刺すような冷たさを、温かな色味で彩る木々を濡れ縁で眺めていた弁丸が、足音に顔を上げる。 相手が足音など立てなくても自分の傍に来ることができることも、足音をわざと立てるようにしてくれていることも、弁丸は気づいていた。「さすけっ」 春を思わせる笑みを浮かべた弁丸の頬が寒さで赤く染まっている。それに、笑みを返しながら眉間にしわを寄せて、彼の忍―猿飛佐助は注意した。「寒いんだから、火鉢の傍にいるか綿入れを羽織るかしてって、いつも言ってるでしょ」「これくらい、問題ない」「風邪をひいても、俺様知らないからね」 突き放すような口調の中に包み込んでくる柔らかさを感じ、くすぐったそうに弁丸は肩をすくめた。その傍らに膝をつき、手にしていた盆を置く。その上には、湯気をたてている葛湯があった。「はい。温まるよ」「うむ」 言って、手を伸ばしかけた弁丸の動きが止まる。「どうしたの」「ひとつしか、無いぞ」「へ?」「そうか――半分ずつか」「はい?」 一人得心したらしい弁丸の手が、椀を差し出す佐助の手に重なる。「わ、こんなに冷えて」「さすけも、変わりないではないか」「俺様は、いいの。ほらほら、冷めないうちに、ね」 唇を尖らせた弁丸が、椀を受け取る。匙も差し出し、握らせた。 ひとすくい、ふうふうと冷ました弁丸が笑みを浮かべて佐助に差し出す。「あたたまるぞ」「いや、俺様はいいから」「さすけが飲まぬなら、おれも飲まぬ」「ええぇ」 だから飲め、と差し出されている匙に首を伸ばして口をつける。甘くとろとろとしたものが喉を通る。「ん、おいしい」 にこりとすると、満足そうな顔で弁丸も口をつけた。「うむ、うまい」 そしてまた、佐助に差し出してくる。「俺様はもういいよ。甘いの、あんまり好きじゃないから」「――そうか」 しゅんとしながらも、それ以上食い下がることなく葛湯を口に運ぶ弁丸を、陽だまりのような目で見つめる。「さすけ」「はぁい」「スズメが、ふくらんで寄り添っておった」 唐突な会話には、もう慣れた。「それを、眺めていたの?」「うむ」「スズメも寒いから、綿入れでも着込んで膨らんでいたのかもねぇ」「そうか。スズメも、寒いか」 日差しの色味は暖かいのに、よそよそしさを感じる冬の入口は雪こそまだだが冬の訪れを告げている。「スズメも、ということは、さすけも寒いのだな」「まぁ、暑くはないよねぇ」 言った途端、ふわりと柔らかな茶色が胸元に寄り添った。「ならば、スズメのように寄り添えば良い」 数度瞬く目には、満足そうな自慢げな顔が映る。ふいにくすぐったくなって、ふふっと声が漏れた。 自分よりも体温が高く、柔らかく幼い体を抱きしめようとした手を自制して、抱き上げ、下す。「ほらほら、風邪をひく前に部屋に入ろう」「うむ」 おとなしく従われたことに、ほんのりと浮かんだ寂しさを押し込んで小さな背中に掌を添える。 こみ上げる愛おしさと忠誠を胸に抱えて―――― 冬が、始まる。2011/12/07