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太縄(童話:くさった林檎パロ)

 甲斐の虎、武田信玄の薫陶を受けた真田幸村は、困窮していた。
 うっかりと騙され、有り金のすべてを失ってしまったのだ。
「ぬぅう」
 路銀が足りず、滞在している宿代すらも払えない。
「困った」
 戦乱の乱れた世の中で、宿代を踏み倒す輩は少なくない幸村の身体能力をもってすれば、宿の窓からひっそりと外へ飛び出し、忽然と姿を消して見せることなど、わけもない。わけもないが、そのような不正を働くことを、魚も住めぬほどの清流のごとき心根を持つ幸村は、出来なかった。
「困った」
 腕を組み、うなってみても仕方がないとはわかりつつ、うなるしか出来ない。
「旦那」
 そんな幸村の宿泊している部屋の隅に、つむじのように現れた男がいた。
「おお、佐助」
 うれしげに声を上げた幸村に、立ち上がった青年は腰に手を当てて呆れた息を吐き出した。
「どうにも帰りが遅いと思って来てみたら、何をぶつくさ言ってんのさ。盗賊退治をひきうけちゃったとか、言わないよね」
 現れたのは、幸村配下の忍の長であるはずなのに、幸村の世話役のような口を利く猿飛佐助であった。
 実際、幸村はこの忍を重用し、友とも兄とも呼べるほどに慕っている。
「違うのだ。子どもが大切なものを川に落とし、拾わねば折檻をされると泣いていたので、着物を脱ぎ川に入ったのだ。だが」
「それは嘘で、旦那の脱いだ着物から路銀を全部盗まれちゃったんだ」
 幸村の言葉を奪った佐助に、目を丸くする。
「何故わかったのだ!」
「わかるにきまってんだろ。旦那ってば、単純というかなんというか。でも、子ども相手なら、すぐに追いついて取り返せただろ」
 佐助の言葉に、幸村は眉を下げて笑った。
「逃したんだ?」
「致し方ないではないか。あのような子どもが嘘をついてまで盗みを働くのは、よくよくの理由があるに違いない。俺は佐助を呼び、用立ててもらえれば済むと思ったのだ」
「旦那って、ほんっと」
 かぶりを振ってため息をこぼした佐助が、きりっと眉をあげた。
「あのね、旦那。誰かさんと誰かさんがお人よしなせいで、うちの家計は火の車なの。余計な路銀なんて、無いの! 出せないの」
「なんと!」
「なんとじゃないよ。それに、子どもに盗まれて路銀が無くなったので、なんとかしてくださいって大将に言える? 情けないとは思わないの」
「ぬ、ぅう」
 幸村は唇を引き結び、膝の上で拳を握りしめた。やれやれと頬を掻いた佐助が
「旦那の道中羽織を貸してくんない。物々交換をして、なんとか路銀になるようにしてみるよ」
「うむ」
 幸村の道中羽織を手に、旅の町人の姿に化けて外に出た。
 しばらくの後、佐助の姿は水茶屋にあった。佐助の腰には、太く立派な縄が結び付けられていた。背に負う荷物よりも、かさばる量の縄を腰に下げているなど珍しい。興味心から、居合わせた大店の主が佐助に声をかけた。
「旅のお方。なぜ、そんな太い縄を腰に下げておられるのかな」
「これは、ウチの旦那がうっかりと路銀を盗まれてしまったから、道中羽織を交換して購った縄なんだよ」
「道中羽織を太縄に?」
 首をかしげる大店の主に、佐助は道中羽織を最初は鶏に換え、次に鶏を犬に換え、犬を牛に換え、牛を馬に換えたのだと話をした。
「そして最後に、立派な太縄を持った御仁が荷を運べずに難儀していたところに出くわして、旦那はきっと、この御仁を助けようとするだろうなと思って、そのお人の持っていた荷縄と馬を交換したのさ」
 それを聞いて、大店の主は目を丸くした。
「なんと。それでは、おぬしが主に叱られてしまうのではないか」
 どのような駄馬であっても、荷縄よりもずっと価値がある。馬を売った方が、路銀を稼ぐことが出来る。
「大丈夫だよ。旦那はきっと、大喜びをするからね」
 自信満々な佐助に
「ふうむ。商人のワシには、大損の交換としか思われぬ」
「ところが、旦那はもろ手を挙げて、俺様を大褒めに褒めるんだよね」
 にやにやとする佐助に眉間にしわを寄せ
「そんな奇特な主に仕えているというのか。ううむ。信じられん。よし、ワシをその主のもとへ案内してくれ。もし、おぬしの言うように主が褒めたなら、切り餅を二つ(五十両)を贈るとしよう」
 それに、佐助はにんまりとした。
