに、子どもも首をかしげた。「違う、のか」「うむ」 恐る恐る聞かれ、すぐさま肯定すれば月明かりの中でも子どもの血の気が引いていくのが分かった。「ッ!」「待て!」 子どもが飛び退るよりも、幸村の手が伸びるほうが、早かった。 襟首を掴み引き寄せ、腕の中に収めると「はっ、はなせ! はなせぇえ」 暴れたが、幸村はまったく慌てる様子も無く、子どもを抱きしめている。子どももすぐに、それが無駄な抵抗と分かったらしく、おとなしくなった。「何故、俺を仲間だと思った」「……しっぽ」「ん?」「しっぽが、あるだろう」「しっぽ?」「ぶっ――」 首をかしげた幸村の背後で、佐助が噴き出しつつ姿を現した。「佐助」「な、何が可笑しい」 牙をむく子どもの顔を覗き込んで「旦那のしっぽを見ただけで、仲間だと思ったとか、ちょっと甘いんじゃない?」 意地悪く言って見せれば、ぷくりと子どもが頬を膨らませる。「佐助、俺のしっぽとは、何だ」「コレのことだよ」 ひょいと佐助が幸村の長い後ろ髪を掴んで見せて「成程」 幸村が、納得した。「なれど、これをしっぽと思うて仲間だと感じたのであれば、他にも、しっぽに思えるような髪の者たちにも、同じように正体を現してきておったのか」 幸村の疑問に、頬を膨らませたままの子どもが「違う」 言った。「じゃあ、なんで旦那は仲間だと、思ったのさ」 少ししてから「同じ気配が、したんだよ」「同じ気配――?」「野山を駆けまわって、得物を捕まえる、同じ気配だ」「野生の気配って、ことね」 佐助が納得したように頷いてから「ま、旦那は時々、人間離れした勘を働かせることが、あるからねぇ。――あれ。でもさ、そうしたら、俺様の方がもっと、仲間っぽいんじゃないの?」 佐助の方が、木々になじみ気配を殺し、狩りを行う事が多い。それに「おまえは、血なまぐさすぎる」 子どもが嫌悪の目を向けた。「縄張りを守るとか、生きるために腹を満たす以外で何かを殺すのは、人間だけだ」 憎悪を含む言葉に「まいったね」 佐助は頬を掻いた。その言葉に、ぺちりと肌をゆるく叩く音が重なる。「え」 子どもと佐助が同時に驚き、目を吊り上げている幸村を見た。「たしかに、人はそのようなことをする。――なれど、佐助は好きでそのようなことを、しておるわけではない。獣には獣の理があるように、人には人の理がある」 諭すように言った後「俺とて、同じことだ」 ふ、と怒りを解いた幸村に、子どもが目を伏せた。「あんたは、同じ匂いがしたんだ」 力なくつぶやく子どもを抱きしめなおし「仲間を、探しているのか?」 問えば、頷かれた。「何故、探している」「――――戦で、野山を焼き払ったりするだろう。そうして、みんな追われていった。どんどん仲間が消えて、まわりからいなくなって――そうしていたら、人のふりをして生きながらえているものたちがいるって、聞いたんだ」「それで、俺がそうだと思ったのか」 唇を引き結び、子どもが頷く。「仲間を探すため、手妻師の弟子になった、とか?」 佐助の問いにも、素直に頷いた。「そうか――」 強く、幸村が子どもを抱きしめる。「さみしい思いをさせることになり、申し訳ない」 ささやけば「ッ、う、うぇ、うっ、う」 子どもが泣き出した。それをそのまま抱きしめ、好きなだけ泣かせてやり、やがて泣き疲れて眠ったのを自分の横に寝かせ、頭を撫でながら「佐助」「ん?」「戦は、人だけでは無く、獣にも、このような思いをさせるのだな」 月明かりに照らされる主の横顔に「そうだね」 感情の無い声を向けて「ねぇ、旦那」「ん」「そいつさ、ウチで雇えないかな」「え」「本性が獣なら、忍としての使い道は、いろいろとあると思うし――まぁ、こいつが嫌ってるような、血なまぐさいことも沢山、しなきゃいけなくなるけど…………仲間を探して見つけても、受け入れられるかどうかなんて、わからねぇし。それよりも、ここで仲間を作る方が、いいんじゃないかなぁ、なんて」 最後は、すこしおどけて見せた佐助に、意味ありげな笑みを向けた。「放っておけなくなったか」「あぁ、うん、まぁ、なんていうか――そいつが、望むならって話なんだけど」 鼻の頭を掻きながら言う、不器用で優しい忍に「佐助の心は、伝わろう」 力強く幸村が頷く。それに、さっと顔を赤くした佐助が口を開き、言葉を見つけることが出来ずに口をつぐんだ。「手妻師は一人になるが、共に残ると申されたなら、世話をせねばならぬな」「そうだね」「――旦那」「うん?」「ありがと」 少し間を開けてから「うむ」 幸村が礼の言葉を受け取った。「もう、休みなよ。俺様も、寝るし」「ああ――お休み、佐助」「おやすみ、旦那」 泣き疲れて眠る、人の姿をした獣の寝顔をしばし見つめてから、幸村は横になり、佐助は自室へと戻った。 人と獣――その境界をあいまいにし、分け隔てなく包み込む月光が、孤独な闇を温める。2012/07/24