「いいぜ。きっちり五十両。用意してから着いてきな」
 主人は供の者に、急いで店に戻り持ってくるようにと言いつけた。そうして銭箱を持って戻ってきた供の者を連れ、大店の主は佐助の案内で幸村の宿泊している宿に着いた。
「旦那、ただいま」
「おお、どうだった佐助」
 出迎えた幸村は、大店の主と供に気付き、会釈をする。疑念を目に浮かべた幸村に
「ちょっと、そこで知り合いになったんだよ」
 佐助は軽く言った。
「それよりさ、旦那。旦那の道中羽織なんだけど」
「おお、どうなった」
「最初は、鶏になったよ」
「それはいいな。宿の者に、宿代として渡せば今宵の膳の支度にも使えよう」
「その次は、犬になったよ」
「犬か。それを宿代として渡せば、不審な者が宿に入るのを防ぐ役割を果たすであろうな」
「その次に、牛になった」
「それはいいな。牛ならば、荷を運ぶことも出来るし、宿の田畑を耕す手伝いも出来る」
「その牛が、次は馬になったんだよ」
「なんと! 馬であれば、ますます良いな。宿の客を迎えに行くのにも使えるし、荷を運ぶにも使えるだろう。他の客が馬を求めている時に、売ることも出来るな」
 顔を輝かせた幸村を、大店の店主はじっと見つめた。その顔が、次の交換で必ず落胆になるだろうことを想像し、無邪気らしい青年が従者の佐助にどのような声をかけるのかと、目に力を込める。
「それがさ、旦那。最後はこれになったんだよ」
 ひょいと佐助が太縄を見せた。
「縄?」
「そ。大きな荷物をくくったはいいけど、重くて運べず難儀をしていたお人がいたのさ。そこで俺様は、荷縄と馬を交換したんだよ」
 大店の主と供の者は、そろって緊張に喉を鳴らした。
 縄に手を伸ばし、広げてみた幸村は
「でかしたぞ、佐助!」
 大きな声で、顔を輝かせ佐助を褒めた。きょとんとした大店の主と供が、見間違いではないかと目を擦り、聞き間違いではないかと耳をほじる。その姿に、佐助は得意そうに鼻を鳴らした。
「困ったものを救った上に、これほど立派な縄を手に入れるとは! この縄があれば、山に入り猪などを捕まえて、しっかりと固定し運べる。そうすれば、道々の宿に獲物を宿代として支払える。売り払い、必要な物も購える。よい交換をしてきたな、佐助!」
 にっこりとする幸村に、佐助は鼻の下をこすった。
「まあね」
 そんな二人の様子に
「なんてすばらしい主従なんだ!」
 大店の主は感歎し、供に取ってこさせた銭箱から切り餅を四つ(百両)取り出し、佐助に渡した。
「いや、ここまで見事に喜ばれるとは、思ってもみなかった。すがすがしい主殿の心根に、感服いたしました。商売柄、いろいろと心をささくれさせることもありますが、その心が清流に洗われた気がいたします。お若い主殿、どうぞこれを路銀にお使いください」
 福々しい笑みを浮かべる大店の主に、幸村が困惑し佐助を見る。
「困った俺様たちを、助けてくれるんだってさ」
「おお。それはきっと、佐助が困っておる御仁を助けたからにほかはあるまい。巡り巡って、俺が助けられた。礼を言うぞ、佐助」
「もとをたどれば、旦那が盗人の子どもを見逃したところからだから、旦那の徳でしょ」
「ううむ。ますます良い主従だ」
 大店の主が唸り、供が深く肯首する。
「なれど、某は貴殿にどのように礼をすればよいのか、わかり申さぬ」
 まっすぐに大店の主に体を向けた幸村の言葉に
「いえいえ。御二方のやりとりに、感銘をうけたまで。その感銘を銭にして示しただけのことでございます」
「某は、ただ常のやりとりを佐助と行ったまでにござる。このような大金を用立てて頂けるは有り難いが、心苦しゅうござる。なにか、礼をさせてくだされ」
「ならさ、旦那。今から山で狩りをして、猪汁でも振る舞えばいいんじゃない」
「おお、それはいい。猪汁なら好物でございます」
 幸村は礼をせねば引き下がらぬだろうと見て取った大店の主は、佐助の言葉に乗った。
「なれば、よき猪を討ってまいりましょうぞ! ついてこい、佐助」
「はいはいっと」
 早速に槍を手にして宿を出た幸村は、宿の者すべてに振る舞っても余るほど立派な大猪を仕留め、佐助が腕を振るって猪汁を作り、大店の主への返礼とした。

2013/04/22



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